第19章 当主代理の召喚
すっかり陽は落ち、ネッツはワッカと居間で遊んでいた。ワッカはネッツの膝の上に登ったかと思うと、服に爪をかけて肩までやすやすとよじ登ってくる。
ネッツは、今日エレックだけではなくシャルテにも再会できた。イルズ・カーンによって孤児院から離れた兄姉だったが、二人の元気な姿を見られたことで、ネッツは少しだけ安心できた。
エレックはミセス・トッドマリーの元にいた時から、わずかに手に入る歯車や螺子を組み合わせて、奇怪な動きのする発明品を作っていた。今や、修理屋という機械や部品の集まってくる場所で仕事をしながら発明を続けていた。エレックにぴったりな仕事をカーンは紹介したのではないか。
シャルテも壊し屋で働いていることがわかった。コーリィは壊し屋と同業者と言えば怒るだろうが、暴走マキシカを停止させる仕事も担っているから、競争相手になってしまうだろうか。シャルテは、メグリエの名だけで驚いただけでなく、競争相手に気まずくなってしまい、逃げるように去ったのだろう。彼女はどちらかと言えば恥ずかしがり屋だった。
二人は修理屋と壊し屋におり、イルズ・カーンに騙されて事故に遭うというような怖い目にあってはいないようだった。それがわかっただけでも、ネッツは安心できた。あとは、失踪した孤児院の院長のミセス・トッドマリーの行方だ。
ネッツは今日買った雑誌を広げた。表紙にある首の長い巨大な生き物がとても気になり手に取った。コーリィは小難しい本を勧めたかったのだろうが、ネッツはこの雑誌に、興味を惹かれたのだ。自分のお金で買ったものであることもネッツの気持ちを弾ませる。自分で働いたお金で、雑誌を買うなんて大人みたいだからだ。
部屋の外で音がした。どうやら誰か来たらしい。ナガレが店先で対応している。
話し声の内容はわからないが、この時間にマキシカが暴走したのだろうか。今日のように薄曇りの日の夜は気温が下がってマキシカは暴走しづらいとコーリィが言っていたのに。
ネッツは呼ばれなかった。マキシカの暴走ではないようだ。
ネッツは気になって店先の様子が伺える廊下まで出てみる。ワッカはネッツにおとなしく抱かれている。
ナガレと話すのは男。低い声で何か話している。ぼんやりとその様子を見ていたら後ろからコーリィがやってきた。彼女はネッツをちらりとみた。
コーリィは紺色のシンプルなワンピースを着ていた。これから出掛けるようである。
「ネッツはお留守を頼みます」
コーリィは来客の男とともに出て行った。
ナガレはそれを静かに見送った。
「コーリィはこんな夜にどこに行ったんだ?」
ナガレは黙ってコーリィの乗った車が消えた方を見ていた。
「これは、ネッツ坊ちゃん。お嬢様は都市議会に呼ばれたのでございます」
「議会ってあの議会?なんで?」
スナバラ都市議会は、ネッツでも知っている。スナバラのことを決めるために、偉い人たちが集まって会議をしているところだ。
「お嬢様にお話があるそうなんです」
ナガレは深いため息をついた。
なぜコーリィが議会に呼ばれて行くのか。貴族のコーリィだからだろうとネッツは考えた。しかし、少しばかり引っかかる。
「一人で行ったのか?ナガレはついていかないのか?」
「はい、メグリエの当主の代理として呼ばれました。この時間ですから、きっと都市の重要で緊急のお話があるのでしょう」
「大変だな」
都市議会はこの都市の代表者が集まって、会議をするメンバーたちのこと。貴族であるコーリィならば、都市に関わることを議会と話し合うことがあるのかもしれない。
「お嬢様の祖父レイト様が議会と約束してから、メグリエの当主はときどき議会に呼ばれるようになりました」
「そうなのか」
確かコーリィによると、メグリエ機関を発明したのは彼女の曽祖父たちなので、発明した息子から議会と関わるようになったということだ。コーリィの父が不在のために、コーリィがメグリエ家の代表として議会に出向くことになったらしい。
「スナバラから出てはいけないと約束したのも祖父のレイト様です」
「じゃあ、コーリィはウミナトに行けないのか?」
汽車に乗らないとたどり着かない遠い遠い海のある街。ネッツのウミナトの知識はそのくらいだ。
「そうでございます」
「ナガレもウミナトに行ったことがないのか」
「ありませんね。ずっとメグリエの家に仕えておりますから」
ウミナトに行く機会は、商人でもない限りはそう頻繁にはない。スナバラで暮らしているネッツにはウミナトがどんな場所かもわからないから、行ってみたいかも考えたことがなかった。
