ワピチの憂い
魔女
それは人々を恐怖と混沌に陥れる存在
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彼、彼女らは魔法に魅了され
研究を続けた学者の成れの果て
他者のために、発展のために始めたはずの研究は、研究そのものが目的に成り替わり
そのうち、何を犠牲にしても厭わなくなっていく
歯止めの効かなくなったかの者の研究は
やがて禍となって人々を脅かすのだ…
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魔術師を志す者は
初めに魔女について学ぶことになっている
それは魔術師として魔法を習得することが
魔女に一歩近づくことに変わらないからである
人より大きな力を得るという事は
人からそれだけ離れるという事なのだ
温かな日の差し込むネフロイト庁舎書斎の窓際で、高等魔術書を読んでいた長い一本の三つ編みを肩にかけた若い女は、魔術書をとじ…ふぅと溜め息をこぼした
「なんて素晴らしい術式…」
真新しい本の美しい装丁すら、この魔術書に対しての術式であり
彼女はそれを愛おしそうに撫でる
コンコン…
部屋の扉が軽くノックされた
彼女は本を膝に乗せたまま、どうぞと声をかける
「ベルタ、ちょっと相談が…
ああ、またソレを読んでるのか?」
「また?いいえ違います!
昨日発行された最新の魔術書ですよ!!
今作も本当に凄いんです!読みますか!?」
座っていた女、ベルタは膝に乗せていた本を入ってきた男に突き出した
「いやぁいい、君の賢者様への愛は分かったから
ボクに押し付けるのはやめてくれよ」
「はぁ!?価値があるのはあの人の書く学術的魔法であって、あの人個人じゃありません!!
師は確かに尊敬できる魔術師ですが
ひとでなしなの!本当やめて下さい!」
「世界一の賢者にして、自らの師に対してあまりに酷い言い草でビックリするよ
あの人ロクでもないのは確かだから擁護できないけどね」
「分かればよろしい
で?ホルツマンさん、何のようでした?」
「あー、そう、魔女狩りについて相談があるのだがいいかな?」
「…ぽんぽんのオムライスが食べたい!」
「好きなのを食べなさい」
スノームースの北に位置する
ワピチ領は寒い地方ではあるが
寒さは比較的穏やかで、盆地である為か積雪もかなりマシな地域だ
境界の谷からも程よく距離があり、周りを囲む山は自然の要塞となりモンスターの類もスノームースの中では少なく、推奨レベルは40代と低めである
そんな場所だから、ここの一番の産業は農業であり、殆どの領民がそれに従事している
ワピチの首都ネフロイトの庁舎を出た、クラウスとベルタは
果樹園の横を通り過ぎ
街の繁華街へと足を伸ばした
「丘スライムのロックペポふわふわピリ甘カリッとオムライスの大盛りください!」
「それ美味しいの?
あ、ボクはホットコーヒーね」
レストラン“ぽんぽん”に着た2人は料理を注文してそれを待つ
「美味しいですよ?
あ、もしかしてスライム入ってると思いました?スライム型のオムライスですよ?」
「それは分かるよ、なんか情報が多くておじさんついていけないなぁ…」
「ホルツマンさんはコーヒーしか頼んでないですよね、ちょっと分けてあげますよ」
「わーい、ありがた迷惑
それより、魔女討伐の話させてくれる?」
エルカトルでエドリック王から魔女狩り強化の命令が出た話を彼女にした
「うちの領地は比較的安全な場所だけど
それでも、この数年で魔女害が鰻登りでね
君も知っての通り、先月からギルドから出る
討伐成功報酬をあげたばかりじゃない?」
「あーだから私に相談してるんですね
ダイアンさんのこと苦手すぎでは?
討伐なんてギルドの管轄でしょ?
私じゃ解決できませんって
もっと魔法のこととか、ゴーレムについて相談してくださいよ」
クラウスは渋い顔を更に渋くした
「報酬もう少し色つけてなんていってごらん…
ボクきっと今度こそギルドの看板に吊るされちゃう」
クラウスが震えていると
注文していた、コーヒーと食事が届いた
ベルタは蛍光グリーンのカレーにスプーンを差し入れ
そんな彼女にクラウスは違和感を覚える
「想像できちゃう所が笑えないですね
うーん、ダイアンさんが怒るのも分かるんでいい加減なこと言えないしなー」
ワピチの財政はここのところあまり良くはない
というのも、この魔女害が原因で
穫れる作物の量も質も下がっているのだ
その原因となっている魔女の討伐だが
推奨レベルは50以上
しかも、近年では現れる魔女のレベルが上がっていて
ワピチで一番強い冒険者パーティーが、少し前に虫の息で帰ってきた程だ
懸賞金欲しさに挑んで負傷し、命まで落としてしまう冒険者まで続出したために
ギルドは“魔女狩り”について神経質になっている
「…分かった!それカレーじゃない?
