第62章 嵐の前の議会
ナガレの運転する車に乗り、コーリィ、フレイザ、ミッゲルは議会に向かう。ネッツも車に同乗した。
ナガレの言う通り、街は祭の活気にあふれ、陽気な音楽が聞こえてくる。雨期とこの時期の恵みに感謝することが元来の祭の目的だが、庶民を中心に皆が楽しむ年に一度の祭となっていた。
祭りのために通行止めとなって車の通れない道もあり、少しだけ遠回りして、議会のある建物の前で三人は車を降りた。ネッツはコーリィ達に車内から手を振った。ネッツは駅にエヌール夫人たちのお見送りに行くため、ナガレに駅に連れて行ってもらうのだ。
議会はスナバラの昔ながらの石の建物ではなく、白く塗ったレンガ造りの近代的な建物である。
コーリィは、ヒャリツの中にあった七つの紅夜石の入った零箱鞄と、ヒャリツのマキシカの番号の刻まれたプレートを持ち、都市外に逃亡したと疑われたフレイザ・メグリエとミッゲル・ファンとともに議会の建物に踏み入れた。
コーリィたちを待ちわびていたのは、議長の秘書の初老の男性だった。ほとんどが白髪で、垂れ目の礼儀正しい様子。深々と礼をする。
「カレズ議長の秘書のファガラと申します。ご案内いたします」
議会の外観は一際白い建物であるが、内部は艶やかな黒い床と白亜の壁である。天井は今日の祭りでも山車の上で表現されるスナバラの神話が描かれており、都市を代表する見事な建物である。
秘書ファガラに案内され、三人は議会の中の比較的小さな会議室に通された。
大きな円卓が1つ。そこで六人の議員が待っていた。
白髪の混じる髪と髭のカナー・カレズ都市議会議長。ヒャリツのマキシカについて代々の議長から知らされていた人物である。
印象の強い目を持つリア・ウーチス議員は、女性議員として一目置かれる存在だ。カレズ議長の姪でもある。議員の中では若年のほうで、マキシカがある時代しか知らない彼女は、マキシカは都市にはなくてはならない存在だと言う考えの持ち主だ。
ジンリー・リック議員は、マキシカ反対派の議員だ。右腕が麻痺で不自由であるが、左手でペンを取ったり、片手のタイピングを武器に、積極的に執筆活動もしている。今では浅はかだったが、反対派というだけで、マキシカ暴走事故の関与を疑ったこともあった。しかし、彼は深い考えを持っており、マキシカの危険性とその事故の予防策を考えた上では、むやみに反対するような人物ではなかった。
シューコー・テジュネ議員は、公言はしていないが、マキシカ反対派である。それは彼の用心深い性格から来ており、巨大な機械をいかに安全だと皆が言っても信じようとしない小心者かもしれない。マキシカ反対派も加えた評議員にしたのは、様々な立場意見を議長が求めたからだろう。
クイン・テーネ議員もマキシカに対してどちらかと言えば、反対派である。彼女は、マキシカが存在していなければ、スナバラの今が成しえなかったことを認めつつも、マキシカによって市場が占められてしまうことで、伝統的な手作業の産業が失われることを懸念しているようだ。だから彼女は、マキシカ以外の産業を保護する政策にも携わっており、手作りや手の込んだ刺繍のあるワンピースを好んでいるようだ。
チュート・パルナー議員は中立派を自ら公言しているが、マキシカが適切に使われているのならば肯定しているようだ。彼は緊張感のある評議会の場で、いつもにこやかでいることを心がけている。彼はマキシカの管理方法に関心があるようで、マキシカの定期点検の義務化の法律制定をずっと前から目指しているが、なかなかそこに至っていないのが現状だ。
マキシカに関わる問題として、リオードの父親、ミューコー・イン・マキシカ、通称マキシカ伯爵も呼ばれていた。彼はにこやかにコーリィたちに会釈した。彼はフレイザとミッゲルがヒャリツに行っていたことを知っていた人物である。
もともと、評議会にはあと一人の議員がいた。ロマーク・クラム議員だ。彼こそがマキシカ反対派の筆頭であり、マキシカ暴走計画の支援を行っていた首謀者の容疑で逮捕された。現在、彼の取り調べが警察により連日行われ、これから裁判になるだろう。
議長は自身の秘書に人が出入りしないように伝えた。
秘書が退出すると、カレズ議長は本題に入った。
「おかえり、フレイザ、ミッゲル。ご苦労だったね、コーリィ。さぁ、座って。報告を待っていたよ」
カレズ議長は穏やかな顔で労った。用意された椅子は会議机から少し離れたところに三つ、並べられていた。
「ご心配をおかけしました」
フレイザははじめに、潔くそして深々と頭を下げる。
「リオードも無事帰ってきたし。大変な冒険だったのだろう」
マキシカ伯爵は穏やかに言った。
