第20章 光の一矢
「貴殿を呼んだのは、貴殿の父親のフレイザ・メグリエと叔父のミッゲル・ファンについてだ」
カレズ議長はコーリィを見て、睨みつけるかのように厳しい目を向けた。不正を許さないと硬く誓って、都市を守ることに決めた男は、コーリィを冷たく見つめる。
「はい」
コーリィは淡々と答える。父と叔父の名が出て、ここに呼ばれた理由がわかった。
「都市議会とメグリエ家の密約は貴殿は知っているか?」
議員たちは少女を見つめる。何も知らないただの令嬢か、次期当主としての心構えを持っているのか、見定める問いだ。しかし彼女にはまだ荷が重いのではないかと思う議員もいるだろうか。
「はい。メグリエ家の者は、マキシカやメグリエ機関の秘密を漏らしてはならない。都市スナバラおよび地下ヒャリツから出て他所に行ってはならない、と父から聞いています」
密約は、フレイザが失踪する前に、彼からコーリィに告げられたものだった。メグリエの当主となるのならば、知っておかなくてはならないと父親は言った。そして、コーリィに当主の座を譲ったかのように、父親は失踪した。
都市との密約は、メグリエ家の人間とマキシカ家の人間が守るべき契約である。都市スナバラからマキシカやメグリエ機関の情報を漏らさないために。そして、万能で半永久の命を持つと呼ばれる機械は、争いの元ともなり得る。コーリィもその密約は正しかったと思っている。今まで、メグリエ家もマキシカ家も密約を破ることなどなかったし、マキシカをめぐる争いは起こらなかったからだ。
「そうだ。しかし、フレイザ・メグリエは三ヶ月、ミッゲル・ファンは半年もの間、行方不明である。それは、都市外にメグリエ家とその関係者は出てはならないという密約に違反している可能性がある」
議長の言葉は最もだ。長期間、コーリィにも行き場所を告げずに二人は出て行ったきりだから、スナバラの外に行ったと思われても仕方がない。
「はい」
「そこでだ、貴殿に二人の居場所を聞こうと召喚した。これは議会だが時間外であるため、公式の場ではないことを念頭に置いてほしい」
コーリィは一度唇を噛んだ。返答を間違えば、不利な状況に追い詰められかねない。追い詰めるつもりなのか、議長はそのときを狙っているような目をしている。
「私の父、フレイザ・メグリエはマキシカ停止に使用するクールショット弾の材料を取りに出かけると出て行きました。ミッゲル・ファンは先に行っていると父は言っておりました」
コーリィは少しだけ声が震えた。この場は社交的な場ではない。味方などいないのだ。
「その材料がある場所はどこか知っているのか?」
「私は知りません」
議員たちは椅子の音を立てたり、大きなため息を吐いて令嬢を威圧した。
「妻子を置いていくとは」
「やはり密約とはいえ罰則を設けておけば」
「メグリエ機関やマキシカの情報が外に漏れたら、どうするのだ」
口々に議員たちは不満を漏らした。コーリィはじっと目の前の机の小さな傷を見て議員たちが黙るのを待つ。頃合いを見計らってできるだけ大きな声を出そうと決心する。議員たちが静まりつつあったその刹那に、コーリィは息を吸い込んで声を出した。
「私は、二人が材料を取りに出かけたわけではないと考えています!」
議員達は眉をひそめ、少女の戯言だと鼻で笑った者もいた。
コーリィは知っていた。クールショット弾の材料は都市から出ずとも手に入ることを。コーリィに余計なことを考えさせないため、心配させないようにするため、別の目的がありながら、父と叔父が旅立ったことを。
議会の扉が乱暴に開いた。
飛び込んできたのは二人だった。ドアを開けた人間も見えた。
「君は誰だね?」
コーリィの名を叫びながら、ネッツとリオードは議会に乗り込んできたのだった。
警備の者たちに排除されそうになったものの、マキシカ家の次男を止めることもできなかったようだ。
「失礼いたします!」
