第63章 マキシカ達の狂騒
白い壁の建物が並ぶスナバラの街並みは、収穫感謝祭には、色とりどりのランタンや旗で飾り付けられる。白のキャンバスに思い思いに絵具をのせたような、年に一度のスナバラで最も大きな祭りの風景がその数日だけ広がる。それは、誰もが心が躍り、足取り軽く、舞い踊りたくなるほどの陽気な光景だ。
通りには食べ物から雑貨まで、様々な屋台が並び、昼からは雨季を祝うパレードが行われ、人々が集う。
スナバラ収穫感謝祭は、もともとは雨季の神アマミヤに感謝し、雨季に獲れる食物に感謝するスナバラ独自の儀式を起源とする。沙漠を照りつける太陽の神シロミヤは、かつては人々の敵とされていた。アマミヤばかりを人々が敬い、祀ったことでシロミヤがヘソを曲げ、雨季が明けなかった年があったことから、いまでは、アマミヤとシロミヤに感謝する祭という位置づけになっている。かつて千日干乾もシロミヤの怒りだと言われ、儀式だけは必ず行なわれたという。
現在は、ケルケルの肉を神に捧げたり、神を喜ばせるための神楽のような踊りや歌、祈りなどは祭りの前にひっそりと行われる程度になっていた。今の収穫感謝祭は人々が雨季の恵みを食べ、歌い踊り、パレードを眺め、月が沈むまで騒ぐといったものが主だったスナバラで最も重視される行事に変わっていったのだ。
スナバラの警察官にとっては、年に一度の厳重警戒の日でもあった。
それはマキシカ暴走事故の担当であるディージ警部とシダバー巡査にも当てはまる。
マキシカ暴走事故を故意に起こした容疑者は捕らえられ、今の雨期にあたる時期には、マキシカは停止させたり、点検を行うため、暴走事故は起こらない時期を迎えていた。
マキシカの暴走事故担当である彼らも、祭を理由に、他の警察官のようにパトロールに駆り出されていた。交通整理の担当のほか、二人のように街を歩いて回る遊軍のような任務の警官も多数であった。
警察官だと誰もが見ても分かるように、モスグリーンのシャツと深緑のスラックスに、スナバラ警察の官帽をかぶった2人は、通りを歩く。シダバー巡査はすっかり祭りの気分に浸り切っており、あたりの警戒を怠っている。
「ディージさん、やっぱり制服だとなんか違いますね」
彼はまだ制服を着慣れているのだろう、夕陽色の髪の警察官姿がしっくりとくるのは、マキシカの担当になるほんの少し前まではほとんどの勤務日を制服で働く警官だったからだ。先日のスナバラ見本市でも、ディージ警部は制服であったが、警察官であるのにどこか見慣れないと彼は言いたいのだろう。
「制服は自衛軍の方が合ってるとよく言われる」
ディージ警部はつい不満を漏らした。灰色のつなぎとスナバラ自衛軍の標章のついた制服は、皆が口を揃えてディージに似合うと言うだろう。
「あぁ!ディージさんは昔、自衛軍にいたんでしたっけ?」
シダバーがそう錯覚してもおかしくはない。ディージは、自衛軍の過酷な訓練をやり切り、一個中隊の上官と言っても申し分ないような体格と厳しさを持っているからだ。
「いたことはないが、よく自衛軍上がりと言われる。警察の制服が似合わないだけさ」
ディージ警部の冗談はさておき、いつもなら気怠さのあるシダバー巡査が能天気で明るい。すっかり祭の陽気さに侵食されてしまっていた。
収穫感謝祭は、スナバラで最も大きな祭りのため、ウミナトからやってくる観光客もおり、スナバラに最も人が集まる日ともいえる。
祭では羽目を外す者、混雑に乗じて盗みを働く者もいる。酒を飲みすぎて泥酔する者、他人に声をかけて付き纏う者、連れとはぐれた者。警察官としては、出来るだけそのような市民が少ないことを願いたい。警官が祭りを楽しめる日だと嬉しいのだが、そうは行かないのだ。
