地獄の大穴
その日、スノームースの首都
エルカトルにある城
クリスタル・レイに、この国の各領地の領主が集まっていた
【ノルウォギガス】エイベル・ヴァラハ
【サモーズ】ミック・フェルリンデン
【コモンゲラート】マルク・コロゴロフ
【ノロイースト】ソフィ・デュモン
【ワピチ】クラウス・ホルツマン
皆、席につき
王の到着を今か今かと待ち侘びている
「…遅い…!」
歳は50半ばに見える、スキンヘッドに口髭を蓄えた男、ミック・フェルリンデンは
机を人差し指でトントンと鳴らしながら
部屋の仕掛け時計に目をやる
約束の時間を既に30分過ぎているというのに、姿を現さない王に対して
苛立ちを隠そうともせず
血走った目をギョロリと扉の方へと向けた
「最高記録は3時間だ、今からそんなに怒っていると口髭まで抜けるぞ」
飄々とした態度でカップのお茶を啜る
ミックと同じくらいの歳のパーマの男、クラウス・ホルツマンは
気怠そうに椅子に体重を預け目を瞑った
スキンヘッドに青筋を浮かせたミックは、机を強く一回叩いてフンッ!と鼻息を吐くと腕組みをし、今度は貧乏ゆすりを始める
「私もそう暇では無いのですが…
あなた、王はまだ来ないのかしら」
グレーヘアを綺麗に結った、初老の女性
ソフィ・デュモンは
部屋の隅に立つメイドに声を掛けた
「申し訳ございません、今暫くお待ち下さい」
「俺が引きずってこようか?」
筋肉の塊と言っても差し支えがないほど
鍛え上げられた肉体のマルク・コロゴロフが立ち上がり扉の前に立った時
反対側から扉が開かれ、皆が待っていた王が入ってきた
「すまんすまん、思ったよりも長引いちゃったな!
歳はとりたくないもんだ!
どうしたコロゴロフ、席につけ」
正装どころか、肌着に麻のズボンという
王にはあるまじき姿で現れた彼に対して
皆はもう突っ込むどころか呆れ返り、それには言及すらしなかった
「で、なんだったか?」
王が更にとぼけた様子でそう言い放ったので、ついにミックは両手で机を叩いて立ち上がった
「俺達を集めたのはあんただ!!
そんなんだからベアなんぞに国を狙われるんだ!!」
「あーそうだ、ベアの話だったな」
茹蛸のように顔を真っ赤にした彼を、クラウスが座るようにと促す
「あと、そう、この男は誰だ?」
老齢の男女が集まるこの部屋に、メイドを除いて1人、二十そこそこの男が座っているのを見て王は首を傾げる
注目を集めた彼は、立ち上がり一歩下がると深く頭を下げてから自己紹介をした
「お初にお目に掛かります
私はノルウォギガス領、領主につい先日就任致しました
エイベル・ヴァラハと申します
以外、お見知り置きを」
右目を髪で隠した青年はニッと笑った
「ああー…アドルフの息子か、もう政権を息子に渡したか」
「我が領地は何処よりも過酷な場所です
現役こそ退きましたが、父は今も領地の為に戦っています」
「そう畏まるな
こんなジジイとババアの集まりだ
俺も若い要素もまあ必要だと思うよ?
おねえちゃんだったら尚良かったけど…
よし、では始めようか」
…
「グラウンドベアが我が国に対して戦争を起こそうとしている」
肌着に麻のズボンを履いた、誰よりも見てくれが王らしくない王がいう
隣国グラウンドベアとは、数年前も戦争をしていた
結局、勝敗はつかず停戦合意をした訳だが
今になって再び攻めてこようという動きがあるという
「ラビやマーゲイに対し、魔女害は我が国と魔族が手を組んだ事で起こっていると実しやかに囁いているようでな」
「魔女害は人類共通の悩みでは?
