アンダードッグ
明日はアルブムの月の18日、レプレイスの当日である
最後の確認として再び全員がエリコライルホルンの魔力の部屋に集まっていた
「城下街の北側の一角に魔力の部屋を設置しました」
数日前からマルクスと共に魔力の部屋の試作を重ねていたモンロルラナは
最高傑作が出来たと少し嬉しそうに話した
捕らえた使徒と直接対峙する者達も
今日まで幾度となくダンジョンに潜り、互いに理解を深め
ピッタリとまではいかないが、かなり息の合った連帯が出来るまでにはなっていた
更に、事前に集めた純エーテルはセシルがデリックに頼み
何本かの武器へと加工され、既に数人の手に渡っている
「当日の動きを確認しましょう」
作戦としてはまず、リゼットが使徒降臨にセレモニーに合わせ
モンロルナラの作った魔力の部屋の前で高レベルの魔物を召喚する
おそらくこれでゼノタイムは釣れるという
「レプレイスの日に魔物の気配が街に突然現れたら
使徒は面目を守るために必ず潰しに来る筈だ
その後はお嬢さんが部屋の中に入りたくなるような口説き文句を言う」
不幸か幸いか、リゼットはゼノタイムが欲しがるタイプの人間だとアルバートは明言した
「お嬢さん、魔物と話せたり魔族の国の言葉が理解できるだろう?
それは“特別な力”だ
そういうので有用な能力を収集するのが、アイツは特に好きなのさ」
部屋の中に入れてしまえば、後は術者が死なない限り
よっぽど部屋は消失もしないし、無理矢理出るのも難しい
後は孤立したゼノタイムを殺すだけ
「そうだ、一つ言い忘れてた
魔力の部屋で死んだ仲間っていうのが今まで居たことがないから分からないが
基本的に使徒の死は、仲間に瞬時に伝わる
殺したら直ぐにバラバラに逃げた方がいいだろうな」
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そうして迎えたレプレイス当日
アルバートの助言通り魔物の気配を感じたからか、ゼノタイムはリゼットの前に現れた
更に彼女の能力に興味を示し
この家の中に居る親も不思議な力を持っているという彼女の嘘に
あっさりと騙されて家の中へ足を踏み入れたのだ
「…これは」
中に入るまで、確かに普通の家だったそこは
今では誰でもその場所が異空間であることに気づけるような
広く何も無い空間に変わっていた
まさか使徒である自分が狙われるとは想像した事も無かったのか
状況を飲み込めないゼノタイムは振り向いたが、既に入って来た扉もリゼットの姿も無い
唖然とするゼノタイムに、魔力の部屋に隠れて待ち伏せていたセシルが背後から襲い掛かった
純エーテルのナイフで腎臓を狙ったが
セシルの攻撃はまるで見透かされたかの様に翼で弾かれた
ところが、ゼノタイムはそれに驚いたような反応をしてセシルを見る
「貴様、一見人間だが魔物だな?」
ゼノタイムの全身にプチプチと音を立てて複数の目が出現する
その悍ましい姿に、セシルは一瞬怯んだものの
体勢を立て直し敵の出方を伺う
ゼノタイムの手に光が収束し、それはやがて一本の金の槍へと姿を変えた
(…例のエーテル武器か!)
マルクスから絶対に攻撃を受けてはならないと命令された
キースやヴィルヘルムを一度殺した武器の一種だ
ゼノタイムの槍の構え方は、アルバートが素人と言ったように
戦闘慣れしている人間の構えではなく
セシルはこれなら攻撃を見切るのも簡単だとたかを括る
しかし、ゼノタイムが不敵な笑いを浮かべた瞬間
セシルの身体は見えない何かに拘束されたようにピクリとも動かせなくなってしまったのである
「…!?」
下手くそな槍で心臓を一突きされる
そんな想像が頭を過ったセシルだが
キースとヴィルヘルムがゼノタイムの背後から足を食いちぎろうと飛び掛かった
「ーおのれっ!まだ居たのか!!」
2人もセシル同様に翼で弾かれてしまったが
お陰でセシルは身体の自由を取り戻せた
「ーチッ!全然あたんねぇじゃん!」
キースとヴィルヘルムが2匹で様々な角度から何度もアタックをかけるも、全て翼に弾かれてしまう
「言葉にするなら“自動防御”…!
