徴収
朽ちて潰れかけた小屋の天井を眺めて老いたゾンビはもう何日もただ寝転がっていた
昼夜が入れ替わるたびに、小屋の隙間から明かりが覗くが
彼にとってそんなことはもうどうでも良いことだった
少し前まで、ひょんな事から助けた少年と騒がしい日々を過ごしていたのが
今、突如現れた使徒によって小屋に封印される形となった彼には
その日常はまるで夢の様な時間に成り果てた
「…いっそ夢ならな」
返事をする者はいない
一度、諦めた明るい世界に触れてしまった彼にはもう
この1人きりの暗い世界が辛いものへと変わってしまっている
「動く死体が笑わせる、これなら本当に死体だな」
こんなに朽ちて腐った扉も壁板も
封印の力で、押しても引いてもびくともしない
それはもうずっと前に確かめた
特に人間を襲って食べたいとは思わなくても
普通の人間にとって、彼の存在はそれだけで忌避するものである
普通の人生を送って
普通の家族に囲まれて
普通に人間として死ねていたら
どんなに楽だっただろうか
「あぁ、これが呪いの正体というやつだ」
不死という訳ではない
ただ、自死を選ぶ勇気はない
そうしてダラダラと体が腐るまで過ごした末に、やっと自分の犯した過去の罪に後悔する事になっただけの事だろう
ふぅ、と大きなため息を吐いて寝返りをうつ
その動きの最中に腐った床板がバリッと音を立てたので彼は起き上がった
そして、徐に板を剥がす
腐った板の下に、何日振りかの土の地面を掌で撫でる
「…あぁ、これなら…」
戸棚に立て掛けたスコップを手に握り
一筋の希望を彼は地面に突き立てた
その行為は人間から見れば無謀で馬鹿げたものかもしれない
しかし、彼には時間が幾らでもあるのだ
◆◆◆◆◆◆◆
【ノーシルプ】
「おっさん、最近早い時間に居るじゃん」
夕方、共有スペースに顔を出したルッツが見つけたのは、新聞を読むセシルの姿だ
これまで彼は、昼夜逆転の生活をしているのか
夜中にしか見かけなかったが
最近は寧ろ昼間に起きていて夜中には見かけないようになった
「…まともな生活してて文句言われる筋合いはねぇだろ
お前こそ、毎日ここにいるみたいだが
そろそろ何かしねぇと家に食い殺されるぞ」
セシルは不機嫌そうに煙草を口に咥えた
「家賃の徴収ってやつだった?
おっさんはどのくらい払ってんの」
「…俺のを聞いても何の当てにもならねぇよ
そんなこと聞くよりも、その辺の適当なスライムでも捕まえて
少しでも日銭稼いだ方が利口だ」
「戦闘は得意じゃないんだぜww
それに、スライムから採れる素材って、何百匹倒してやっとその日の飯代だろ?効率悪すぎだってw
そんな事しなくても一晩あればそれなりに稼げんだぜwww」
へらへら笑うルッツに呆れたのか
セシルは新聞を折り曲げ、ポケットにねじ込むと
吸っていた煙草を揉み消し自室へ戻って行った
「怒ったか?
ま、でも、今夜あたり新しいパトロンでも探すかなぁ〜」
・
・
・
自室の扉を開いたセシルは中に入ろうとせず足を止めた
目の前のベッドや家具が見覚えの無いものだったからだ
黒を基調としたシックな内装
無駄のない綺麗に整った室内は、彼の物に溢れてる訳ではないが
片付いているとは言い難い、こだわらない部屋とは明らかに違った
「…誰の…」
「今宵は満月でしたか」
戸惑う彼の背後に、いつの間にかマルクスが立っていた
振り返り反射的に後ずさった為
そのまま部屋に踏み込む形となった彼に続き
部屋へ入ったマルクスは当然のように扉を閉めた
「…なっ」
「他者の部屋へ招かれるのは初めてですか?
契約の際に説明が充分では無かったでしょう
今、ついでに話しておきます」
椅子をセシルに勧め
対面に腰を掛けたマルクスは
さて、と少し考えてから話し始めた
「まず、貴方は咎人“薔薇の魔女”の捕食により
完全な魔獣へと変異していました
しかし、私との契約を経て貴方の“魔獣”は調伏され
人でいるように命じられている為、今は息を潜めている状態です
私に従僕する代わりに、満月の度に私から血液を啜る権利を得ています
今日がその約束の日です」
一度の情報量の多さに、セシルは眉間にシワを寄せたが
最近、夜になっても起こらない殺人衝動や血肉への渇望はそういう事なのだという事と
今感じている、激しい欲求の正体を何となく理解した
「…お前…何者だ?
