スケープゴート
スノームースの国立図書館に来たマルクスはそこのレプレイスや勇者に関する本を片っ端から読み漁っていた
しかし、どの本をとっても既に知っている内容のものばかりで一向に手掛かりらしいものは見つけられなかった
それでも、何冊かの本を借りて外に出る
少し頭の冷えてきたマルクスは、使徒と戦うなど現実的ではないと思い直していた
魔王の討伐を防ぐには…
思考を巡らせながら歩いている時
足元からキャンキャンと2匹の子犬の鳴き声が聞こえ
彼は足を止めて視線を落とした
足に纏わりつく白と黒の子犬達
「…ヴィルヘルム…キース…」
子犬をセシルが囚われていた、あの魔女の小屋に連れて行くと
マルクスは自らの手首を切り血液を子犬達に与えた
するとどうだろう、それまでキャンキャンと吠えるだけだった子犬達が
途端に人の言葉を話すようになった
「…あ゛ー!やっと喋れる!!」
「嗚呼、ご主人様!有り難き幸せ!」
この2匹の子犬はあのキースとヴィルヘルムの2人であった
彼らに何があったかと問うと、使徒により行われた浄化のあの日について聞くことができた
「俺をこんなにしたのはイゼックとカリオセラの奴だ!」
あの日、面倒臭いなと思いながらも
城下街の暴動を止めに行っていたキースとヴィルヘルムは
突然の使徒の降臨に泡を喰ってその場から逃げ出した
城下街から出てもしつこく追ってくるそれに二手に分かれたが、使徒の方も人手を増やし
結果、一対一で向き合うことになってしまう
2人とも激しく抵抗はした
しかし、使徒が使う対魔族用の武器になす術なく敗北し
体内から魔結石を抜き取られ頭を粉砕されたという
「終わりだと覚悟しましたが、昔受けたオソレンシスの施術で命拾いしました」
オソレンシスはベスベチュラが抱えている魔術学者である
随分と昔に、その検体として2人は米粒ほどの他者の魔結石と自らの重要な頭部の内臓器官の一部を切り取り
身体の一番頑丈な部分への移植手術を受けていた
果たしてその施術の効果は
一度だけ死を免れるかも知れないというもの
2人は何とか死を回避したが、結果として魔物まで格を下げることになってしまっていた
「あーあ…白銀の魔狼ハティになれたのに!
最初からやり直しじゃねぇかよ!!」
白銀の大狼から黒い子犬に成り果てたキースは怒りを近くにあった麻袋にぶつける
逆に漆黒の大狼だったヴィルヘルムは白い子犬になってしまっている
「次は元の性質に合ったスコルを目指しなさい
そうすれば、無用な努力はいりませんし
ヴィルヘルムをスコルへ矯正しなくて済む」
「やなこった、何で俺が我慢しなきゃいけないわけ?
俺はあんたの犬じゃない、あくまであんたを守るように言われたベスベチュラ様の猟犬だ
ソイツをハティにしたいならすりゃいいじゃん
別にスコルとハティを揃える義務なんかないんだし」
「キース!今の主人はこの方だ!
貴様は主人の命令が聞けないのか!!」
ヴィルヘルムがキースに飛びかかり、喧嘩が始まるが
子犬が2匹ころころと戯れ合ってあるようにしか見えない
「…由々しき自体だ」
頼りにしていた二頭の魔狼が、ころころの子犬になってしまっては
もう魔王討伐のために戦う余地が本当に無くなってしまう
キースがヴィルヘルムを足で押さえつけたままマルクスを見上げた
「分かってると思うけど、俺たちがあんたの護衛として
また戦えるようになるにはかなり時間かかるぜ
その間に殺されて食べられたりすんなよな」
「ぐるる…退けキース!