「娘の許嫁とはいえ、怪我をさせてしまって申し訳ないのはこちらの方です。しばらく不在にして申し訳ありません」
フレイザは謝罪の言葉を続ける。
「まぁ、リオードはコーリエッタ嬢が行くところならついていくというからな。戻ってこないかと思った」
ため息交じりだが、マキシカ伯爵は一難が去ったと内心胸を撫で下ろしただろう。
議長はこほんと咳払いをした。
「さて、これは非公式かつ非公開に行われる一部の議員からなる会だ。それを形式的にやらねばならないのだが、いいかね?」
議長の言葉に、フレイザは代表して返事をした。
「はい」
「さて、フレイザ、ミッゲル。スナバラやヒャリツの外に出るといった密約を違反するような行為はしてはいまいな?」
「はい、密約は違反しておりません」
フレイザは堂々と言った。
「こんな重要なことを、事前にこちらに相談してくれたらよかったものを」
フレイザの古い友人のようにカレズ議長は言った。
「議長がまさかヒャリツのマキシカのことを知っておられるとは思いもよりませんでした」
フレイザは冗談に聞こえぬよう、重く口を開く。議長はマキシカ家でもメグリエ家の人間でもない。代々の議長は、ヒャリツのマキシカのことを前任の議長から知らされていたが、それを口外することは禁じられていた。それもあって、フレイザをはじめとするメグリエ家の者たちが、議長がヒャリツのマキシカについて知っていたことを知らなかったのは事実だ。マキシカ家の人間も同じであった。
「ミッゲルは5ヶ月、フレイザは3ヶ月も都市を不在にしていたわけだが、何をしていたんだ?」
議長は確認と興味もあったのだろう。他の議員もフレイザとミッゲルの答えを待つ。
「私は、5ヶ月前にヒャリツの源流を目指し、出発しました。ヒャリツの温度が上がった理由が、マキシカなのか、それ以外の理由なのかも調べる必要がありましたので」
「やはり、ヒャリツのマキシカがヒャリツの温度を上げていたのか?」
カレズ議長は厳しい目で尋ねた。
「はい。マキシカがヒャリツ内の温度を上げていたといって差し支えないでしょう」
ミッゲルが測定したヒャリツのマキシカより向こうと、マキシカとスナバラの間の洞窟の温度を比べると、後者の方が明らかに温度が高かった。ミッゲルが測定した範囲で最もヒャリツの中で温度が高かったのが、鳥籠の間だったという。ヒャリツのマキシカが経年劣化で熱を持て余していたのは明白だった。
「ヒャリツの源流には、たどり着いたのですか?」
リア・ウーチスが興味津々に尋ねる。スナバラの誰もがヒャリツの源流を見たことも聞いたこともないからだ。
「いいえ、ヒャリツの源流は到底たどり着けない先でした。都市からヒャリツの中を60オクルカ以上移動しましたが、目的地には達せず。そこで、ヒャリツの温度を測定して戻ってきました」
ミッゲルはスナバラから60オクルカ以上も離れたということだ。ヒャリツがそこまで長いことも驚くべきことだ。ヒャリツの源流はスナバラの西側、直線距離で100オクルカ以上離れたトード山脈にあるのかもしれない。
「その後、私が合流して、ヒャリツのマキシカが原因だとわかり、ヒャリツのマキシカを止めるために探索を続けました。それが二ヶ月前のことです」
フレイザは落ち着いた口調で、評議会の面々に不審な点を悟られないようにしていた。
「さて、ヒャリツのマキシカは見てきたのか?止めることはできたのかも聞こう」
議員たちは皆、その報告を待っていた。コーリィは零箱鞄を議員たちが囲む円形の机の上に置いた。
小ぶりの鞄を開け、布を広げる。
箱の中には、真紅の小さな石が七つ並んでいる。小指の先ほどの大きさだが、マキシカを動かすためのメグリエ機関には欠かせない鉱物である。宝石のように磨かれてはいない原石のようだが、スナバラでは宝石よりも価値のある石だ。
布の中からは少し変色した楕円の金属板が現れた。そこにメグリエ機関と、番号が七つ彫られている。これがメグリエ機関の固有の番号であり、メグリエ機関の証でもある。
その番号はメグリエ機関に振られていた番号の中で欠番とされていた174ー180であった。
「コーリィが紅夜石を回収しましたので、メグリエ機関は機能しなくなりました。また、ヒャリツ内での事故でマキシカの集熱フィラメントは崩壊したため、マキシカは停止したと考えて問題ありません」
フレイザは自信を持って述べた。
「ご苦労だった」
議長は厳しい顔をしていた。
「メグリエ機関は七つあったようで、紅夜石も7つ回収することができました」
「七つか。新しいメグリエ機関を作れるな」
マキシカ伯爵はその知らせに喜んだ。
