計画的な無計画
シェアハウス・ノーシルプの朝は穏やかだった
夜中、魔物の訪問も無ければ
虫に噛まれることもない
寝台には清潔な布団が当たり前にあり
隙間のない壁に囲まれ凍えることもない
こんなに恵まれたことはないのに
やはりルッツは隣に老ゾンビが居ない事が納得できなかった
リビングへ行くと
ジクスは居らず、代わりに初めて見る人物がいる
椅子にちょこんと座る少女の
透き通る真っ白な肌と血のように赤い大きな瞳が
ルッツの姿を捉え写していた
「新しい人でしょう?
初めまして、私はリゼット」
「…ルッツ
つか、何?ここファミリー向けだったのかよ?
親はどうしたんだよお嬢ちゃん
あ、もしかして、ジクスの子供とか?」
ノーシルプは路地裏の建物と建物に挟まれた
大きくは無い一軒の建物だった
外観からそこまで大きくないように思っていたので
更なる住人、しかも少女の存在に彼は驚きを隠せなかった
「親ならもう居ないわ
死んじゃったから
私はここに私の意志で住んでるの」
「いやいやいやwww」
「みんなそう言うわ
でも、貴方よりも私の方が強いのよ
なんなら、パーティーに加わってあげましょうか?」
「いやw別に魔物の退治に来た訳じゃないしw
その辺の出稼ぎ戦士とは違うんだぜww
何でわざわざ外に出て危険な目して
魔物狩らなきゃいけないんだよw」
ルッツの目的は
城に入り込んで老ゾンビと一緒に街で暮らせるようにすること
魔物を倒して生計を立てたり
魔王を殺して世界を救うことではない
「あら、そうなの
お金持ちには見えないからきっと
自分の身体をこの家に捧げる気ね
初めはいいかもしれないけど
それって何も行動出来なくなるのよ
自然回復には時間がかかるから
回復した頃にまた家賃を払わなくちゃいけない
早く回復するならお金がいるけど
お金を稼ぐ為の体力は残ってない
そうやって、寝たきりの養分になりたいのね」
リゼットはそう感心したように言った
「おいおいwww悪い冗談だぜ
俺は勉強して城勤務したいだけで
勇者志望じゃないんだって」
「え?そんなアンデットの臭いを纏ってるのに王様に支えるような人格者なの?
それとも、王の血族?
私よりもレベルだって低いのに?
王室に出入りしてる人は下男下女でも
大ネズミくらい追い払えるのよ?」
ルッツはギョッとした
今さっき初めて出会った少女が、話してもいない彼の事を語るのだ
「あら、驚かしちゃった?
ごめんなさい
そうね、魔物のいい狩場教えてあげるわ
大丈夫よ、私も一緒に行ってあげる」
彼女の素性はイマイチよくわからないが
逆らっても勝てそうにない
口には自信のあるルッツだったが
一先ず大人しく従うことにした
…
彼女の言うまま連れ立って
程度の悪い錆びたナイフを手にエルカトル外壁の外へ出た
首都の周りやそこに繋がる主要道路はよく整備されている
人の作った道の両端には、一定間隔を空けて灯りと魔物避けが焚かれ
定期的にエルカトルの騎兵が巡回しているので魔物の類は影も形もない
だからこそ、多少の運の良さだけでルッツが一人でここまで辿り着く事が出来た訳だが…
「魔物に会うには道を外れて少し行かなくてはダメよ
この辺りで一番レベルの低い安全な狩場は、ここから道を右に外れた先にある湖のほとり
さあ、行きましょう」
・
・
・
【無垢なる湖】
その湖の水は“超純水”で綺麗すぎた
混じり気のないただの水には
生き物の気配は一切なく
美しい見た目とは裏腹に死の湖とも呼ばれている…大昔は、魚や虫が沢山いたと文献が残っているのだが
生き物が姿を消した原因も
水が澄み切ってしまった理由も
解明されないまま、魔物の溜まり場となっていた
「見て!スライム!
不純物が少ないからね
限りなく透明で気付かずに踏んでしまいそう」
足元でプルプル震えるスライムは
他の何処にいるソレよりも透明度が高い
どうやら湖の水に影響されているらしい
「推定レベルは15くらいね…戦う?
この透明度の高いゲルが欲しいの」
「いやw俺、レベル7だしw」
「大丈夫、一人で出来るわ」
リゼットは肩から下げていたポーチの口を開き
中から豆粒程の赤い球を取り出すと
スライムに投げつける
当たるのと同時に赤い球は爆ぜ
スライムはいとも簡単に飛び散った
「アイテム屋さんで売ってるの
対スライム用の爆弾
その名の通り、スライムにしか効かないのだけど効果は抜群ね!」
「魔王専用勇者の剣とかも売ってそうな店だぜw」
「あら、よくご存知ね
試した人は知らないけど
法外な値段で売ってたはずよ」
リゼットは可笑しそうに笑う
飛び散ったスライムのゲルを2人で瓶詰めにした
なにせ透明度の高いスライムのゲル
飛び散ったのを見つけるのも一苦労だ
夢中になってゲルを寄せ集めていた時だった
何処からともなく野太い雄叫びが
湖を囲む木々の中から轟いた
「!…いけない
ルッツさん、逃げましょう
厄介なのが来る!」
雄叫びとは反対側
エルカトルの方へ走り出した2人の目の前に
大きな影が3つ立ちふさがった
「オーガ…?」
筋肉質で岩のような巨体
被毛はごわごわと固くまばらに生え
額には短い二本の角がある
肉食獣と同じ牙を口から覗かせ、涎を垂れながら
オーガは2人を見下ろし舌なめずりをした
それが、前方エルカトルの方角に3体
そして後方、湖の奥に広がる森の中から
新たにオーガが2体
計5体のオーガに挟まれてしまった
「どうして日の高いうちから
こんなに沢山のオーガが…?
考えてる場合じゃない…どうしよう」
「ちょwどうあがいても全滅だろこれ
俺を食べていいのはアイツだけだってのに」
「いいえ、オーガ達は殲滅出来るの
ただ…ルッツさんは上手に目の前の3体の合間を縫って
全速力でエルカトルの方へ逃げないとダメになっちゃう
…出来る?」
「囮にでもなるつもりかよ
流石に年端もいかない子供置いて逃げるのはカッコ悪いぜ」
オーガとオーガの間と相手の速度を計算しながらルッツはへらりと笑う
「ほんと?逃げる気満々じゃない
安心して逃げて、囮にはならないから
ただ、私の攻撃が無差別だから
ルッツさんに居てもらうと困るの」
リゼットの顔には恐れがない
2人との距離をじりじりと詰めて来ていたオーガ達が
遂に一斉に地鳴りをさせながら突進してきた
「行って!」
リゼットの掛け声に弾かれたように
ルッツは目の前のオーガ達の隙目掛け
一か八か走り出したのだった