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第55章 小さな皇女のわがまま

 マキシカの屋敷は個人の邸宅の中ではスナバラで最も広い敷地面積誇る。また、その建物も一際白く、白妙の城と言われるほどだ。リオードがヒャリツに旅立ったその晩、その屋敷の中にある青の間に三人のマキシカの男たちが集まっていた。

 シーカイ・M・マキシカは、今ではマキシカ卿と呼ばれる都市の重鎮だ。彼の兄が頑丈な機械マキシカを発明したハージ・M・マキシカだ。シーカイは長男ハージと共に初期のマキシカの生産に関わった唯一の人物で、ハージとは年の離れた末弟である。彼は議会議員やマキシカ社の社長を経て今は隠居している。白髪を後ろに撫で付け、白眉の下の重たい瞼の下には、マキシカを長年見守ってきた瞳が隠れている。今では車椅子を使用することが多くはなったが、まだまだ彼はマキシカ社の方針に口を出し、スナバラの政界にも影響力を持っている。

 マキシカ家現当主のミューコー・イン・マキシカは、マキシカ伯爵と渾名される紳士だ。シーカイの娘モノニシアと結婚したことで、マキシカ家の一員となった。その明るさと楽観主義の性格は、マキシカ社の社員の士気を上げたと言われている。今は都市議会議員を務めている。

 ミューコーとモノニシアの息子カークス・マキシカは、マキシカ社で専務として、マキシカ社を束ねる一人だ。眼鏡をかけており表情がいつも固く、顔立ちも立ち姿も何もかもが、父親であるマキシカ伯爵の若い頃と瓜二つなのに、慎重派で几帳面なところは父親と正反対と言われていた。

 マキシカ家の3世代である三人は夕食の後、ウミナトから取り寄せた酒とともに、マキシカ邸の中の青い壁紙の部屋に会した。マキシカ社の方針やスナバラ議会の動きなど、情報交換や議論の場として、時折この会は開かれていた。この青の間は、海が好きなシーカイのお気に入りだ。かつてマキシカ家が議会と密約を結ぶ前にウミナトから自身が持ち帰った船の模型や波と海の生物を描いた絵画などを飾ってある。今は遠き海に想いを馳せる部屋だ。

「リオードは今頃寒かろうな」

 シーカイはヒャリツの微風を呼び込んだ快適な屋敷の中で、琥珀色の酒を味わいながら飲んでいる。

 温暖で時に高温のスナバラの地下にあるとは思えないほど、ヒャリツは低温の場所だ。ヒャリツのマキシカを設置する事になった際、シーカイもその設置に関わった。今では寒くて暗いヒャリツの中で作業したのは遠い昔のことではあるが、よく覚えていた。彼は兄弟と協力し、マキシカ設置の指揮を取り、無事にマキシカが稼働することを確認してからはあのマキシカに会っていない。マキシカ伯爵やカークスは、ヒャリツのマキシカの存在は知っているが、そのヒャリツの主に会ったことはなかった。

「リオードにとっては、なかなかない経験でしょう。マキシカ家としては都市に貢献したことになる」

 マキシカ伯爵は、今回の議会の指令にリオードが名乗り出た事を誇りに思っていた。ヒャリツのマキシカのことは市民には極秘にされており、秘密裏の活躍となるだろうが、議長と数人の議員が知っているだけでも、マキシカ家がスナバラに貢献しているという事実に変わりない。

「メグリエが、スナバラから出て行こうとしていると、噂されているようです」

 カークスは重い口を開いた。彼は酒の類を口にせず、一人だけ茶を飲んでいた。

 マキシカの家の者もメグリエの家の者と同様に、都市議会と密約を結んでいる。それを破って、メグリエが都市スナバラを出て行こうとしていると議員の中で囁かれ始めていた。それは隠居したシーカイの耳に入るほど、議員の中で拡散した噂話になっていた。マキシカ社の監視目的で集められたマキシカ評議委員の議員以外は、メグリエ家の当主フレイザが行方不明のこと、調べてみれば、当主の義理の弟ミッゲルまでもが数ヶ月行方不明になっている。そのことに気づき、メグリエ家に不信感を持っている者もいると聞く。

