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第34章 風向きの変化

「おはよう」

 メッセから数日後の朝、ネッツがメグリエ鉱物硏究社の店先に行くと、コーリィは新聞を食い入るように読んでいた。ナガレはその様子を静かに見守っていた。

 その日の新聞が報じたのは予想外の記事であった。

 ロマーク・クラム議員が逮捕された。記事は議員の逮捕を大々的に取り上げ、ラゥル・コソックについては関与があり余罪を調べていると少しだけ書かれただけであった。

 それに少し不満げではあったが、コーリィはホッとした横顔に見えた。

「ロマーク・クラム議員が逮捕されたわ」

 議会議員の逮捕はスナバラ市民に大きな衝撃を与えるには十分な見出した。一方でその影に隠れる一人の新聞記者の逮捕は、新聞業界にとっては恥としてあまり取り上げたくないのだろう、最低限のことしか書かれていない。

「あの貴族みたいな議員の人!?」

 ネッツにはその議員の風貌がすぐに浮かぶ。派手な色の服、手にはいくつもの大きな宝石のついた指輪をしていて、恰幅がよく、ネッツが貴族らしい貴族だと思った人物だ。

「そうよ。彼も間接的にマキシカの暴走に関わっていたみたい。まさか彼だとは思わなかった」

 マキシカの暴走、ラゥル・コソックに協力していた議員はロマーク・クラムだったということだ。クラム議員はコーリィを議会に呼んだマキシカ評議会七人のうちの一人であった。コーリィがイルズ・カーンを見つけ出すと彼らに宣言した時、ロマークが記者であるコソックにあの新聞記事を書かせることも指示できたのではないかとコーリィは考えている。コーリィがマキシカ暴走事故を故意に引き起こしていた人間に近づいていることを知り、その勢いを鈍らせるために、メグリエがマキシカ暴走事故に巻き込まれた孤児の死体を隠したと新聞記事にしたのだ。

 一方で、コーリィには疑問が残る。クラムは議員としてマキシカに対しそこまで厳しい態度を取ってはいなかった。だからこそ、コーリィはマキシカに対して慎重派だったジンリー・リック議員を疑っていた。

 ネッツはコソックが入って行った喫茶店タビドリの常連であるカナー・カレズ都市議会議長の名を挙げていたから、二人の予想は外れたということだ。

「そうなんだ」

 ネッツはそれを聞いて呆けてしまった。雨季祝いのパーティでクラム議員に会っているが、貴族っぽい格好の気さくな紳士という印象であった。実は、悪い貴族であったのだ。

「ミセス・トッドマリーは、今、病院に入院しているの。その入院費を支援していたのがロマーク・クラム議員だったの」

「ミセスが!?」

 ネッツは彼女のことをずっと心配していた。孤児院の院長であり、ネッツの親代わりだった人だ。

「警察が彼女を見つけて無事を確認したわ。彼女を連れ出した事件にクラム議員が関与していたことがわかったの」

 それはきっとマキシカ暴走事故の担当のディージ警部達ではなく、ヴァルナリ警視正らが調べていたミセス・トッドマリーの失踪の捜査によって容疑者がクラム議員だと確定したのだろうとコーリィは考えていた。

 メッセの開かれたあの日。コーリィが鮮やかにラゥル・コソックを追い詰めたことをネッツは思い返す。あの男は、コーリィの師カミーエ・テンヘンだと名乗った。コーリィはそれを信じた振りをして、彼の右手に傷痕がないことを指摘してそれが虚偽だと皆の前で証明して見せた。彼女が彼に握手を求めたのは、テンヘンとの議論の後、仲直りするためのいつもの流れ、わだかまりを残さないための決め事だからだった。しかし、実際にはそんな取り決めは師匠と弟子にはないらしい。コーリィがテンヘンの右手にある傷跡を確認するためのちょっとした謀計であったのだ。

 一度、彼をテンヘンだと信じた振りをした彼女の機転にネッツは振り回されたとも言える。

 あの場では焦ってしまってネッツは気付かなかったが、テンヘンはコーリィのことを“お嬢様”とは呼ばない。テンヘンは、名前に“君”付けで生徒の名前を呼ぶ。それに、コーリィに対してお嬢様扱いしない、ネッツに対しても孤児であることで差別しない、誰でも分け隔てなく接する教師がテンヘンである。彼の欠点は本と鉱物の標本が積み上がったあの部屋のインテリアを作り上げたことだろう。そのおかげで学園でも一目置かれている。

 そもそもコーリィの師であるテンヘンがマキシカ暴走事故を引き起こすわけがないのだ。他人の空似であるラゥル・コソックが起こした事件である。

 ラゥル・コソックはイルズ・カーンと名乗り、孤児院を封鎖するために、孤児たちを半ば強引に追い出した。そして、孤児たちを利用して、マキシカやメグリエ機関の暴走を引き起こし、人々にマキシカへの恐怖を煽ったことになる。

