第64章 博士の計画
五人の議員、マキシカ伯爵、メグリエ家の人間だけが秘密裏の会議を行っていたその会議室に現れたのは、一人の男。
議長カナー・カレズが秘書ファガラに誰も入れるなと伝えておいたにもかかわらず、議員でも関係者でもない人間が簡単に入り込んだことに、議員たちは混乱しながらも疑念の視線を彼に送る。
男は、癖っ毛の少し長い茶髪に帽子をかぶっており、眼鏡とくたびれたシャツ、古ぼけた大きなカバンを持って現れた。
「極秘の会議と伺って、お返事を聞きたく、参りました、カミーエ・テンヘンです。議長、温度差発電についての僕の提案は考えてくれましたか?」
テンヘンは口を挟ませない早口で言いたいことを述べた。
不意打ちで尋ねられた質問に、カレズ議長は状況を飲み込めずに、顔をしかめる。
「テンヘン博士、すまないが、その件は以前と答えは変わらない」
「そうですか。つい、ヒャリツ帰りのコーリエッタ君に会えるのが待ちきれなくて来てしまったので、ついでにお返事が聞ければと思ったのですが、そのご様子では良い返事ではないですね」
テンヘンはコーリィに笑いかける。師匠が弟子の心配をしているように見える。議会に現れるという意外な行動を起こしたテンヘンにコーリィは小さな不信感を抱いた。
「安全性も効率も費用対効果もまだ不明だと今の段階では君の研究に予算をつけることはできない。以前も言った通り、まずは出資者を集めて、小規模な発電からやることを勧める」
議長の言葉に、テンヘンは一瞬、表情を曇らせた。かと思えば、すぐに目を細め口角を上げて弟子に話しかける。
「おかえり、コーリエッタ君。危険なヒャリツの旅から君がすぐに帰ってこられるとは思っていなくてね。心配したよ」
歩いてきたテンヘンは、紅夜石の入った零箱を覗き込んだ。
「これでまたマキシカを作るおつもりで?マキシカ伯爵?」
テンヘンはその小さな石が紅夜石であることを知っていた。それは、目の肥えた鉱物学者ならわかることであろう。
「もちろん。それがスナバラのためだ」
マキシカ伯爵は、はっきりと述べた。テンヘンは表情を曇らせた。
「マキシカもいいんですが、議長。温度差発電による都市の熱量供給系の抜本的改革は見送る。そうおっしゃりたいのですね?」
すっかり、テンヘンの舞台に引き込まれていた。カレズ議長は、険しい顔で答える。
「テンヘン博士が提案してくださった技術や計画は確かに理想だ。しかし、まだ安全性やマキシカより発電効率が高いといった強みが見えていない今、計画の妥当性や市民の意見も聞きながら慎重になるべきだと、前に伝えた通りだ」
議長の言葉に、テンヘンは表情を変えた。彼は鬼のように議員たちを睨みつける。招かれざる客は過去の慣習にしがみつく者たちを敵とみなした。
「ここまで古いマキシカが暴走しているのに、まだマキシカが安全だと言えますか!!」
テンヘンは議長達の座る円卓をばんと叩いた。
穏やかな教師からは想像できないような、怒りのこもった声。雨の少ないスナバラに雷が落ちたかのように、しんとなる。
テンヘンはおよそ一年半前に議長に手紙をしたためていた。大規模な温度差発電の完成と都市全体で電力として使うための計画書を提出していた。
議長は予算や温度差発電の有用性について有識者と話し合いをすること、そして、まずは実用に耐えうるのかを証明するために、小規模の発電所を出資者から資金を集めて作ってはどうかと、秘書に代筆させた手紙を返答としてテンヘンに送った。
議会主催のメッセにも出展を勧められたテンヘンは、去年と今年、メッセに出展をした。
しかし、マキシカが暴走した今年のメッセでさえ、マキシカを捨て、別の手段で熱量を得ること懐疑的な者ばかりだったのだ。
「すぐにマキシカがすべてダメになるわけではないだろう?暴走事故も犯人が逮捕されたんだ。マキシカを使いながら、次世代の熱量生産の方法もじっくり検討していくつもりだ。温度差発電も一つの選択肢になるだろう」
議長は言葉を選びながらテンヘンを宥めるように、明確な解答を避けていた。カレズ議長の言葉を遮るかのように、部屋の外が騒がしくなる。バタバタと人がやってくる音がする。
ノックの音がした。どこか緊迫した雰囲気がドア越しにも伝わってきた。
「どうしたのかね?」
議長はドアの向こうにいるであろう、自分の秘書ファガラに声をかけた。
しかし、入ってきたのは、ジンリー・リック議員の秘書官である初老の男性シュラセ秘書官だった。
「失礼いたします。緊急事態です」
「ファガラはどうした?」
カレズ議長は自身の秘書ではなかったことに疑問を持った。
「ファガラ秘書官は先ほど廊下で倒れておりまして、医務室へ」
「何があった?」
「わかりません。気絶していたようです。目覚めてから聞いてみないことには・・・」
ファガラは急に体調を崩すようには見えなかった。
