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第54章 鳥籠の間

 ヒャリツの中でマキシカのあるその空間だけは特殊だった。見上げても天井が見えないほど。

 ヒャリツという自然に作られた広い空間を利用し、マキシカを設置したことはコーリィも想定内だった。スナバラの西端からおよそ30オクルカもの距離にあることは、一般市民がヒャリツのマキシカを見つけるのは難しくなると考えられる。一般市民がヒャリツの中を移動する事はほぼ不可能である。石ころが転がり、それが砕けた砂が石に混ざる礫沙漠を徒歩で行くには1日はかかる。カルーに乗って沙漠を進んでも、地下のマキシカの場所を知らず、この礫沙漠でまさかマキシカが足の下に埋まっているとは思いもよらない。ここは巨大なマキシカを知られずに設置する格好の場所であった。しかし、マキシカ設置の観点からすれば、資材を運ぶのには苦労したに違いない。

 だだっ広い空間だけでなく、ヒャリツから地上に出るための穴や小さな空間が複数ある迷路のような場所であったこと、それを人の手で都合よく改造できたことも、この地がスナバラに次ぐ奇跡の場所であるといっても過言ではない。

 もう少し都市のマキシカを設置することもできたが市民に秘密裏に進められた計画ではなくなってしまう恐れがあった。そこまでして、スナバラ市民にヒャリツのマキシカの存在を隠したのは、当時のヒャリツが神の作ったもの、自然なものという強い信仰に配慮したためかもしれない。市民に計画を明かし、議論をしていては、千日干乾(せんにちかんかん)の真っ只中でさらに死者が増えるだけだった。当時の都市議会議長やマキシカ家とメグリエ家、技術者たちは、秘密裏に計画し、少し都市から離れた場所にマキシカを作り上げた。

 コーリィ達はヒャリツの中のマキシカを設置した当時のことに思いを馳せながら、マキシカの一部である集熱フィラメントのある場所にフレイザとミッゲルとともにやってきた。

 小屋のある脇道から出て、反対側のヒャリツの壁にぽっかりと空いた大きな横穴の前に来た。穴の奥は上り坂になっていて、大きく曲がり先は見えない。

 この奥にメグリエ機関の部品の一つである集熱フィラメントで出来た鳥かごのような場所があるらしい。フレイザとミッゲルはそれを”鳥籠の間”と呼んでいる。

 そこにメグリエ機関を止める黄色の印のついた集熱フィラメントがあるはずだ。

 秘密の通路は、ヒャリツの自然に削られていった滑らかな表面とは違い、ごつごつとした人の手で広げた穴のようだった。大人は少しかがめば通れるほど、コーリィとネッツならば、かがまなくても十分な高さがあるくらい。その穴は緩やかに上りになっており、うねうねと曲がりくねった動物の巣穴のよう。しかし、ヒャリツには生き物はいない、ヒャリツの地下水にだってなんの生き物も見つけられなかったとミッゲルは言った。こんな大掛かりで、自然に逆らって、こんな長く続く穴を掘る動物など、人間しかいない。

「この先が鳥籠の間だ。風の音が少し大きいんだ。慎重に進み、黄色く塗られた超集熱フィラメントを探すこと。見つけたら他の人に知らせる、いいな?」

 フレイザは確認するように言い、5人は頷いた。慎重にその坂を進む。

 ヒャリツの魔物の心臓部は近い。人の手で掘られた穴から顔を出すと、ぽっかりと少しばかり広い空間に出た。その空間は超集熱フィラメントが根を深く広く張り、それが空間をぐるりと一周していた。それは暗闇の中にある巨大な鳥かごの中に入り込んだかのようだった。

 その根は太く鉛色の金属光沢をしており、自然にできたものではない、人の手で編まれた作品であった。規則的なようで時折、規則から外れた編まれ方をしたフィラメントは、頭上で束ねられ、上へと向かっているようだが、ランタンの光が届かず、その先は闇に消えていく。

