白と黒と
久しぶりに外に出たアルバートはぐいっと背伸びをしてから、軽くストレッチをする
「いやぁ、自由っていいな」
「逃がすために解放したわけではない」
マルクスに表情は無いが鋭い視線で刺され
アルバートは、ははは!と笑った
「分かってるさ、あんたらが命懸けでここまでやったんだ
それを無碍にはしないぜ」
魔力で何も無い空間から銃を形造り
アルバートはエーテル製の弾を込めた
「それで、俺にどんな奇跡を起こして欲しい?」
「では、あの大群を全滅させてください」
アルバートの冗談が通じず
マルクスは真面目に無茶苦茶な要求をした
「おっと…なかなか厳しい事いうな
流石に全滅はさせられないが、牽制くらいなら出来るぜ」
アルバートはそう言うと、弾を込めた銃身の長い銃を向かってくる使徒に向けた
閃光が群れに穴を開ける
避けられたので殺せた訳ではないが
彼のこの攻撃で使徒達は此方に向かうのを止め、その位置から此方を伺っている様だ
「自分達が使うのと同じ攻撃を向けられんだから、まあ驚くよな」
ガチっと新しい弾を装填し、アルバートは再びアイアンサイトを覗いた
「兄ちゃんの犬は一匹もいないのか?」
「呼び掛けてはあります
時期に到着する筈です」
「さて、私も時間稼ぎをしましょうか…」
モンロルナラは魔法陣を書き、詠唱を始めた
本来魔族なら必要ない工程を踏むということは、それだけ複雑かつ強力な大技を出すということだ
マルクスはそんなモンロルナラの術に自らの魔力を乗せる
手持ち無沙汰になったジクスは、自分にも何か出来ることはないかと落ち着かないが
ルッツは別に気にした様子もなく
何もせずに腕を組んで立っていた
「ーご主人様!」
ヴィルヘルムを先頭にキースが魔力の部屋から飛び出してきた
「一体どうなっているんですか!?」
「よく戻りました、使徒と戦闘中です」
「ハッ!戦闘中?
あの使徒の群れと?無理だって!」
キースは鼻で笑う
「それで、そちらの首尾は」
「その目で見てみろよ」
空中に居た使徒の群れが急に二手に分かれ
一方が向かった先にはドラゴン等の強力な魔獣を始めとする魔族の軍勢が居た
「みんな奴らの支配にはまっぴらだとよ」
使徒よりも何倍も多い魔族の軍勢だが
使徒の扱う“エーテル”に次々に屍を積み上げていく
「ご主人様、彼等のためにも
我々も打って出ましょう!」
マルクスの剣はデリックの手によって、その刀身を純エーテル製へと代えられている
「…ルルド!」
モンロルナラの力強い叫びと共に
エルコライルホルンから使徒の群れに向かって稲妻が走る
そして使徒達の動きが目に見えて遅くなった
これによって劣勢だった魔族の軍勢は優勢に転じる
「やれ、全ての使徒を捕捉するのに時間が掛かってしまいましたな」
モンロルナラはふーっと大きく息を吐く
「好機、打って出る」
マルクスが号令を掛けると2頭の狼が空中を使徒に向かって駆け出した
翼のようなものは生えていないが、マルクスもこれに続いて空中を進む
「透明な道でもあんの?www」
「どう考えても魔法だよ」
最早見物客と化したルッツがジクスのツッコミに、ほーんと間の抜けた返しをし
激戦を繰り広げる場所へ視線を移した時
急に部屋の電気を消されたように目の前が真っ暗になった
「えっ…なに?w見えないんだけどw」
暗すぎて自分の手のひらすら見えず
音だけが明瞭に聞こえてきた
「ルッツ…!?どこ!?」
「いって!ジクスか?w」
何かに頭をぶつけたルッツは、その何かを手で探る「止めて!くすぐったい!」
「何も見えねぇwww」
真っ暗な空間に急に光の塊が出現し、ルッツとジクスは眩しさに一瞬怯む
「ニゲラだ」
眩しいのを我慢しながら光源をよく見ると
光っているのはアルバートの身体であった
「えっニゲラ?でも報せも何も…」
言われてみれば、さっきから喉がチリチリと痛む気がしたルッツは眉を顰める
「魔力の部屋だ!魔力の部屋の中に居ろ!」
アルバートが急に怒鳴ったので
ルッツはジクスの手を引いて魔力の部屋に飛び込んだ
魔力の部屋は別の空間なのでニゲラの影響は受けないらしく、いつもと変わらない様子だ
「このニゲラ何か変だ…」
ジクスは窓から外を見ようとするが
窓は黒く塗り潰されたようになっていて、外の様子を確認することはできなかった…
・
急に世界にニゲラの夜が訪れた
半魔であるマルクスにとって光がない環境で、見えなくなるという事は無い
しかし彼は使徒の群れに向かって走る足を止めた
魔素は魔力の源であり、魔族は魔素の濃度で強くも弱くもなる
マルクス自身、身体が軽くなり
急速に魔力が満ちるのを感じるのと同時に
この現象が自分だけに起きている訳ではない事を理解していた
使徒もまた元を正せば“魔族”なのである
それまでは背中から翼を生やした、人間の形をしていた彼等は
濃い魔素に当てられ、その麗しい見た目を維持出来なくなっていた
背中だけに生えていた翼は、体の至る所から無秩序に生え
その翼も鳥の様なそれではなく
一本一本の羽は触手の集まりであり、ワサワサと奇妙に蠢いている
今の使徒の姿は、人間達が尊び美しいと崇拝するそれからは程遠く
例えるのであれば
大量の白いワームに群がられた人型の何か
という、非常に気持ちの悪い見た目だった
更にその白い触手の間から、ぼこっぼこっと目玉が生えてきてキョロキョロと忙しなく辺りを見渡している
魔族の軍勢の方もニゲラの魔素の影響で、魔族領にいる時と変わらない力が発揮できる様になっていた
使徒達が異形へと完全に姿を変える中、アルバートは元の姿を保ったままでいる
「…変異しないのか」
「言ってるだろ?俺は使徒の能力を奪った人間だからな」
モンロルナラの指摘にアルバートは笑う
「ニゲラが来たのは想定外だったが
別に問題はないだろう?」
ガチャッと銃に弾を装填し、アルバートは使徒に対して放つ
その弾は光の筋となり使徒達の群れの前で拡散し降り注いだ
モンロルナラが掛けたデバフの効果で動きの鈍くなった使徒達はエーテルの雨を浴び、悲鳴と共に白い触手が溶け落ちたが
致命傷を与えるには及ばず
使徒はダメージを受けた触手を切り離すことで追加ダメージを回避している
ードン!
爆発するような音が世界中に轟いた
空中で襲いかかって来た使徒をやり過ごしていたマルクスは何が起こったのか分からずにいたが
エルコライルホルンが崩れ、土石流や崖崩れが発生した
地面が割れうねり、至る所から泥水が噴き出し
割れた地面からドス黒い霧が噴き出す
「地震…」
これは、史上最悪類の巨大地震であった…