これが奪ったギフトの力か!?」
ヴィルヘルムは無駄だと一度距離をとる
「…条件が分からないが、奴はこっちの動きを封じてもくるぞ」
3人はゼノタイムを囲み警戒した
「魔物風情が…たった3匹で使徒の私に挑んで来るとは舐められたものだな」
ゼノタイムを中心に突風が噴き出した
体重の軽いキースとヴィルヘルムは、吹き飛ばされないように
地面にへばり付くので精一杯だ
「…これもギフトか!?」
「違うこれは魔法攻撃だ!」
元が人間であるセシルには魔力の流れが見えず
予備動作のない使徒の魔法攻撃に気付くのが遅れてしまい
風の斬撃をまともに喰らってしまった
「ぐあぅ!!」
体勢を崩した彼を槍で貫こうとしたゼノタイムの周囲を、吹き荒れる風よりも速くギルタブが旋回飛行した
その翼の先には純エーテルの刃が取り付けられていて
飛行しながら斬撃を繰り返すが
その全てをゼノタイムの翼が盾となり防いだ
そこにアークトゥルスが鋭利な鉤爪の強靭な足で握り潰しかかる
頭を粉砕するつもりが、掴んだのは翼
掴めたのが何処の部位であろうと構わないと考えたアークトゥルスは
そのまま使徒の翼を折り、力任せに引き千切った
ヒィイイイイイ!!!
聞いたことのない恐ろしい絶叫がゼノタイムの喉から上がり
それと同時に5人の並行感覚が奪われ
アークトゥルスやギルタブは地面に落ち、ジタバタともがき苦しんだ
「私の翼が…!獣人…許さない!!」
引きちぎられて出血した傷口から、歪な翼がメキメキと生えてくる
アークトゥルスにターゲットを絞ったゼノタイムは怒りのあまり
美しい女性のような出立ちを歪め、異形を隠そうともせずに
地面でのたうつアークトゥルスにトドメを刺そうとした
その背後からマルクスが剣でゼノタイムに斬りかかる
再生した歪な翼が矢張りこれを防いだが、マルクスの攻撃は一度では止まらなかった
一瞬も止まることのない猛烈な斬撃のラッシュと、ギルタブが与えたダメージの蓄積もあって防いでいた翼はぐちゃぐちゃになっている
翼を切り落とそうと最後の斬撃を入れようとした時
ゼノタイムの槍がマルクスの腹部を貫いた
「ーっ…!」
普段殆ど動かない彼の表情が、明らかに苦悩に満ちる
「ご主人様!!」
ヴィルヘルムが絶叫しゼノタイムに噛みつこうとしたが
いとも簡単に弾き飛ばされた
「貴様は魔族だな…
魔族のくせに身の程を弁えず
私の美しい体を傷付けた罪は重い
貴様はこれ以上ない苦しみのうちに殺してやる…」
マルクスに突き刺した槍をぐりっと抉るように更に押し込み、ゼノタイムは笑った
「私が…純粋な旧魔族であれば
それも可能であったかも知れません」
マルクスは刺さっている槍を両手で掴むと
ルッツには出来ないと言ったエーテルの操作を試みた
黄金の槍は淡く発光し徐々に分解され、最後には光の粒になり霧散する
「何!?何故だ!!」
「エーテルは人間の技術だったっけ?w」
いつの間にかゼノタイムの間合いに入り込んでいたルッツは
驚くゼノタイムにニッと笑いかけ
そのまま純エーテルで満たされた風船を力一杯ぶつけたのだ
ーぎゃああああああ!!!
断末魔があがり、ゼノタイムは純エーテルを浴びた場所から煙を上げながら
数秒のうちに黒い粘液へと姿を変えた
ドロドロに溶けたゼノタイムだった物を目の前に
マルクスは傷口を押さえたまま、その場にゆっくり膝をつく
「兄ちゃん大丈夫かよ!」
マルクスが刺された部分や槍を握った両手の平は、溶けたゼノタイムと同じように
黒い粘液を滴らせている
ルッツやヴィルヘルム、その他の仲間の心配を他所に
マルクスはただ、使徒を殺したという事実に心を震わせていたのだった