ジョブは魔物使いか何かか?
…聖騎士じゃ無かったのか?」
「そのうち分かります」
夕刻の赤い日差しが少しづつ窓から遠ざかり、徐々に夜が来る
陽が傾くにつれ、最近感じていなかった
あの血生臭い欲求がむくむくと頭をもたげてくる
目の前の男に喰らい付きたい衝動を抑えようと
セシルは自分の腕に爪を立てた
「満月の夜は契約通り血を啜る必要があります
どうぞこちらへ」
「…そんな事出来るか…!…俺は魔物じゃねぇ
人間を食う気はない!」
「貴方は既に人の領域を越えています
人のように振る舞いたいのであれば
その小さなプライドは捨てねばなりません」
目の前にスッと差し出された
白い腕に青く走る静脈を見て、とうとうセシルは我慢ができなくなった
腕を掴むとそのままマルクスを襲い、床に引き倒して、腕ではなく頸部に噛み付いた
変異を経て鋭さを増した犬歯が手加減なく白い首筋を切り裂き、鮮血が溢れる
それでは飽き足らず、そのまま肉を喰いちぎり
ドッと溢れ出る血液を貪る様に啜った
そうして暫く、夢中になって血を啜ると
段々と頭が冴えてきて理性が戻ってくる
我に返ったセシルが、馬乗りになっているマルクスから飛び降り
自らの起こした惨状に絶望したが
当のマルクスは穴の開いた首筋を左手で抑え
何事もない様な顔で起き上がった
「私は回復魔法はあまり得意ではない
毎回これでは不便だな」
「お、おい、大丈夫なのか!?
首が…どうして…平気なのか…?」
確かに噛み切った肉の感触と、心拍に呼応して止めどなく口内に流れ込む血流
凡そ、普通の人間ならば失血死しかねない傷口
口の中に残る、魔力を浴びた濃厚な甘い血液の香りに言葉が詰まった
そんな彼を尻目に、マルクスが撫でるように左手を首からずらすと
開いた穴に薄くピンクの皮膚が張っていた
「ご心配なく、私にも応急処置は出来ます
専門の者に診せれば穴もすぐに塞がるので」
「…お前…この血の味…本当に人間なのか…?」
◆◆◆◆◆◆◆
夜も深く2時を回った頃
夜の歓楽街で一稼ぎしてきたルッツは
身体に残る客の臭いを消すために
シャワーを浴びてから自室に戻ってきた
ベッドに寝転がりふーっと大きくため息を吐いて真っ暗な天井を見上げると
真っ黒な天井に更に黒いモヤが蠢いているのに気が付く
「…え、何コレw」
そのモヤがゆっくりと降りてきて
身体に触れた部分がヒヤリと冷たくなり、嫌な汗が吹き出した
何が起こっているかも分からないまま全身がモヤに包まれ
そして、身体から力が抜けていくような感覚を覚える
更に、彼の荷物の麻の袋から
ゾンビの肉片の入った、小さな巾着がモヤに引き摺り出されるのを見て
コレがもしかしたらと思い慌てて今日の稼ぎ分の銀貨を掲げた
「これ!家賃は金で払うって!
足りない分は体力から持ってってもいい!
けど、その巾着の中身だけは絶対にダメだ!!」
彼の叫びに呼応してモヤは動きを止めた
そして、小さな巾着を離すと、掲げられた硬貨の入った袋にぞろぞろと集まりモヤは黒い闇の塊になって
そのまま夜の闇に溶けるように消失していった
ルッツはハァハァと胸を上下させながら呼吸を吐き
床に落ちた小さな巾着を拾い上げる
ゾンビの肉片は魔物素材だと思われたのだろう
中身を確かに確認して、胸元に仕舞い込んだ
ホッとしているのも束の間
突然、部屋にバラバラと固いものが複数個降り注ぎ、思わず「イテッ!」と声を上げる
頭に当たったそれを、何かと見やれば
それは僅かな硬貨だった
「いってぇーな!お釣りってか?ちゃんとしてんのな」
若干のイラつきを覚えたが
どうやら余分には持っていかないらしいのが分かって安心した
返ってきた硬貨を数えて大体の金額を計する
家賃はルッツが想像していたよりも、ずっと安かったらしい
「確か、レベルに見合っただけ徴収されるって言ってたよな
俺のエロテクはレベル以上って訳だなwww
思ったよりも格安じゃんwww」
この日を生き延びることができたと確信したルッツはいつものように
軽口を叩いてベッドに再度寝転がるのだった




