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第26章 終焉の予言

 コーリィは母親ミマのお見舞いのために定期的に病院を訪れていた。今日も彼女はミマに顔を見せにやってきた。

 ミマが入院して数年が経つ。調子が良い時は帰宅することもあったがそれもほんの数日だった。

 ミマの病室を訪れると、コーリィの顔を見てミマは笑顔を花開かせる。しかし、すぐにどこか悲しい顔になる。

 未だ旅から戻らぬミマの夫フレイザと弟ミッゲルのこと、コーリィが一人で奮闘していることに心を痛め、少しばかり彼女は元気がないのだろう。彼女は娘の前では、無理に笑っているように見えた。

 ミマは、病院に勤めている看護師が結婚したことや、他の病室に入院しているご婦人と知り合ったことなど、病院の出来事をコーリィに明るく話した。彼女は病院で数年もの間暮らしており、新人の医者よりもずっと病院のことを知っているほどだ。

 娘のことを気遣うばかりで、母親の病気が悪化しないかコーリィは心配だった。

 ミマの病室を後にしたコーリィは、病院内で一人の議員から声をかけられた。

 白髪と明るい茶髪が混じった老年の紳士はその年代の人間にしては体が大きく、少し不格好に歩く。大きめのシャツを着て、ゆったりとしたズボン姿といういつもと異なる格好だった。

 病院の外来患者がやってくる待合室にいたのは、ジンリー・リック議員だった。マキシカ評議員でもあり、先日の評議会に彼もいた。その時の議員として格式張った格好と、今日の街のどこにでもいるありふれた老紳士の出立とでは印象が違いすぎた。

「やぁ、メグリエのお嬢さん」

 彼の右手は握り拳を作ったまま固定されているかのように動かない。右肘も直角に曲がったまま固定されているため、コーリィに向けて振られた手は左手だ。

「ご機嫌よう、リック議員」

 コーリィは、病院の外来で何度か彼を見かけたことがあるから、病院の常連であると知っていた。しかし、院内で話しかけられたのは初めてのことだった。

「お嬢さんも大変だねぇ」

 それは、マキシカの暴走に、父フレイザと叔父ミッゲルの失踪、そして、孤児の少年の疑惑のこともある。マキシカ評議員である彼は、コーリィの置かれた状況をある程度知っているから出た労いの言葉だ。

 メグリエの当主が不在の今、コーリィが解決せねばならない問題が山積みだ。彼に言われずともわかりきったことであるが、リック議員はどちらかと言えば、マキシカ反対派であるから、コーリィの今の立場を心では喜んでいるのかもしれないと勘繰ってしまう。

「ええ。それもメグリエの家の仕事ですから」

 コーリィは強気に答えた。

「お嬢さんにこんなにも負担がかかって、助けてあげたいのは山々なのだが」

 バツが悪そうに彼は言う。

「リック議員はマキシカにあまりいい印象をお持ちではないのは知っていますから」

 コーリィははっきりと言い、リック議員は苦笑するしかなかった。

「厳しいねぇ。まぁ、安全対策をしっかりしないと、あの巨大な鉄の塊は昔から危なっかしくてなぁ。千日干乾からこのスナバラの立ち直りが早かったのはマキシカのおかげだが、この腕は治らなかったからな。あぁ、マキシカは病気を治すものじゃないか」

 彼は自身の冗談に笑っていたが、コーリィにとって彼はマキシカを嘲笑しているようにも見えた。

 リック議員は四十年程前の千日干乾を自身の目で見た世代だ。彼は当時、コーリィと同じくらいの年のころだろうか。灼熱の三年間にも及ぶ日々で、子供の視点でもわかるほどひどい有様だったことが窺える。

 彼の不自由な右手は、千日干乾の際にスナバラで流行った感染症カンカン熱のせいだと思われる。感染症にかかった人の中には、後遺症の残る人がいたのだ。

 当時は熱波と水不足より多数の人々が亡くなった。その弱りきったスナバラに、どこからかもたらされた熱病が流行した。その熱病は感染力が高く、人口が増えつつあったスナバラは人が過密になってきた頃でもあり、都市の中で感染症は広がっていった。この熱病の感染者は発病すると高熱が出て、百人の患者がいれば十数人が重症化したといわれている。重症化した者の中には、痙攣や四肢の麻痺が起こり、死に至ることもあった。雨季が来ないという圧倒的に不利な状況のスナバラで感染症による死者が千日干乾の死者に加わった。リック議員は当時その感染症にかかり、運良く生き残ることができた。しかし、右腕全体の麻痺という後遺症が残った。

「なぁに、原稿をタイプライターで打つのには問題ない。こうやって病院に来たら、痺れを取る薬ももらえるし、秘書だっている」

 そう言って彼は得意げに左手の指を滑らかに素早く動かして見せた。この病院には、千日干乾の際に流行したカンカン熱の後遺症の治療を専門にする医者がいるようだ。ミマが出会ったという患者の女性も、熱病の後遺症のある脚の治療のためらしい。

「マキシカの批判の記事を書かれるのには問題ないんですね」

 コーリィは皮肉で対抗した。彼はスナバラ・タイムズにマキシカの批判の記事を載せていたことをコーリィは知っていたからだ。毎週の連載記事であり、彼のいろいろな視点からの悲観した話にコーリィは飽き飽きしていた。マキシカの安全性に疑問を持つ立場で、原稿でははっきりとした攻撃的な物言いが評判とも聞く。しかし、目の前にいるのは、攻撃的な原稿を書く人物とは一見わからないにこやかな老紳士だ。

