烏鳴く鸚鵡
「またそこの森に魔女が住み付いてすぐに殺されたみたい
ほら、あの晩のこと!何かの叫び声聞いたでしょ?
で、セシルも留守なんでしょ
2日は帰らないと思って間違いない」
リビングには極彩色の羽毛を纏ったオウムに似た獣人種の鳥人(略してメル)のカノープスが
ピーナッツを剥きながらジクスと向き合って座ってる
「そうだね、彼は魔女に執着してるから…
魔女は討伐対象だし、人々に被害も出る
彼のやってることは立派だけど
いつか、取り返しのつかないことになりそうで心配だね」
「心配?まさか!違う違う
あたしゃ特別仲良くもないし事情は知らない、興味もない
ただ、ここの住人は何か持ってるでしょ
少なくとも、魔女に関わって良いことはない!
そういう点であたし達の足を引っ張らないか不安なのさ」
ジクスはコーヒーカップから揺ら揺らと湧き上がる湯気を眺め
今までの記憶に想いを馳せる
「例えば、二度と帰って来ないとか
帰って来ても二度と部屋から出て来ないなら
そっちの方が絶対にいい
魔女が何処から生まれるか知れないけどね
魔女の魔力に満ちた体液を浴び続けて
生身の人間がマトモで居続けられるか疑問じゃないか?
それに、死際に呪いを掛けられないとも限らないじゃない」
お喋りで有名なメルザーガだが
このカノープスもまた、例に漏れずマシンガンのようにまくし立てる
その騒がしさにとても寝ていられなくなったルッツがリビングにやってきた
「ちょwwwうるさいんだけど
メルとか初めて見たwジクスの客?」
「あ、うるさかったねごめんね
怪我はもういいの?起きてきて大丈夫?
この人はカノープス
ここの住人の1人だよ」
「魔女っ子に素材にされかけた
新しい入居者でしょ
知ってる、すごい噂だもの」
ジクスからの紹介に少し被せるようにカノープスは声を発する
「なになにw俺ってば人気者?
イケメンの宿m…「人気者かって?違う違う!
おたくがここに入居した翌日にはちょっとした騒ぎになったのさ
ジクスはね、生きとし生けるものは無条件で受け入れるでしょうけど
他の住人は『遂に魔物まで受け入れるようになったのか⁉︎』って具合に…
ヴィンスは部屋に鍵を増やすって工事始めるし
マル坊はいつも以上に素早く家を出て行った
お札や封印を買いに走る住人もいたわよ
ていうか、おたくホント酷い臭いだね…
何とかならないのかい?」
どうやらカノープスはお喋りに加え
オブラートに包むということをしないらしい
「あ?俺臭い?
あーもしかして、イカ臭いとかそういうやつ?www」
カノープスの配慮に欠けた一言に
血の気の引いたジクスだったが
当のルッツは冗談と捉えたのか、はたまた気にならないのか
ふざけた感じに応対した
「違う違う違う!
おたく!ゾンビ臭いんだよ!?」
「カノープス、もうやめて!
喧嘩になるから…!」
「あーそんな事か
そりゃ仕方ないって
だって俺、恋人がゾンビだし
だけど俺は人間だぜ、死霊術も使えないから安心してくれよ
なんなら言っとくけど
俺は恋人と二人で街に暮らせるような法律を作る為に、エルカトルまで来てやったんだぜ」
ルッツはさも当たり前のことというような態度で言い放つ
そんな彼にジクスはビックリが止まらないのか
目を白黒させている
カノープスはというとを野次馬心に火が付いてしまった
「法律を作る!?
こんなおバカさん初めてだ!
ゾンビの恋人ってなに?
恋人って事は腐った死体とそういう事しちゃってるわけ!?
死体とどうやってするんだ!?
いやーこのシェアハウスはゴシップだらけだけど
いやー死体は無いわー」
「ゴシップ何それ教えてよww
取引しようぜw
質問に答えるから質問に答えてよw」
「面白いじゃない
あくまで噂なら聞かせたげる
あたし自身のこと聞くのはNG
ここじゃ邪魔が入るからあたしの部屋いらっしゃい」
カノープスはサッと立ち上がり
奥の扉へ素早く入って行く
「ちょっと!駄目だよ!
他の住人の事を詮索するなってルールがあるんだから!!」
ジクスは慌てて声を上げたが
既にカノープスは扉の向こう側に行った後だ
「そんな慌ててどうしたんだよ
あくまで噂話だろ?
気にしすぎだって」
「噂って…駄目だよ!
君が思っている以上にここはアットホームな場所じゃないんだから!」
ジクスの制止も虚しく
ルッツはカノープスにほいほいついて行ってしまったのだった
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共有スペースを後にしてカノープスを追いかけると
ルッツの部屋へ行くのと同じく、扉の先に扉が一つだけ存在し
その先はもうカノープスの私室となっていた
原色を基調とした家具小物で彩られ
見た目にも騒がしい部屋だ
「ジョブくらい聞いてもいいだろ?
