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011 境野大輝

 倒れている男に近づくと、俺の視界に彼の情報が浮かび上がった。

 名前は境野大輝(さかいのだいき)。年齢は21歳。順位は798位。


「おい境野、大丈夫か?」


 俺は声をかけながら、慎重に境野の体を仰向きにした。

 砂地の上には、深紅の血が点々と広がっている。

 境野はかすかに身動ぎし、苦しげな表情を浮かべた。


「う、うぅ……」


 弱々しい呻き声が聞こえてくる

 意識があるようなので、俺はホッと胸をなで下ろした。


「目は開くか? 何があったんだ?」


 境野はうっすらと瞼を開けた。

 黒目がぎょろぎょろと動き、やがて焦点が俺に合う。


「襲われた……。妙な……動物に……」


 荒い呼吸を繰り返しながら、苦しそうに声を絞り出す境野。

 あちこち血で汚れたシャツの胸元には、強烈な引っかき傷が走っている。

 妙な動物に襲われたという彼の言い分には説得力があった。

 傷口からじわじわと血が滲み出ているが、命に別状はなさそうだ。

 ただ、見た目はかなり痛々しい。


「襲われた? 相手はどんな動物だ? 三つ首のライオンか?」


「たぶんだが……クマだと思う……」


 薄れそうな意識の中で、境野は途切れ途切れに答えてくれた。


「クマか」


 境野の説明に違和感を抱いた。

 その理由は明らかだ。


「相手がクマなら、どうしてお前は生きている? 死んだふりなんて現実では通用しないぞ」


「なぜ見逃されたのかは自分でも分からない……。襲われて、その拍子に頭を打って……それから……うぅ……」


 境野が苦痛に顔を歪める。

 この状況で嘘をつくとは思えないが、やはり説明には納得できない。

 クマもしくはそれに似た動物が相手なら、絶対に彼は死んでいる。


「頭を打ったあとは気絶したのか?」


「たぶん……。よく覚えていないんだ……」


「ふむ。すまないが、ちょっと確かめさせてもらうぞ」


 俺は境野の頭を触ってみた。

 すると、後頭部に赤く腫れ上がったたんこぶを発見。

 頭が割れなかっただけ幸運だと言わんばかりの腫れ方をしている。

 もし地面や岩に強打したのなら、意識が飛んでもおかしくない。


(ウソはついていないようだな)