ご主人様、なるべく早くお側に戻れるように
今日から森で魔物を食べ続けます
どうか私が戻るまでご無事で…!」
キースとヴィルヘルムを魔女の小屋に残し
マルクスは城下街へ向けて歩き出した
「魔王討伐を防ぐには…」
この問題を2人を抜いて考えなくてはならない
ふっと頭をよぎったのはセシルの顔
彼はあの日ノーシルプに居て無事である
彼もマルクスの立派な眷属ではあるが
生まれた時から魔族の王族を護るために育て上げられた2人とは違い
セシルは人格が完全に出来上がっている1人の人間であり簡単には扱えない
考えながら歩いている時に、ふと路地裏に居る
1人のフルールと目が合った
◆
ルッツはファッチャの実へのリベンジを狙って
色々と道具を揃え、作戦も立てて出掛けるところだった
「…おい」
共有スペースでいつものように新聞を読んでいたセシルが声を掛けてきた
「何?関わるなって言ってなかったっけw」
「…うるせぇな、じゃあいい」
「怒んなよwwwごめんって、で、何?www」
セシルはイラついた様子で新聞紙を机に置くと
その紙面をトントンと指で叩いた
「…世間が魔王討伐を叫んでるのは知ってると思うが
獣人も排除する動きになってきてる」
「何でwww」
新聞を覗き込むと、確かに【獣人は魔族の味方か】という見出しが大きく書かれていた
「…馬鹿なフルールが、教会から聖剣を盗みだそうとしたらしい
まあ、フルールは基本的に手癖が悪いもんだ
けどこの書き方じゃ、リグマンやメルもいい迷惑だろうな」
「で、俺になんか関係あんの?」
「…既に街中で獣人狩りが始まってる筈だ
黙って殺されるくらいなら、逆に殺しちまえって色めき立ってる連中がうろうろしてるだろう
要は、獣人を見たら敵だと思えって警告だ」
セシルは吸っていた煙草を灰皿にギュッと押し付けた
セシルの言ったとおり、街の中は更に混乱していた
少し前まで魔王を倒せ、魔族を殺せと騒いでいた暴徒達は
今度は獣人を殺すために普段は見向きもしないような路地裏を彷徨き
フルール達も至る所で人間を襲っていた
「マジかw壁の外の方がよっぽど安全じゃね?w」
流石に危ないと、急いで表通りに出たが
それでも目をギラつかせた民衆が行き来していて落ち着かない
そそくさと逃げるように門を目指していたルッツが、裏路地の前を通った瞬間
それを狙っていたように猫科のフルールが飛び出してきてルッツの喉笛を噛もうとした
「うわっ!クソっ!!」
両手でガードするが、相手の力は強く
じりじりと鋭い牙が喉に迫り、ルッツは息を呑む
「獣人だ!魔王の手先だー!!」
「人が襲われてるぞ!殺せー!!」
地鳴りのような足音と共に怒号が飛び交い
ルッツに食いつこうとしていたフルールの身体が吹っ飛んだ
そして、押し寄せた暴徒達に滅茶苦茶にされる
「大丈夫か君!危なかったな!」
「あ、ありがとう」
ルッツは市民に助け起こされる
「獣人だー!こっちにもいるぞー!!」
その掛け声に、新しい標的に向かって人の波は去って行った
後に残ったのはそれがどんな動物だったかも分からないぐちゃぐちゃになったフルールの死体
「…マ、マジかよ…w」
ルッツの冷や汗は止まらない
あまりにも凄惨な死体にルッツは急いで門を出た
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「ふぅー、壁の外が落ち着くなんて初めてだぜ…w」
取り敢えず当初の目的通り、ファッチャの実を取りに行く
木に衝撃を与えると、攻撃として実を落とすので木に触れないように実を落としてはどうかと考えた訳だ
そこで用意したのが長い棒の先端に特殊な器具をつけたもの
これを使って実だけを落とすのだ
ルッツの思惑通り、ファッチャの実を木の意思とは関係なく落とすことに成功した
ボトッと地面に落ちた実を暫く離れて観察し
特に何も起きないので拾い上げる
だが手に持って実を見た瞬間
それがパカっと割れたので、反射的に投げ捨てた
「…ぶねー…」
数メートル先であの果汁を吹き出すファッチャを見てルッツは額の汗を拭った
