第46章 地下洞窟の確信
コーリィの父親と叔父が通ったであろう、ヒャリツへの入り口が見つかった。
それは彼女の身近すぎるところ、父親の書斎机の下であった。大きな机の下、床下の収納があるのかと思えば、遠く西から都市の下に広がる地下洞窟への入り口だったのだ。
なぜここにヒャリツへの入り口があるのかはわからない。ヒャリツの点検口はスナバラ内にいくつも存在しており、珍しいものではない。しかし、闇雲にヒャリツの中に侵入できては、地下水の汚染の恐れがあるため、スナバラ地下水管理局が点検口に鍵をかけ厳重に管理している。メグリエ家の屋敷にあるこの地下への入口は、管理されていないものだ。
なぜここにヒャリツへの入口があるのか、理由はわからない。ヒャリツへの入り口が地下水管理局によって施錠され管理されるようになったのはおよそ百年近く前だが、途中から管理を放棄された入り口だろうか。今ではここに入り口があることを知る管理局の人間はいなくなっているかもしれない。
その日から、コーリィはその入り口やヒャリツに降りて調べ始めた。父親と叔父を探しにいく前に、支度を済ませるための調査だ。それは、ヒャリツに向かうコーリィの体をヒャリツの温度に慣らすことと、ヒャリツに溜まる地下水の量を調べるためだった。
雨期の今、毎日少しずつ水量が増えていくのだが、その差は目視ではわからなかった。低い貯水池に水は流れ込んでいるのか、降った雨がすぐには地下に流れ込まないのか、目立った水位の上昇はない。
ネッツもヒャリツの入り口を覗かせてもらった。
ヒャリツの中は、ひんやりとしていて、シャツ一枚では凍えてしまうほどの冷気をたたえていた。ナガレに大人用の厚手の上着を着せられたネッツは、コーリィに続いてヒャリツの中に降りてみることになった。
古い金属製の梯子がヒャリツへと続く。コーリィは物怖じせずに、梯子を降りていく。ネッツは恐る恐る梯子を降った。コーリィは何度も降りているため、ネッツが梯子を伝って感じるコーリィの足音は駆け足のようだった。
一方、ネッツは奈落の底のような真っ暗な地下に降りて行くのがどうしても怖かった。コーリィが先に行っていることだけが恐怖を和らげる。一体どこまでボロ布が巻かれた梯子が続くのだろうか。ネッツの不安が最大になったところで、ヒャリツの底についた。
昼間はぼんやりとヒャリツの壁が光り、目が慣れれば全くの暗闇ではない。
地上の光はヒャリツの穴に差し込み、ヒャリツの中で乱反射するから、真っ暗にはならないと考えられている。つまり、ヒャリツには地上の光が差し込む穴がいくつもあいているのだ。
しかし、遠くまでは見渡せないので、ランタンを腰から下げ、ヒャリツに降りる。
ランタンの光でコーリィの顔が見える。吐く息が白い。吸い込む冷たい空気がどんどん体を冷やしていく。
ヒャリツの中は地上に活気のある街スナバラがあるとは思えないほどに静かで、トンネルの中を通り抜けていく風の音と、清らかな水の流れる音だけ。
思ったほどヒャリツの中の風は強くない。梯子を降りた陸地はあまり広くなく、地下水が目の前を流れていく。地下に川があり、そのツルツルした地面にコーリィは立っている。 地下水に何か浮いているのがランタンの光で見えた。
「あれ、なに?」
ネッツは水面にゆらゆら、ふらふらと浮かぶ大きな細長い箱のようなものを物珍しそうに見ている。
「船よ。水の上を移動する乗り物」
ランタンに照らされた、透き通る水に浮かぶその細長く大きな入れ物。沙漠の街でネッツは船を見たことがなかった。ゆらゆらと揺れる船は不安定でどこか不安にさせる。
船の長さは三クルカほど。手漕ぎボートの大きさであるが、コーリィもネッツも大きな船を見たことがなかったから、それが船の一形態をしたものとしかわからなかった。年長者であるナガレでさえ、船を白黒の写真でしか見たことがなかった。船が何で作られているのか、どう作られたのかでさえ、スナバラから出たことのない人間にはわからない。ウミナトの海でもこんな船に乗っているのだろうか。
梯子を降りた場所は水没しないような緩い傾斜のある地面になり、一曹の船がヒャリツの底に溜まった地下水に浮いていた。船着場はおおよそ東西に延びた水路の途中にあるようで、都市側となる東側には、少し先に鉄格子のような柵があった。明らかに人の手で設置した柵は、ヒャリツの水底から天井まで突き刺す金属製の棒が複数本、人為的に設置されており、ここを船も人も通れず、水と風だけが都市の中心に向かって流れていくようになっていた。その柵は、この船着場から都市側のヒャリツへの侵入を防ぐ目的ではなく、都市側からこちらに来られないようにするための柵だろうか。
船で進めるのは、西側に向かう水路のみで、それは、ヒャリツの源流の方と言われている方向である。そして、それはコーリィがヒャリツのマキシカがあると考える方向だ。
コーリィはランタンで持ってきた方位磁石を確認した。この船着場は都市の中心部から北西側に位置している。その水路は厳密には西南西に向かって伸びているらしい。緩やかな流れが西から東に向かって流れているため、流れに逆らって船は進むことになる。
コーリィの持つランタンに照らされ、反射する水面はゆらゆらと揺れ、軋む音を立てながら、船も揺れる。
「水に落ちないように、気をつけて」
コーリィが声をかけたのは、ネッツが水際で船をまじまじと見ているものだから、透明な地下水に片足を浸しそうだったからだ。
「うん」
ヒャリツに故意に飛び込んだことを思い出し、ネッツは身震いした。
船になど乗ったことのないネッツは、そのゆらゆらと水に揺れる乗り物に乗ってみたい反面、バランスが取れずに冷水に落ちてしまう恐怖もあった。
「この船、古いけれど最近修理したみたいなの」
コーリィは船を指差して言った。ここに来て修理をしたとなれば、コーリィの父と叔父の仕業だろう。ここから旅立ったのだ。
流されないようにヒャリツの壁に打ち付けた杭にロープで結ばれた一艘の船。ロープもそこまで古いものではない。
そして船尾にはなにか箱のような、機械がついている。
機械は水中にある団扇のようなものとつながっていた。その機械は船を前に進めるための、船の尾びれらしい。魚のようにこの団扇が動き、船を前に進める仕掛けのようだ。
水中で泳ぐ魚を見たことがないコーリィには、こんな装置で船が進むのか疑問だった。しかし、ヒャリツの地下水の流れに逆らって数オクルカないし、数十オクルカ先に移動するのに、人の手のみで進んでいくわけにはいかないだろう。船の類が身近ではないコーリィたちにとって、どう船を扱えばいいのか、船が進むにはどうしたらいいのかもわからなかった。
ナガレによれば、ウミナトの海にある本当の船は、風を受けるための幕を張って海風で進むとのことだが、あいにく、ヒャリツの中では、水流にも風にも真っ向から逆らって進むことになるから、風に身を任せるわけにはいかない。
船の推進器である船の尾びれは、マキシカで蓄電できる電池を動力源にするようだ。
蓄電池をつなぐためのコードがあるが、蓄電池は外されている。
しかし、蓄電池の大きさから、コーリィの乗る自動二輪の蓄電池と同程度の規模のものだろう。船を動かすために、蓄電池和を用意することは難しくはない。
「コーリィの父さんと叔父さんはここから冒険に出掛けたのか?」
ネッツは船をじっと見つめている。
「ええ。確証を得たわ」