リオードは強引に議会に入り込んだ。
リオードに連れてこられた赤毛の少年は初めての議会に緊張した顔つきで足を踏み入れた。リオードでさえ、この議会の空気に少し怯んでしまうくらいだった。しかし、コーリィの力になりたい一心での行動だった。
コーリィは二人の顔を見て、議会に言い放った。
「彼らは、私がこの場に必要なので呼びました」
議長に判断を仰ぐ議員たちに、コーリィは続ける。困惑する議員たちの中で、コーリィは宣言する。
「リオードくんと、そちらの赤毛の子は?」
カレズ議長は理由も聞かずに二人を追い出すことはしなかった。一人はマキシカ家の次男リオードであったためでもある。しかし、赤毛の小さな少年は議員たちも見たことのない見知らぬ子どもにしか見えなかった。コーリィは少年を紹介した。
「助手のネッツです。二人を呼んだのは、皆様に聞いていただきたいことがあるからです」
ネッツとリオードがやってきて、味方がいるコーリィは自信を取り戻した。
「手短になら許可する」
コーリィの真剣な眼に睨まれて、議長は小さく咳払いをした。
「最近、頻発するマキシカの暴走は故意に引き起こされたものです」
誰もが騒然となった。それはリオードもだった。
「誰がそんなことをするのか?!」
怒りを露わにしたのはジンリー・リック議員だった。右手が不自由で直角に曲がった肘が身体に張り付いたままである。ネッツはその議員に病院で会ったことがあることを思い出した。貴族のような格好のロマーク・クラム議員と、赤いドレスが印象的だったリア・ウーチス議員も見たことがある。雨季祝いのパーティで見た議員たちだ。
議員たちは信じられないと言った顔つきで、少女の虚言と決めつけ、難色を示した。
「その犯人、’’熱過の媒介者’’ の詳しい動機はわかりません。そこで、犯人捜しにご協力いただけませんか!?」
「協力?」
議員たちは議長の顔色を伺った。
「私は、熱過の媒介者に指示されて動いていた二人の人物を突き止めました」
「コーリィ」
ネッツは焦った。その二人とはエレックとシャルテではないだろうか。コーリィはネッツを冷たい瞳で一瞥したため、ネッツが口を挟む隙はなかった。
「ではその二人を連れてきて、マキシカ暴走に関わったか調べればいい」
リック議員は言い放ったが、コーリィは首を横に振った。
「その二人は、何も知らされず、媒介者から命じられて暴走事故に加担させられているようです。ましてや、二人が普段と違う動きをすれば、媒介者に悟られ、尻尾を出さなくなるかもしれません。まずはその熱過の媒介者を捕まえることが先です」
「わかった。その媒介者なる人物は、マキシカを暴走させる方法を知っているということか?」
カレズ議長は半信半疑ながらもコーリィの話に耳を傾ける。議員たちも議長がそうするならと静かになった。
「おそらく、そうでしょう」
「その方法を知っているのはマキシカ家とメグリエ家だけではないのですか?」
ウーチス議員はコーリィに尋ねた。
「マキシカを暴走させる方法を誰かが漏らしたのか、犯人が独自に方法に行き着いたのかはわかりません」
議員たちは考え始めた。メグリエ家とマキシカ家の人間しか知らない秘密の方法、マキシカを思い通りに暴走させる方法を誰かが漏らしたとなれば、両家の中で犯人探しが始まる。
暴走の方法に気づいた人間がいる可能性もあるが、ブラックボックスであるメグリエ機関の仕組みを知り、暴走させる方法に行き着いたとなれば、確率は低い。
メグリエとマキシカの家の者の中での犯人探しよりも、議員たちはその秘密を悪用する人間がいることと、マキシカの暴走事故が再び起こる可能性があることに、皆不安を覚えた。
「暴走させる方法が、市民に思いつくような簡単な方法であると?」
テジュネ議員はトゲのある言い方をした。
