第44章 あの日の真相
ナガレはコーリィをフレイザの書斎に呼びに行った。
「お嬢様、アム・ニューパー様がいらしております」
ネッツはベリーパイとお茶を飲んで満足気な顔をしていた。
「わかったわ。ネッツは、ナガレのお手伝いをお願い」
コーリィはすぐにアムのいる応接間へと向かった。
彼女との出会いは、月刊ミカイの記者がメグリエ家に取材を申し込んできたことに始まる。記者はネッツが死んだと報道した新聞記事を訂正する記事を雑誌に載せたいと言ってはいるが、コーリィは懐疑的だった。なぜなら、月刊ミカイは所謂オカルト雑誌に近く、虚偽で出来ているか、事実から想像力豊かに書き上げた一つの架空の物語のような記事ばかりを載せているからだ。少なくともコーリィはそう認識していた。ミカイ編集部は、思いつくだけのあらゆる仮説を挙げ、検証する科学雑誌の立場を自負しているそうだが、飛躍した説を唱えることもある。例えば、反発するマキシカ暴走事故は、人類が神の領域の技術を得たことによる神の怒りであるとする説だ。
雑誌ミカイは沙漠で生き延びていた巨大な首長竜の表紙の絵にネッツが惹かれ、彼の始めての給金で買った雑誌でもある。今では彼のお気に入りの雑誌になっていた。ネッツには、真実かどうかは見極める目を持って欲しいところではあるものの、熱心に読んで、わからない言葉は辞書で調べたり、ナガレに聞いたりしているため、教科書よりは熟読しているのだが。
当初、アムはメグリエ家がテイラーマキシカ暴走事故で亡くなったとされる子どもを隠蔽したとする物語を考えていた。マキシカの評判を落とさないためという単純な行動原理を想像したのであるが、ナガレが不可解な点を指摘しただけで、その架空の物語を書き直すことに決めたそうだ。
今日は、彼女なりに調べてきた事実から、新たな物語をコーリィと紡ぐことになるだろう。
「コーリエッタさん、お忙しいところ、すみません。調べてまいりました」
アムは自信ある表情を見せた。おどおどして、屋敷に通された記者とは別人のようだ。眼鏡の奥の瞳が輝いている。
ナガレがお茶とお菓子を用意したが、アムは早くコーリィに調べてきたことを報告したそうだった。
「私が知っていること、アムさんが調べてきたことを合わせて時系列に出来事を並べていきませんか?」
コーリィの提案に、アムは嬉しそうに答えた。
「はい!お願いします」
まずはなぜ、ネッツがあの日あの時間にテイラーマキシカのあるあの通りにいたかだ。第十二道路の外側にある孤児院から行くには都市の中心に向かって坂道を登って行くことになり、子どもの足ならば、途中でくたびれてしまうような道のりだ。その答えはコーリィがネッツから聞いていた。ラゥル・コソックに連れられて路面電車に乗って移動したのだ。
「暴走事故のあった日、ネッツの里親が決まったとラゥル・コソックから言われて、ネッツは彼と一緒に里親となる人の家に行った。その場所がテイラーマキシカのはす向かい。そこは誰も住んでいない場所だった」
孤児院から距離のあるテイラーマキシカのある通りにその日だけネッツがいたのは、里親に会いに行ったためだったのだ。ネッツによれば、コソックはネッツを里親のいる家の近くまで連れて行っただけで、去ったという。ネッツは一人、その里親がいるという住所に向かった。
「その通りでネッツくんは、テイラーマキシカの暴走事故に巻き込まれた。事故に巻き込まれるように、ネッツくんを通りまで連れて行ったわけですね」
期待に満ちた目のアムの言葉にコーリィは頷く。
「事故に巻き込まれたネッツを私が偶然連れて帰ったけれど、コソックには誤算だったはず。ネッツは連れ去られる予定だった。ネッツは事故で死亡したことにしなくてはならないから、犯人はネッツを誘拐するでしょう」