君が頼んだのはオムライスだよね!?
お店の人に言ってあげようか?」
蛍光グリーンのルーと米をスプーンで口に運ぶベルタに感じていた違和感に
ようやく気が付いたクラウスは店員を呼ぼうと店内を見渡したが
声を出す前に彼女に止められた
「これが“丘スライムのロックペポふわふわピリ甘カリッとオムライスの大盛り”ですよ
間違ってないんで大丈夫です」
「え?」
「え?」
何とも言えない間が2人の間に流れる
「…最近の若い子の流行ってよく分からないなぁ」
「あ、私良いこと思いついたかも
今はギルドの依頼として魔女狩りをお願いしてますけど
魔女狩り専門の人を公務員として置くのはどうでしょう
そしたら、下手に挑んで死ぬ人も居ないし
毎月定額で雇えるかもですよ」
「そんな人材は他でもっと稼いでるんじゃないの?
こんな片田舎の公務員なんてやらないよ」
「魔女狩り一件に対してどのくらいの報酬設定でしたっけ」
「一件200エルクだね」
「じゃあ、月に3000エルク
一つのパーティーに出せます?」
「わぉ、ボクのお給料2ヶ月分くらいあるね
庁舎に戻らないとハッキリしたことは言えないが、ギリ出せる範囲かなぁ
それ以上は財政的に無理だ
…ただ、そんなお金積んだところで
強い冒険者はエルカトルやノルウォギガスでもっと稼いでるんじゃない?
こんな片田舎にわざわざ来てくれるかな」
「他に出せるものは?」
「あれ?ボク強請られてる?」
クラウスは目の前のコーヒーカップの中の黒い水面に目を落とした
そして、自分の持ってるもので差し出せる物を考えた
「…ネフロイト東に使っていない屋敷がある
後は…そうだな…ディアナかコリーン」
ディアナは18歳になるクラウスの娘の1人でコリーンはその一つ下の娘になる
年頃の彼女達を差し出しても良いと彼は言った
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「ふぅーご馳走さまでしたー」
オムライス?とその後、ちゃっかりデザートに豪華なパフェを食べたベルタは満足気に店を出た
「でも、本当にいいんですか?
お嬢さんを差し出すなんて、奥様と揉めません?」
「ん?揉めるもなにも、妻はボクと同じ空気も吸いたくない人だからね
ディアナ、コリーンにしても、年齢的にそろそろそういう時期だし
相手が何処かの貴族から、どこぞの馬の骨になるだけだよ」
「えぇ…一体なにをしでかしたので?」
なにって何も、とクラウスは困ったような顔をして頭を掻いた
「よくある政略結婚だよ
ただ、彼女には好きな人がいて
山のようなプライドがあったってだけさ
ボクの事ゴミ虫みたいに思ってるよ」
一回り以上も年上の、初めて見る男にある日突然嫁がされ子供を4人も産んだ
最後に生まれた子が男の子だった時
彼女は憎悪に満ちた目でクラウスを睨みあげ「私は役目を務め果たしたわ」と告げた
それから彼女は邸宅の離れに住み
もう10年はその姿をクラウスには見せていない
「することはしてるんですね」
「そりゃ、義務だからさ」
ベルタの軽蔑したような視線に、困ったような笑顔を返す
貴族達の政略結婚は珍しい話ではない
しかし、ここまで拗れているのは珍しい
「…私なら寝室も一緒にするのに」
「プライベートはあった方がいいよ?」
ベルタはクラウスの横腹に拳を叩き込んだ
不意打ちに、おが!っと変な声を上げた彼は道端に座り込む
「あのね…か弱いんだから優しくして?
あれ?折れたんじゃないか?」
「そんなんで折れるか!ばぁーか!!
先に庁舎戻るので1人で帰って下さいね!」
何かすごく怒りながら、遠くなっていくベルタの後ろ姿を見送り
クラウスはゆっくり立ち上がった
「さーて、ダメ元でやってみるか」
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この数日後
エルカトルのギルド本部に以下のような
公募が張り出され話題となる
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募集!専属魔女狩りハンター!
魔女が倒せる力量がある方募集
場所:ワピチ領
報酬:基本給3000エルク
(1パーティに対して)
住まいとして邸宅の無償提供あり
ワピチ領内での魔女狩りが主な仕事です。
その時に得た、魔物素材などの戦利品は好きにして構いません。
望むならワピチ領主の娘も差し上げます。
腕に自信のある、貴族に仲間入りしたい方はこぞってご応募ください。
受け付け:ネフロイト庁舎
採用・1パーティ
面接・実技試験あり
ワピチ領主:クラウス・ホルツマン
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続きは、スピンオフへ




