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012 補欠組と他者の存在

 俺には目的がある――。

 境野がそう言った時、周囲の空気が引き締まったように感じた。


「目的?」


 俺は彼に向き合いながら問い返した。

 亜希も晴菜も、境野を見つめて次の言葉を待っている。


「実は俺、この実験には恋人と一緒に応募したんだ。その人と合流するのが目的でさ、こんなところで死ぬわけにはいかないんだ」


 ズコーッと転げそうになった。

 神妙な顔で言うから、てっきりとんでもないことかと思った。

 例えば今朝の晴菜みたいな……。


 もっとも、これは俺が感じたことだ。

 境野にとっては笑えない真面目な話である。


「名前は桜川朋絵(ともえ)。小柄で少しぽっちゃり気味で……優しい口調の子だ。いや、子供扱いしたら怒られるな」


 境野は恥ずかしそうに笑ったあと、話を続けた。


「女性の年齢を勝手に話すのは気が引けるけど、レンズのせいで分かるから言うよ。彼女は24歳なんだ。見ていないか?」


「いや、見ていない。というか、晴菜と亜希以外に会ったのはお前が初めてだ」


 俺の発言に、晴菜と亜希が「私も」と同意する。


「そうか……。少しでも情報があればと思ったが……」


 境野は残念そうに肩を落とした。


「境野、話を逸らして悪いんだけど、お前は俺たち以外にも会ったのか?」


 あまりにも気になったので尋ねた。

 というのも、俺の知る限り周囲に人の気配が全くないからだ。

 ただ、これは何らおかしいことではなかった。


 ドームの半径は約20キロメートルで、面積にすると約1256平方キロメートルもある。

 仮にドーム内の約3割が海だとしても、島の面積は約880平方キロメートル。

 これに対して参加者の数は約1500人しかいない。

 島の大半が森で形成されているであろうことを考慮すると、昨日今日と立て続けに出会えたことのほうが奇跡的だ。


「ああ、会ったよ。二人だけど」


 境野の答えは予想外のものだった。


「二人も!?」


「久世さんが助けてくれた川。あの川に沿って下流に進むと会えると思うよ。俺は上流に向かって進んでいて、その途中で会ったから」


「目当ては川水か。どんな二人組だったんだ? あと、俺のことは呼び捨てでいいよ」


 周囲に人がいるのなら、情報を知っておきたいと思った。

 境野は問題なさそうだが、他の連中も同じだとは限らない。


「二人組じゃなくて別々だよ。一人は女で、なんか派手な巻き髪のケバい人。一緒に行動しようって言われたんだけど、朋絵ちゃんと合流した時に知らない女と二人きりなのはマズいと思って断ったんだ」


「女か」


 勝手に二人とも男だと思い込んでいた。


「もう一人は男だよ。能見(のうみ)ってやつで、ぼさぼさ頭の汚れたトレーナー姿だった。いかにもニートって感じの見た目で不気味だったな」


「そいつとはどうして一緒に行動していないんだ?」


「俺が朋絵ちゃんを探していたからだよ。能見はあんまりその場を動きたがらなくて、なんか川の近くに拠点を築こうとしていたんだ。その時は俺も『早く朋絵ちゃんと合流しなくちゃ』って、すげーテンパっていてさ」


「なるほど」


 境野は俯き、悔しそうに息を吐いた。


「つーか、なんでスタート地点がランダムなんだよ……。しかも猛獣がいるし……。こんなんだと分かっていたら参加しなかったのに……」


 この発言に対して、亜希が不思議そうに尋ねた。


「猛獣はともかく、スタート地点がランダムなのは事前の説明で言われていましたよ。その点は悠希くんですら理解されていたと思いますが……」


「たしかに……って、俺ですらは酷いだろ! 俺ですらは!」


 亜希は「すみません」と笑いながら謝った。


「俺と朋絵ちゃんは補欠組だったから、時間がないからって詳しい説明を全然してもらえなかったんだ。スタート地点の話なんてされていなくて、他の人が何か質問しても『国家プロジェクトだから問題ない』の一点張りでさ。『死んでも訴えません』って契約書にサインしたらそれで説明は終了さ」


「補欠組?」


 俺が眉をひそめると、晴菜も「そんなのあったんすか?」と首を傾げた。

 これには境野ではなく亜希が答えた。


「この実験、最初は全く応募者が集まらなかったのですが、ネットでバズったとか何とかで、途中から一気に応募が殺到したんです。それで、途中から抽選方式が導入されました」


「そうだったのか。俺は募集が始まった週には応募していたから気づかなかったよ。あんまりネットとか見ないし」


「私もすぐに応募したっす!」


「私は抽選方式になる直前ですね。滑り込みでした」


 ここで境野が大きなため息をついた。

 今この瞬間も後悔に(さいな)まれてたまらないのだろう。

 見ているだけで辛くなってきた。


「事情は分かった。そういうことなら仲間に受け入れるよ。今日だけじゃなくて、今後も満足するまでいてくれていいよ」


 俺は境野の頼みを聞くことにした。

 彼の言動には矛盾がないし、嘘をついている感じもしない。

 悪い奴にも見えないし、人手が増えるならこちらとしても助かる。


「本当に!? ありがとう久世さ……久世!」


 頑張って呼び捨てにする境野。

 その顔には安堵の色が浮かんでいた。


「ただし、ここで過ごす間は少しくらい作業を手伝ってくれよ? ガチガチには拘束しないからさ」


「もちろん! 今日は辛いけど、明日からは俺もガンガン働くよ!」


「……と、勝手に決めちゃったけど、問題なかったよな?」


 今さらながら晴菜と亜希に確認する。


「うんうん! 私もそれでいいっすよ!」


 晴菜がにこやかに賛同する。


「悠希くんがそう言うなら反対する理由もありません」


 亜希も好意的だ。


「ありがとう。本当にありがとう……!」


 境野は嬉しそうに涙を浮かべる。


 こうして、俺たちのパーティーに境野大輝が加わった。


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