マキシカの数はメグリエ機関の数と同じだ。メグリエ機関に適した高純度の紅夜石が新たに見つからない今、マキシカの数を増やすことはできなかった。ヒャリツのマキシカから得た七つの紅夜石から、七機のメグリエ機関を作れば、七機のマキシカを新たに作ることができる。
「マキシカの暴走事故も容疑者が捕まり、真相も明らかになるだろう。マキシカの信頼を取り戻し、新しいマキシカをスナバラのために作ろう」
マキシカ伯爵は頷いた。皆、ヒャリツのマキシカの七つの命と識別版を見つめていた。
「ヒャリツのマキシカが停止し、本来のヒャリツだけで、十分スナバラを冷やせるのだろうか」
パルナー議員は疑問を口にした。テーネ議員はそれに応える。
「ヒャリツのマキシカが逆に気温を上げていたのだから、ヒャリツの温度が下がるのでは?」
「千日干乾のころ、ヒャリツが弱まったとしてヒャリツのマキシカが設置された。千日干乾のような熱波が来なければ、本来のヒャリツでも十分な気もするが、それは調査が必要だろう」
リック議員は冷静に話した。
「提案よろしいかな?」
そこにマキシカ伯爵が名乗りをあげた。
「ヒャリツの温度については調査いただき、もし、ヒャリツがスナバラを冷やしきれないとなれば、その紅夜石で新しいマキシカを作るのではいかがだろうか。40年前の技術で作られたマキシカには寿命が来たが、今のマキシカ社の技術なら、紅夜石も7つも必要なく、もっと長寿命の新しいヒャリツのマキシカが作れるはずだ」
議長は頷いた。
「なるほど。では、ヒャリツの温度をしばらく調査しよう。必要ならばマキシカを設置も検討しよう」
振り返れば、今年はマキシカの転換期だった。万年機関と信じられていたメグリエ機関とマキシカの脆弱性に気づき、それを克服するきっかけとなった。公になることはないが、またスナバラはマキシカとともに発展していく。
「皆様、この件は、報告を受けたということでよろしいかな?」
カレズ議長は評議員の面々に尋ねた。
「異議はありません」
各々が答えたのを聞き、コーリィはやっと役目を終えた気がした。
父親と叔父が無事に戻ってきたことも嬉しかったし、議長によるお咎めもなかった。
都市に貢献した英雄にはなれない秘密裏のこととはいえ、ヒャリツの温度上昇の原因を取り除くことができた。メグリエ家は都市を秘密裏に守ったのだろう。都市スナバラを発展させたマキシカのように表立っていなくても、都市外、そして都市の大部分の人間はメグリエ機関の仕組みなど知らなくても。
その時、乱暴に扉を開ける音がした。
会議室の扉を開けたのは、一人の男だった。
「失礼」
男はそういって笑顔で会議室に入り、扉を閉めた。
突如入ってきた男に、議長は自身の秘書を呼んだ。
部屋の前に待機させていたはずだったのに、なぜ人を招き入れたのか不審に思うのは無理もない。
「ファガラはどうした?」
議長の秘書からの返事はなかった。
スナバラの玄関口であり、ウミナトへ続く線路のある駅。駅舎には出発を待つための広い待合室がある。発車前の乗客が座るための椅子が並べられており、そこに見送り客、食べ物や飲み物の販売をする者、ウミナトへ運ぶ荷物の積み込みなど、人々や物が行き交っていた。汽車が出発の準備を整えるまでは、次の汽車に乗る予定の乗客はここにいるはずだ。
ネッツは待合室に入ると、歩き回って母子を探した。隅の方で向かい合わせに置かれた椅子に座る三人を見つけた。
母親とコーリィと同じくらいの姉とネッツよりも小さい弟の三人。三人とも茶色の巻き毛であることが強い血縁関係があることを示す。仕立て屋であったこともあり、丁寧に仕立てられた服を着ている。大きな鞄を持ち、スナバラから去るのだ。
「エヌールさん!」
母親が気づいたようで、こちらを見た。
テイラーマキシカの持ち主であったエヌール家。母親と姉弟は今日、スナバラを旅立つのだ。父親は先にウミナトに行き、新生活の準備をしていた。その目処が立った今、家族はウミナトに居住する。
コーリィの代わりに見送りに来たネッツは、一冊の雑誌を渡し、マキシカ事故に巻き込まれた少年の記事を指し示す。
「ミカイの記者が真相を調べてくれた。俺もコーリィも本当のことだって知ってる。マキシカ事故で俺は死んでない。生きてる!」
母親は涙をこらえて頷いた。彼女はすっかり痩せ細ってしまい、こけた頰に涙が伝う。
「ありがとう、ネッツくん。コーリエッタさんには助けてもらってばかりね。もうマキシカの持ち主でもないのに、メグリエさんは親切ね」
母親の脇に座っていた弟タバサがネッツの手を握る。
「ネッツ、ありがと」
「ウミナトでも元気でな」
「手紙、書く!」
「本当か!ウミナトのこと教えてくれるか?」
「うん」
「楽しみにしてるぞ!」