「メグリエ家が守るメグリエ機関の秘密となるため、その方法は申し上げられませんが、一般市民が思いつく方法とは思えませんし、簡単にできることでもありません」
その方法はコーリィでさえ、最近まで知らなかったことだ。こっそりと入った父親の書斎にあったあるメモを見て知ったのだ。
メグリエ機関に紅夜石を近づける、という簡単なことだが、希少性の高い紅夜石を手にするだけでも難しく、メグリエ機関との相性で安易に思いつく鉱物ではないからだ。紅夜石がメグリエ機関に使われていることでさえ、ほとんど知られていない事実だ。ましてや、一オム以下しかメグリエ機関に使われていない鉱物が、マキシカの暴走の鍵を握るとは思いもよらないだろう。
「そうか。そのマキシカ暴走事故の首謀者のことは何かわかっているのかね?」
カナー議長は溜め息をつく。
「首謀者が、かの二人に依頼したのは、マキシカからメグリエ機関を盗み出すための手伝いと、そのメグリエ機関を使って、他のマキシカを暴走させたことです」
「メグリエ機関が他のマキシカを暴走させる?そんなことができるのか?」
リック議員は半信半疑だったし、他の議員もそうであった。
「できます。詳しくは申し上げられませんが、マキシカの暴走には、他のメグリエ機関が必要です」
コーリィは自信たっぷりといった様子であった。
「マキシカの暴走は本当に人為的に起こせるのか」
パルナー議員は疑いながらも、マキシカの危険性をさらに高める事実を知り、手応えを感じたようだった。
「はい。このことはメグリエ家、そしてマキシカ家の者しか知らないはずです」
メグリエ機関を作り出したメグリエ家の令嬢の言うことを疑うこともできず、議員たちは唸った。
「そうなれば、メグリエ家かマキシカ家の者が怪しいではないか」
クラム議員の指摘は最もである。もし、どちらかの家の関係者にマキシカの暴走に関わった人間がいるならば、市民を巻き込んだ事故を多発させる身勝手な人物を身内に抱えていることになる。
安易な動機は後継争いだろうか。メグリエ家はコーリィしか子どもがいない。マキシカ家はカークスが次期当主で、リオードは後継ではない。カークスの息子ライネが継ぐことになるだろう。両家の分家まで疑い始まれば、だれかが当主の座を狙うといった企みが隠されているのではないかと議会は疑念に包まれる。
それをかき消すようにコーリィは声を上げる。
「マキシカの暴走を引き起こし、マキシカの信用を失墜させることを目的としているならば、私たちに利点はありません」
議員たちは黙った。マキシカを暴走させることは、今の当主の信頼を失わせるよりも、市民にマキシカそのものへの恐怖心を煽るだけだ。マキシカ社やメグリエ鉱物研究社になんの利点もなく、全ての信用と地位を壊し更地にするつもりの者か、狂気の沙汰でしかない。ましてや、マキシカなしに都市が成り立たない今、マキシカを完全排除することになれば、スナバラの今の生活を維持できなくなることを望む人間が犯人であろう。
疑念と仮説が渦巻き、マキシカ暴走事故への恐怖に身震いをした議員たちにコーリィは訴える。
「マキシカの暴走に協力させられている二人は何も知らずに、企みに加担させられています。まずは、これ以上の暴走事故が起こらないよう、ご協力いただけませんか?」
議員たちは互いに顔を見合わせた。
「犯人の目星はついているのか?」
クラム議員は神経質そうな顔をする。
「イルズ・カーンという男です」
コーリィは悔しそうな顔をした。全貌はコーリィにもわからない。しかし、マキシカを故意に暴走させる人物がいるとは議会も放っては置けない話だ。コーリィの話を疑うものもいるが、皆彼女の話に耳を傾け始めた。たった一人で、大人たちと対等に話し、議会を味方につけることも可能だろう。
「その人物を探し出すだめ、協力を願いたいです。彼がメグリエ機関の盗難とマキシカの暴走に関わっているはずです」