「ナガレもスナバラから出られないのか?」
「私は行くことはできます。でもウミナトに行く用事もありませんので。あぁ、マァレットがウミナトで育ったのですよ。今度、どんなところか聞いてみてはいかがですか?」
週数回、屋敷にやってくるメイドのマァレットは、少しだけ外の匂いがする女性だ。スナバラに住んでいる方が長いが、ウミナト生まれだという。マァレットの作る食事はウミナトの料理をスナバラの材料で作った料理が多い。
扉を控えめに叩く音。誰かが来たようだ。
ナガレはすぐに扉を開いた。
「こんばんは、ネッツはいますか?」
コーリィの帰りを待つ中、メグリエ鉱物研究社にやってきたのは青年だった。
「エレック!遊びに来てくれたのか!」
ネッツはエレックが訪ねて来てくれたことに喜んだ。
「どちら様ですかな?」
「エレック・トリーク、ネッツと同じ孤児院にいたんだ」
ナガレはふむふむと頷く。
「ネッツと話がしたい」
「もう暗いので、お部屋で話されてはいかがでしょう」
ナガレはそう言ったが、エレックは表情を曇らせる。
「ちょっとそこで話すだけ」
エレックは屋敷の前を示す。
「エレックは孤児院の時の兄貴みたいなものなんだ!だから、大丈夫!少しだけ!」
「わかりました。家の前で少しだけですよ。もう暗いので、どこかに行ってはなりません。お約束できますね?」
「わかった」
エレックの険しい表情にネッツは何かを感じた。
「お待ちしておりました」
白亜の宮殿のような都市議会公館に到着すると、コーリィを待っていたのは黒のシンプルなドレスを着たリア・ウーチス議員だった。彼女はパーティの時ほど艶やかではないが、艶めく暗い色の髪を揺らし、その自信に満ちた顔つきと振る舞いから、コーリィを威圧しているようにも感じられる。
議会に呼ばれたコーリィが、かつての最年少女性議員によって出迎えとは、これから先に待つのは一体どんな案件なのだろうか。
ウーチス女史に案内されるがまま、議会が開かれる講堂へと令嬢は足を踏み入れた。
議会はとっくに夜になり議員たちも帰宅しているかと思えば、六人が会議卓についていた。
そこにウーチス議員が会議卓に加わり、七人の評議員が揃った。
右手が不自由ながら、作家としても著書が多く、博識なジンリー・リック議員。評議員の中では年長のほうで、白髪に少しだけ茶髪が混ざる。体格が良いが右腕が不自由であり、右肘が曲がったままになっている。
努力で成り上がり、庶民の支持を得て議員に当選したロマーク・クラム議員。茶色の巻毛を後ろに撫で付けている。原色の服を好んでいるらしく、夕陽色のシャツが目立っている。恰幅の良さが貫禄となり、それがネッツの言う貴族みたいという説明がぴったりだ。
穏やかな顔をした議員になる前は裁判官を務めていた禿頭のシューコー・テジュネ議員。連続発射する弾丸のように、納得がいかない議題に対して、議会で次々と質問を繰り出す男と言われている。
父と祖父も議員を務めており、女性実業家から議員に選出されたクイン・テーネ議員。巻き毛に、丸みを帯びた顔立ち、いつも淡い色の丈の長いワンピースをいつも召しているため、可愛らしい印象の初老を過ぎた女性ながら、物怖じしない芯の強さが市民の信頼を得ている。
スナバラ生まれながら、幼少期をウミナトで過し留学の経験もあることで、外政にも詳しいチュート・パルナー議員。他の男性議員と比べて小柄でどこかほのぼのとした穏やかな人物だ。スナバラを客観的に見つめる視点が議会では重宝されているが、優柔不断なところもある。
そして、電力マキシカを管理する電力供給局長を経て議員になり、その後、選挙により議長に選出されたカナー・カレズ都市議会議長。眼鏡の奥には鋭く先を読む瞳がある。
彼らは、都市議会議員の中から選ばれたマキシカ評議委員と呼ばれるメンバーだった。
マキシカ家、メグリエ家、マキシカ管理局とは独立したメンバーから成り、マキシカの使用や管理、都市に影響する権利を持つマキシカ家や、マキシカの心臓部と言われるメグリエ機関の発明者であるメグリエ家の動向を監視、管理するための委員会を都市議会は秘密裏に形成していた。マキシカやメグリエ機関の設計の特許、販売、貸与などマキシカ家やメグリエ家が都市を牛耳ることのないよう、制限するための裏の議会でもある。人力では到底追いつけないことをやってのけるマキシカや、半永久に熱量を生み出すと言われたメグリエ機関は、都市を支配するほどの発明となることを恐れ、設置された。
