空の事情
エルカトルの東部沿岸沿いに立つ糸杉の並木
バラーイエロという街のこの街路樹は
非常み目立つことから道標にされがちであった
それは人間にとってだけではなく、メルザーガにとっても同じである
「えーっと、バラーイエロの2番目の糸杉だっけ…?」
カノープスにダメ元で吹っ掛けて数日
彼はルッツにバラーイエロの2番杉へ行くよに言いにきた
「奴の名前は“アークトゥルス”オウギワシベースのC型男性
まあ、会えばわかるよデカいから」
そう言われてやって来たルッツだが
それらしい人物は見つけられず、カノープスに担がれたのかなと2番目の糸杉の足元に座り込んだ
(せっかくここまで来たし、適当に観光でもしてから帰るかな…)
そんな呑気な事を考えつつ、目を瞑った一瞬の間に両肩を急に上に引っ張られ
身体がフワリと無重力感に包まれた
「うっうわっ!?」
見上げれば両肩をメルザーガに掴まれ
一瞬で糸杉よりも高い空に運ばれていた
「カノープスの言っていた人間だな?」
「じゃ、あんたがアークトゥルス!?」
翼を広げると6mはありそうな巨大な翼をはためかせる度に
物凄い風圧と風を切る音がルッツに襲い掛かり
鼓膜が破れるのでは?と不安に駆られた
彼はそんな事など気にせず、ルッツを掴んだまま
大きな広葉樹の太い幹に降り立った
「あの並木は目印にはいいが、降りるには軟弱過ぎる
改めて、俺がアークトゥルス
ガーデンホープでは最強の戦士だ」
自称“最強”の戦士を何処まで本気にしていいのかルッツは思わず愛想笑いを浮かべる
「カノープスに聞いてると思うけど
俺が欲しいのはただ強いだけの戦士じゃないぜ?」
「大志を抱く者だろう」
メルザーガが集まって作り上げたガーデンホープと呼ばれる国がドラゴンハイブに一番近い、アライバルと呼ばれる大陸にある
そこは幾つもの渓谷に囲まれた陸の孤島と呼ばれる場所に生える
古の時代から生きているといわれる大樹の上に作られており
人間による侵略は勿論、他の獣人種では容易に辿り着ける場所ではなかった
しかし、翼を持つ使徒は例外であり
使徒は度々このメルザーガの楽園を襲うのだという
「例えば、食料として狩られるのであればまだ納得のしようがある
だが奴らは、殺した俺の家族を食べる訳でもなく、遊びの一環として殺し谷に捨てるのだ
無駄に殺される…そんなのを容認し続ける訳にはいかないだろう…!?」
彼の言葉には深い悲しみと憎しみが込められている
それは大切な人を奪われたのだろうと、容易に想像出来るような悲痛な声だった
「獣人の中でも特に俺達を目の敵にするのは
メルザーガに翼があるからだ
こんな横暴は止めさせなければならない
…それで人間、お前は強そうに見えないが奴らを倒す自信があるのか?」
身長2mをゆうに超える大きな猛禽類のアークトゥルスからしたら
成人男性にしては小柄で、鋭い爪も牙も持たないルッツは軟弱に見えても仕方ない
訝しげに見下ろしてくる彼にルッツはニヤッと不敵に笑い
自らの頭を指でコツコツと叩いた
「人間の武器はここだからw」
アークトゥルスは半信半疑ながら
誰も言い出さない“打倒使徒”を掲げるルッツの仲間に加わることを約束した
彼は更なる同志を集める事を誓い、ガーデンホープへ戻っていった
「連絡はカノープスを通じて行う」
飛び去った彼の背を見ながら、ルッツは下を見下ろした
「どうやって下りんだよwww」
◆
兵舎で今日の鍛錬を終え、帰ろうと荷物をまとめていたマルクスに
同僚の騎士が慌てた様子で声を掛けてきた
「おい!お前の知り合いだとかぬかす
ゴリマッチョな女が城門の前で暴れて騎士を次々に行動不能にしてるぞ!!」
「…ゴリマッチョ…?」
とにかく来いと、腕を引っ張られ
連れて行かれた城門前では、何人もの騎士達に囲まれ楽しそうに彼らを煽るゼノビアの姿があった
「なんだいなんだい!
騎士っていうからもっと強いのを想像してたのに、ちっとも面白くないじゃないか…!
もう全員いっぺんに掛かってきな!!」
「ク…クソ…舐めやがって…」
地面に突っ伏す騎士達は特に目立った外傷はなく、締め技か何かで落とされているようだ
城門の見張りを張り倒したのだから
捕縛〜投獄〜刑罰コースなのだが、そもそも彼女がフィジカル強すぎて捕まらない
「ゼノビア様」
そこで、彼女が名前を出したマルクスが呼ばれたという訳だ
「お!居た居た!」
周りを囲む騎士の向こう側に、マルクスの姿を見つけたゼノビアは手を上げた
それを一瞬の隙とみて、騎士達が一斉に彼女を捕まえるべく襲いかかったが
素早い身のこなしと痛烈で正確な打撃に、あっという間に数人の騎士達は沈められた
そんな様子に、マルクスを呼びに来た同僚もヒィ…と一歩後ろに下がる
「何故こんな事に…」
「私ゃ、あんたに会いに来ただけだ
そしたらその男が私の肩を小突いてきた
宣戦布告、違うのかい?」
「…それは此方の騎士が悪い
ですが、ここまで暴れてしまっては流石に擁護が出来ません」
まさか彼女がこんなに血の気が多いとは知らなかったマルクスは
城の兵舎に居ると言ったことを後悔した
「何の騒ぎだ」
騎士団長まで出て来てしまい、もう後には引けない
団長は地面に倒れる十数人の騎士達と、ゼノビアを見て剣を抜いた
「貴様…ベアの刺客か?