議長を始め、議員たちは困った顔をして、近くの者と小声で話したり、苦笑いをするばかりだ。
カーンを追いつめられるとネッツは思ったのに、議会は取り合うつもりはないようで、議員たちはどうお茶を濁すかを相談しているようだった。
今の話を聞き、リオードは苛立っていた。マキシカの暴走の疑いをかけられただけでなく、マキシカの暴走で頭痛の種を抱えていたマキシカ家にとって、イルズ・カーンなる人物をすぐに探し出さなくてはならない。
議長は議員たちの考えを察した。
「コーリエッタ嬢。もしその話が本当なら、メグリエ機関を盗み、マキシカの暴走を故意に起こせるが、それでどうする?マキシカなしじゃこのスナバラで市民が暮らせないことなど、分かりきったことだろう?第一、マキシカからメグリエ機関を盗み出す芸当やマキシカを故意に暴走させる知識を持つ市民がそう易々といるものなのか?イルズ・カーンという人物の存在も疑問だ」
カレズ議長は慎重だった。マキシカの暴走方法を知り得て、暴走事故を引き起こすイルズ・カーンという人物は、マキシカやメグリエの家にとって都合の良いでっち上げられた架空、または仕立てられた人物ではないかと疑いを持ってしまうのも仕方がないだろう。
「お、俺、イルズ・カーンに会ったことあるんだ!だから、その犯人はいる。そいつを捕まえて欲しい!」
ネッツは意を決して話した。議会の中の変な緊張で声も上擦っていたし、うまく言えたとは思えない。
「ではイルズ・カーンが貴殿らの関係者ではないことを明らかにするためにも、捜査すべきだな」
パルナー議員は、まだマキシカ家やメグリエ家の関係者が首謀者だという疑いを捨てられなかった。リオードは悔しそうではあったが、身内に首謀者がいないことが証明できれば、疑いは晴れる。
「コーリエッタ嬢、それは市民からの告発ということで、イルズ・カーンという人物をこちらでも調べてみよう」
議長は頷いた。
「ありがとうございます」
コーリィはそう言いながらも喜んではいなかった。ハラハラしながらネッツはコーリィを見守る。
「さて、話を戻そう。君の父親と叔父はどこに行ったのかね?何も知らない訳ではなさそうだが」
議長はコーリィは何も知らないただの令嬢ではないと悟っていた。コーリィは議長をまっすぐ見た。
「私の推論では、二人はある暴走しているマキシカを止めに行きました。そのマキシカを止めなければ、いずれ、二度目の千日干乾がスナバラを襲う日が来るかもしれません」
議会は再びざわついた。高齢の議会議員たちは千日干乾を身を以て知っている世代だからだろう。
議員たちの子供時代に影を落とした一千日。まともな雨期が三年もの間来ず、水不足、食料不足、熱中症、感染症の流行と地獄のような一千日が四十年ほど前のスナバラにはあった。彼らの同世代の人たちが命を落とした日々だ。
「なぜ、千日干乾が予期できるのかね?」
リック議員は子供のときに千日干乾を経験し、水や食料の不足の中で流行ったカンカン熱で右腕に麻痺が残った人物である。人一倍、その三年にも及んだ乾季の恐ろしさを身をもって知っている。
「最近のマキシカの暴走は、自然に起こった場合もありました。長年の使用による劣化と点検が長きにわたり実施されていないマキシカが熱量超過で暴走することがあります」
今、コーリィは議長よりも議会を掌握しているといっても過言ではないほどだった。ネッツには小さな少女が大きく見える。
「そのマキシカの劣化としばらく点検を行なっていないことと、千日干乾が繋がるのかね?」
カレズ議長の言葉に、コーリィは返した。
「最近、ヒャリツが弱まっていると感じられませんか?」
コーリィが、なぜマキシカの暴走から部屋を冷やすヒャリツの話になるのか、ネッツには分からなかった。
「マキシカを冷やすためにヒャリツの冷風を使っているが」
「最近の暑さはヒャリツのせいより、気温が上がっているからではないか?」