ミセス・トッドマリーは高齢で足が悪いことを理由に入院させ、杖を取り上げ、自由に歩き回らせないことは可能だった。しかし、元気な少年はそうもいかない。いくら子どもの戯言だと軽んじられても、子どもが一人ぼっちでいたら、事件に感づく人間がいないとは言えないからだ。実際、コーリィはネッツを拾い、孤児院の閉鎖を知り、事件を予見した。
コソックの計画では、ネッツを誘拐して何処かに閉じ込めておくか、ウミナトに連れ出したのではないだろうか。
暴走したテイラーマキシカをコーリィが止めなければ、もしもネッツの救出が間に合わなければ、ネッツは大怪我をしたり、本当に事故死していた可能性もあっただろう。
「犯人は当初の予定通り、医者にネッツの死亡診断書を書かせ、役所に書類を出した。ネッツを連れ去る役目と書類を提出する役目は別の人間がやったのでしょう。計画通りに現場にネッツがいなくなっていたから、仲間が連れ去ったと思って、役所に行った」
「はい。ネッツくんの死亡届を役所に提出した人物は、孤児院の院長の代理を名乗る背の高い眼鏡の男だったそうです。役所の方が覚えていました」
「きっとラゥル・コソックね」
「はい。彼である可能性が高い」
ラゥル・コソックはネッツの死亡診断書を役所に提出、それによりネッツはマキシカの事故で死んだことになっている。書類がひとりでに提出されることなどないのだから、彼が役所に提出したということだ。
「ネッツくんの死亡診断書を作成した医師に会ってきました」
少年の死亡を確認したのは、9番通り東の医者だという。今は看板も出していないような、廃業してのんびり暮らす白髪の老人だった。
アムはその医師に会ったものの、耳も遠く目もあまり良くないそうで、やっとの事で聞き出したという。
「偽装死亡診断書を作ることは今までになかったそうです」
「引退した医者に偽装書類を作らせていたのね」
「コソックもその医師をよく見つけたものです」
アムは怒りを通り越し、コソックの手口に呆れたようだった。
「緻密な計画ね」
ミセス・トッドマリーはネッツが出かけてすぐに孤児院から連れ出されていると考えてよさそうだ。マキシカ事故に巻き込まれて亡くなった少年の遺体を見て、ネッツだとすぐに確認できる人間は、ミセス・トッドマリーくらいだ。ほかにネッツのことを知るのは、同じ孤児院から旅立っていった子ども達だが、ネッツと少なくとも数カ月は会っていないし、ほかに適任の大人がいなかった場合だろう。
赤毛の少年が死亡したことを医師が証明しても、その遺体がネッツだと確認できるのは親代わりのミセス・トッドマリーとなる。逆に彼女がネッツの遺体を確認できなかったからこそ、ネッツの死をでっち上げることができた。
「後にネッツがメグリエ家にいることがわかり、コソック達は慌てたでしょう。ネッツが証言して、彼が死んでいなかったことが公になってしまう。そこで、メグリエ家が適当な赤毛の少年を連れてきたと批判するために、少年の遺体を隠していると嘘の記事を載せた」
アムは得意げに言った。
「それが可能だったのは、コソックが新聞社に勤めていたから。都合の良い日に記事を載せることも不可能ではないはずよ」
コーリィの言葉にアムは頷いたが、少し表情を曇らせる。
「どこからか連れてこられた少年なんていないことを調べようと思って、スナバラで捜索願の出ている子どもについては調べたのですが、特に該当する子はいなくて。あとは、最近のスナウミ鉄道の乗客リストと共同墓地の埋葬記録が手に入ればと思っていたのですが・・・」
ネッツがスナバラに存在しない、それをくつがえすには裏取りも必要であった。しかし、アムの調査結果は思った結果を得ていないという顔だった。
「鉄道の乗客と埋葬記録は調べてあるわ」
コーリィの何か企んでいる顔に、アムは驚いた。
「さすが、メグリエ家は違いますね!」
