010 拠点づくり
遅れて起きてきた亜希も含めて、三人で朝食を食べた。
献立は軽く炙った三つ首ライオンの燻製肉と串に刺して焼いたキノコだ。
どちらも旨くて元気が出たが、「塩があれば……」とも思った。
キノコは晴菜が調達したもの。
そこらのサバイバリストであれば、キノコは避けて通る。
毒性の有無を判断するのが難しいからだ。
しかし、サバイバルが大好きな俺には楽勝だった。
一流キノコ診断士の資格もあるため、万に一つも見間違わない。
化学を専攻している亜希もいるので安心できる。
もっとも、晴菜が採取したキノコは全て無毒のものだった。
本人曰く「目に付く物を取っただけ」とのことで、選別はしていない。
この擬似的な無人島を作った企画者側が意図的にそうしたのだろう。
こうして楽しい朝食が終わり、本日の作業が始まった。
俺は背筋を伸ばして深呼吸し、新品の大工道具を見下ろした。
竹籠の中で俺に使われるのを待っている。
「今日はいよいよ柵づくりだな」
そう呟くと、隣で晴菜がヒョイッと顔を覗かせた。
ピンク色のショートレイヤーが揺れて、甘い香りが漂ってくる。
1時間前の魅惑的な体験が脳裏によぎってしまう。
「さっそく大工道具の出番っすか!」
「ああ。こいつらがあれば木材の加工がかなり捗ると思う」
適当な枝でノコギリを試してみた。
ギコギコ、ギコギコ。
滑らかに刃が入っていき、あっさりと切ることができた。
「これなら今日中に作業を終えられそうだな」
「柵を作るんですよね、悠希くん」
亜希がそっと俺の隣に近寄る。
黒髪の編み込みが朝日に照らされ、柔らかい光を帯びていた。
「そうだ。猛獣が来ないように、最低でも胸くらいの高さの柵をめぐらせておきたい。ここは木が多いから資材は豊富だし、優秀な大工道具が手に入ったから今日中にはハンモック生活を卒業できそうだ」
二人が「おー」と感嘆する。
「柵を作る作業は俺がメインでやるから、晴菜は……そうだな、朝っぱらから集めまくっていた野草を干してくれないか? 朝食時に教えた通り、乾燥させれば生薬として使えるから」
「オッケーっす!」
晴菜は得意げに胸を張り、野草の詰まった籠に目を向けた。
主に医療関係で活躍しそうなものがたくさんある。
長期保存に向けて干しておけば、何かと役に立つはずだ。
「私は晴菜さんのサポートをしますね。野草を干すには紐が必要ですから。作り方ですが、植物の繊維を撚ればいいんですよね?」
「ああ、頼む。地味に重要な作業だから助かるよ」
亜希は頷き、さっそく周囲の木々や草の繊維をチェックしている。
植物から紐を作る方法はいくつかあるが、大まかには繊維質の皮や葉を裂いて乾かし、強度を高めるために撚り合わせるのが基本だ。
どの植物を使うかは用途や規模によって異なる。
例えばアサ科の植物なら、繊維が長くて“糸”にしやすい。
ヤシ科の葉を裂けば太めの“縄”を作れる。
「うわぁ、紐ってそうやって作るんだ……意外と地味な力仕事っすね。面倒くさそうっす」
晴菜が亜希の手元を見ながら驚いている。
「面倒ですが私は好きですよ、こういう作業」
亜希は指先で繊維をつまみ、一定のテンポで撚り合わせている。
その手際は丁寧かつスピーディーで、優等生ぶりが感じられた。
(これは神評価でもおかしくないな)
そう思って確認したところ、亜希の頭上には『高』と表示されていた。
ただし、そこそこの割合で『神』も混ざっている。
「うー! なんで私だけ高評価が出ないんすかー!」
晴菜が悔しそうに叫ぶ。
そんな彼女の評価はというと、『中』が連発していた。
「野草を干すのに上手さなんかないからな。もっと技量の差が出る作業だと高評価も連発できるんじゃないか」
「ゆーきんが言うと嫌味っすよ! 嫌味!」
「えー」
さっそくショベルで地面を掘り、木の柱を立てるための穴を作っていく。
ある程度の深さを確保したら、柱となる丸太を金槌と木片で打ち込んだ。
最後に周囲を土でしっかり固めたら、頭上を確認する。
『神』
のんびり作業をしているのに神評価だ。
「俺だけ優遇されているんじゃないか?」
苦笑いで言うと、二人は即座に「いやいや」と首を振った。
「ゆーきんの作業速度、マジでやばいっすから!」
「晴菜さんの言う通りです。速いし丁寧だし、神評価が出て当然です」
「そんなに頑張っていないんだけどなぁ……」
柵を作る作業は、俺にとって技量よりも肉体が物を言う分野である。
というのも、俺は細かい点を全く気にせず進めているからだ。
例えば柱の長さは測定するまでもなくバラバラである。
柱と柱を繋ぐ横木も、スピード重視で見栄えは度外視していた。
サバイバル生活では100点満点のクオリティなど求められていないからだ。
クオリティよりスピード。質より量。これが鉄則である。
だからこそ、俺は自分が神評価を連発している現状が不思議だった。
「あとは柱と横木をロープ代わりのツタで結んだら完成だ」
