ファッチャの実
ルッツは数日ぶりに老ゾンビミゲルの顔を見る為にダスカに来ていた
数日前に城下街で“浄化”が行われたのはアスシアスも知っていて
ここ数日は念の為に外に出ないように篭っていたらしかった
「なので、この差し入れは非常に助かる」
ルッツが差し入れとして持ってきたのは
なんて事はない食料品だが、城下街へ出られないアスシアスにとって
今は希少な錬金素材よりも貴重だった
「俺は食べなくても死なないから気にしなくていいよ」
ゾンビであり、死なない呪いに掛かっている彼は食事がなくても問題ない
「てか、魔族も食べないと死ぬのなw」
「魔族を何だと思っているんだ?」
アスシアスは受け取った食材を早速調理し始めた
「てか、エレメント系とか言ってたじゃん
精霊?とか物食べるイメージねーしw」
ルッツの言葉にアスシアスはツルツルの頭を撫でる
「まあ…ノームだった頃は今のような食事は摂ってはいなかったが
だからと言ってエネルギー源が要らない訳ではない」
「ほらwてか魔族になって退化してね?w」
「いや?…いや進化だ
魔族になると思考に掛かっていた靄が晴れ世界が一気に拡がり、魔力も増す
そんな身体を維持するのには砂や石をちまちまと取り込むより
栄養素を濃縮した生物を採るのが効率的なのだ」
そうしてアスシアスは鍋で食材を煮た物を完成させた
彼はそれを器によそってルッツとミゲルにも渡す
「…うん、素材がイキイキしてる」
「ジジイwいや、素直に味がないって言えよw」
うさぎ肉と野菜をただ煮ただけの料理は塩気が全くなく味気ない
「魔族の料理ってみんなこんなんなの?w」
ルッツの質問にアスシアスは再びツルツルの頭を二、三度撫でた
「基本的にこんな物だが
今日のシチューに関しては塩を切らしている
そもそも、調理すらしない者の方が多い
煮る、焼く…それだけですごいと言われる感覚だ」
だから人によっては人間の料理にどハマりして
人間の中にこっそり紛れ込んで生活をしていたり
人間領へのグルメツアーなんてものも開催されたりもしているとアスシアスは言った
「魔族の人間領へのグルメツアーとか、人間を食べに来るみたいに聞こえるww」
「いや、それについては正真正銘の人間の作る料理を食べるツアーだ
それと少なくとも私は人間を食べない
お前達を襲うのはリスクが伴うし、犯罪なのでな
だが、一方で人間を好む魔族がいる事も事実だろうな」
魔族領にも闇市は存在しているらしく
そこには人間の肉が出回っているという
しかもそれらは人気が高く、高値で売られ一瞬で売れてしまう程という
「一度だけ見たことがあるが
魔術師の女性は高値で取引されていた
並んでいる肉の性質から、返り討ちにあった冒険者達だろうと推測している」
「買ったのか?」
「買わない」
ふーん、とルッツは殆ど味のしないスープを啜る
数日前の使徒よる“浄化”で、大勢殺された魔族達はもしやグルメツアーに来ていた
魔族の観光客だったのではとここに思い至る
そうなると、魔族側からしてみれば一般市民が一方的に虐殺されたということになる
「…魔族と戦争になるんじゃね?」
「其方もその準備をしているし、なるだろうな」
「俺たち戦争になっても友達だよな?」
ルッツにそう言われて、アスシアスは少し驚いたような顔をした
「私とお前は友達だったのか?」
「え?違うの?www」
2人にダスカの登山口まで送ってもらい
ルッツはついでに何かしら売れそうな物でも採取していこうとマップを開いた
ダスカから30分も歩いた所にある森林の中に
今の時期しか採れない果物がある事を知って、それを取りに行くために進路をとった
隠密の技術にもかなり磨きがかかり
もうまず見つかるような事はない
あっという間に目的地付近に到着したルッツは
図鑑の果物を探して木の上を見ていた
「…あ、あれか?」
ファッチャという黒いブチ模様のある果物が木の高いところになっているのが見える
食べるのには向かないこの果物は、錬金素材としてはそこそこに値段がつく
つまり、入手がやや難しいという事なのだが
ルッツはその理由が、木の非常に高いところになるからだと思い込んだ
「木登りは得意じゃねぇんだよなw
どうしよwww」
何か使えるものがないか、辺りを見渡し木の枝を拾った
そして、何の意味もないと分かっていながら
果物に向けてそれを勢いよく投げた
枝は果物よりも下の枝に当たって落ちてくる
「ま、そうだわなwww」
さて、どうしたものかと腕組みをしたルッツの目の前に
ドサ…と音を立ててファッチャの実が転がった
「…ちょwマジかwww」
何で落ちてきたのか不思議に思いながらも
きっと落ちる寸前だったんだろうと、都合よく解釈して実を拾う
ファッチャの実は、野球ボールくらいの大きさの緑色の球体なのだが
その表面に黒い模様があった
「…下からじゃよく見えなかったけど
顔みたいに見えるなこの模y…」
手に持っていたファッチャの実が、急にパカッと割れ黒い飛沫がルッツの顔に掛かった
「うわっ!苦っ!オェ!!」
口の中に僅かに入った黒い果汁は途轍もなく苦く、そして舌がピリピリと痺れた
これはまさか毒を喰らったかと焦るも、もう遅い
胸が握り締められるような激しい痛みを感じその場に膝をついた
次に頭が痛みだし、遂に激しい吐き気に襲われた
ゲエゲエと何度もえずき、喉の奥から何か塊のようなものがせり上がってくるのを感じ
あまりの苦しさに呼吸もままならず、喉を引っ掻きながらもがく
「ーゲボォ!!」
先ほどアスシアスの所で食べたシチューと一緒に、得体の知れない黒いものが吐き出された
そして、ソレは地面を少し転がると
マッチ棒のような細い手足を生やし、四足歩行をし始める
自分の吐瀉物から、そんな奇妙な物体が出てきたことに驚き凝視していると
ソレはペタペタと歩き回りながら、砂のようにザラザラと崩れて消えてしまった
あまりの出来事に、ルッツは逃げるようにノーシルプまで戻ってきて
持っていた植物図鑑を開いた
「ファッチャ…ファッチャ…あった!」
植物図鑑に書かれている
ファッチャの詳細を食い入るように見るが…
「実に顔のような模様…樹木自体に衝撃を受けると実を落とす
…実は…高濃度の魔素を含んだ汁を敵に吹きかける…!!」
自分がかけられたものが、魔素を含んだ果汁だとは分かったが
吐き出した謎の生き物のような物についてはどこにも記述が無かった
結局、別の本を読んでも、有識者に聞いてみても
ファッチャの入手難易度の高さは
魔素中毒に陥る危険性と、魔素を吐き出させずに回収するのが困難だという2点であり
あの謎の生き物のことについては分からなかった
「…マジなんなんだよ」
喉をせり上がってくる、苦しさと
ペタペタ歩き回るアレを思い出して身震いする
今日はもうこれ以上なにもする気が起きない彼は、モヤモヤしたまま
体を休めることになったのだった