「メグリエは商売の仕方がもともと下手だ。メグリエ機関が作れない今、新天地を求める」

 シーカイは垂れた瞼から、遠い目をのぞかせる。彼はメグリエ機関の真の発明者であるオリーナル・メグリエを知る人物でもあり、マキシカの歴史を見てきた数少ない人物である。シーカイから見たメグリエ家は、メグリエ機関というスナバラの歴史を変える発明をしたと言うのに、その価値を見誤ったように見えるらしい。マキシカ社ならメグリエ機関が生み出す利益を最大限に引き出せたとシーカイは考えていた。

「メグリエの家の者が次第に行方不明になっていき、いつのまにかスナバラから消える。暴走事故で信頼を失った今、夜逃げのように消えると思われてもおかしな話じゃない」

 そういってカークスは長く息を吐いた。

「リオードは、コーリエッタ嬢について行く」

 シーカイの言葉に、カークスも納得だった。リオードはマキシカ管理局の管理官になってから、彼は心の赴くままに行動するようになったと、父であるマキシカ伯爵がリオードを見ていて感じていたところだ。それは兄であるカークスもその変化に気づくほどだ。

「お義父さんもカークスも心配しすぎです。リオードとコーリィが、明日中にでもフレイザとミッゲルを連れて帰ってくる。そうすれば、疑惑なんて消えて何も問題はない」

 マキシカ伯爵はリオードを信じていた。それは、万事がうまく行くことを願っているからでもある。ヒャリツの探検は二日以内と決めており、フレイザとミッゲルを見つけられなくとも、探検を引き上げ帰ってくる。二人がヒャリツにいた痕跡や、ヒャリツのマキシカの存在を確認するだけでも、コーリィ一人に課すには難しすぎる指令だったからでもある。今は無事に帰ってくることを願うばかりだ。マキシカ伯爵はグラスにあった少し濃いめの酒を飲み干した。

 紳士たちのお茶会は、扉をノックする音が響く。扉を開けて入ってきたのは、カークスの娘、マイネ・A・マキシカだった。長くふわふわとした明るい茶色の髪を揺らし、フリルのついた淡い緑色に白の小花模様のパジャマを着て、部屋の中の三人を不機嫌そうに覗き込む。

