迫る暗雲
年内2回目のニゲラの報せに
エルカトルは混乱に陥った
陰謀であると街角で騒ぐ者や、過度に食料などを買い溜める者
全くのデマだと取り合わない者までおり
挙句、暴動まで起きる始末
その上でニゲラは本当に起きた
普段よりも一層濃い魔素に世界は包まれ
魔物や魔獣が闊歩し、全てが終わった5日後
外に出た人間たちは
その壮絶さを遅れて知ることになる
固く閉ざしていた扉の外では
城下街の守りを任された獣人達の遺体や負傷者で溢れ返り
家屋の被害、更には人知れず
何者かに襲われた犠牲者が居たことが判明した
「魔族が出たんだって噂が流れてるわね」
ニゲラは明けたが、まだ魔獣などが残っているので
ノーシルプの共有スペースで大人しくしていたルッツに、リゼットがそう声をかけた
「魔族は人間殺しちゃダメなんだって聞いたけど?あ、魔女ってことか?」
「あら、そうなの?
私が知ってるのは、ニゲラ中に家の中に居た人が何人も食べられたって話だけ…」
「マジかよwww」
「この場所はシェアハウスに呼ばれた者じゃなければ辿り着けないから
絶対安心でしょうけど、そうじゃない人は大変ね」
楽しんでいるのか、クスッと笑いリゼットは玄関に向かう
「まだ外危なくないか?」
「ええ、安全ではないけれど
早く行かないと死体から素材を採れなくなっちゃうでしょう?」
獣人達と戦って倒された魔物や魔獣の死体が
片付けられてしまう前に爪等の素材を得るのだといい、リゼットは外に出て行った
魔族と聞いて、ルッツの頭にはアスシアスのことが思い浮かぶ
外はまだ危険だとリゼットに言っておきながら
自分も隠密の装備を着込みダスカへ向かった
街の惨状を横目に通り過ぎ、登山口で名前を呼ぶ
しかし、何分待ってもアスシアスは現れなかったのだった…
◆
異例のニゲラから一週間後
クリスタルレイ城に各領の領主が急遽集められていた
議題は今回の異例なニゲラについて
いつにも増して、物々しい雰囲気の会議室でエドリック王はエルカトルの被害を語った
「死傷者約4万5千人…獣人を含まない場合の死傷者は凡そ8千人」
それは普段であれば千人程度の死傷者であるニゲラの常識を大幅に超えた数だった
死者の大半が、建物の倒壊による被害者であったが
今回は何者かによって食い殺された者が何百人もいたのだ
「犯人は特定すらされていない
外で戦っていた獣人達から、濃い魔素の中を歩き回る人間のような者を見たという証言がある」
「…魔族ですか」
エイベルは感情のない声で言った
「我がノルウォギガス領でも同様の被害がありました
初めは魔女を疑いましたが、アレがしたと考えるにはあまりにも芸がない」
「おい、魔族がやったっていうならそいつはもう魔女だろうが!
王様よぉ!一体どうなってるんだ魔族の国とやらとの友好関係はよぉ!!」
相当な被害を出したコモンゲラートのコロゴロフはこめかみに青筋を幾つも浮かせ、鼻息荒く捲し立てた
「このニゲラ受け、アデモスからも支援を受けている
それこそ、獣人の傭兵とは別に魔王軍とやらの援軍が
城壁外の魔物や魔獣を狩っていた筈だ」
「そいつらがやったんじゃねぇのか
そいつらが誰も見てないのを良いことに
人間を襲って食ってたんじゃねぇのか?」
ミックは王を睨みつけ、唸るように言った
「有り得なくはないわね
魔族なんて信用できないもの」
ソフィも腕を組み大きな溜め息を吐く
そんな中で、クラウスは頬杖をついて考え込んでいた
彼はこのニゲラの最中にソレに襲われ生還した数少ない人間なのである
「…魔王軍でしたっけ?借りたんでしょ?
私は違うと思いますよ
“軍”に所属するような魔族が、あんな下手くそな戦い方しないと思います」
「そいやぁ、お前死に掛けたんだってな
一体どんな命乞いをしたか教えてくれよ」
コロゴロフが分かり易く煽るが
この状況なのでクラウスから相手にされないどころか、エドリック王に睨まれた
結局、スノームース全土での被害者数は獣人も合わせて33万人に上り
総被害額は43億エルクと推定された
「さて、ここでもう一つ悪い話をしておこう」
王はそういうと一枚の書状を取り出し机の真ん中に置いた
「マーゲイとラビフィールドが我が国に対して経済制裁を決めた」
これに、領主達はざわめき狼狽えた
「何故!我々が何をしたっていうの!?」
誰も身に覚えのない制裁に、ソフィは声を荒げた
彼女の治めるノロイーストとマーゲイは貿易で切っても切れないような関係にある
それを急にどうこうと言われたのだから当然だろう
「ニゲラですか?」
それに対して静かにエイベルがいう
王は一度ゆっくりと頷き、隣国の主張を伝えた
「異例のニゲラで被害を受けた両国は
このニゲラが我々スノームースの責任であると主張している」
「言い掛かりもいいところだ!」
「要はベアだろ?奴らが吹き込んだんだ
エドリック!ヒヨってねぇで今こそ
グラウンドベアをぶっ潰すべきじゃねぇか!?」
コロゴロフが立ち上がり叫ぶ
何処までも交戦的なこの男を王は叱りつけた
「今はそんな場合ではない!
領民達は疲弊している!ここで戦争などしてみろ国内から崩れていくことになる!
少し頭を冷やせコロゴロフ!!」
「とにかく、誤解を解いて経済制裁なんてやめさせないといけないわ…」
ソフィは爪を噛みながら呟く
「そもそも、何故ニゲラが我が国のせいなのですか」
エイベルの問いに王は苦虫を噛み潰したように顔を歪める
「結局は魔族だ、他の国も我が国と同様に人間が食い殺される被害が多発している
我が国はアデモスと友好関係にあるだろう
…そこを疑われている」
「今すぐに魔族とは断交すべきね」
ソフィは強く王に迫ったが、王の反応は非常に悪い
「まあ、止めるにしろ続けるにしろ
今後の身の振り方は真剣に考えないと
いくら屈強なスノームースでも、3国相手の戦争なんてやってられませんよ」
「…うむ、各領共にまずは復興に専念してくれ」
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コロゴロフは帰りの飛空艇に乗り込み、乱暴にこの扉を閉めた
彼の従者、シルヴァは静かにだが完全にブチギレている主人の隣に座り
運転手に船を飛ばすように指示を出す
「あームカつく…おいシルヴァ
後どのくらいで復興は終わる」
「半年はかかります」
「…クソ!」
コロゴロフが空を飛び始めた飛空艇の扉を内側から殴りつけたので船体が激しく揺れた
「あいつら全員分かっちゃいねぇ!
今この瞬間もベアは俺たちの領土を侵そうと攻撃を仕掛けてきてる!
潰しに来てる相手を潰し返さなくてどうしろってんだ!えぇ!?」
シルヴァはただ、黙って座っているだけで
怒鳴るコロゴロフに反応を返さない
それは、長年の経験上
同意も否定も全て次は暴力となって返ってくることを彼女が知っているからである
「クソ…!クソ!!俺が王だったら…
あんなやつ…俺が王だったら…!!」
ああまた始まったと、静かに視線を窓の外に向けるシルヴァ
運転手は5時間、コロゴロフに怯えながら飛空艇の運転を勤め上げたのだった




