二見達也①
晴天に雨が降り出した。
天気予報では一日中晴れのはずだった。思わぬ夕立だ。雨は次第に勢いを増し、車のフロントガラスを強く叩く。ハンドル横のレバーを下げてワイパーを起動するが激しい雨に前方が霞む。
赤信号に気付いてブレーキを踏んだ。
タイヤの擦れる音と車体の軋む音が響く。時速50キロで走っていたプロボックスが減速し、停止線を越えたところで停止した。幸い人や車にぶつかってはいない。俺は運転席から振り返り後続車がいないことを確認した後、ギアをRに入れてバックする。停止線の前まで後退したところでギアをDに入れ直し前を向く。
危ないところだった。
ハンドルから片手を離し目を擦る。眠気はないが肩が痛く頭が重い。腕時計で時刻を確認する。18:00。帰社する頃には18:15といったところか。それから今日の点検報告書を作成し、元請に提出する工事写真帳を作成したら18:30ぐらいになっているだろう。今日は早く帰れそうだ。
スマートホンが鳴った。
ほとんど同時に信号が赤から青に変わる。俺はブレーキから足を外しアクセルを踏み込みつつ、胸ポケットからスマートホンを取り出す。湯村先輩からだった。
「お疲れ様です二見です」
「お疲れ。お前今日はA市だよな」
「はい」
「メゾン岸原って知ってるか」
「行ったことないですね」
「俺が午前にインターホン工事に行ったんだがな、異常が出てるらしいから、行ってくれ。A市からなら20分くらいだ」
「分かりました。すいません住所は?あと異常の詳細は」
「住所はLINEで送る。501号室な。詳しいことは住民から聞いてくれ。俺もよく分からん。ああ、後、住民の電話番号もLINEで教えるから、何時ごろに着けるか電話しておけ」
「分かりました。ありがとうございます」
「終わったら管理会社に報告もよろしくな。後、異常復旧の写真もいるらしくて、今日中に送るって言っといたから、送っとけよ」
「承知しました」
電話が切れた。会話中、中年の女と子供の声が聞こえた。湯村は家からかけてきたらしい。
続いてLINEの着信音。
俺は運転しつつ、片手でスマートホンを操作してLINEの内容を確認する。メゾン岸原の住所と501号室の電話番号。住所をコピーしてグーグルマップを起動する。コピーした住所を添付して到着時間を検索する。現在地から20分。
再びLINEに戻り、電話番号をコピーして501号室の住民へ電話する。
501号室の住民は怒っていた。どうやら管理会社が電話対応を誤ったらしい。元はといえば湯村の施工不良が元凶ではあるが。
俺は住民に平謝りし、到着予定時刻を多少の余裕を持って伝えた。
電話が切れる。
インターホン異常か。単純な施工不良なら俺でも直せるだろう。しかし湯村は腕は確かだから、結線や設定の間違いではないだろう。工事が終った後から異常が出たという状況も不穏だ。例えば既設の線が元々断線しかけていて、工事をきっかけに断線してしまったとしたら。
手荒な湯村ならありえそうな話だ。
だとしたらその場ではどうしようもない。線の引きなおし作業等が必要になるだろう。が、一から工事のやり直しなど、管理会社が許すはずもない。下手したら弁償は勿論、うちの会社が持っている物件をいくつか切る可能性もあるだろう。
その場合は、誤魔化すしかない。
気付いたら雨がやんでいた。5分ほどの短い雨だった。