「なんで、この二人はマキシカを暴走させたかったんだ?マキシカが嫌いなのか?」

 ネッツには疑問であった。マキシカなしには砂漠の中のスナバラ住民が水さえ飲むことができないと思っていたが、コソックが狙ったのは自身には関係の無いマキシカだったようだ。いくらマキシカを嫌っていても、スナバラではマキシカの恩恵から逃れることはできないが、彼の生活には関係のないマキシカを狙ったのだ。おもちゃ、酒、テイラー、ネジッレのマキシカ達は、彼にはなくても良いものだったのだろう。

「マキシカから温度差発電にでも移行したかったから、かしらね」

 話を聞いていたナガレは頷いた。

「ロマーク・クラム議員は庶民から議員まで登りつめた努力家、と言われております。その努力は、幼少時にとても貧しかったからだと言われていますな」

「貧しかった?」

 ネッツの見たクラム議員は、貧しかったとは思えない風貌だった。パーティやメッセで見かけたクラム議員は大きな石のついた指輪を複数はめ、豪華な刺繍のネクタイやぴかぴかに磨かれた靴を履いた、貴族らしい貴族に見えたのだった。しかし彼は庶民の出だったとは、全く想像ができなかった。

「彼の祖父が蒸気機関をこの都市に普及させようと借金をされてまで蒸気機関を輸入したのです」

「じょうきかん?」

「メグリエ機関ではない、この都市以外で使われている動力源のことよ。スナウミ鉄道の汽車は蒸気機関で動いているわ」

 メグリエ機関ではない、そんなものがあるとはネッツには想像がつかないが、メグリエ機関のように機械や装置を動かす熱量を生み出すものだろうか。

「スナバラではマキシカとそれを動かすメグリエ機関が産業を支える機械になりました。蒸気機関は流行らず、借金を抱えたクラム家で議員は貧しい幼少期を過ごすことになったそうです」

 コーリィが少し乱暴に机に置いた新聞には、ロマーク・クラム議員とラゥル・コソック逮捕の記事が載っていた。マキシカの暴走を故意に起こした事件のことは書いておらず、女性の失踪事件へと関与と、メグリエ機関窃盗への関与の容疑だ。

 彼らがマキシカ家とメグリエ家しか知らないとされる、紅夜石がマキシカを暴走させる秘密をなぜ知っていたかは不明だ。

 故意にマキシカを暴走させる人間がいなくなれば、雨季が開けた時に点検をしたマキシカはまた従順に働いてくれるだろう。

「あのさ、エレックとシャルテはコソックに騙されてたとはいえ、メグリエ機関を盗むのに協力したり、マキシカを暴走させることに関わってるから、どうなるんだ?」

「警察で事情聴取を受けているわ」

 コーリィはネッツの兄姉など我関せずのようであったから、ネッツは焦り出した。

「そんな」

「警察にいるからといって、必ず逮捕されるわけではないのよ」

「お嬢様、あの手紙のことを話されないのですか?」

 ナガレが思い出したように言った。

「手紙?」

 ネッツが知らない話だ。

「善良な市民ミセス・トッドマリーからの告発状よ」

「ミセスが?」

「そう、彼女は告発状を古い友人であるヴァルナリ警視正宛てに書いたそうよ」

 全て仕組まれた事件だと、ミセス・トッドマリーは訴えたのだ。

 彼女は入院させられ、病室から出られなかったのは、彼女には精神面の問題もあるとされた。しかし彼女の不自由な脚を除いて、病院にかかる必要のないくらい健康であることがわかった。同時に、彼女の古い友人が彼女の行方を探したのである。それがヴァルナリ警視正であった。ディージ警部が首を傾げるほど上の人間が現場の捜査を行なっていた人物らしいが、どうやらミセスの友人だったらしい。

「二人がラゥル・コソックに騙されていたことは明白よ」

 平然と言ってのけるコーリィの表情から清々しく得意げであることが読み取れる。

「よかったですね、ネッツ坊ちゃん」

 ナガレは目を細めネッツを激励する。

「うん!」

 コーリィにネッツは意を決して尋ねた。それはずっと尋ねたかったことだ。

「いつ、ミセスに会える?」

 ネッツはあの日から会っていない親代わりのミセス・トッドマリーの無事をこの目で確認したかった。

「警察が彼女に話を聞いているから、それが済んだら、かしらね」

「——!」

 彼女が無事であることを知っただけでもよかったとネッツは思うことにした。いずれ会えるはずだ。すぐに会いたくてたまらないが、どうしようもならないこともある。ネッツは嬉しくて顔が綻んでいた。

 ネッツがマキシカ事故に遇った日。そして、孤児院がものの数時間で閉鎖されてミセスも姿も消えた日から四十日余り。ようやく、ネッツは安心した。

 マキシカの暴走が故意に引き起こされることはなくなり、マキシカの暴走事故は目に見えて減るだろう。

 そして、暴走事故を目の当たりにしたマキシカの持ち主たちは、雨季のうちにこぞって点検や修理を依頼している頃だ。

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