最悪の夜の始まり
目の前でドロドロに溶けたコフィンを目の当たりにしたジクスの口角がゆっくり上がっていき、彼の口から笑い声が漏れ始めた
「死んだ…!使徒が…人間に殺された…!!」
大笑いをするジクス
「おいおいw怖すぎて壊れちゃった?w
タゲ取らせてごめんってwww」
「ルッツ、もっとだ、もっと殺そう!」
目を爛々と輝かせジクスは更なる使徒の殺害を促した
「積極的になってくれんのは嬉しいんだけど、使徒を殺すには専用の道具がいるんだわwww」
「俺にもその道具分けてくれない!?」
いやぁ…とルッツは困ったように頭を掻いた
「純エーテルは今そんなに無いんだよな」
集めた純エーテルで武器を作り
その余りで純エーテルの風船爆弾を作った
作れた純エーテルの風船爆弾は全部で3つ
ゼノタイムとコフィンに一つづつ使った為、残りは1つである
「爺さんかアルバートに頼めば手には入るんだけど、量集めるのにそれなりに時間が居るっていうk…」
ルッツが話している途中で
2人の視界の端を何か重たいものが貫いていった
話を止め驚いてそちらの方を見て2人は息を呑む
ジクスの作り上げた空間に、割れ目のようなものが出来ており
少なくとも3人の使徒の姿を確認したからだ
瞬時に無理を悟ったルッツは
躊躇せずにジクスの襟首を掴み、スクロールを使った…
◆
光の届かない暗い地下
そこは一切の光が届かないにも関わらず温かく
魔素に満たされた不毛の土地であった
転移魔法で飛んだバイロンは
そんな厳しい環境の中に1人佇んでいる
「魔族領か…再びこの地に足を踏み入れる事になるとはな」
彼が素早く書き上げた魔法陣
それは使用者がゆかりの地へ飛ぶ、一度きりの強力な転移魔法陣であった
「…別の場所へ飛んだか」
辺りを見渡し、使い魔が居ないと分かった彼はそんな風に独り言をこぼした
魔族領へ飛ぶだろうというのは
予想していた事なので、それほど驚きもしなかったが
飛んだ場所が、ベスベチュラの居城でない
身に覚えのない場所であり
そこに疑問を抱いていた
「…あんたは…」
これからどうしようかと考えていたバイロンに声を掛ける者がいて、彼は其方に視線を向けた
そこには数ヶ月前に知り合った
老ゾンビミゲルの姿がある
「ミゲルか」
「ああ、やっぱり…あんたあの時の
ルッツの知り合いの魔術師だろう
ここは魔族領だ、人間のあんたがどうして…」
成る程なとバイロンは合点がいった
最近作った彼との縁に引かれて飛んだのだと分かったからだ
こんな所ではなんだと、ミゲルに連れられ
辿り着いたのは魔族領サンタナ郊外にある一軒の家である
「ボス、頼まれた物と客人だよ」
ミゲルがそう扉を開けた先には
アスシアスが居り、バイロンを見て驚愕した
「人間…!?ここは魔族領だぞ!!」
アスシアスは慌てた様子でバイロンを家の中へ引き摺り込み
元々、ミゲルの為に用意した魔力下しをバイロンに飲ませようとした
「要らん」
「何を言っているんだ!?
通常のニゲラよりも魔素が濃い場所なのだぞ!
人間は立ち所に…」
そこまで言ってアスシアスは止まった
「…お前、何ともないのか?」
「無い」
バイロンはかなり特殊な体質であり
含有魔力量もさることながら
本来、人間の身体には合わない魔素を体内で自らの魔力に変換出来てしまう
魔族のような性質まで持っていた
「成る程、お前は奴らのいう“ギフト”持ちか…
だとして何故、ここに」
「使徒がエルカトルのクリスタルレイに攻めてきた
アトリエに押し入られたので
縁を辿って転移したのだ」
「使徒が攻めてきた…だと?
確かに使徒から逃れるのであれば、魔族領は最適解やもしれぬが…
地殻変動が影響か?ここ2、3日地中の温度が急上昇しているし…謎が深まるな」
アスシアスはあーでも無いこーでも無いと、何やら思案を始めた
「まあ、何だ俺が言うのも何だけど
暫くここに居たらいいよ」
◆
エルコライルホルンの魔力の部屋に飛んだ
ルッツとジクスに
外の状況を知らないアルバートが「やあ」と呑気に挨拶した
「…!使徒!!」
彼の素性を知らないジクスは戦闘態勢に入ったが、ルッツがそれを止めた
「そいつがアルバートなんだわw
使徒なんだけど、人間側だから安心してよw」
それで、とルッツはアルバートに純エーテルを要求した
「出来るだけ早く沢山欲しいんだけど」
「自然に存在するエーテルの量はそんなに多くないんだ
この部屋の中でこれ以上集めるのは無理だぜ
もっと欲しいって言うなら外に出ないと」
流石にアルバートを勝手にこの部屋から出すのはマズいとルッツでも思った
「ちょっとそれはなw
俺の一存では決められないって言うか
今、使徒から逃げてきた所だしwww」
「逃げてきた?ゼノタイムの殺害が向こう側に伝わったのか…」
「コフィンだっけ?