 スナバラのマキシカの中にある集熱フィラメントは、太くともコーリィの指ほどの太さだが、ヒャリツのマキシカのフィラメントはコーリィの腕よりも太かった。これを切るのは骨が折れそうだ。数本切っても、その籠の中からは出られそうもない。人が一人通れるようにするには、数十回の切断が必要であろう。重機マキシカを使えば、切断も可能だが、ここまでのマキシカの運搬を考えると現実的ではない。

 こんなに太いフィラメントをコーリィもリオードも見たことはなかったが、ヒャリツ内という特殊な環境によるためだろうと推測できた。ここは、スナバラの夜よりも低温で、常に水のある湿気の多い場所だ。錆止めやマキシカの稼働で発生する熱をヒャリツ内で全て集めるためだろう。

 上を見上げてもフィラメント以外、何も見えない真っ暗闇だが、回転羽がいくつか風に身を任せて上で回っているようで、風の音が聞こえる。

 ネッツは少しだけ気を緩ませた。そこは暖かいと感じられたからである。風の音が轟々と聞こえ、地上から集めた熱とマキシカの出した熱が熱量過多になって、コーリィたちをぐるりと囲む超集熱フィラメントを熱しているのだ。

 いくつかのフィラメントは切られていた。フレイザとミッゲルがマキシカを止めるために以前、切断したのだが、それは片手の指ほどの数であることからも、その太いフィラメントの切断は骨が折れる仕事らしい。

 ヒャリツは都市の家々を冷やす。その源であるヒャリツの中は凍えるほどに寒い。しかし、ここはその中でも少し暖かく感じられる。ヒャリツが常に冬ならば、ここだけは春なのだ。風の音が大きく唸り、声を張らないと聞こえないくらいの春の嵐のような場所だ。

 皆がフィラメントを一本ずつ調べ始めたので、ネッツもランタンを手に一生懸命探し始める。超集熱フィラメントが厳重な鳥かごのようで、プロペラやマキシカの心臓部である蒼明石(アオゾライト)紅夜石(クレナイト)の接続部分には触れられないためにもこのようにしたと、フレイザは推測した。

 コーリィのもつクールショットガンでも、フィラメントがそれを許さず、この鳥かごの真上にあるはずの標的には当てられないだろう。歌詞のヒントの最後であろう、黄色い糸。それが、有事の際のマキシカを止める最後の手立てとコーリィは推理した。黄色い糸と歌詞はなっているが、目の前のフィラメントは糸のような細いものではない。

 フィラメントは地上の玄糖石から受け渡される熱とマキシカが動くことで得る熱で触れずとも熱が伝わってくる。鉛色のフィラメントは所々煤け、根のようにその空間内で広がる。編まれたフィラメントは規則的なようで不規則な網目を作る。各々、ランプを片手に黄色い印を探す。しかし幾千もの根から一筋の黄色い糸を見つけるのはそう簡単ではない。

 目を凝らしていたネッツの肩を叩いたのはリオードだった。風の音がネッツを集中させていたらしく、すぐにはリオードに気づかなかったほど。

 リオードは、目的のフィラメントを見つけたコーリィに言われて、他の人間の肩を叩いて合図した。コーリィが調べていたフィラメントの辺りに三人は集まっていた。一度、調べていた根から目を離し、ネッツもその一団に加わった。ネッツもリオードの指差す太いフィラメントを見る。

 コーリィが見つけたのは赤い色に塗られたフィラメントの一本だった。フィラメントの人の目の高さのほどの位置、手のひらと同じくらいの長さだけ、赤くどろっとした塗料で塗られていた。

 黄色ではなく、それは赤色のフィラメントではないかと、ネッツは少し不満げに思ったが、なにか意味のあるものだろう。まだそれ以外にフィラメントに印のようなものは見つかっていないからだ。