「お父様!こんなところにいらしたの!?」

 カークスの娘マイネは、もう寝ているはずだった。彼女の予想外の登場に、厳しい顔をしていたシーカイもつい頰が緩む。

「マイネ、もう寝る時間だろう?」

 カークスは少し困った顔をした。

「お父様たちがここにいるって聞いたの。リオード叔父様は?」

 マイネは部屋を見渡したが御目当ての人物がいないとなると残念そうな顔をする。

 マイネは叔父リオードが大のお気に入りだった。小さな頃から遊んでくれた年の離れた兄のように慕っている。

 父親たちがよくいる部屋に行けばリオードにも会えると考えたマイネは、部屋をこっそり抜け出したのだろう。使用人たちは今頃、マイネはすでに夢の中だと思っている。

「今日はリオードはいないよ。明日か明後日くらいには帰ってくるはずだよ」

 マキシカ伯爵はそう言ったが、マイネの機嫌をさらに損ねることになった。

「どこにいかれたの!?」

「リオードは、コーリエッタ嬢と重要な仕事を任されて、ちょっと遠くに出かけているんだ」

 マキシカ伯爵は孫のマイネを宥めようとしたが、リオードの許嫁であるコーリィの名を出したことで、マイネの機嫌が悪化した。マイネの中では、コーリィは恋敵となっている。

「嘘でしょ!リオード叔父様が!」

 幼い少女とはいえ、顔を歪ませて嫉妬し、悔しそうに地団駄を踏んだ。

「マイネ。二人は議会から重要な仕事を頼まれているんだ。終わったら帰ってくるから」

カークス自身がリオードが戻ってこない可能性があることに自信が揺らいでいたところであった。

「つまらないわ!叔父様がいないなんて!」

 少女は感情を爆発させるかのように金切声で叫んだ。

「マイネ、明日はお友達と遊ぶんだろう?早く寝なさい」

 父親であるカークスの言葉に、マイネは不貞腐れた。

「シォーミは予定があって遊べなくなったの」

 約束した友達と遊ぶ予定がなくなったらしいマイネは、急に何か思いついたようだった。ぱっと表情が明るくなる。

「明日はネッツと遊ぼうかしら!」

「ネッツ?新しい友達か?」

 カークスはマイネの友人の名などほとんど知らなかった。

「この前のパーティでお友達になった男の子よ。赤毛が素敵なの!」

 雨季祝いのパーティに参加していたマキシカ伯爵とカークスは顔を見合わせた。

「もしかして、メグリエ家にいるネッツ君のことかな?」

 マキシカ伯爵はパーティで赤毛であったネッツを見ていたから知っていた。

「そうよ!」

「あぁ、キーウェルの孫の・・・」

 マキシカ伯爵は頷いたが、あまりいい顔は出来なかった。マイネは年の近い少女と遊ぶことが多かったが、あの少年に興味を待ったのは意外であった。子どもがほとんど参加しないパーティで、二人は仲良くなったのだろう。楽しそうに二人はダンスも踊っていたと聞いてはいた。

「其奴と関わるでないぞ、マイネ」

 シーカイは重々しく言った。マキシカ伯爵もカークスもシーカイの言葉に黙った。

「なぜ?」

 怯えた顔をしたマイネは事情を知らないため、素直に尋ねる。

「その子はヒサーマの孫だからだ。我々とは和解してないからな」

 シーカイの言葉を理解できなかったマイネに、マキシカ伯爵は困り顔で言った。

「ネッツ君のおじいさんとハージお爺様は昔、喧嘩したんだ。すまないが、ネッツ君と遊ぶのは駄目なんだ」

「マイネには難しい話だ。とにかくネッツ君と遊ぶのは駄目だ。女の子と遊びなさい」

 カークスは、マイネはまだマキシカ家とキーウェル・ヒサーマとの決別の理由を理解できないと思って、話を終わらせようとした。

「仲直りしないの?」

 マイネは大人たちに疑問を投げかけた。彼女の常識ならば、友達と喧嘩したら仲直りするものであるからだ。

「それはできん。やつは死んだ」

 シーカイは眉一つ動かさなかった。マイネはハージが亡くなった後に生まれている子だった。だから、彼女はその因縁など知らない世代である。

「じゃあ二人は一生仲直りしなかったの!?友達と喧嘩をしたら仲直りしなさいっておっしゃったのはお父様たちでしょう!」

 マキシカの男たちは顔を見合わせた。どうマイネに納得してもらうか、どこまで話すものか。頭ごなしに叱っては、大人の示しもつかない。

「マイネ、これは複雑な話なんだ。子ども同士の喧嘩のように謝ればいいと言うわけではないんだ」

 カークスは苦し紛れではあったが弁解すると、マイネはさらに不信感を募らせた。

「ネッツと私は喧嘩していないわ!曽爺様たちが仲直りしていないからって、なぜ私がネッツと遊んじゃダメなの!?」

 マイネは金属が当たるかのような甲高い声で精一杯抗議した。

「マイネ!これは家同士の問題なんだ。すぐに仲直りとはいかないものなんだ」

 カークスは弁の立つおしゃべりな娘にうまく答えられずに戸惑っても、それを取り繕った。

「なんでもできるのがマキシカ社でしょう!仲直りができないなんて!おかしいわ!」

 青の間の前でマイネが吠えている声を聞き、慌ててメイドたちが飛んできた。


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