030 薙刀で挑む
クマガラスを倒すには、どうすればいいか。
昼食の最中、俺はその方法をひたすらに考えていた。
木の槍が通じなかった以上、弓矢の効果も限られている。
刺突による攻撃ではダメだ。
かといって、殴打によるダメージも望めない。
例えばヒグマなどは散弾銃で撃たれても死なないほど頑強だ。
そんな相手に金槌で殴りかかっても手が痺れるだけだろう。
だとすれば――答えは「斬撃」しかない。
◇
「じゃあ、行ってくるぜ! 久世、頑張ってくれよ!」
「お前もな、境野」
昼食が終わると、境野が拡声器を持って恋人の捜索に出かけた。
1時間もすれば、島中に彼の声が響き渡るだろう。
「さて、武器を作っていくか」
「了解っす!」
今回は晴菜がアシスタントを努めてくれる。
というより、彼女が強引に「自分も手伝うっす!」と言って聞かなかった。
クマガラスの討伐にも同行するつもりらしい。
「作ろうと思うのは薙刀だ」
「薙刀っすか!?」
「材料的にも、それが最も強い武器だと思ってな」
取り出したのは、約14時間前に木箱から取り出したばかりの角材。
別の用途で買った物だが、その一部を利用することにした。
予備も兼ねて多めに買っておいたので問題ない。
「まずは、これを大工道具で加工して持ちやすくする」
角材のままでは上手く握れない。
なのでノコギリを使って細くし、ヤスリやカンナで整えていく。
新たに買ったノミなども大いに活躍してくれた。
「こうして片方をグリップにしたら、もう一方の先端には刃を取り付けるだけで完成だ」
刃として使うのは黒曜石の石包丁だ。
ありがたいことに、川辺には大量の黒曜石が転がっている。
ここで材料として使っても、料理に悪影響を与えることはない。
「石包丁を薙刀の刃にするって面白い発想っすね!」
「俺も初めての試みだ。ただ、かなり使えると思うぜ。市販の角材だから耐久度は高いし、石包丁は脆いけど切れ味に関しては折り紙付きだ」
石包丁の取り付けを始める。
ノミで作った窪みに石包丁を差し込んでいく。
黒曜石は脆いため、力任せに作業を進めてはならない。
かといって、緩すぎると強度が落ちるので、絶妙なバランスが求められる。
石包丁を窪みに差し込むと、今度は仮固定を行う。
「晴菜、アサ科の繊維で作った紐を」
「ちょっとだけお待ちをっす!」
晴菜は不慣れな手つきで糸車を回している。
頭上には『中』の字がポコポコと浮かんでいた。
最近は高評価を連発していたが、慣れない作業だと中評価になるようだ。
(晴菜の順位はそこまで下がっていないな)
紐が完成するまでの間、俺は自身と晴菜の順位を比較した。
俺はTOP5圏内にいたのが、今では12位まで下がっている。
一方、晴菜は同時期に30位前後だったのが、今は45位だ。
下落幅は同じくらいだが、どうにも釈然としなかった。
(やっぱり、一部の参加者だけがスコアの獲得ペースを加速させたっぽいな)
そんなことを考えていると、晴菜が「できたっす!」と紐を渡してきた。
「サンキュー!」
晴菜の作った紐で、石包丁と角材を巻いていく。
「紐で縛ってもグラグラしているっすね? 石包丁」
「今回は仮固定だから、あえて緩めにしているんだ」
作業はまだ終わらない。
次は樹脂系の接着剤を使って固定の強度を高めていく。
「接着剤は既に用意しておいたぜ!」
俺は竹の器に取り出した。
中には黒色の濁ったドロドロの液体が入ってある。
「何すかそれ!」
「スギやヒバなどの針葉樹から採取した樹脂を煮詰め、そこに粉末状の木炭を混ぜたものだ」
「それで接着剤になるんすか!? というか、どうして木炭を混ぜるんすか? 木炭に接着剤っぽい要素がないんすけど……」
「樹脂だけだと硬化後も粘度が高いままなんだ。つまり、今回の薙刀みたいに強く振るう武器の場合、勢い余って刃が外れてしまいかねない」
「それが木炭パウダーで改善されるんすか?」
俺は「そうだ」と頷いた。
「木炭は充填剤の役割を果たしてくれる」
「フィラー……?」
「ま、細かいことは気にするな。木炭パウダーを混ぜるほうが今回は適しているってだけのことだ。石器時代の石槍なんかも、この方法で固定していたんだぜ」
「そうだったんすか! ゆーきんは物知りっすね!」
「樹脂系の接着剤を使うのはサバイバルの基本だからな」
こうして接着剤を石包丁の差し込むと、固まり始めるまで待機する。
ベタベタし過ぎない程度に乾いてきたら、改めて紐で縛って完成だ。
今度の紐は仮固定とは違うため、しっかりと巻き上げる。
「できたぜ! これがクマガラスの命を刈り取る薙刀だ!」
その場でブンッと素振りする。
陽光を反射する黒曜石の刃が空間を切り裂いた。
「すごいっす! これならいけるっすよ!」
俺は頷き、薙刀を肩に担いだ。
さらに水の入った竹筒を三本、腰に装備する。
「さあ、リベンジマッチの時間だ」
◇
作業を終えた俺と晴菜は、拠点を出て川辺にやってきた。