口々に議員たちは話したが、議長が咳払いをし、静寂が訪れる。
「この件は公にはなっていないことだ。私の口から言わせてくれ」
カレズ議長の言葉にコーリィは強く頷く。
「実は、ヒャリツの中にはマキシカがある」
その発言に誰もが絶句した。自然の産物と疑っていなかった地下洞窟ヒャリツの中にマキシカがあるとは、誰もが夢にも思わなかっただろう。それにはネッツも驚いた。
「かつて千日干乾の際に弱まったヒャリツを補助するために、四十年ほど前に設置した超大型マキシカだ。冷風を効率よく都市に送り、空気中に含まれる水分を地下水に変えて、都市の地下水を増やす役目をしている。超巨大マキシカがヒャリツの中にある」
カレズ議長がありもしない話をしたからか、議会は雨期の嵐が来たかのようにざわめいた。そんな議会にも聞こえるよう、コーリィは声を張った。
「私の父と叔父は、ヒャリツのマキシカの調査に出掛けました。だから、密約は破っていません。二人はヒャリツの中にいます!」
議員の中には驚く者、戸惑いの笑みを浮かべる者、怒り出す者、議員たちの反応は様々だった。
「にわかに信じられんが。ヒャリツのマキシカは本当ですか?」
ジンリー・リック議員は議長に確認する。
「本当だ。歴代の議長だけは知らされているのだ」
議長の言葉から、議員たちはそれが事実だと信じるしかなかった。
「ヒャリツの温度の上昇しているとのうわさは聞いたことがあるが。人口が増え、ヒャリツの冷風を使いすぎているからではないのか」
デジュネ議員は混乱しているようだった。
ヒャリツは沙漠の中で数少ない自然の恵みだと疑うこともなかった議員たちにとって、それは青天の霹靂であった。
「コーリエッタ・メグリエ、そして貴殿の父と叔父は都市のために貢献してくれているのかもしれない。それを信じたいが、まだフレイザ・メグリエとミッゲル・ファンが密約を破っていないとも言い切れない」
議長は言った。
「そこでだ、できるだけ早く二人を連れ戻すことはできないか?ヒャリツにマキシカがあった証拠を見せてもらえば、皆も納得するだろう」
「わかりました。私が二人を連れ戻しにヒャリツに行きます」
コーリィは言い切った。しかし、今のコーリィには、二人と連絡を取る手立てがない。いずれ戻ってくるとは思うが、二人の帰宅が遅ければ遅いほど議会からの信頼を失う。すでに疑念の目を向けられている状況だ。信頼を完全に失うまでどのくらいの猶予があるか。
「さて、コーリエッタ嬢と誰が行くのだ?あんな寒いところに一人で行かせるわけにも行くまい」
クラム議員は皮肉っぽく言った。少女が一人で行くには過酷な環境であるし、彼女が適当な証拠を作り出し誤魔化す可能性だってある。
「ヒャリツの中など冷凍庫だと聞くぞ」
議員たちは自身も身内もヒャリツに行く決心などつかないため、誰に行かせるべきか考えあぐねていた。ネッツもヒャリツの寒さを知っている。誰も行きたがらない場所だ。
ざわめく議会で、一人、手を挙げた。リオードは彼女のためならすぐに決断できるのだ。
「僕に行かせてください。マキシカのことなら、マキシカ家の人間が行くべきです」
「確かにマキシカ家なら・・・」
「いや、彼は彼女の許嫁だぞ」
ざわめく議員たちを咳払いで議長は黙らせる。
「ヒャリツのマキシカは私とマキシカ家、メグリエ家だけしか知らされていないことだ。他の者を行かせるよりリオード君にも行ってもらおう。二人だけとは言わないが、マキシカの人間で事情を知っている者をほかに連れて行けばよかろう」
議長は許可を出した。コーリィは頷いた。それは彼女の強い決意を表し、リオードは少し安堵した表情をした。
その日の非公式の議員たちの集まりはそれでお開きとなった。
「コーリィ、まさかフレイザさんとミッゲルさんがヒャリツに行ってるとは思わなかったよ」
「ええ、早く二人に戻ってきてもらわなくちゃ。貴方が一緒に来てくれるなら安心」
