ニゲラの長い夜
ニゲラが来る
世界が闇に覆われる
人間は家に幾重にも鍵をかけ、家の隅で震える
そこら中に魔物が溢れ、獣人が剣を振るう
終わりの見えない長い長い夜が始まった…
自室でいつものように目を覚ましたルッツは
窓から差し込まない朝日に
時計を見ることでやっと時間を把握することができた
「朝の10時ね…時間感覚狂うなこれ」
とりあえず、着替えて部屋を出る
共有スペースには誰もいない
「…みんな部屋に閉じこもってんのかな」
何もする事がないので、そんな物なのかもしれない
机に置かれたウメニカブサの鉢植えは、昨日よりも葉がツヤツヤしている
何もしていなくても腹は減るので、適当にオートミール粥を作って食べた
「…外ってそんな危険なのかなー」
老ゾンビと暮らしていた時も、長い夜が続く間はボロボロの小屋に押し込められていた
老ゾンビはその時に限って心なしか元気だったように思う
「自己責任って言ってたし、ジクスは出かけたりしてんだから
即死するって訳でもないよなw」
好奇心に負けて、ルッツは恐る恐る
ノーシルプの玄関を開けて外を見た
真っ暗なこと以外、別に何か特別な事があるという感じはしない
「大丈夫そう?」
ルッツはカンテラを持ってそのまま外に出る
聞いていた通り、人間は家に閉じこもっているのだろう
街に全く人間の影はなく、足音や話し声はフルール等の獣人によるものだった
ゴホッ…ゴホッ…
とルッツは乾いた咳をする
「喉がチリチリする…“魔力あたり”か
確かに数分いてこれじゃあ活動なんてできねーな」
仕方ないから帰ろうと踵を返した時
大きな蝙蝠が彼の後ろに墜落した
その音に驚いて振り返ると、大蝙蝠の背中から銛を引き抜くテインの姿があった
「人間、自殺なら他所でやってくれ
お前に街中で死なれると報酬が減る」
はっと上空を見上げたルッツは、その光景にそのまま後ろに尻餅をついた
建物と建物の間に見える、真っ暗な空を飛び回る無数の影、影、影…
ルッツが落としたカンテラの灯りを消して、テインは彼に投げる
「灯りをつけるな、良い的だぞ」
・
・
・
「あー…染みるぅー最高だあー」
エルカトルの外壁を出て、暫く行った平原でキースは喜びに身を震わせていた
その青い瞳は光るように輝き、口から冷気を漏らしている
「キース、ハメを外すな
こんな日でも獣人は外に出られるのだぞ」
ヴィルヘルムはそう彼を諌める
そこへ、エルカトルの方からマルクスに連れられセシルが合流した
「体調は如何ですか」
「…別に…」
高濃度の魔素に晒されていながら、何も起こらないどころか
力が漲るような感覚を覚え、セシルは困惑していた
「何するか分かってなさそーだけど
ご主人、ちゃんと説明してあげた?」
「キース、口を慎め!」
「道中、伝えました」
ここへ辿り着くまでに、セシルが聞かされたのはこのニゲラ中に与えられる任務である
「誰が一番でっかい晶石を見つけられるか競争な!」
キースは楽しそうに吠えると
その体をメキメキと変化させ、体高が3mはありそうな巨大な白い狼に姿を変えた
その呼気は異常に冷たい冷気となり草を凍らせる
「ふん、遊びではないのだ!