「それより、議長、マキシカの暴走事故が複数件起きているようです」
「なんだと!」
雨期に点検したマキシカも多い。故意に事故を引き起こしていた人間だって逮捕されているというのに、なぜマキシカの暴走が、それも複数起こっているというか。
議員たちはざわめいた。
「妙なタイミングだな。マキシカに恨みを持つ人間がまだいるとでも?」
マキシカ伯爵が唸る声で言った。すでにマキシカが故意に暴走させられることはないと皆が思っていた。容疑者は主犯を含め逮捕されていたはずだ。
「この時期に複数の暴走事故だなんて、故意に引き起こしている人物がいる可能性が高い」
フレイザの言う通りだった。雨季の今は気温は上がりにくく、マキシカの暴走は起こりにくいのが通説だった。雨季には点検を行うため、メグリエ機関に異常があれば、稼働が禁止されているため、暴走することはない。
「偶然マキシカの暴走する条件が揃ったとも考えられるが、やはり故意に暴走させた可能性もある。模倣犯か?」
ラゥル・コソックとロマーク・クラム元議会議員はマキシカの暴走を引き起こしたとされる。現在二人は警察による取り調べを受けており、直接マキシカの暴走事故を引き起こすことは不可能だ。
マキシカ伯爵は冷静に言った。
「まだ逮捕されていない犯人がいることを想定したほうがいいでしょう。祭りの日にマキシカを暴走させるなんて、マキシカの暴走を多くの人に見せ、不安を煽るためとしか考えられない」
メッセでの暴走は、来場した市民や議員達にもその暴走現場の緊迫さを感じるには十分だった。より多くの市民にマキシカの恐ろしさを伝えるには、今日の収穫感謝祭ほど都合の良い日はないだろう。メッセよりもさらに多くの人出がある。
「とにかく、ナガレにありったけのクールショットを持ってきてもらって止めていくしかない。電話を貸してください。議長、我々がマキシカを止めます」
フレイザは力強く言い放つ。
「メグリエ鉱物研究社に依頼する。マキシカの暴走を止めてくれ」
議長の正式な依頼と同時に、フレイザは電話を借りに部屋を出た。ナガレと連絡がつき、ありったけの弾を積んで議会に迎えに来ることになった。
議長はマキシカ暴走の通報情報をまとめた地図をフレイザに託した。
会議室の机に広げた地図には三箇所の丸が書かれていた。
「今のところ、第五通りのマキシカ三機が暴走しているようだな。パレードの通り道だから、人出も多くて混乱の最中だろう」
地図を眺めながらフレイザは顔をしかめる。三機ものマキシカが一斉に暴走するだろうか。そう考えたのはコーリィも同じだった。
「修理屋や壊し屋が対応しているかも知れないが、祭で身動きが取れないかもしれない」
ミッゲルは地図を眺めて言った。
街は祭りでごった返している頃だ。マキシカの暴走の知らせが来ても、人の波もあり移動は迅速にできないだろう。
暴走しているということは、稼働しているマキシカである。雨季の期間にマキシカは点検を行うことが多いとはいえ、点検は義務ではないので、点検をせずに稼働しているマキシカは存在する。または、早めに点検を行い、今日のような収穫祭に合わせて稼働させる場合もあるだろう。それが暴走することはある。しかし、三機が一度にということに、フレイザもミッゲルもコーリィも引っ掛かっていた。
ナガレを待ちながら、どう暴走したマキシカの元に最短距離で行くか、収穫祭の日だけの道路の閉鎖状況を加味しながら地図の上をフレイザはなぞる。
「お車が到着しました」
秘書シュラセの声に、コーリィはぐっと力を入れる。
「よし行くぞ、コーリィ」
「はい、お父様」
コーリィは机の上にあった七つの紅夜石の入った零箱鞄を閉じようとした際、鞄の中に小さなカードが入っていることに気づいた。
コーリィはそれを手に取る。
「コーリィ?」
「今行きます!」
コーリィはカードをポケットに入れ、鞄を閉じてフレイザに続いた。
ナガレの運転する車に乗り込み、コーリィ達は暴走したマキシカの元へと向かった。
祭の山車が通過した通りに近づくほど、混雑していた。大きな通りを山車が通り、それを道の端で眺める群衆たち。
仕方なく裏道を通りながら、暴走したマキシカを目指す。
コーリィはナガレが持ってきた特別製の弾丸をクールショットに詰める。冷やされた弾はクールショットに冷気を纏わせ、花開くその出番を待つ。
「人々の動きが変だ。こちらに移動してきているから、暴走マキシカから逃れているみたいだ」
「進むのは難しいですな」
ナガレが運転するコーリィたちを乗せた車は人々が間近を通り抜け、その流れに逆らうように車は、ナガレの運転でのろのろと進んでいた。
議会から最も近い場所で暴走の知らせを受けたマキシカが見えてきた。
巨大な鍋を抱えたマキシカのようだ。
「見えた。調理系のマキシカだ」