今のところ、密約は破られたことはなく、マキシカ家もメグリエ家も都市の発展に貢献していた。裏の議会のメンバーが集まることなど稀であった。コーリィが評議委員たちに議会に呼ばれることは初めてのことで、父フレイザも一度、委員との顔合わせに行ったことがあったきりだと言っていた。
彼らに囲まれて一人佇むコーリィは、まるで弁護士のいない裁判に召喚されたようである。緊張した面持ちでコーリィは立ち尽くす。
一人の議員が待ちわびたように話し始めた。
「まずはそこに座って」
テーネ議員が、コーリィのために用意された椅子に座るよう促した。コーリィは小さく返事をして椅子に座った。6人の評議委員はコーリィをじっと見つめる。
「貴殿はコーリエッタ・メグリエで間違いないな?」
沙漠の中のオアシス都市スナバラの代表、都市議会議長のカナー・カレズが言った。
色の抜けた髪と陽に焼けた肌、角張った顔の気難しい表情をした男が、都市スナバラの代表である。
「はい」
コーリィは力強く答えたつもりだったが、広い議会では小さな声にしかならなかった。
ふわりふわりと雨季の時期にだけ目にする夜羽虫がたびたび舞う通りには、人通りはない。メグリエ鉱物研究社の正面の道路にネッツを連れ出したエレックは、夜羽虫に気を取られるネッツに告げた。
「ネッツ、メグリエの家からすぐに逃げた方がいい」
「どうして?」
兄貴分のエレックがネッツに何かを命令口調で言うことはあったが、ふざけたごっこ遊びの範疇でしかなかった。
「メグリエ家はメグリエ機関を暴走させることで儲けようとしてる!ひどい奴らなんだ」
エレックはひどく残念そうに言った。メグリエの家で楽しそうに暮らすネッツを気の毒だと言うように。
「イルズ・カーンが何か企んでいる。メグリエの家からも出たほうがいい」
ネッツはカーンが怪しいとはわかっていたから、エレックもそれに気付いていたのだろう。しかし、メグリエ家も悪者になっている理由がネッツは見当たらない。
「出てくって言ったって、どこにいくんだ?」
ネッツはコーリィの家でよくしてもらっている。エレックはそれを知らないのだから、心配しているのだろう。
「孤児院に戻るんだ」
ネッツは悲しい顔をした。そして、首を横に振った。
「ミセスが行方不明で、孤児院は閉まってる」
エレックは一瞬、目を見開いて驚いた顔をした。エレックは孤児院の閉鎖やミセス・トッドマリーの失踪のことを知らなかったのだろう。
「俺がマキシカの暴走事故にあった日、孤児院に帰ったら、ミセスがいなくなっていた。だから、コーリィの家に行くことになったんだ」
「ミセスがいなくなった・・・」
エレックは黙った。何か思うところがあるらしく、考え込んでいる。
孤児院が閉鎖、ミセス・トッドマリーが行方不明の今、ネッツの居場所はメグリエの家しかない。
「コーリィは悪い奴じゃないよ。とてもよくしてもらってる!だから、俺は大丈夫」
彼が思いつめた顔をしていたのは、ネッツのことを心配していたからだけではなかった。
「俺たちはどうにもならないのかもしれない」
ぽつりと兄はつぶやいた。
「エレック、困ってることがあるなら言ってよ。なにかできるかもしれないだろ。ミセスだって、孤児院を出た後も、兄弟や大人に助けを求めてもいいって言ってたじゃないか」
ネッツがそう言ったとき、エレックは苛立ちを隠さなかった。
「奴の言う通りにするしかないのか」
その言葉に、ネッツは黙った。イルズ・カーン。そう、あの胡散臭くて、子供嫌いで、ネッツ達を孤児院から追い出したあいつだ。
「あいつなんて信用できないよ!なんであんな奴の言うことを聞くんだ!?」
イルズ・カーンが関わっている。ネッツにとっては、あのいけ好かない奴である。ネッツがエレックに再会するまでに、エレックに何があったのか。
「カーンは、俺とシャルテに仕事を頼んできている。俺たちは彼に恩があるから、断れないんだ。でもネッツだけはあいつに騙されちゃいけない」
ネッツは思いつめたエレックの横顔を見つめていた。確かに、孤児院を旅立つ年齢のエレックとシャルテに仕事と家を見つけたのはカーンだから、恩があるのはわかる。
「仕事って、修理屋の仕事か?」
「修理屋の仕事とは別だが、関係はしている。僕は、あいつに頼まれてマキシカからメグリエ機関の取り出し方を教えた」
「え?」
ネッツはすぐには理解できなかった。
