ウラノフェン
“レプレイス”
それはアルブムの月、18日の祝日である
この日の前後を含めた訳1週間の間
世界中の人間の国では盛大にお祭りが行われている…
エルカトルの城下街も例に漏れず
人々はお祭りムードに沸き、街のあちこちには
普段はない露天が設置され
連日、様々なイベントが各所で行われていた
「お兄ちゃん!うちのポーション見てってよ!
かの英雄達が、魔王討伐の際に使ってたレシピで作られた逸品だよ!」
「ヒノキの棒〜ヒノキの棒だよ〜
勇者が初めて使ってた伝説のヒノキの棒!
全てがここから始まった!
さあさあ、お子さんにいかがかね〜」
「あー弁当!弁当ー弁当!
英雄達弁当は数量限定だよ!!」
あちこちから聞こえる呼び込みは
この祭りの起源となった、勇者や英雄達になぞらえたものばかりだ
ルッツは初めての大規模な祭りのなか、人混みに揉まれながら表通りを歩いていたが
遂に、嫌気がさして裏通りに飛び込んだ
この前、ボムに荷物を盗られてから避けていた裏通りだが
表通りの混雑具合から、裏も表も一緒だと判断したのだ
表通りとは打って変わって、裏通りは静かなものだった
ただ、いつにも増してアングラな感じが増している
普段なら表に居るようなフルールまでもが、裏通りに引っ込んでいるような…
そんな感じで、裏通りは静かだがフルールで溢れていたのだ
不思議に思ったルッツは、身綺麗で大人しそうな犬男に声を掛けた
「なあ、あんたは裏通りに居るような奴じゃないよな?
何でこんな所に居るんだよ」
声をかけられ、驚いた様に目を見開いた犬男だが
ワハハ、と笑ってそっちこそと言った
「この街のレプレイスは初めてかい?
レプレイスは人間の祭りだ、獣人族は歓迎されていない
こんな日に私みたいな者が表を歩いててごらん、直ぐに人だかりが出来てリンチされてしまうよ」
それでも、表を歩く必要があるならと
彼はずた袋に穴を二つ開けたものを取り出して被ってみせた
「こうして顔を隠せば肩を当てられるくらいで済むけど、楽しくはないだろう?」
「どうしてそんな…てか、普段は表通りに居るんだろ?」
「ああ、そうさ
こんな日でもなければ、私はホテルで真っ当な仕事をして人間と変わらない暮らしをしているよ
でも誤解しないで、これでもエルカトルは獣人に優しい
他の領土では基本的に市民権は得られないし、他の国ならそこに居ることも許されないよ」
犬男は、はははと笑う
「…何で今日はダメなんだ?」
「獣人は魔獣や魔族にも似ているだろう?
だからさ、“レプレイス”は人間が魔族から解放された素晴らしい日…私たちは邪魔なんだよ
だから、お兄さん
出来るなら直ぐに表通りに戻りなさい
この日はこちら側も苛立ってる者が多い
獣人がこんな日に何かすれば、引き摺り出されて直ぐに公開処刑されるだろうから
マトモな者は手を出さないが、みんながみんな頭がいい訳でもない」
ルッツはハッとする
犬男の奥で複数人のフルールが目をギラつかせ
低く唸り声をあげているのが見えたからだ
適当にお礼を述べ、表通りの喧騒の中に駆け戻る
「あら、ルッツさん
どうしてそんなところから出てきたの?」
裏通りから出てきたルッツの前に、丁度そこを通りかかったリゼットが居た
「ちょっと近道をなw
てか、お前みたいな子供1人で大丈夫かよ?」
「問題ないわ
今日はレプレイスの時にしか買えない
貴重なアイテムを買いに来たのよ」
彼女がスッと手を差し出し、着いてくる?と聞く
人の波に疲れていたルッツは帰りたいと思っていたが
帰るにもこの人だかりを超えていかなくてはならないと思うとうんざりして
彼女の手を取ることにした
「こっちよ」
不思議な事に、周りの大人達よりも小さいリゼットは
彼等に押し潰されることもなくスイスイと歩を進める
まるで、彼女の事を大人達が避けているかのようだ
混雑した表通りを颯爽と歩き辿り着いたのは、普段は出てないマジックストアの露天だった
フード付きのマントを着た、怪しげな店主が売っているのは魔物素材
リゼットはその中から龍の舌、蜘蛛の翡翠、兎の羽根といったアイテムを購入する
「ちょw結構な額じゃんwどんなパトロンがいるんだよwww」
「買ったり採取したりした物から召喚用の輝石を作り出して売って得たお金よ
あなたのお小遣いとは違うわ」
「へぇ、それってそんな金になんの?