それもさっき殺ったんだよなw」
ヘラヘラと笑うルッツ
そんな時、魔力の部屋の扉が乱暴に開かれ
マルクスとモンロルナラが飛び込んできた
「使徒が此方に向かって…
人間、来ていたのか!
ここはもう安全では無い!逃げろ!」
「いや逃げろったって、俺も逃げて来た所だしw」
慌てるモンロルナラにルッツは返す
するとマルクスがいつもの調子で静かに言う
「つまり、貴方が使徒を呼び込んだと言う訳ですか」
「呼び込んだとかw
けどコフィンとか言う使徒を殺したぜ?」
マルクスとモンロルナラは顔を見合わせた
「どのみち、こうなるのは時間の問題だった筈です
モンロルナラ覚悟を決めなさい」
「しかし坊ちゃん…」
渋い顔をするモンロルナラを他所に
マルクスは魔力の部屋に置いていた、この時の為の装備を装着し始めた
「マルクス…これは…」
いきなり連れてこられて訳が分からなくなっているジクスがマルクスに声を掛ける
「ジンジャー様、巻き込んでしまい申し訳ありません
我々は使徒を討伐するべく戦っております
貴方は直ぐにエルコライルホルンを降り逃げて下さい」
「…俺も使徒を殺したい」
ジクスの決意に満ちた表情を見て、マルクスは数秒考え
分かりましたと彼のパーティー加入を承諾した
「坊ちゃん、ここで迎え撃つとして
我々は人数も戦力的にも圧倒的に不利です
撤退の英断を…
せめて、3頭の眷属と合流してから…」
「こうなってはもう遅い」
「そうだな、もう完全に捕捉されてるぜ」
アルバートが急に口を挟んできた事を
よく思わなかったのか、マルクスは鋭い視線を彼に向けた
そして、椅子に縛り付けられているアルバートは不敵に笑いこんな事を言う
「この拘束を解いて外に出してくれたら
俺はあんたらの味方として戦うぜ?」
・
・
・
「いつまでここで待ってりゃいいんだ?」
クリスタルレイの謁見の間で、誰も居ない玉座の前に跪いたまま待たされるヘルロフは
その場にいた全員が思っている事を口に出した
あれ程いた使徒は一人残らず居なくなり
建物を叩く猛烈な雨音と雷鳴ばかりが、広い部屋にこだましていた
「分からん、ただ使徒が待てと言うのだ
…俺たちはそれに従うしかない」
王は苦々しい表情でそうヘルロフに返した
「ホルツマン卿、どうかなさった?」
唯一一人女性である、先日ソフィから代替わりしたばかりのノロイーストの領主バベットは
隣で同じように跪いていた、ワピチ領主クラウスの僅かな異変に気が付いた
「…いや…ん゛ん゛…喉が…」
顔を顰め喉元を押さえる彼に、皆が何かと注目して数秒もしないうちに
クラウスはゼェゼェと肩で息を始め、苦しそうに呻きながら咳き込み吐血した
バベットは突然の事にきゃあっ!と悲鳴をあげ、周りの領主も面食らったが
王だけは彼の症状に心当たりがあった
「魔力あたりか…!?」
王の叫びと共に、ガハ!っと手のひら一杯分の血を床に吐いたクラウスは前のめりに床に倒れ込んだ
「これはいけない」
エイベルはクラウスを抱き起こすが
既に彼の意識はない
王は初級の魔法を唱え照明の代わりにウィロウィスプを召喚すると
ただの暗闇とは違うザラリとした質感の黒い霧状の細かな粒子が
光を避けるように光源から離れていったのが見えた
ただ分厚い雲だけが、この暗さの原因ではないと確信した王は領主達に緊急事態を伝える
「ニゲラだ」
それを聞いた領主達は酷く狼狽した
「そんな…ニゲラの報せは聞いていないのに…!」
「領民達は!?これはマズイぞ!」
「落ち着け、起こってしまったものは仕方ない!
自領の事が心配なのは分かるが、その前にお前達自身の身も危険だ」
倒れたクラウス・ホルツマンが特別、魔素や魔力に影響を受けやすい体質なのはそうだが
ニゲラの濃い魔素に普通の人間が晒され続けて影響を受けない訳はない
「ここに居ろ」
使徒はそう言ったが、この謁見の間には
魔素を薄めるような構造物やアイテムは置かれていない
悩んだ末に王はクラウスを担ぎ上げ、領主達を連れ安全な部屋へ移動する事を決意した
「責任は俺が取る、着いて来い」
ここより程近い、物置部屋を目指して
王達は移動を始めた