「マキシカの点検をうちの修理屋でもやっているんだ。そのとき、マキシカの設計図の写しを見ることもある。マキシカの中にどこにメグリエ機関があるのもわかるんだ」
マキシカによってどこにメグリエ機関があるのかは異なっている。マキシカの設計図は原本がマキシカ管理局にあり、修理屋は修理の際にその写しを見ながら点検を行っているらしい。
エレックは口を閉し、まっすぐ自身を見つめるネッツを見て意を決したようだった。
「メグリエ機関を盗み出す方法を俺がカーンに教えた。カーンはたぶん泥棒にその方法を教えて、メグリエ機関を盗み出させた。それがメグリエ機関の盗難事件なんだ」
ネッツはすぐには言葉が出なかった。エレックの言ったことをちゃんと理解するまでに少し時間がかかったのは、ネッツが信じる兄貴分がそんなことをするはずがないからだと信じていたから。
マキシカからメグリエ機関が盗み出された。その新聞記事を読み上げたのはコーリィだったから、新聞を読まないネッツもメグリエ機関の盗難があったことを知っている。それに、ヒャリツの中でコーリィは盗み出されたメグリエ機関を2つ見つけていた。
マキシカの心臓部であるメグリエ機関を盗むことなど、マキシカ内のメグリエ機関の場所を知ることも難しく、そして稼働中にはマキシカの体内への侵入も叶わないとコーリィが言っていた。その芸当をネッツの兄貴分の協力によりやってのけていた。修理屋、つまり、マキシカの修理の際に、マキシカからメグリエ機関を取り出す方法をエレックは理解し、カーンに教えていたのだ。カーンから泥棒に方法が伝わり、メグリエ機関は盗み出された。それがメグリエ機関盗難事件の真相だった。
「シャルテは、マキシカの暴走を引き起こす手伝いをやらされてる、と思う」
シャルテもなんらかの形でマキシカの暴走に関わっているとエレックは考えていた。その内容はわからないというが、カーンとシャルテも度々会っているらしい。
つまり、2人はイルズ・カーンに利用されている。ネッツは怒りを覚えた。やはり、イルズ・カーンは非道な人物だ。ミセス・トッドマリーも彼の計画に巻き込まれたのだろう。ネッツが孤児院に戻れないように、ネッツがエレックやシャルテに会わないように、孤立させたのだ。
「エレックは泥棒の手伝いをしてて、シャルテもあいつに悪いことやらされてるってことか!?」
「僕はシャルテと会うことを禁じられてる。だから、シャルテがカーンにどんなことをやらされているかはわからないが」
怒りで顔を真っ赤にするネッツに対し、エレックは諦めた表情だった。
「でもこれは、マキシカに依存するスナバラが新しい熱量発生系に移行するための最初の一歩だから、悪いことじゃないんだ」
エレックは自身に言い聞かせるように言ったが、自信はないようだった。
「暴走するマキシカが悪いんじゃない、ちゃんと点検をして、使う時間を守って使えば危なくないって、コーリィが!」
怒りを通り越して涙を溜めるネッツに、エレックは宥めようと赤毛の弟の頭を撫でる。
「ネッツが暴走事故に巻き込まれて死んだことになった。今回は嘘で済んだ。でも、今度は本当に誰か死ぬかもしれない。だから、カーンはマキシカに頼りすぎた都市をマキシカから解放する計画を進めている」
エレックは、弟分は自身のことをわかってくれると思っていたらしく、唇を噛む。
「あいつが全部悪い!二人は悪いことさせられてるんだ!」
声を荒げていた子供たちの前に、人影が現れた。
「その話、詳しく教えてくれないか?」
やってきた男は、ネッツの顔見知りだった。
「リオード!さん・・・」
ネッツは口を押さえ、慌てた。エレックがカーンに悪いことをさせられているのを聞かれてしまったかもしれない。
マキシカ管理局に勤めるリオード・P・マキシカ管理官である。
暗がりでリオードが近づいていることに気がつかなかったのだろう。エレックは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「こんばんは、ネッツくん。コーリィはいるかい?」
「コーリィなら出かけた。議会に行った」
リオードは一瞬、険しい顔をした。
「そうか。ところで君は初めましてだね」
「言わなくていい!ネッツ」
エレックはネッツが話そうとしたのを止めた。
「僕はリオード・P・マキシカだ。マキシカに関することだから、君たちを助けることができるかもしれない」
リオードはエレックに握手を求めたが、エレックは彼の手を取らずに夜道を駆けて行った。
「ネッツくん、話は車で聞くから、急いで議会に向かおう!」