俺にも作れる?」
「レアリティが高ければ纏まったお金にはなるわね
でも、あなたが作れるのは精々スライム程度じゃないかしら?」
リゼットは教えてあげると言うと
露天で更に、スライムゼリーと少しの魔物素材を購入し
ルッツを伴って外壁の近くにある、ちょっとした休憩所になっている場所まで来た
城下街の隅にあたるその場所は
人気は殆どなく、遠くからお祭りの喧騒が聞こえてくるくらい静かだ
備え付けられたベンチの裏に植えられた
一本の木の根元にまで来ると、リゼットは荷物を下ろし広げる
「自然物で大きな物には魔素が多いの
大きな岩とか、山とか…
“木”は何処にでもあって、見つけやすい
そして魔素が多いから使い勝手がいいのよ
魔法を使いたいけど、魔力が足りない場合に役に立つから覚えておいて
でも、レベルの問題もあるとは思うけど
あなたは魔法使い向きではないと思う
それでも魔術を使いたいなら、自然物に頼るのが一番だわ」
リゼットは地面に魔法陣を描く
「初歩的な召喚魔法よ
魔法陣と呪文を覚えて、素材と木があればスライムは誰でも呼べるの
調伏できない魔物は基本的に呼べないから安心して呼んでみて」
リゼットが描いた魔法陣を真似して隣に魔法陣を描き、彼女に習って素材を配置した
そして、彼女に続けて呪文を読み上げる
すると、魔法陣は輝き
その光は中心に収束して一つの塊に変わった
リゼットの描いた魔法陣の中には
穴のように黒いスライム
そして、ルッツ魔法陣の中にいたのは
腐肉の塊のような赤黒いスライムだった
「スライムは特に術者を映し出す鏡だけど…あなたは何と言うか…
そんなにゾンビが好きなのね?」
「マジかwww俺のジジイへの愛の証じゃんwwww」
ルッツが呼び出したキャリオンフロックは墓場によく居る嫌われ者だ
腐った遺体を食べて成長する魔物で
彼らは疾病と腐臭を撒き散らす厄介者である
片やリゼットの呼びだした、ダークホールは
魔族領にしかいないレアリティの高いスライム
魔素を底なしに奪う恐ろしい相手だが
魔素の薄い人間領では、数分で死滅してしまう
「ルッツさんのスライムのランクはE -ね
呼び出せたら、後は適当な石に閉じ込めるの
強い魔物にはそれ相応の石が必要だけど
そのスライムならその辺の石ころでも大丈夫だと思う
閉じ込めたい石に、こうやって術式を書いて…
呪文を唱えれば“スライムの封石”の完成ね」
ルッツもリゼットのようにしようと
適当な石ころを探すために立ち上がって振り向く
すると、そこにはいつの間に立っていたのか
3mはありそうな大きな男が2人を見下ろしていた
「あ…」
「魔物臭いと思ったら」
男の背中からメキメキと音を立て、青白く発光する6本のかぎ爪のようなものが生えてきたと思った瞬間
その全てがルッツのキャリオンフロックを突き殺した
「あ…!」
「召喚師を否定しないが不浄の者を箱の中へ入れるな、不愉快だ」
スライムをぐちゃぐちゃにしたかぎ爪は、スルスルと短くなったかと思えば
細かった一本一本が広がり、3対の翼に形を変えた
「使徒…様?…え、でも今日はまだ17日じゃ…!」
かぎ爪が翼に変わった男を目の当たりした
リゼットが小さな声で叫ぶ
使徒と呼ばれた男は不気味に笑うと視線はリゼットの方を向く
「その通り、私はウラノフェン、使徒だ
少し早く降臨した甲斐があったな
そこの娘、お前はよく育っている」
ウラノフェンと名乗った使徒はリゼットに一歩近づいた
「…だが、まだ摘むには早い
数年後またお前の元を訪ねる
その時、お前が充分に実っていたら
使徒として召し上げてあげよう」
一方的にそう告げる
それまでウラノフェンの放つ異様な威圧感と青白い光に強硬状態だったルッツだが
彼が“使徒”であるということにハッとなった
「使徒様!国として認められるにはどうしたらいいですか!?」
急な事で頭が回らず、あまりにも直球に言葉をかける
そんなルッツを、チラッと見たウラノフェンは
その大きな体躯をぐっと曲げてルッツの目を覗き込んだ
「国は優秀な人間を産まねばならぬ」
「じゃあ、それが出来たら
俺でも国の王になれますか…!?」
ククッとウラノフェンが笑った
「お前は掃き溜めに溜まったクズに見える
さっきの魔物と同等に存在する価値もない」
ウラノフェンの眼球に幾つもの瞳孔がボコボコと増え初め、ルッツは息を飲む
更に、彼の翼がルッツを包むように広がり
その翼の至る所に目がプチってプチっと音を立てて開眼していく
震えながらルッツは精一杯声を絞り出す
「つ…強く…なる…これから、もっと…!もっと!!」
ウラノフェンの恐ろしい満面の笑み
わさわさと翼が小さく縮小し、ウラノフェンは曲げた体を垂直に伸ばした
「処分する価値もない」
興味を失ったのか、ルッツのことが
まるで見えていないように振る舞うと
「お前は精進しなさい」
そうリゼットに告げ、ウラノフェンは音もなく空に飛び立った
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ノーシルプに戻ってきた2人の普段とは違う様子にジクスはすぐに気が付いた
顔色の悪いルッツは怠そうに共有エリアのソファーに座り
リゼットも怯えたように体を縮こまらせながらその隣へ座った
「何があったの?大丈夫?」
2人はさっきあったことをジクスに話した
「いやさ、念の為に香水つけてたけど…
あんなクソ弱スライムをオーバーキルするじゃん?ヤベェって…」
今日会ったウラノフェンは、前に墓地で会った使徒とは全く違った
会話ができる相手ではないそんな相手だったとルッツはため息を吐いた
「使徒として召さられるの…
光栄なことって知ってるけど…怖かった」
いつもは余裕のあるリゼットも、小さな肩を震わせている
「…そっか、うん、怖かったね」
ジクスは優しく彼女の両手を取って包む
「ここには絶対に使徒は来れないから
大丈夫、大丈夫だよ…大丈夫」
まるで自分にも言い聞かせるように呟くジクスに、違和感を覚えたが
ルッツはあまりの虚脱感にそのまま意識を失った