どうして私たちのせいになるのよ」
「アデモスとの和平でしょうね
魔族の国と和平を結んでいる事は奴等と手を組んでいる様にも見えるだろうな
此方としては、国境に魔族領と繋がる大地の割れ目を抱えている訳で…
その為の措置だとしてもな」
「おい、若造!そもそも魔女害も魔物の被害も増えてる!
境界の谷の監視はどうなってるんだ!!」
「境界の谷は…」
ヴァラハ家の治る、エルカトルより南の領土
ノルウォギガスは魔族領と繋がる地の割れ目が目前にある場所だ
そこからは地熱と魔力、更に魔物、魔獣、魔族…そして魔女が地上に這い出してくるとされている
この領地を治める者は、代々この場所を監視し
場合によっては這い出てきたものを駆除することが役目であった
だからこそ、各地で増えたこれらの害は
彼の家の怠慢ではないかと声が上がったのだが
エイベルは首を横に張った
「残念ながら、境界から上がってくるのは
今も昔も変わらず魔物…雑魚ばかり
他に変わったことと言うなら、地熱と共に上がってくる魔力は濃くなりました」
おかげで、領民には魔力あたりという病気が蔓延しているという
「なら魔女は何処か来ているんだ!」
「此方の目を欺いてる可能性は否定しませんが…王よ、この場を借りて報告があります」
この世界の半分以上が海であり、その大半は謎に包まれている
それは、海の中央とされる位置に
その見た目から“白の塔”や“ドラゴンハイブ”と呼ばれる
強烈な嵐や雲の発生源とされる場所があり
近付く船や飛行船、生き物を悉く海の藻屑に変えてしまうからである
そういう訳で、そこは未調査のままであったのだが
その危険な場所の調査がこの度完了したことをエイベルは告げた
「十数年かけてこの為だけに特別な訓練や経験を積んだ精鋭部隊、総勢370名と
この為だけに開発した魔力船を用いて9ヵ月の航海の末
帰還したのは、アドルフ・ヴァラハ一名」
「なっ…!何故領主自らが行った!」
「彼がノルウォギガスで一番の魔術師です
他にレベルが90に迫る魔術師はいません」
一同どよめく中エイベルは続ける
帰還したアドルフは喋ることが出来ないほどの重症であり、現在治療中であるが
彼が持ち帰った航海日誌が、かの場所の調査結果であると述べそれの要所の複製を各自の前に並べた
ーーーーー
【航海日誌:ドラゴンハイブ】
◯月◯日
虚構の海原へ出て早や2ヶ月
天まで伸びる、目的の白の塔が視界に入ってきた
あの場所からこの世界の空の雲の殆どが生まれているのかと思うと改めてゾッとする
こうして、遠方から観察している今も
巨大な白い柱から、幾つもの分厚い雲が切り離され流れているのが伺えた
◯月◯日
今日は白の塔から切り離された雷雲、いや嵐に見舞われた
そのつもりで対策してある船とはいえ
恐ろしい高波と、風、甲板を叩く激しい雨音と雷鳴に乗員は皆肝を冷やした
それ程、長い時間ではなかったとはいえ
並の船であればすぐに沈んでいたに違いない
これから、あの柱のようなものに近づく程に
こういった嵐との遭遇は飛躍的に増えていくだろう
(非常に字が乱れている)
◯月◯日
白の…塔の近くまで来た
てっきり海から生えるようになっているのかと思っていたが
そんな事はない、浮いていた
塔の一番下を見られるほど近付いた者がこれまで居なかったからそう思い込んでいたが、確かに雲なのだ
天候は最悪
籠に入れられて激しく振られているかのような状態が延々と続いている
巨大な雲の塔の下は、未だかつて体験した事がない程の激しい嵐
雷が、絶え間なく落ち続け陽の光は届かないのにずっと明るい
船にはバフを何重にも掛けてあるが不安になってくる
◯月◯日
なんて事だ…最後に見た計器の記憶だと
雲の根の下に入ってから10㎞も進まないくらいだったと思う
仲間の悲鳴と共に窓の外から見た光景が目に焼きついて離れない
白の塔の下には海がない
いや、穴が空いている
かなり大きな…とても広大な…ああなんと伝えればいいか分からないほどに
その穴に私達は船諸共落ちた
落ちていく時に見た穴に、滝のように流れ込む海の水は、途中で白い蒸気に変わり果てていた
あの雲はそういう事なのだ
船は…落ちながら外側から燃え始めた
私は混乱の最中、出来る限りの防御魔法を使ったが…
生き残ったのは13人
アグリスやルアン、ブランディンが衝撃緩和などを重ねがけしてくれていなければ
全滅していただろう
(日付がない)
みんな…みんな死んだ!