1人でやっていろ」
怒るヴィルヘルムに、グッと顔を近づけたキースはナイフのような牙を剥き出し笑う
「考えてみろよ、一番でかい晶石で喜ぶのはだぁ〜れだ?」
途端にヴィルヘルムもバキバキ音を立て体を変化させ、巨大な漆黒の狼に姿を変えた
彼はとてつもない熱を発しているようで踏まれた草が燃えあがる
「勝利は私のものだ!」
「あはははは!」
2人は風のような速さで別方向へ走り去っていった
「…チッ…魔族め…」
「セシル貴方も魔女を狩ってきなさい
この前のように、食べずに持ち帰るのを忘れずに」
マルクスも他の2人の様な変身を遂げるのかと身構えたが
彼はそのままスタスタと歩いて行った
置き去りにされたセシルは、魔族の手伝いなんかしたくないと
ノーシルプに戻ろうと思った
だが、ふとマルクスの言葉を思い出し足を止める
「…この前のアレが“魔結石”なのか?」
そして、それを渡して来た男の顔が頭をよぎり
セシルは駆け出していた
「…クソッ…やっぱり…!」
罠があるのが分かっていて、その中を駆け抜けたセシルは全身傷だらけになっていた
少し前に来た、ダスカの小さな小屋の扉を無理矢理こじ開けると
そこには思った通り、デリックが倒れていたのだ
動かない彼に駆け寄り、その胸に耳を寄せる
「…まだ生きてる」
セシルは腰のマジックバックを漁り、小さな小瓶を取り出し
デリックの口の中にその中の液体を流し込んだ
これは、かなり前にバイロンから貰ったもので魔力を下す効果があると聞いていた
「…ダメか…」
全て流し込んだが、デリックは力無く横たわるだけだ
セシルは、近くにあった布を彼に被せ
諦めて出て行こうとした
「…ゴホッゴボッ…!カハッ…!!」
湿っぽい咳払いが聞こえ、セシルは急いで戻る
布を投げるように取り去ると
さっきまで死んだようになっていたデリックが、タールのような液体を口から吐き出していた
「…おい!大丈夫か!?」
「ゲッ…オェ…あんた…なんで…」
意識を取り戻したデリックだが、状況が変わったわけではない
この小さな掘立て小屋の中には魔素が充満してしまっているのだ
「…どうする…魔素をなんとかしねぇと」
「そこに…魔素を集める機械が…後、はコアを回すだけ…」
彼が指差す方に、見たことのない金属を組み合わせた物が置いてある
「こ、コア…!?回す!?」
「そのスイッチを…押してくれ…」
ミ゛ゥーーーー
「助かった、ありがとな」
ドーム型の金属の中で、石が回っている
デリックはこれが魔素を吸収するのだと言った
「夜が明けなくてニゲラに気が付いた
大急ぎで手元にある物でこの装置を組み上げたまでは良かったが
起動させる寸前で力尽きちまった」
「…それ、うるせぇな」
狭い小屋の中で装置が発する
ミ゛ゥーーーー
という音が、気に入らないセシルは指を耳に突っ込んだ
「有り合わせで作ったんだ、あり得ないくらい共振してる
まあうるさいが、命には変えられない」
装置の中で回り続ける石に釘付けになっているセシルは
服があちこち破け、血が滲んでいた
「なんで助けに来たんだ」
デリックは純粋に疑問だった、家に居れば安全に過ごせるのに
魔物が徘徊し、魔素に満ちたニゲラの夜を
危険を冒し走り抜け
罠だらけの道と分かっていて飛び込むほど
親しくなければ、古い知り合いでもない
「…俺は人間だからな」
なんだか的を得ない、フワッとした理由が返って来た
「…こんな場所に隠れてたら
ニゲラが来るなんて知りようがない
そんで、お前がここに居るのを知ってるのは俺だけ…だろ?
…別に何もなけりゃそれでいい」
セシルはそう言いながら
リゼットと作った魔物除けを、マジックバックから2つ取り出し渡した
「…食料の備蓄はあるのか?」
「無いな、2、3日で終わるのを祈るしかない」
これまで潜伏中に食べるのには困っていなかったが
それは外で食料を調達できたからである
「…分かった、じゃあまた明日
何かしら持ってくる
寝覚が悪いから簡単には死ぬなよ」
セシルはニゲラの夜闇に消えて行く
「人間…ね」
人間がそんなに悠長にニゲラの外を歩くだろうか
色々と気になることはあるが
自分の命が彼によって繋ぎ止められていると理解しているデリックは
それ以上考えるのを止め口を噤んだ




