悠久の悪あがき
ザッ、ザッ、ザッ…
昼夜問わず、延々と地面の土を掘り進める
それは、終わりのない時間の中での暇つぶしであり、悪あがきでもあった
ふう…と一息つき、老ゾンビは上を見上げる
頭上にはもう初めにいた小屋は見えない
「何してるんだか…」
自分自身でも馬鹿なことをしているという自覚はあった
落ち窪んだ眼窩にある、白濁した目で掘り進めていた地面を見る
「こんなに深い墓穴はなかなかないな」
自嘲気味にいい、何十日ぶりかに腰を下ろした
途端に足元が崩れて、彼はその下に落ちた
土煙と土砂のなかで起き上がる
「やれやれ、こんな身体じゃなきゃ死んでたな…ここは墓地のどの辺りだ?」
古い墓地のダンジョンと化した地下墓地にやっと落ちたのかと辺りを見渡す
所が、その場所は見覚えのない壁に囲まれていた
「…何処だ?…この辺の地下にはこんな構造物がそこら中にあるのか?」
白い石を切り出して作ったような滑らかな壁は人工物のようにみえる
なんにせよ、あの狭くてつまらない小屋からの脱出には成功したのだ
次はこの地下からの脱出を試みることになる
一先ず、自分がいる空間を探索してみたが
どうも人工的な場所に見えるものの
他の場所へつながる通路のようなものがない
それなりの広さのある正方形の部屋があるだけであった
「ああ、地上のボロ小屋が、地下の遺跡の一室に変わっただけか
雨風を心配をしなくていいのがいい点だな」
状況はどう考えても悪化している
さてどうしたものかと、考えていたところ
自分が落ちてきた穴と同じ穴から
魔物化した大きな蛆虫が降ってきた
老ゾンビは少し驚きながらも、取り敢えずそれを始末し穴を見上げる
「俺の身体にいたやつか?
もう栄養なんて残ってないと思ってたが」
ガラガラ…
背後の壁が崩れる音がして、振り返る
「ほう、ビックリだな」
壁が一部崩壊して、さっきまではなかった通路が現れた
他に行ける場所がある訳でもない老ゾンビは、吸い込まれるようにその道に入る
そして暫く歩くと、同じような部屋に辿り着く
そこでも、同じように壁の何処かに脆い部分があるのではないかと
あちこち触っている間に、さっきと同じような巨大なウジが複数匹、来た道から這ってくる
「…しつこいよ」
それらを簡単に踏み潰し、靴の裏についた体液を床に擦り付ける
すると、さっきと同じように壁の一部が壊れて道ができた
老ゾンビはそれを暫く眺めてから道の先に進む
こんなことが、何度も起こり
こういうタイプのダンジョンもあるのだなと、変に納得し始めていた頃から
少し様子が変わり始めた
次の部屋へ続く通路は、今まで一直線の道であったが
それが枝分かれしたり、カーブになっていたりバリエーションが増え始め
辿り着く部屋も、何も無い正方形の部屋ではなく
何かしらの物が置かれるようになり
部屋の形も正方形ではなく、複雑な形の部屋になった
そして、現れる魔物
ウジやゴキブリ、ミミズといった不快害虫を大きくした魔物から
ネズミ等の哺乳類のゾンビやスケルトンに変わり始めた
流石に素手で倒していくにはしんどくなってきた老ゾンビは
今倒したばかりのスケルトン動物の大腿骨を拾い上げた
「参ったな、最深部に向かってる予感しかしない…」
古い地下墓地ダンジョンに潜るのは割と日課であった
それは、人間の子供であるルッツを育てるのに多少のお金が必要だったからで
彼が望んでやっていた訳ではない
しかし、そのダンジョンの最深部には行ったことはない
というのも、よく足を運んだダンジョン自体が非常に古い物らしく
かなりの大規模なものになるのと
そこまで大きく成長したダンジョンの魔物は
進めば進むほど強くなり
途中で引き返さざるをえなくなるのだ
