蜘蛛女
【魔族領:ゼブル】
人間領より地の底にある魔族領の一つゼブルでは
エルカトルのクリスタルレイで起きた使徒による“浄化”による殺戮が
今やっと、この国の魔王ウィンロプスに届いたところだ
「なんだと…!!」
報せを受けた魔王は悲鳴のように叫ぶ
よくあるファンタジーものの魔王なら、ここで人間許すまじ皆殺しだ!
となるのかも知れないが、この魔王ウィンロプスは
他に6人いる魔王の中でとにかく臆病者で知られている
「我が国の者が、こ、殺されたのか…?」
「3人殺されました」
この3人とは、人間領のグルメを書籍にして魔族領で発行していた記者とその連れ添いであり
彼らは全くの一般人であるのだが
あの時、クリスタルレイの城下街に居たことで殺害されてしまっていた
「あああ…!…3人も…!」
顔を覆い震える魔王を見て、四天王を含む側近達は
彼が怒り狂うのではないかと身構えた
が、しかし、魔王は民を殺された事で震えていたわけではなかった
「ゼブルの民が含まれていたと知れれば!
私が人間に狙われてしまうかも知れない!!」
「己の心配か!?」
四天王トップのフェログリスは思わずツッコんだ
とにかくこのままではいけないと
魔王はすぐにゼブルの民に向けて御触れを出した
【如何なる理由であっても
人間領への渡航を禁止する】
急に出た命令に、ゼブルの民は混乱した
特に被害を被ったのは観光業だが
命には変えられないと人間領へのプランを全て取り止める
そして、次に困ったのは“魔女狩り”と言われる狩人達である
「はぁああ!?人間領に行くなって…!?
それじゃ犯罪者が野放しじゃないか!」
魔女狩りとして名を馳せている筋骨隆々の蜘蛛の魔族であるゼノビアは
魔王からの通達をバリバリに破って憤慨した
そして、その文章を持って来た
魔王からの使者の襟元を掴み上げた
「ひぇええ!!」
「あの臆病者に伝えときな!
魔女をそのままにしといたら、それこそ私らが悪くなる!
そんなクソみたいな命令には従わないってね!」
使者をポイっと投げるように離しゼノビアは早速、人間領へ向かう為にドラゴンハイブへ向かった
海の上に空いた大穴のドラゴンハイブの下には
どこの国にも属さない街があり、人間領へ連れて行ってくれる飛行型の魔族や彼らの飼う魔獣が多く住んでいる
ここで、金銭を払うことで
人間領への切符を手に入れることが出来るのだが…
人間領まで飛んでくれという彼女の要求に首を縦に振ってくれる者はいなかった
「…どうも今回の人間の魔王討伐宣言に使徒の奴らが絡んでるって噂だからさ」
「まだ死にたくないから他を当たってくれよ」
「使徒と人間の標的は今のところ
魔王ベスベチュラなんだろ?
静観するに越したことはないぜ」
みんな一様に使徒を恐れて人間領へは行きたくないという
「そんなに行きたいなら、魔女と同じように自力で行きゃいいんだよ」
なんていう魔族もいたが
いかんせん、ゼノビアは魔力を魔法として扱うのがめっぽう下手くそであった
「揃いも揃って臆病風に吹かれちまって!
ヒヨってんじゃないよまったく!!」
そういう彼女も、使徒と真っ向勝負となれば
惨敗するというのは分かりきっている
使徒はそれほど強く、厄介な相手なのだ
ドラゴンハイブの街に住むすべての魔族に断られ
途方に暮れていた彼女に1人の男が声を掛けた
「お前、人間領に行きたいそうだな?」
「ああそうさ、何だい?
あんた連れてってくれるのかい?」
「こちらの頼みを聞くなら、抜け道に案内してやれる」
どうする?という男が差し出した手を見て、ゼノビアは跳び退った
「…あんた、旧魔族かい?