 境野が見逃された理由は不明だが、少なくとも彼は正直に話している。

 そう信じることができたので、俺は助けることにした。


「仲間は近くにいるか?」


「いや、俺は一人で行動している……」


「なら、俺たちの拠点に行こう。自力で歩けそうか?」


「肩を……貸してくれれば……」


「分かった。ほら、腕を回せ。俺の合図で立ち上がるぞ。1、2、3!」


 俺は境野の腕を肩に掛け、そっと体を支える。

 傷口から血が滴るのを見て、このまま放置したらまずいなと思った。

 とにかく応急処置を急ぐべきだ。


 ◇


 俺は境野を連れて晴菜と亜希のいる川辺に戻った。

 二人は楽しく作業をしていたが、俺の姿に気づくと表情を一変させた。


「悠希くん、その人は……?」


 亜希が驚いた表情を見せる。

 晴菜も呆気にとられたまま、手にしていた棒を放り出してしまった。


「妙な動物に襲われて負傷したらしい。助けることにした。拠点に戻って手当するから、二人は飲み水を運んでくれ」


「分かりました」


「了解っす!」


 四人で拠点へ引き返す。


「だんだん元気になってきた。もう支えがなくても歩けるよ」


「拠点に着くまではこのままいこう。転ばれたら困る」


「悪いな……」


 数時間前に完成したばかりの柵が見えてくる。

 その頃になると、境野の顔色はわずかに良くなっていた。


「ハンモックに干し肉……! しかも柵まで……! まだ島での生活が始まったばかりなのに……すごいな」


「こっちは三人で行動しているからな」


「やっぱり上位ランカーは格が違うな……!」


 境野の言葉に、晴菜が「えへへ」と照れ笑いを浮かべる。

 一方、亜希は「上位は悠希くんだけですよ」と事務的に訂正した。


「とりあえずそこに座ってくれ」


 柵を作る際に生じた切り株に境野を座らせる。


「晴菜、昼に試作した傷薬を持ってきてくれ」


「了解っす!」


 晴菜はハシゴに登り、ハンモックから容器を持ってくる。

 短く切った竹を縦に割ったもので、中には緑色の薬膏が入っていた。

 ドロリとしたペースト状で、「ザ・塗り薬!」という見た目だ。


 これは薬草をすり潰して煮立てたエキスに、三つ首ライオンから採取した動物性の油脂と、少量の竹炭を混ぜて粘度を調整したもの。

 ベースとなる野草には殺菌作用がある“ヨモギ”や“ドクダミ”を選び、そこへ止血効果の期待できる成分を含んだ根っこを砕いて加えてある。

 亜希が発案し、俺が具体的な製法を考え、三人で協力して作った。


「このまま腐らせるのはもったいないと思っていたんだ。境野、悪いが服を脱いでくれ。晴菜が傷薬を塗るから」


 俺が言うと、境野は気まずそうに視線をそらした。


「いや、自分で塗れるんだけど……」


「ダメっすよ! 私がやるっす! ポイント稼ぎたいんで!」


「わ、分かったよ」


 境野は躊躇いがちに服を脱いだ。

 それによって、胸元の傷が明らかになった。

 赤黒く染まった血と、深い爪痕がはっきり刻まれている。

 晴菜の顔が歪み、亜希は反射的に目を背けた。

 そのくらい痛々しいものだったのだ。


「さきに傷口を綺麗に洗った方がよさそうだな」


 俺は水の入った竹筒を渡し、それで体を綺麗にさせた。

 その時にタオルがほしいと思ったので、亜希に頼んでバスタオルとフェイスタオルの各5枚セットを注文してもらっておく。

 昨日に比べて値上がりしていたが、それでも15ゴールドと安かった。

 あと、10ゴールドで包帯も注文してもらったが、こちらは割高に感じた。


「じっとしてれば大丈夫っすからね? なるべく傷口に擦り込むけど、痛くても我慢するっすよ?」


 晴菜が薬膏を指に取り、境野の傷の周囲にゆっくり塗り広げていく。

 境野は「ぐっ……」と声を漏らし、痛そうにしながら耐えている。

 この行為はAIに高く評価されたようで、晴菜の頭上に『高』の字が浮かんだ。


「ゆーきん、このくらいでいいっすか?」


「明らかに塗りすぎだったけど、別に問題ないと思う。使わなかったら腐らせていただろうし」


「悠希くん、境野くんの体に何か巻いたほうがよくないですか? 包帯の代わりになるようなものを」


「そうだなぁ」


 0時になれば包帯が届くものの、それまでは何もない。


「よし、境野の服を裂こう。裾の部分なら包帯の代わりなるだろう」


「こんなボロボロの服にも使い道を見出すとは……すごいな」


「サバイバル生活じゃボロボロの服でも貴重な素材だからな」


「さすが上位ランカーだ」


 応急処置が終わり、境野の表情がだいぶ和らいできた。

 これで当面は大丈夫そうだ。


「さて……」


 俺が一息つくのを見計らったように、境野が口を開いた。

 真剣な眼差しを俺たちに向けながら、続きの言葉を話す。


「助けてもらったうえにこんな厚かましいことを言うのはどうかと思うが……」


 そう切り出すと、彼は立ち上がり、深々と頭を下げた。


「今日だけ俺を仲間にしてくれないか!」


「今日だけ?」


 俺は首を傾げて問い返した。

 日が暮れつつあるので、安全に過ごしたいということだろうか。

 そんな風に思っていたが、境野の答えは違っていた。


「俺には目的があるんだ」

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