この場所は、ここは地獄だ!
水も土も空気すら、人間にとっては毒
ここに在るだけで魔力耐性の低い者から死んでいく
その上、魔物、果ては魔族まで
この場所では人間の方が異端なのだ
苦しい、体の内側から引き裂かれるようだ
ああ…ダメだ…この日誌だけでもなんとか…
でないと、死んでいった数百名の同胞が浮かばれない
ーーーーー
航海日誌を読んだ領主達は表情を曇らせた
「エイベル、と言ったか?
アドルフの容態はどうなんだ」
「父は良くはありませんが生きています」
「そうか、後で使いの者に身体に良いものを送らせよう
さて、調査からするに魔女を含む物達はこの穴からも出てきているのではなかろうか?
ラビとマーゲイがベアに呼応しないように呼び掛けねばなるまい
それと、魔女狩りの強化だ」
「おい、これ以上魔女狩り報酬は上げられないぞ!」
マルクは王を睨む
「確かに、魔女自体増えてるし
魔物の類も高レベル化してきてる
なかなか厳しいですよ」
クラウスはマルクに同意した
「いっそのこと、魔族との和平なんて辞めたらどうです?
あちら側はこっちに自由に出入りしているのに、370人殺されたようなものですわ」
「それは出来ん、国民を危険に晒す可能性がある」
ソフィの提案は、王に直ぐに却下された
「エド、このクソ色狂い!知ってるぞ!
お前がアデモスから貢ぎ物を受け取ってるのを!!」
その場がざわめくが、王はだからなんだと
悪びれた様子もない
「…戦争ってそこまで回避しないといけませんか?」
エイベルが言い放った言葉で、更にその場は騒然となった
「なにを!!当たり前だろう!!」
「一体どれだけの被害が出ると思っているの!?」
「私からしてみれば、人間の敵の方がよほど弱くて優しく感じます
この機会にグラウンドベアを壊滅させてしまうのも手ではないですか?
もう2度と手を出そうとは思わないくらい
完膚なきまでに叩き潰すんです」
「それいいな!俺はお前の意見好きだぜ」
ゴホン!と王が大きくわざとらしい咳払いをし、注目を集めた
「お前はまだ若いから分からんかもしれんが、戦争とは単に勝ち負けだけの話ではない
…とにかくだ、アデモス側にも魔女狩りの強化を要請する
皆もできる範囲で構わん
魔女への対応を早急に開始してくれ、いいな?」
・
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・
王の退出した王宮の一室では、彼の勝手な決断に領主達がまだ愚痴を言い合っている
そのつまらない場を、早々に抜けたエイベルは帰途に向けて
広い宮殿の廊下を歩いていた
不意に、髪に隠れた右目から、大粒の涙が頬を伝いポロポロと流れ落ちる
「…父様?どうしたの?」
独り言を呟き、髪の上から目をさするように撫でる
「これをした奴を必ず見つけるから
…だからどうか、泣かないで」
止めどなく溢れる涙をどうする事もできず
エイベルはただ、右目が泣き止むまで
悲しそうに右目をさすり続けた