鈍色の見上げるほどの機械。鍋やその鍋をかき混ぜるヘラを抱え、ぎこちなく、速度を変えながら動いている。その鍋には祭りで振る舞うはずだったキシキシが具材とともに炒められていたようだ。すでに短く切りそろえた平たい麺キシキシやそれに混ざっていたひき肉やみじん切りの野菜はかき混ぜるためのヘラによってあたりに蒔かれた後である。
「調理マキシカ、メグリエ機関198号、180ズール・・・」
コーリィはフレイザと車を降りた。フレイザに道を開けてもらいながら、コーリィはマキシカの前に向かう。
「我々はメグリエ鉱物研究社だ!マキシカを止めるから道を開けてくれ!」
父の背中を追いかけ、コーリィは暴走したマキシカに近づく。
人々の中にはパニックになる者もいるようだ。祭は抑制から解放される日でもある。高ぶった感情を持つ人々に、それ以上に暴れ出す巨大な機械が目の前に現れた時、冷静な行動ができない者もいる。それも集団ならば、その混乱が伝染するばかりだ。
フレイザは人の波をかき分け、コーリィはマキシカの集熱板を狙える距離まで近づいた。
コーリィがゆっくりと狙いを定められるよう、フレイザは人々を誘導する。
規則正しさを捨てて、耳障りな金属の擦れる音、不規則かつ可動域限界までの動き、完全に我を忘れた暴走機械。
空の鍋を大袈裟に振り、それと反対方向に鍋の中をかき混ぜるヘラが乱暴に動く。
集熱板はすでに地面に向けられていた。これ以上、太陽熱を取り込まないよう、持ち主が棒でなんとか集熱版の向きを変えたのだ。しかし、鍋を加熱する熱が燻り続け、メグリエ機関に熱を送り続け、すぐには停止することはなさそうだ。
コーリィは、集熱版に弾が当たるよう、中腰になって的を狙う。
引き金を引く。
金属同士のぶつかったような高い澄んだ音が響くと、氷の花がぱっと咲いた。
我を取り戻すようにその機械は大人しくなる。
「狙いが正確だ」
フレイザは誇らしげに娘の仕事を見る。ヒャリツにしばらく行くことになり、暴走事故を娘に任せてきたが、なんとも正確な狙いをすることに満足げだ。
マキシカの様子が明らかに変わり、マキシカの持ち主や逃げずに見ていた人々は、歓声を上げた。マキシカの暴走を目の前で見て、それを一瞬でなだめたのが、白いワンピースの少女だったことに人々は驚き、歓喜した。
「次に行きましょう。壊し屋に先を越されるわ」
一仕事終えたコーリィとフレイザの前に、立派な車が現れた。昔の車のような乗り物をもとに作ったような少し背の高い車である。マキシカで作った熱量を蓄えるための蓄電池とそこから得る熱量で車輪を動かすためのエンジンが前についている。
煤けた緑色の車体には白く大きな文字が書いてあることが、他の車とは異なっていた。
――マキシカ管理局。そう記された車だった。
運転席の窓から顔を出したのは古参のマキシカ管理局局員のオゥサン・アリブレだった。
「二人ともこっちに乗り換えて、暴走マキシカを止めに行こう。専用車の方が道を開けてくれるさ」
マキシカ管理局の車が現れ、人々には祭りの高揚感が残っていたことで、街に救世主があらわれたかのように、コーリィたちを応援する声が聞こえてきた。
フレイザとコーリィが管理局の車に乗り込む。後部座席には、ナガレによって積み込まれであろう冷えたクールショットの弾の箱を抱えたミッゲルがすでに乗り換えていた。
脚にギブスを巻きながらも管理官としてやってきたリオードが助手席におり、運転席のアリブレは2人を急かす。
窮屈ながら後部座席にコーリィとフレイザはお邪魔した。
「議長から連絡があって、ここに来たんだ。アリブレさんが、管理局の車の方が道を開けてくれやすいっていうしね。僕は案内しかできないけど、行こう、コーリィ」
リオードはにっこりと笑った。
アリブレは車を発進させた。とは言っても祭りのため、通常は車両は通行止めだ。緊急車両として通行しているが、まだまだ人は多く歩くよりは早いくらいの速度しか出すことができない。
「リオード!脚は大丈夫なの?」
コーリィは気がかりだった。
「ただの骨折だって。名誉の負傷ってやつさ。このくらい痛くない」
「数日見ないうちにリオードは男を上げたな。長期休みのミッゲルや、しばらく姿を見ていなかったフレイザは何をしていたんだ?」
ハンドルを握るアリブレは意地悪に言った。
ヒャリツ探検に出かけていたコーリィたちは、互いに顔を見合わせた。口を開いたのはミッゲルだった。
「秘密の任務に出ていたんだよ。しばらく管理局の仕事ができなかったのは、申し訳なかった」
「秘密の任務って諜報員にでもなったのかい?」
アリブレは冗談だと思っていたらしい。
「スナバラを守る仕事さ。議長公認の」
ミッゲルはそうとだけ言った。
コーリィは次の暴走マキシカに備え、クールショットから先ほど発射した弾の薬莢を取り出し、ミッゲルから渡された弾を込めた。
次の暴走マキシカはすぐだ。