「こうなる前に、鉄道の乗客については、マキシカ家が早い段階で調べていたの。ネッツが連れ去られる先にウミナトの可能性もある。子どもの席が空いたまま汽車が出ているかもしれないでしょう?それに、ウミナトから連れてこられた子どもについても調べられたわ」
アムは瞳に希望と期待を溢れさせていた。月刊ミカイの記者だからこそ、真実を追い求める熱意はある。
「スナウミ鉄道に不自然な空席があった便はなかったわ。適当な子どもを連れてきた場合でも、ウミナトからきた十二歳ほどの子どもは、皆、スナバラでの所在が分かっていた」
同乗者が家族でない場合が目をつけられやすい。そのうち、秘密裏にメグリエ家に連れてこられたことを装えるような赤毛の少年が一人でもいれば、孤児は死に、適当な少年をメグリエ家に連れてきたという事実をでっち上げるのに十分だ。しかし、そこまでラゥル・コソックはやらなかったらしい。家族ではない人物とウミナトからスナバラに鉄道でやってきたネッツと同世代の少年は皆、その後の足取りがつかめている。再び鉄道に乗ってスナバラを出た者、フュールイ学園に入学するためにやってきて学生寮に住み始めた者、親戚の家に滞在している者などだ。行方不明になった少年などいない。
「そして、共同墓地の埋葬記録にもネッツの名前もなかった。これは警察が調べた情報よ」
「記録のあるものに関しては、ネッツくんが死んでいないことを証明できている!」
アムは目を輝かせた。
「ええ。コソック達も逮捕されて、ネッツを事故死のままにしておくほうが都合の良い人物もいないわ」
ラゥル・コソックもロマーク・クラムも、マキシカ反対派のため、市民のマキシカへの恐怖心を煽るためにマキシカの暴走を頻発させたのがこの事件の目的だと思われる。それに利用されたのが、孤児達だ。
アムがコーリィをじっと見ていた。
「他に何か?」
「いえ、コーリエッタさんってすごいなと」
アムは純粋にコーリィを尊敬しているようだった。
「アムさんが第三者として真実を明らかにしようとしてくれたからよ。警察もマキシカ暴走事故を重要視して捜査する気になった。マキシカ家の力もあるし、不幸中の幸いが少しずつ集まった結果、ここまでの真実が明らかになった」
アムは誇らしげな顔だった。
「ネッツくんのためにここまでやれるなんて」
アムはその点を不思議に思ったようだ。見ず知らずの少年のためにここまでする明確な理由が気になるのだろう。
「メグリエ機関の製造元としての責任です」
「それだけですか?」
それだけではないが、ネッツのことはまだ伏せておいた方が良いとコーリィは思っていた。
「これ以上は、彼の平穏な生活が脅かされるのでお話しできません」
不躾にコーリィはそこで途切れさせた。アムは知りたそうな顔をした。しかし、冷嬢の確固たる意思は揺らぎそうもない。
「ねぇ、なぜあなたはミカイの記者なの?真実を追い求めるのなら、他の雑誌や新聞の記者でもいいと思うのだけれど」
コーリィは少し気になっていたことを尋ねた。
「いえ、小さな可能性があるだけじゃ新聞や他の雑誌は載せませんから。私にはミカイが合っているんです」
コーリィは考えた。確かに、真実ではないニュースは新聞は載せられない。しかし、ミカイはマキシカの暴走は神の怒りだとする記事もあれば、孤児の死の真相を覆す記事を載せようとしている。その振れ幅の広さは、自由度と他の媒体からの批判を回避する術でもあるのだ。ミカイを敢えて選ぶ彼女には、彼女なりの信念があるようだ。
「そうね、ネッツの記事も月刊ミカイだからこその部分はあると思うわ」
「では取材の結果をまとめて記事にします。発行前に必ずお見せします」
「いつ頃になりますか?」
「次の号に載せるためには、すぐに書きます。記事は新鮮さが命ですから」
「助かるわ」
「お任せください」
彼女は怯えながらメグリエの屋敷の様子を伺っていたのが嘘のように、溌剌としていた。謎が明らかになる快感に取り憑かれているのだろう。