 フレイザはその人為的に塗られたフィラメントがどこに伸びているかを目で追う。他のフィラメントとは違って、不規則な走り方をしているようにも見えなくもないが、鳥かごのてっぺんは屋敷の天井よりも高く、手が届かない高さだ。その鳥かごの上にさらに数千の回転羽があるとしたら、地中深くにコーリィたちはいることになる。

「印はこれだけみたいだ。でも、赤色だし、すでに切ってある」

 フレイザは声を張る。

「最近切ったやつさ。でもまだ熱量過多なようだ。黄色ではないから、別の印かもしれない」

 ミッゲルは冷静に言った。

「塗料が変色したのでは?」

 リオードはコーリィが見つけた印を探していた印だと信じているようだ。

「何かの印ではあるのだが」

「目的の印とは別の印とも考えられる。すべてのフィラメントを調べてからのほうがいい。しかし、黄色の印もきっとこんなように塗られたものだから、見つけやすくはなった」

 フレイザは慎重な姿勢を見せた。

 キーウェルは、マキシカが狂うほど欲しがる指輪と、ヒャリツのマキシカの秘密をそれが大切なキーであることを知らせずに、ネッツに伝えた。ネッツは大切なキーである事も知らずにその歌を覚え続けていた。今、それが役に立っている。偶然とも言えない確率で、まるでネッツを巡り合わせたかのように。こうなることをキーウェルは知っていたのかもしれない。そう思うとネッツはキーウェルが恋しくなった。キーウェルはネッツに指輪と歌の意味を伝えてくれたら、きっともっと早くコーリィたちの役に立てたのに。

 マキシカを暴走させるのではなく、暴走してしまうほどメグリエ機関が弱ってしまったから、紅夜石を欲しがるようになったのかもしれない。

 ヒャリツのマキシカが暴走したから、この歌が必要になった。

 もし、メグリエ機関が、マキシカが、頑丈で本当に永久に動く機械だったら、暴走なんてしなかったら、ネッツの指輪も歌もただの指輪で、ただの歌だった。

 キーウェルがただの指輪をして、ただの歌を歌うネッツを願っていたから、キーウェルはネッツに伝えなかったのかもしれない。

 鳥籠のフィラメントの印探しは五人が一周したところで、鳥籠の間から出て、また中央の出入り口の穴に入った。ここは鳥籠の間のように風の音が少し静かで声を張り上げずとも会話ができる。

「赤以外はなかったな」

 リオードはため息をついた。

 皆も首を横に振った同様の意見だった。五人は赤い印のついたフィラメントしか見つけられなかったのだ。

 背の高いリオード、フレイザ、ミッゲルが上の方を、下の方はコーリィとネッツが重点的に調べたが、先ほどコーリィが見つけた赤い印しか見つからなかった。

「鳥籠の間ではないところに黄色の印のついたフィラメントや何か停止するための仕掛けがあるのかもしれない」

 他のヒントをキーウェルは残してなかっただろうか。ネッツはキーウェルとの思い出の引き出しをかき回し始めたところだった。

 もし、マキシカを止められずに太いフィラメントを何十本と切ることになったら、どのくらいの時間がかかるだろうか?いくら、数か月もヒャリツの中でマキシカを探し続けていたフレイザとミッゲルにとって、数日の仕事だったとしても、あの太いフィラメントを切るのは骨が折れそうな仕事だ。数本なんとか切断し、鳥籠の向こうに行く方法もあるが複雑な絡み方をしたフィラメントは人が通れるようにするだけでも、容易ではなさそうだ。

 考え込んでいたコーリィは顔を上げた。

「お父様、あの赤のフィラメントを切ったのは正解よ」

 コーリィは澄んだ声で言った。

「そう言ってくれると心強い」

 フレイザは半ば諦めた顔をしていた。

「黄色い印のフィラメントなんて、ないと思うわ」

 コーリィは突然そんなことを言い出したものだから、皆、唖然としたのは言うまでもない。コーリィは暴走マキシカの弱点を見抜いた閃きとクールショットで狙いを定めた煌めきに溢れた表情だった。