何処の国の王族か知らないけど
その頼みってのは真っ当なんだろね!?」
「如何にも、私はモンロルナラ
ベスベチュラの親類だ」
モンロルナラと名乗った男はゼノビアにもう一度どうする?と問いかけた
「…あんたの望みってのは何だい」
「とある人物の安否を確認して欲しい」
彼が言うには、ベスベチュラにとって大切な人物が
クリスタルレイの城下街に住んでいる筈なのだが
使徒が浄化を行って以来、連絡が取れないのだと言う
「そのくらいの事ならいくらでもやってやる、さっさとその抜け道とやらを教えな!」
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ゼノビアが連れて行かれたのは魔王ベスベチュラが治める国アデモス
その端にある厳重に封鎖された禁足地に掛けられている魔術的な封印を、モンロルナラは解いた
「…ちょいと、こんな所に入っていいのかい?」
「私が許可するのだ、ダメな理由がない」
彼を訝しみながらも、ゼノビアは禁足地へと足を踏み入れた
魔族領特有の植物で覆われたその土地を更に奥へ進むと、途中で川に差し掛かりそれに沿うように進んだところにそれはあった
モンロルナラが立ち止まり、指を刺した方を見上げると
ドラゴンハイブのように天に穴が空いており、海水が細い滝を何本も作って下に落ち川を作っていた
ドラゴンハイブと違うのは
ドラゴンハイブでは、流れ落ちる海水が途中で蒸発し水蒸気となり上へ戻っていくのに対して
この穴から落ちてくる海水は、水のまま魔族領に流れ落ちて川を作っている所だろう
「ノルウォギガスというスノームースの領の近くへ通じている“境界の谷”だ
ここの壁はドラゴンハイブのように高温ではないのでこの崖を登って行くことが出来る
だが、問題が一つある」
人間領ノルウォギガスは魔族領と繋がるこの穴を危険視していて、常に監視している
確かに、魔物がここを通って人間領へ行くことがない訳ではないが
ここから地上に漏れているのは非常に濃い“魔素”であり
それに当てられた地上の生物が、この境界の谷付近で急速に魔物化しているのを人間は知らず
境界の谷から魔物が上がってきていると考えているのである
「つまるところ、ここから行くと人間にモロバレって事だね?」
「そういう事だ」
人間の魔族へ対する負の感情が高まっている今、ここから出て行くのは非常に危険な話なのは
頭があまり良くないゼノビアにも分かったが
チャレンジ精神のオバケのような彼女は、寧ろこれにワクワクした
「よし!行ってやるよ!!
人間?使徒?掛かってきな!
まとめて全員ぶん殴ってやるよ!」
「戦争になるのでそれはやめたまえ
あくまで、お前の敵は魔女だろう」
モンロルナラに静かに叱られ、ゼノビアは少ししょんぼりした
「いいか?もし仮にお前が捕まってしまっても
私の捜している人の事は一切口にするな
彼が無事であった場合、その発言が彼を危険に晒してしまう
あくまでお前は、魔女を狩りに行くだけ
分かったな?」
モンロルナラはそう釘を刺す
更に彼は二冊の本を出しそのうちの一冊を彼女に渡す
「この本に記されたものは共有される
どちらかで消されればそれも共有される
連絡はこの本で取り合おう」
モンロルナラが見守る中
ゼノビアは天へ向かって糸を投げた
それは天井の割れ目付近に引っ付く
彼女は2、3度糸を強く引っ張り、ちゃんと固定されていることを確かめてから登り始めた
天井まで辿り着けば、後はクライミングの容量で登っていくだけだ
蜘蛛である彼女には簡単なことだろう
「ジョージ・マルクスね…」
魔王ベスベチュラの子供である
そんな人物が何故人間領になど行っているのか疑問はあるが
それは本人から聞けばいいかと
ゼノビアは筋肉質で太い6本の腕と2本の足を駆使し
絶壁の崖をスルスル登っていくのだった