ディージ警部とシダバー巡査は、山車のパレードの通り道である5番道路の近くにやってきた。
パレードが始まり、軽快な音楽が流れてくる。人々は通りをパレードに譲り、山車や踊り子たちがやってくるのを待っていた。今は骨にまで響いてくる太鼓の音だけだが、笛や管楽器、弦楽器などによる旋律がどんどん近づいてくる。
パレードの先頭を飾る山車が見えてきた。
山車は三階建ての建物より高い。山車は神話の場面を切り取って、登場人物を模った人形たちがマリオネットのように操作され、山車の上で舞い踊る。色とりどりの布やリボンで飾った人形たちはその動きは軽々としている。山車を引く者たちや、着飾った踊り子たち、楽器を演奏する人々が練り歩く。それを見物しに集まった人々が垣根を作り、そこから少し離れてディージ警部は目を光らせていた。
パレードを見てはしゃぎたそうなシダバー巡査に、ディージ警部は水を差す。
「パレードを見たいのは分かるが、警戒しろ」
「はーい」
パレードは、太陽の神シロミヤと雨の神アマミヤがスナバラを作った時の神話を伝えるものとなっている。
スナバラに伝わる神話は、太陽神シロミヤと雨神アマミヤ、そしてその神々を邪魔するのが、全てを砂にしてしまう力を持つ砂魔グラーヴェルが主な登場人物だ。シロミヤとアマミヤは対になる神であり、それぞれの能力を合わせ沙漠の中にスナバラを作ろうとし、それを沙漠に沈めようとするグラーヴェルを協力して退けたというのが神話の大筋だ。
山車にはシロミヤ、アマミヤ、グラーヴェルの人形に棒が取り付けられ、山車から大きく張り出し人形を操作する。人形達は、自重を感じさせずに縦横無尽に動き回る。シロミヤは黄色の衣を、アマミヤは青い衣を、グラーヴェルは漆黒の衣をたなびかせている。これらの人形は山車の中で複数の人間が操っているのだ。首の動き、瞬きする瞳、両手、両足、それぞれの動きの統率が取れるよう、操作者たちは練習を重ね息を合わせていると言われている。それらの技術が相まって、三体の人形はまるで宙を自由に飛び回るかのように動くのだ。
シロミヤに力を貸す光の妖精達や、アマミヤが呼ぶ雨の精霊、グラーヴェルの眷属を、踊り子や役者達が演じながら通りを練り歩いていく。
パレードの最後の山車が通り過ぎ、通りの中心に見物客が溢れてくる。
パレードの尾の音楽が遠のき、人々のざわめきが戻る。
ディージはスリやその他の揉め事はなかったと胸を撫で下ろした。シダバーはパレードの余韻に浸っており、あたりを警戒し忘れている。
安寧を切り裂くように、女性の悲鳴が聞こえた。
「なんだ?」
声の方に人をかき分けてディージ警部は向かう。シダバー巡査も慌てて上司を追いかけた。
祭りに気を取られている人の中に、悲鳴に気づいてざわめいている人もいる。ディージ警部は、シダバー巡査とその悲鳴の先に向かう。
パレードが通り過ぎた通りに面した、ある店の店員の女性が悲鳴の主だった。
ごった返す通りを警察だと言って二人は移動し、その悲鳴を上げた女性の元へと急ぐ。ディージ警部だけが先に現場にたどり着いた。
「警察です。どうしましたか?」
茶色の長い髪をまとめ、明るい緑のエプロンをした、若い女性は怯えた目でディージを見ると、少し正気を取り戻した。
店先にいた彼女は、背後にある巨大な機械を指差す。
見上げたディージ警部は眉間に皺を寄せる。
「これは自然に起きたんだよな?」
そこでは、マキシカが岩鉄でできた腕を振り回していた。
「ディージさんいた!」
息を切らせてやってきたシダバー巡査は、その光景を見て後退りした。
「暴走か・・・?!」