「あれは黄色のフィラメントでなくて、緋色のフィラメントよ」

「きいろ?」

 風に混じって、ネッツにはそう聞こえた。

「ひ・い・ろよ、ネッツ」

 ネッツはぼんやりとその色が浮かんだ。緋色、それは燃えるような赤色のこと。

「昔のネッツは赤い色である緋色という言葉を知らなかったのではないかしら?だから黄色と覚えて歌っていたの」

「そうか、黄色ではなくて、緋色、つまり赤色なのか」

 リオードはハッとした。

 勉強をするネッツにコーリィが言っていた言葉。小さな間違えばかりをしていたネッツ。今日は、この時だけは、コーリィがネッツのことをわかっているからこそ、発せられた言葉だとわかる。

 徐々にヒャリツのマキシカも完全に停止するだろう。その人知れず働いていたマキシカが静かに眠りに落ちていく時を待つ。

「止まるわ。熱量濃縮反応が進んでも、マキシカが熱量を消費しない場合、反応が止まるはず」

 コーリィは皮肉を言ったように思えたが、彼女には確信した笑顔が見えた。

 マキシカの弱点。それは緋色に塗られた太いフィラメント。それは最終手段として作られた安全装置と思われた。地下にこんな広い空間があり、そこにどんなマキシカよりも大規模なマキシカを設置したなど、信じられないような話だった。

 しかし、フィラメントでできた巨大な鳥かごのような空間は、人の手でしか作ることはできないだろう。

 再び鳥籠の間に足を踏み入れた五人は、緋色の印のついたフィラメントが切断されていることを確認した。

 マキシカの停止に確信が持てないが、このフィラメントを切ったことでヒャリツのマキシカが停止になると考えるしかない。

「なんの音だ?」

 軋むような音が、マキシカと風の音に混じって聞こえた。

 見上げる五人に大きな音が降ってきた。

 一瞬、薄暗いマキシカの鳥かごの中で、何が起きたかわからなかった。

 ランタンの光で照らして見ると、辺りは雹が降ったかのように氷の塊が散乱していた。

「急げ、逃げろ!」

 フレイザの声に、鳥籠の間の外への一本道へと駆け出す五人。

 何が起きたかわからない。ここはマキシカの鳥かごの中で、ヒャリツの中だ。雨も降らなければ、雪も降らない。空がない地下の空間で、雹が降ってきた。

 あたりは雹の降り積もる音が反射し、足元は白い氷が弾け飛ぶ。

 コーリィが持っていたクールショットガンがすべての弾を暴発させたかのよう。

 雹がぶつかる。幸い、分厚い毛糸の帽子をかぶり、厚いコートを着ていて、痛みはない。しかし、いっぺんにだれに肩を叩かれているかのようだ。

 再び音が降ってきた。反射した音がヒャリツの長い空洞を楽器のように鳴り響かせる。

  耳障りに鳴る穴にいるかのようなヒャリツの長い穴の中。

「無事か?」

 鳥籠の間から出て、人の掘った穴に戻ってきた一行。息が上がり、心臓は早鐘を打つ。

「ネッツ!ネッツがいないわ!」

 コーリィは叫んだ。身体中が鼓動するくらい。

 リオード、フレイザ、ミッゲルはコーリィの悲鳴に鳥かごの入り口を見た。

 そこには巨大な氷の塊が入り口を塞いでいた。氷は通路を塞ぐほどの巨大さ。落下の衝撃でも割れなかったほど。

「どうしてこんなに大きな氷の塊が!?」

「それより、ネッツよ!」

 ネッツは氷の塊に押しつぶされてしまったのだろうか。

 あたりには雹と回転羽の破片らしき黄ばんだ部品が散らばっている。

「氷を溶かそう!」

 リオードは叫んだ。皆がネッツの無事を祈った。


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