 だからこそ、コーリィは彼が昨今のマキシカ暴走事故に関与しているのではないかと疑ってもいた。彼にマキシカを憎む明確な動機があるのかどうかはわからない。

「ハッハッハ!スナバラ・タイムズだろう?私も最初は全く書く気はなかったさ。記者殿のお願いがこれまた熱心でね。一回限りだと思えば、連載だよ」

 リック議員の話ぶりは不本意ながらの執筆のようだが、連載を重ねていくうちに、彼は筆が乗ってきたようだった。今では立派なマキシカ反対派で、とりわけ声の大きい議員と世間では認識されている。

「そんな熱心な記者がいらっしゃるのですか?」

「あぁ。コソックっていう記者さ」

 コーリィの体に電撃が走った。

 リック議員にコソックという記者のことを聞きたいが、ここは慎重になるべきだとコーリィは平静を装う。リック議員がラゥル・コソックに評議会でのことを漏らし、マキシカ暴走事故に関わっていた内通者だと仮定する。

 コーリィがコソックのことを聞き出そうとしているとなれば、コーリィがすでにイルズ・カーンの本名を知っていることがラゥル・コソックに知られてしまうかもしれない。コーリィがどこまで知っているかを熱過の媒介者に知られては余計に不利になる。

「その記者からマキシカ批判の記事の依頼が?」

 コーリィは平然を装って、その記者のことを知らないふりをする。

「マキシカ批判というより、マキシカの安全性に疑問がある人々の声を代弁して欲しいって熱心なことさ。私はマキシカを真っ向から反対するわけじゃないが、安全性には最大限気を使うことには賛成なんだ。別にマキシカが悪いとは言うつもりはないさ」

 リック議員は自身を納得させるかのように頷く。

「まぁ、私に依頼が来るなんて今だけのことさ」

 議員の言う通り、マキシカの暴走事故が頻発する今、マキシカをどう扱うべきかという議論を紙面で行うと興味を持つ人間は多い。この連載により、新聞の購読者が増えると見越したスナバラ・タイムズ社の戦略の一つだとすれば、リック議員はぴったりの人材である。

「——まぁ、マキシカの時代も終わる日がもうすぐ来る」

 そう言って彼は、病院の職員に呼ばれて、コーリィの前から去って行った。

 彼ははっきりと言った。彼はマキシカが全て停止する日が近いことを知っているかのようだった。ラゥル・コソックらの最終的な目的は、都市中のマキシカを破棄することであれば、マキシカ時代の終焉のための計画が企てられていることになる。人々のマキシカへの信頼を失うために複数の事故を起こし、マキシカの代わりとなる機械やメグリエ機関を超える熱量生産装置がスナバラの標準となったら、スナバラはどうなるのだろう?マキシカなしには繁栄したスナバラは保たないと信じてきたコーリィにとっては、マキシカがすべて止まる日が目と鼻の先にあるとは到底信じられなかった。しかし、彼の予言のような言葉に引っかかる。

 彼がスナバラ・タイムズ社の記者ラゥル・コソックと接点があることははっきりしたことは大きな進歩だ。

 つまり、先日のマキシカ評議委員会で、コーリィが話したことをリック議員がラゥル・コソックに伝えたとしたら、コソックが自身の尻尾を掴まれそうになっていると、危機感を覚えたのだろう。コソックは、反撃としてメグリエ家がマキシカ暴走事故で死亡したとされる少年の遺体を隠したという疑惑の新聞記事を掲載することで、メグリエ家の立場を危うくさせたのだ。

 今、コーリィの前でリック議員がコソックの名を出したことは、コーリィがまだイルズ・カーンの本名を知らないと彼は考えているからだろうか。コーリィがイルズ・カーンという名が偽名だと知っていることは、リック議員も知っているだろう。カレズ議長らによるマキシカ評議委員の調査結果をリック議員も共有しているはずだからだ。コソックという名を出してもコーリィが反応しなければ、本名を掴んでいることをコーリィは誤魔化せたことになる。

 そして、もう一つは彼がコーリィの顔色を伺うために、鎌を掛けた可能性だ。コーリィが少しでも表情を変えていたら、イルズ・カーンが偽名であることも、本当の名もすでにコーリィは知っていることがリック議員によってコソックに伝わるのだ。それを聞いたコソックは次の手を打ってくるだろう。例えば、メグリエ家やマキシカ家への信頼と都市への忠誠を揺らがせるような悪評記事の類のものだ。

 わざわざリック議員が接触してきたのは、コーリィに探りを入れるためではないか。今まで病院で互いに見かけたことがあっても、今日のように話しかけてくることはなかったことからも、その可能性が濃厚だ。

 否、リック議員がコソックに利用されているだけで彼が何も知らない可能性も捨てきれない。コーリィはそうも考えた。

 リック議員とコソック記者は、連載記事で接点があるだけで、最近の一連のマキシカの暴走事故にはリック議員は関わっていない可能性だ。だから、彼はコーリィがどこまで情報を掴んでいるのか探るつもりもなく、ラゥル・コソックがイルズ・カーンと名乗っていたことも、孤児院に関わっていたことも知らない。単に、リック議員が贔屓にしている記者にマキシカ評議委員会での出来事を少し話しただけだとしたら。非公開である評議委員会のことを記事にしているわけでもないから、コソックはいくらでも言い逃れができる。

 リック議員がマキシカの時代の終わりを予言しただけでは、決定打とは言えない。他の評議委員にも、ラゥル・コソックと接点があるかもしれない可能性はまだあるのだ。しかし、マキシカの時代の終焉を明言するとは、彼には確信があるように見えた。コーリィは思考を巡らしながら、病院を後にした。


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