俺はレベル7のシーフ」
「あたしゃ商人だから戦闘は専門じゃないよ
戦えって言われたらおたくよりは強いけど…で、何から話す?」
ルッツは少し考えてから
カノープスに問いを投げかける
「ここってシェアハウスだろ?
一体何人でシェアしてて、どんな奴が住んでるんだ?」
「一番難しいこと聞くじゃないの
あたしの知ってるだけなら、20人は見てる
その中にゃ、もう10年近く部屋から出てきたの見てない奴とか
一度見かけたきりって奴もいる
あ、先に言っておくけど、あたしゃココに17〜8年は住んでるけど
一人だって引っ越した奴はいない
多分、今、ココで必ず会える人間で1番の古株はジクスだろうと思う
奴は話したがらないでしょうけど
予想じゃ住人は100人軽く超えてると思うね
…ジクスに話を聞くのは勧めない
奴、一番親切で普通に見えて
かなりヤバイ気がする…あくまで勘だけどね」
「じゃあ、あんたの知ってる人でいいから
どんな奴が住んでるんだ?」
「この先は、おたくの素性を教えてくれたら話したげる」
メルザーガ達の表情は読み取りにくい
それでも、交渉次第でどうにかなる雰囲気ではないのを肌で感じ
ルッツは自分の事を話した
粗方、ルッツの話を聞いて満足したカノープスは
自身の主観と偏見、噂だらけの住人像を聞かせてくれる
ジクス・ジンジャー
カノープスが知る、現在会える中で一番古い住人で
ジョブはクレリック
外では悩める者や貧困層を救うヒーローだが、彼に言わせれば偽善者なのだそうだ
このシェアハウスで、新しい入居者に対してチュートリアルを行う役目を自らに担い、信用が出来ない人物らしい
セシル・ハガード
バーサーカーの男で交友を嫌う
魔女に対して何らかの強い怨みを持っていて、魔女と聞くと家を飛び出し数日は帰ってこない
時を重ねるごとに魔物のような気配を放つようになってきたらしい
リゼット
カノープスが知る中ではただ唯一の子供だけの入居者
保護者のような者は誰も確認しておらず
本人も必要とはしてないそうだ
ジョブはサモナーでレベルもそう高くないらしいが危険人物だと彼は言い切った
「おたくが知ってる奴らはそんな感じ」
続けて、ルッツのまだ知らない名前を並べた
ヴィンセント・カーク
彼らは一家で入居しているらしいが
誰も彼以外の家族の声は聞いても姿を見た事はない
その不可解な点を除いては至って普通のソードマンであるらしい
オルキヌス・オルカ・エレクトリカス
ワイルドキャットという賞金稼ぎの一団の団長でジョブはヘクスブレード
口が悪く、協調性が皆無
自分さえ良ければそれでいいので無視されるのが普通なのだそうだ
テイン
リグマンであり爬虫類や両生類に酷似した獣人種だ
カノープスは殆ど話した事はないと言う
何を考えているのか分からないらしい
ボムボム・ケットン
フルールは所謂、毛だらけの獣人種でボムは猫なのだそうだ
カノープスは一言、嫌いだと添え
フルールはメルザーガを馬鹿にしていると付け加えた
ジョージ・マルクス
ルッツの前に入居した、比較的新しい入居者であり
こんなシェアハウスに住みながら
エルカトルの騎士団員として城勤務している
無表情で淡々としており、まるで機械のようなのだと言う
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「後はもう何年も会ってないから説明する必要も無いだろうね
生きているかどうかすら怪しいし」
ルッツは今得た情報を頭の中で整理し
少し考えてから口を開く
「騎士だっけ?ここに住んでるんだよな
ソイツってどうやったら会える?」
彼の目的はこの国の法律を変える事
王室とのつながりを持つ
絶好のチャンスと思ったわけだ
所がカノープスはケラケラ笑い声を上げ首をぐりっと傾げてみせた
「言ったでしょ?あたしゃ商人
ただのお喋りなオウムじゃ無いね!
おたくに教えたのは何の商品価値もない
ここに住んでいれば分かる事さ
情報も商品!分かるかい!?
これ以上知りたければそれ相応の対価を払うか自分の力で得るんだね」
瞳孔を見開いたカノープスの黒い眼がルッツの姿を映す
ぽっかりと穴が空いたような瞳に映る彼の姿が不気味に揺れる
「…ならいいや」
ルッツは適当な事を言ってカノープスの部屋を飛び出し自室へと逃げ込んだ
初めから誰も信用してはいなかったが
彼と話したせいか
不信感が沸き起こり、共有スペースに行くのを恐ろしく感じてしまったのだ
「つか、ゾンビの方がよっぽど安全じゃね?」
必要以上に戸締りを確認しながら
ルッツはこのシェアハウスに飛び込んだ事を後悔し始めていた