周囲の木々も活かして、最低限の材料でサクッと仕上げる。
ちゃんと前後に出入口を設けておくことも忘れない。
こうして、木の柵によって寝床が囲まれた。
「完全な防壁とは言いがたいが、この強度ならイノシシやクマが来ても簡単には突破できないだろう」
頭上に『神』の字が浮かんだところで、俺はステータスを確認した。
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【名前】久世 悠希
【順位】3位
【狩猟】282 (G)
【採集】228 (G)
【農業】66 (G)
【製作】606 (F)
【料理】270 (G)
【医療】72 (G)
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順位が上がり、【採集】と【農業】と【製作】が増えていた。
ログを調べたところ、土を掘る作業が【農業】にカウントされたようだ。
それは理解できるが、丸太を突き立てることが【製作】扱いなのはいかがなものか。
まぁ、AIの判定にケチをつけても仕方ない。
「とりあえずこんなものだろう」
俺は「ふぅ」と息を吐き、額に浮かぶ汗を拭った。
「いや、速すぎっすから、ゆーきん……」
「私たちの作業がまだ終わっていないのですが……」
晴菜と亜希は愕然としていた。
◇
作業を終えて、俺たちは川に来ていた。
「ゆーきんや亜希は高評価や神評価を連発するのに、私だけ中評価ばっかりで落ちこぼれの気分っすよ!」
「でも、晴菜さんの順位は私より高いですよ? 私は170位台ですが、晴菜さんは53位じゃないですか」
「それは作業量でカバーしているからっすよ!」
「誰よりも晴菜が努力していることは知っているし、どうにかして自力で1位を取らせてあげたいよなぁ。俺のポイントを譲れたらいいのに」
「私も同感です。晴菜さんの評価基準だけ厳しい気がします」
「いやー、二人に比べて自分がポンコツなのは自分自身が分かっているっすよ……」
休憩がてら川辺で過ごす。
川水の入った大量の竹筒を焚き火で炙りながら一休み。
もっとも、休んでいるのは俺だけだ。
「晴菜さん、最初の摩擦熱はじわじわと温度を上げるのがコツです。力任せにしても棒が折れるだけですよ」
「こんな感じっすか?」
「はい、そうです」
晴菜は火熾しにリベンジしていた。
亜希が傍に立ち、丁寧な口調で教えている。
「うわ、本当に少しずつ煙が出てきたっすよ! 亜希、すごいっす!」
「すごいのは晴菜さんですよ。自分で思っているより器用です」
「うへへ! 亜希の説明が分かりやすいからっすよ! どうやら私の出来が悪いのはゆーきんの教え方が悪かったからっすね!」
晴菜の目はキラキラとしながら言った。
火熾しの結果は中評価だが、それでも嬉しそうだ。
昨日は失敗だったのだから無理もない。
「うるせー、俺は他人に教えることなんてないんだよ」
と言いつつも、俺は笑みを浮かべていた。
少しずつ成長している晴菜を見ていると嬉しくなる。
微笑ましく見守っていると、亜希がチラリとこちらを見た。
目が合うと、彼女はニコッと笑みを浮かべる。
「亜希! 火! 火がつきそうっす! どうすればいいっすか!」
「あ、すみません、ぼーっとしていました。えっと、次はですね……」
亜希が慌てて説明する。
(この場を二人に任せても問題なさそうだな)
周囲に目新しい獣の足跡は見当たらない。
道中でも入念に確認しておいた。
「さて、俺はちょっと下流のほうまで行ってみるよ。川を下っていけば海に着くはずだから」
ドーム内は離島をイメージしており、島は海に囲まれている。
その説明が本当であれば、海には海水が流れているはずだ。
他にも、海の幸がわんさか眠っているかもしれない。
それらは全てサバイバルに活かすことが可能だ。
「了解っす。こっちは任せてください」
「あまり遠くまで行かないでくださいね。何かあったら呼んでください」
「はいよ」
俺は竹筒を一本だけ手に提げて川沿いを下流へ歩き始める。
水面は澄んでいて、魚影がちらほら見える。
遠くには海に繋がるような広がりがありそうだが、この辺りはまだ山間の川といった雰囲気が強い。
(どうせなら完全陸上養殖のサーモンとか泳いでいねぇかなぁ)
そんなことを思いながら進み、やや開けた場所に出た時だった。
「ん……?」
視界の先、川岸の一段低いところに、人影らしきものを発見した。
倒れているので断言はできないが、白いシャツを着た人間に見える。
「まさか、怪我人か……?」
俺は息を呑み、足を止める。
遠目で見る限り、その人影はまったく動かないようだ。
もしかしたら、もう意識がないのかもしれない。
緊迫感が全身を駆け抜け、心臓が一気に早鐘を打った。
(とりあえず確認しないとな)
俺は一歩、また一歩と近づいていく。
冷たい川風が頬を撫でてくるせいなのか、妙な胸騒ぎがしていた。