「もちろん、コーリィが行くところならどこでも行くよ」
「ありがとう、リオード」
議会の前でコーリィとリオードは別れた。二人の会話をネッツは恨めしく聞いていた。
議会による帰りの送迎の車の中で、コーリィの隣でネッツはじっと黙って考え込んでいた。エレックがメグリエ機関盗難事件に関わっていることを知り、コーリィに話すかどうかだ。
エレックによれば、シャルテもどうやら、イルズ・カーンの仕事を手伝わされているようだ。コーリィは二人が悪事を働かされていることに感づいていた。いずれは明るみになる。兄姉はどうなってしまうのか、ネッツは不安でたまらなかった。
リオードの運転する車で議会に向かう途中のネッツは、兄姉とイルズ・カーンのことをほとんど話すことができなかった。イルズ・カーンの悪事は話してもよかったが、エレックやシャルテが関与していることまで話してしまえば、二人までも逮捕されてしまうかもしれない。
何を聞いても黙っているネッツに、リオードは初め困惑していた。リオードはマキシカに関わることだから、力になれるかもしれないと言った。でもネッツは、カーンは敵と見なしても、他の人間がどこまで信用できるのか、自身で判断する自信がなかった。ミセス・トッドマリーは、孤児院から旅立っても、兄弟姉妹やいろんな大人に頼っていいと言っていたが、カーンのような悪い大人もいるし、急に孤児院から放り出されたネッツは頼るべき人を知る暇もなかった。
悩み、口を開こうとして、やめるネッツに、リオードは優しく言った。
「無理に話すことはない、話せる時が来たら、コーリィにだけでも話してほしい。僕たちはコーリィのために協力し合えるはずだ」
リオードがちょうどメグリエの屋敷にやってきたのは、コーリィにある資料を持ってくるためだったそうだ。議会に急遽召喚されることとなったコーリィを心配し、リオードは議会に乗り込むことを決めた。
帰宅した二人は、ナガレの出迎えを受けた。夜も遅く、ナガレは優しくネッツにも声をかけてくれた。確かにネッツはもうすぐ寝る時間ではあるが、議会に出かけ、緊張したこともあり、目は冴えているものの、変に体が怠い。
「コーリィ。リオード・・・さん、から何をもらったんだ?」
ネッツは、コーリィが大切そうに持つ封筒が気になっていた。リオードがわざわざ届けに来たものだ。
「リオードがくれた、マキシカの設計図の写しが今どこにあるかの一覧よ」
それは、スナバラ中のマキシカの設計図の写しがいつどこで作られ、誰の手に渡ったかだった。設計図なしではマキシカからメグリエ期間を盗み出すのは難しい。設計図の原本はマキシカ管理局にあり、修理や点検のために、修理屋がその写しを必要とする。
「マキシカの設計図はマキシカ管理局にあったもの?」
「そうよ。その写しが修理屋にあるの。点検や修理の際に必要だからよ。でもそれを見て、マキシカの中にあるメグリエ機関を盗み出すこともできる」
設計図の写しは、マキシカの中のメグリエ機関の位置が記してあるため、メグリエ盗難につながったのではないかとリオードは気づいたのだ。
マキシカの中にあるメグリエ機関は設計図なしに、その大きな体の中のどこにあるのかわからない。メグリエ機関盗難には、その設計図の写しとそれを読み解く能力が必要だ。泥棒は設計図またはその写しを見られる人物で、メグリエ機関が盗み出された絡繰時計のマキシカとおもちゃ製造の二つのマキシカの写しを見た人物である。
「じゃあ、エレックが・・・」
そこまで言ってネッツは手で口を押さえた。コーリィはネッツを追い詰めることはなかった。
「ネッツ、おやすみ。リオードと議会に来てくれて助かったわ」
コーリィはそうとだけ言った。ネッツが議会に行ったことで、なんの役に立ったのか、わからなかった。
「あのさ、コーリィ」
「何?ネッツ」
「ーーうん。今日は疲れた。おやすみ」