「衝撃がダメなのか?だったら下に落ちた瞬間にならねぇ?」
ルッツはまだ木の上になっている実を見上げる
「何こっち見てんだよwマジうぜ…」
ルッツはハッとなった
もう一度実を地面に落とし、次は適当な布を持って実に近づき、その布を実に被せた
果たして…実は割れなかった
「やっぱり!こいつ俺のことを見て認識してたのか!!」
ファッチャの攻略法がわかったルッツにもうこの木の実は怖くない
道具が届く範囲の木の実を全て取り
マジックバッグに次から次にとしまって行った
「よっしゃ、こんだけありゃいいだろw」
気分が良くなったルッツはそのままダスカに向かう
ミゲルとアスシアスに食材の差し入れをするためだ
「アスシアス〜」
ダスカの登山口で呼んで、いつものようにラボのあるクレバスに行く
「すまないな、助かる」
「いや気にすんなって、ジジイが世話になってるしw」
「ミゲルに世話になっているのは私の方だ」
老ゾンビミゲルは手先が器用らしく頭も悪くはないので
研究の手伝いや、家事を受け持ってくれているのだという
「…ちょwww俺の恋人だぞ?www」
「そうだな、それがどうかしたか?」
夫婦みたいなことしやがってwと半笑いでツッコンだが、ルッツは内心笑えなかった
ラボに入ってルッツはえ?と声を上げた
家具や機材が明らかに片付けられ
必要最低限の物しか置いていなかったからだ
「なにwミニマリストにでもなった?w」
「いや、お前にも言わなければな
遅くとも明後日には魔族領に帰るつもりだ」
「え」
人間達の魔族への強烈なヘイトを
“危険”と判断したのと、魔族王室から帰還命令が届いたからという事だった
「…そ…じゃあジジイは?」
ノーシルプに辿り着けるか分からない老ゾンビを連れて
今の城下街へ行くなんてリスクでしかない
彼は何処に住めばいいのだとルッツは困惑した
「それなんだが、俺はこの人について行こうと思ってる」
ミゲルはそう言いながら、いつもアスシアスがするようにお湯をコップに注いで持ってきた
「は?お前俺の恋人だぞ!?浮気か!?」
「何が浮気だ、バカなこと言わないでくれ
そもそもな、俺は男に興味なんてなかったんだよ…」
「何だよその言い方!今はあるって事か!
アスシアスのこと好きになったのかよ!」
「どうしてそうなるんだ!
あんたが出て行った後、俺がどんな想いで過ごしていたと思ってるんだ!!」
ルッツのミゲルが言い合いを始めたのを見ていたアスシアスは埒が明かないと分かると
その間に入り2人の会話を止めた
「ルッツ、私は他者に恋愛感情は抱かない
それよりもよく聞くんだ
今の世界情勢的に、人間へ敵意のない
善良な魔族が人間領に留まることは自殺行為だろう
お前にこうして延々と食材を届けさせるわけにもいかない
ミゲルは人間だが、呪いのせいで性質はもう私達魔族に近いものになってしまっている
一時避難として、彼も魔族領に行く
分かるな?必ずお前の元に五体満足で帰すと約束する」
ルッツは今にも泣きそうに顔を歪めてギュッと唇を噛んだ
そして、数分そのままでいたかと思うと
諦めたような笑い顔を作って分かったと静かに言った
「別にあんたのこと信用しない訳じゃないけどさ…
次いつ会えるか分からないじゃん?
少しだけ2人きりにしてもらえる?」
「ああ、いいだろう
私はそうだな…クレバスの奥まで散歩して来ることにする」
「まて、いや、アスシアス!行くな!」
アスシアスは無常にも玄関のドアを閉めて出て行ってしまい
ミゲルの叫びは虚しく、部屋に響くのだった
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一時間後、アスシアスが戻って来ると
やけにスッキリとしたルッツがいて
ミゲルは椅子の上で、ぐったりと動かなくなっていた
「挨拶は済んだのか?」
対照的な2人を見てアスシアスはツルツルの頭を二、三度撫でる
「完璧www」
「もうイヤだ…」
「じゃ、ジジイ気を付けて行けよな」
「…」
しばしの別れの挨拶をかけてルッツは
ご機嫌のまま城下街へ向けて歩き出した