それとも反乱軍の生き残りか?」
「は?私はただの魔女狩りだよ」
一瞬、“魔族だ”と彼女が言うのではとヒヤッとしたが
流石にそこまで馬鹿ではないようで自分は冒険者の一端であると彼女は言った
「コイツが先に私の肩を小突いた
私はジョージ・マルクスに会いたいと言っただけだよ」
「…ほう、で?
そのジョージ・マルクスに何の用で会いに来た
回答によってはこの場でお前を処刑する」
一応、騎士が彼女にやったことに配慮したのか
団長は剣を構えたまま威圧的にゼノビアに告げた
「それはプライベートな話だ
あんたには聞かせられないね」
うまい誤魔化しを考えるような性分ではないゼノビアはバッサリと言い捨てる
次の瞬間には、団長が一歩踏み込み
彼女の首を狙って剣を振るっていた
しかし、ゼノビアはそれを事も無げに躱し
更にはそのまま団長の鳩尾に一撃入れた
「ーカハッ!」
団長の苦しげな嗚咽
彼は腹部を押さえその場にうずくまる
「…あぁ…なんてことを」
別にマルクスは団長や騎士達を心配している訳ではない
ただ、面倒臭い事になったぞといった意味の声が漏れる
「…おのれぇ…!ジョージ・マルクス!
貴様!これはどういうことだ!!」
ゼノビアには勝てないと分かった団長が声を荒げ、怒りの矛先を向けたのは
自分よりも立場が下であるマルクスにであった
「申し訳ございません」
「ちょっと!何でそいつに怒鳴るのさ!
大体あんたが先に手を出して来たんだろ!?」
ゼノビアは初めから最後まで
全て返り討ちであり、一切先行して攻撃はしていなかった
その上で、急にマルクスに怒鳴るという行為に
彼女は頭にきたらしく
団長とマルクスの間に立ち塞がった
「ゼノビア様、おやめください
余計に場が混乱します」
「はぁ〜!?あんたも私も何もしてないのに
コイツらが勝手に攻撃してきて勝手に負けたんだろ!?違うのかい!?」
これは収集がつかないと、マルクスが目を細くし、許してもらう方法を考えていた時に
騒ぎを聞きつけた王が出て来た
「おーい、ニルス」
「エドリック王…!何故っ…!
あんたは一番出て来たらダメな奴だろう!!」
「ははは!そっちの女性のバカでかい声で全て聞こえていたぞ
悪いのは騎士団だ、その上なんだこの体たらくは…
たった1人の冒険者風情に負けるとは
先の反乱で大勢の騎士を失ったとはいえこれはいかん…」
王は大笑いした後、ゼノビアの方を向いた
「おお、素敵なお嬢さん
うちの騎士団が無礼を働いたな」
これ以上の面倒は避けたいマルクスはゼノビアに何も言わせない様に彼女と王との間を遮った
「エドリック王、誠に申し訳ありません
彼女は私と旧知の仲…
田舎から出て来たばかりで作法を知らず
無礼を働いたこと、どうかお許し下さい」
深く跪く彼をエドリック王は見下ろし、ふーと溜め息を吐いた
「…お前は私の友人から預かった大事な客人だ
多少の騒ぎには目を瞑るが気を付けたまえ」
王のこの言葉に、騎士団長ニルスは「えっ!?」と素っ頓狂な声をあげ
マルクスは眉を顰めたが「はい、申し訳ございません」と重ねて詫びを入れ
ゼノビアの手を引いて城を離れた
そして、人通りのない路地裏へ入ると
マルクスはゼノビアに何の用だったのかと問いかけた
「それだ!初めに会った時はすっかり忘れちまってたんだよ
モンロルナラって奴に頼まれたのさ」
そう言いながらゼノビアは出掛けに渡された本を取り出した
「モンロルナラ…」
彼はゼノビアにこの本にジョージ・マルクスについて書くように言ったが
それを忘れたゼノビアは、本をマルクスに渡した
真っさらな本のページを見て、それが何か察した彼はゼノビアに礼を述べ本をしまった
「次、私に用事がある時は
兵舎ではなく、魔力の部屋にお越しください
貴女が訪れると、私に報せが届くように細工しておきます」
「雑魚は何人集まっても雑魚だからね
格下と殴り合っても面白くないし、そうしてくれると助かるよ」
ゼノビアと別れたマルクスは、渡された本を取り出し眺めた
「…これで魔族領と連絡が取れる」