尤も、老ゾンビの目的は
魔物のドロップする宝飾品の類であり
ダンジョン攻略ではないのだから当然だろう
因みに、そのダンジョンがそこまで育ってしまったのは
老ゾンビが墓場の地上部分を彷徨く魔物を倒してしまうので
冒険者ギルドがダンジョンの存在に気が付けないためである
「引き返すか…?こっちが深くなる方なら
何処かに別の道があるはずだ」
老ゾンビは来た道を戻り始め、その壁という壁をつぶさに調べた
しかし、何処にもそれらしい物は見つからず
結局元の場所まで戻ってきてしまった
そして、その部屋には人間のスケルトンが一体、何かを探すようにウロウロとしていた
「まさか俺を捜してるのか」
違和感を覚えながらも、大腿骨でスケルトンを叩き壊す
そして、スケルトンが持っていた鉄の棒を拾い大腿骨から持ち替えた
ガラッ…とか壁が崩れて道ができる
「…進むしかないってことか」
老ゾンビは怠そうに言うと、ゆっくりとその先の道へ足を進めた
◆◆◆◆◆
新聞に目を通していたセシルは、煙草を吸おうとして胸ポケットに手を伸ばし箱を取り出した
「…ん、ねぇな」
いつの間にか空になっていた煙草の箱を、怪訝そうにゴミ箱に投げ入れ立ち上がった
ノーシルプを出ようと玄関扉のノブに手を置く前に、外側から扉が開かれ
丁度帰ってきたジクスと鉢合わせ
セシルは壁に背中をつけるようにして、彼に道を譲る
「ただいま」
「…ん」
通り過ぎて行くたジクスを見ながら、ふと最近ルッツを見ていない事に気が付いて
そのことを彼に問いかけた
「俺ももう3週間くらい会ってない」
「…なんだ、やけに冷てぇな
ちょっと前はやたら構ってた癖に」
「ルッツは…ノーシルプがどういう場所か分かってきて、上手く受け入れられないでいる
これは俺ではどうにも出来ない、でしょ?」
優しく微笑み、首を少し傾けるジクスに
セシルは気持ち悪さを感じて目を逸らした
「…お前…いや、何でもない」
セシルはノーシルプを出る
何があったのは知らないが、あの感じだとジクスは詳細を知っているのだろう
「…いや、俺関係ねぇし」
正直馴れ馴れしいルッツのことはあまり得意ではなく
鬱陶しいとも思っていたくらいだ
表通りに出て、いつもの銘柄の煙草を商店で購入したセシルは来た道を戻り始めた
不意に、嗅いだことのある特徴的な匂いが鼻を掠めてそちらを向く
フードを目深に被った、背の低めの男が人混みの中でその匂いをさせている
セシルはどうしようかと悩んだ後に、その男の後を追った
男が、人混みから外れ公園の方へ行く
どんどん人気が無くなり、いよいよ2人だけになった時
セシルが追跡していた男が振り返り、フードを脱いだ
「やっぱりあんたか」
「…それはこっちの台詞だろ」
セシルがつけていたのは、ダスカに潜伏している筈のデリックだった
どうしてここにというセシルの問いに
デリックは大きなため息を吐いてから答えた
「ニゲラの事があったろ?
人里離れた場所にいるリスクを考えてここに来たんだ
まあ、ほら、木を隠すなら森の中とも言うし…
あんたはここに住んでるんだろう?」
「…あ?ああ、まあ…」
ノーシルプの事を話す気にはなれず曖昧な返事を返す
「流石に城下街だけあって、なかなか物価がバグってるな
俺の作った銃火器がかなり良い値で売れたから当分困りはしないとは思うが
仕事ははやく見つけないとな」
「…工房が南門の近くに集中してる
そこならお前の腕を買う店もあるんじゃないか?」
「南門か…」
デリックはセシルに軽く礼をいい南門の方へと歩いていった
セシルは、それを見送り
買ったばかりの煙草を一本咥え、火をつけた
「…気配は消してたはずだよな…」
何だか腑に落ちないまま、ノーシルプに向けて歩き出した




