王都クリスタルレイの衰退
「こりゃ酷い」
そんな風に小さく呟いたゼノビアは崩れかけた外壁を見上げていた
「お姉さん、危ないからあんま近付くなよ」
通りかかったエルカトルの兵士がそんな声を掛けていく
2度のニゲラに内乱でボロボロになったクリスタルレイの外壁は
今もなお補修工事が終わっておらず
その被害の激しさを物語っている
(なるほど、人間が魔族を恐れる訳だよ…)
ニゲラの発生に魔族は関与していないが
ニゲラの発生で魔物や魔獣、果ては魔族が生まれる
非力な人間の短い一生で、この大掛かりな囲いを壊されるのは
きっとすごく大変な事なのだろうとゼノビアは同情した
門番にも特に怪しまれることも無く
外壁の門を通過した彼女は、最後に来た時は美しかった
クリスタルレイの城下街を目の当たりにし、唸らずにいられなかった
お気に入りのスイーツ店は表通りの3番通りにある
変わり果てた街並みを尻目に進んだ先で彼女は愕然とする事になった
店のガラス窓は全て割れ、建物は半壊
中のショーケースはぐちゃぐちゃに壊れ
そんな店内に誰も居るわけもなく…
見る影もなくなったスイーツ店に立ち尽くすゼノビア
更にそんな彼女に追い討ちを掛けたのは
通りすがりの市民だ
「あれお姉さん、このお店で何回か見た人だね
残念だけどここはもうダメだ、今は取り壊しを待ってる最中さ
店主がニゲラの時に死んじまったからね…」
「…嘘…だろ…?」
ゼノビアの頭の中が真っ白になった
すっかり気分が落ち込んだ彼女は肩を落としトボトボと当てもなく歩き出した
彼女の仕事は魔女狩りだが、人間領に来る唯一の楽しみが
人間の作る料理であったからだ
「…貴方は」
不意に声を掛けられ、ゼノビアは立ち止まり声の方を見た
そこにはこの街の騎士の装束に身を包んだ
容姿の整った青年が立っている
彼を見た彼女も何かピンと来るものがあったのか
さっきまでの惚けた顔はどこへやら
2人の間にピリついた空気感が流れた
「…此方に敵意はありません
少しお話できますか?」
「新手のナンパかい?
私ぁ、弱い男にゃ興味無いよ?」
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2人は城下街の外壁の外へと場所を移した
「ここは“安全”です」
背の高いイネ科の草原の中にポツンとある雑木林の中にある大きな木の幹に、彼は魔力の部屋を開いた
「どうぞ」
開かれた扉に入った彼はゼノビアに入るようにと促した
魔族にとって、誰かの作った魔力の部屋に入るということ
それは罠に足を踏み入れるのと殆ど変わらない、なかなかリスキーな行為である
一瞬躊躇したが、目の前の青年から“見て取れる”魔力の色から
本当に攻撃の意思がないのだろうと思い、ゼノビアは部屋の中に足を踏み入れた
「お茶くらいしかありませんが」
そう言い、彼はコップにお茶を入れ差し出す
「私はまどろっこしい事は嫌いだよ
だから単刀直入に言う
あんた、魔族だろう?」
「其方こそ…魔族でしょう
今の人間領での世界情勢を知らないとは思えませんが」
「ああ知ってるさ!
私は魔女狩りだ!人間が魔王を討伐するって盛り上がってるからって
私らが魔女狩りを辞めたら、人間領に魔女が溢れっちまう!!
そしたら余計に人間は魔族に怨みを抱くだろう!?」
彼女の熱のこもった弁に青年は視線を流す
「貴女の様な人がもっと大勢いれば…
いえ…まだ名乗っていませんでした
私はジョージ・マルクス」
「へぇ、人間みたいな名前だね
私はゼノビアだよ」
「魔族名はマムクルスラです」
ふーんと興味なさそうにした後、ゼノビアはマルクスの腹部に指を刺す
「あんたを見てからずっと気になってる
その腹はどうしたんだい?
魔力の流れがそこだけポッカリ穴が空いたみたいになってるよ」
「眷属に刺されました」
「はぁ?」
エーテルのナイフで、とマルクスは付け加えたが
それは大変だ!と言うゼノビアはよく分かっていない風だ
「それで、魔族領は…魔王ベスベチュラは今どうしていますか?」
この質問にゼノビアは渋い顔をした
「私はゼブルの国民だ、悪いけどアデモスの事は分からないよ
ただ、魔族共は揃いも揃って腰抜けで
人間領行きのツアーも空路も全部使えなくなってる
この騒動が収まらない限り、今人間領に居る魔族は孤立状態ってわけさ」
それを聞いたマルクスは表情は無だが
悲観するというよりは、どこかホッとしたような雰囲気であった
そんな感じでお互いの持っている情報を交換し合い、魔力の部屋を出る
「…この部屋開きっ放しかい?
閉じなくてもいいのかい?」
魔力の部屋は存在を維持させる為に魔力のリソースを割く必要がある
「問題ありません」
この魔力の部屋はキースとヴィルヘルムの為に用意した休憩所の様な場所
更にマルクス自身、魔族としてもかなり特殊な個体であり
内包魔力量が旧魔族に引けを取らず
その上、魔力の回復速度も異常に早かった
彼にとって魔力の部屋の複数運用は何の苦でもないのである
「あんた凄いね、私は魔族だけど魔力を使うのは得意じゃない
ま、私にはこの腕っ節があるからね!
魔法だなんだのの小細工は必要ないのさ!」
ガハハと彼女は豪快に笑った
「…私はクリスタルレイの城下街の騎士として勤めています
ご入用の際はその辺りを探して頂ければ宜しいかと存じます」
「へえ!!丁寧にありがとね
私も暫くはこの辺の魔女を狩る
見かけたら気軽に声掛けておくれよ!」
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自室に戻ったマルクスは、自らの腹部を摩った
そこはゼノビアに指摘された場所
要はセシルに純エーテルのナイフで刺された場所である
傷自体は確かに塞がっていたものの
もう何日も経つというのに、ずっと穴が空いているような
その場所だけ感覚が戻らないという妙な感覚を覚えていた
「魔力の流れ…」
意識して体内の魔力の流れを辿る
矢張り、刺された場所にだけ魔力を辿れない
彼はふと思い立ち、その部分の皮膚をナイフで削いだ
「矢張り」
皮は張っていたが、内部は穴が空いたままになっていたのだ
こんな怪我は初めてで彼は戸惑った
マルクスは親であるベスベチュラの特性である、超回復を受け継いでいる
生まれたばかりの頃、兄弟に食べられた片足はまだ幼過ぎたせいで再生が効かなかったが
今の彼は、よほど一瞬で身体の3分の2以上を灰にされたりしなければ
完全再生に一分も掛からない程だ
そんな彼の腹部に、穴が空いたままになっているのである
「…人間…」
そこで彼はふとアルファウラの言っていた事を思い出す
この穴を“人間”で塞げば良いのではないないか…?と




