ニュクテリス
「ああもう…足も腰も痛いって言うのに」
ブツブツと文句を言いながら、老ゾンビは照り付ける日差しの下
衣類の入ったカゴを抱えて歩いていた
ここはノルウォギガスから東に進んだ海の上に忽然と現れた小さくはない島である
この島は前回のニゲラの時に起こった大地震の際に、海底から迫り上がってきた島で
ニュクテリスと名付けられた
現れたばかりの頃は岩肌がむきだしの何もない島であったが
たった1ヶ月のうちに地表は緑に覆われて
本来なら生育に何年もかかる木が生え揃い
あたかも昔からそこにあったような様相をしていた
「ジジイ、いないと思ったら…
そういうのは若い奴に任せりゃいいじゃんw」
「もう2時間前に頼んだよ…
それで片付かないから俺がやってるんだが」
ログハウスから出てきたルッツに嫌味を言いつつ、老ゾンビミゲルはカゴを置いた
「ああ、そうだアスシアスが今晩食事でもどうかと言っていたぞ」
「アスシアスの作る飯、基本シチューなんだよなぁ〜
ヘンカーも煮込んでないの食べたいよな?」
ルッツはログハウスの扉から中にそう声をかけた
「…ママがそうなら、ぼくもそう」
4、5歳の黒い服を着た黒髪の男の子が
扉の枠から顔を覗かせて静かに言う
「ほらなw」
「…また、子供をダシに使うのよくないよ
いい親になるんじゃなかったのか?」
「別に、俺と同じ意見にしろなんて言ってないしwww
てか、今晩は駄目だったわ
エドリックが遊びに来るからwww
アスシアスに伝えといてよ、明日でって」
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日が沈み海が真っ黒になった頃に
騎竜の一種、ランナーに乗った人影が島のルッツが居るログハウスにやって来た
コンコンと力強いノックを受け
ルッツが扉を開くと、そこに居たのは余所行きの格好をしたエドリック王その人であった
中に招かれた王は通された部屋の椅子に腰を下ろし、家の中をしげしげと見渡した
「島が出来て間もないのに、草木が生い茂り
建物も数軒ある…全く恐ろしい話だな」
「アスシアスのおかげだなwww」
この島が緑に覆われているのは
アスシアスが世界中から集めた種の中から、特別気に入った草木の種を蒔き
魔力を駆使して実験の一環として急成長させたからである
「…みる限り、ニュクテリスは順調そうだ
ここに来る途中で集落のようなものも見た
国民も集まっているという事だろう?」
「住んでる奴はいるぜ、まあ多くはないけどw」
島国ニュクテリス
スノームースのノルウォギガスから東に海を進んた位置にあるこの島は
使徒から人類の自由を取り返したとして
ルッツが手に入れた土地である
使徒はもう使徒として君臨しては居ないので、エドリック王を含む各国の王が多数決でこれを正式に認めた訳だが
全ての国王がこれに賛同した訳ではない
グラウンドベアなんかは、猛反対し
なんなら所有権は自分達にあるとまで主張したが、そんな主張は通る訳もなく…
更に獣人種の中で唯一国を持たない
フルール達がこの未開の土地を狙ったが
それも全て上手くいかなかった
何故なら、ニュクテリスの王は確かにルッツではあったが
彼には魔王に匹敵するボディガードが居たからである
「それで、この子供がヘンカーか」
「可愛いっしょ?俺の子www」
ニゲラの夜の巨人として伝説を作った
あの黒い巨大な人形の正体は、ルッツが吐き出し生み出した黒い液体であり、それはこの子供ヘンカーであり、ルッツ自身でもあった
ニゲラが明けると黒い巨人は霞むように消え
後にはルッツとこの子供が残ったのだ
見た目こそ大人しそうな男児であるヘンカーだが、使徒が居なくなった事で
悪意を持った魔族や、食人を好む魔族が人間領の支配を目論んだのも束の間
ヘンカーを目の前にすると、皆震え上がり一目散に逃げていってしまった
これを利用して、魔素の影響を受けないエドリック王に頼み魔族領と人間領との間で不可侵条約が結ばれた
ヘンカーとルッツの存在が
魔族からの侵略を防ぐ要になっているという訳だから
この小さな島を欲しがった他国も、今では容易にニュクテリスやルッツ達に手出しは出来ないのである
「…ここは、魔族も人間も獣人も関係なく受け入れているんだったな
どうだ、上手くやれそうか?」
「どうなんだろな、今のところは上手く行ってんじゃねぇの?w」
魔族の領民はアスシアスを筆頭に比較的温厚なら学者達が集まっているし
彼らは長い使徒による支配の下で、人間を好んで食べるという習慣がなくなった世代でもある
獣人はノーシルプに居た者やその友人達が集まった
「先立つものがなくても、ノーシルプで取り敢えず受け入れてるから
他種族との共存に興味のある人がいたら声掛けてみてよw」
と、ルッツは王にヘラっと笑って見せた
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空気の澄んだ天気の良い日なら
ノルウォギガスの最東端の岬から何とか目視できるほどの距離にある、決して小さくはない島国ニュクテリス
今日も人間的な尊厳を求め
一艘の小さな小舟がその国を目指し、大海原へ出航した
目前にあるゴールは近いようで、この小さなボートで辿り着けるかは運次第
ここの王がかつて希望を追ってそうしたように
生き物はほんの僅かな希望だけで大海へ漕ぎ出す大きな力を持っているものである
「もしかして、入居希望者?」
そこでは種も身分も関係なく
辿り着けた者を必ず迎え入れてくれるのだ
「ようこそ、ノーシルプへ」