つい数時間前、クマガラスと一悶着あった因縁の場所だ。
砕けた槍の破片がそこらに散乱していた。
「さすがに移動しているか」
クマガラスがのたうち回っていた場所には跡が残っていた。
そこだけ砂利がなく、土が剥き出しになっている。
「仕方ないっすよね! もう数時間前の話っすから」
「だな」
ここにクマガラスがいないのは想定していたことだ。
「ところで――」
俺は晴菜を見た。
「本当にこの先もついてくるつもりか? もし水が通用しなかったら、木の槍が通用しない化け物に薙刀一本で挑むことになる。勝てる保証がないどころか、負ける可能性のほうが高いぞ」
「大丈夫っす! いざとなったらゆーきんを置いて逃げればいいんで!」
「おいおい……」
軽い調子で言っているが、それなりの覚悟を決めているはずだ。
「それに、クマガラスの姿を見ておきたいっすから!」
晴菜は言葉を区切り、さらに「あと……」と続けた。
「こうでもしないと、ゆーきんと二人きりになれないじゃないっすか!」
「ま、まぁ、たしかに」
「ゆーきんだって、勝ったらご褒美に“契約料”の支払いをしてほしいと思わないっすか?」
「思う……」
「だから私は同行するっす!」
不意に晴菜がニヤリと笑ってこちらを覗き込む。
嫌でも目に入る胸の谷間に、俺の頬が緩んでしまう。
「……まあ、今さら一人で帰れとは言わない。俺の指示には従えよ?」
「もちろんっす!」
「じゃ、クマガラスの追跡を始めるか」
サバイバルの基本技術に野生動物の追跡術が存在する。
主に小動物を狩るために用いるのだが、大型の猛獣にも役立つ。
「これだな、クマガラスの足跡」
俺は地面を指さした。
一見すると普通の砂利だが、目を凝らすと土に凹みが見える。
走るために力を入れたことで、砂利の上から土を抉ったのだろう。
並大抵の生き物――例えば人間の脚力ではこうならない。
「え、どこっすか?」
晴菜にはさっぱり分からないようで、キョロキョロしている。
「砂利道で足跡を捉えるのは難しいから分からなくても無理ないさ。とにかく、クマガラスはあっち方面に進んでいる。行くぞ」
「了解っす!」
俺たちは足跡を追い、上流に向かって川辺を移動。
ほどなくして森に入った。
「さすがに森の中だと分かりやすいな」
落ち葉や小枝が多く、足跡がくっきり残っている。
クマガラスの爪痕や踏みしめた痕跡が、俺だけでなく晴菜にも分かった。
「これっすよね! 足跡!」
「そうだ」
森に入って以降、俺たちの移動速度が上がった。
分かりやすい足跡に従って突き進んでいく。
しかし、しばらく進んだところで異変が起きた。
突如として足跡が途絶えたのだ。
まるでその場から消えたように、地面に一切の痕跡が見当たらない。
「どういうことだ?」
二人で周囲を見回す。
しかし、視界にあるのは代わり映えのしない木々のみ。
巣穴のようなものは見当たらない。
「たとえカラスの知能があるとはいえ、意図的に足跡を消すとは思えない。かといって巣穴も見当たらない。だとすれば……」
俺はハッとした。
「晴菜、上だ!」
「え?」
「カァァァァァァ!」
樹上からクマガラスが飛びかかってきた。
顔の一部がひどくただれている――間違いなく川で遭遇した個体だ。
「「うわぁ!」」
俺たち反射的に飛び退いた。
それによって、辛うじて回避に成功する。
クマガラスは初っ端から殺す気で襲い掛かってきていた。
ドスンッ!
クマガラスが派手な衝撃音を響かせながら着地する。
周囲の落ち葉が派手に舞い上がった。
「今の奇襲がラストチャンスだったな! おい!」
俺は竹筒の蓋を開けて振るった。
晴菜もレッグホルスターに入れていた竹筒を取り出して続く。
ビシャァッと水が飛び、クマガラスを襲う。
「よし! 当たったぞ!」
水はクマガラスの胴体に命中した。
「カァァァァ……!」
案の定、クマガラスはダメージを受けている。
しかし、顔に当たっていないからか前回ほどの苦しみようではなかった。
それでも効くことが分かったので問題ない。
「もういっちょ!」
追加の水を浴びせる。
今度は顔に命中した。
「カァアアアアアアアア…………!」
クマガラスは左右の前肢で顔を押さえて苦しんでいる。
早くも戦いどころではなくなっていた。
「チャンスだ!」
俺は一気にかけ出した。
「うおおおおおっ!」
全力で踏み込み、薙刀を振り下ろす。
「死ねぇええええええええええ!」
ザシュッ!
研ぎ澄まされた黒曜石がクマガラスの首を刎ねた。
「カァ……!」
ゴロンッと、カラスの頭が地面に転がる。
クマの胴体は動きを急停止し、その場に崩れ落ちた。
切断面からドバッと血が噴き出している。
「カ……ァ……」
数秒後、カラスの目が静かに閉じた。
「死んだ! 死んだっすよ! クマガラス!」
晴菜が声を弾ませる。
「やったぞ……! 俺たちの勝利だ!」
俺は勝ち鬨を上げた。
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