第1章 生徒たちの祈り
『マキシカ暴走事故 安全性に疑問』
四番通り西十四番地にてテイラーマキシカが暴走し、巻き込まれた少年一人が死亡、多数のけが人が出た。近隣の建物への被害も報告されている。マキシカの老朽化が見られる中、低い点検頻度に疑問の声が上がっている。
――日の傾いた教室。
古くから使われてきた重い机が並び、少年たちは真っすぐと前を見ている。少年たちはまだ遊びたい盛りである年齢にも関わらず、お行儀が良すぎるくらいに椅子に背筋を伸ばしてきちんと座り、教壇に立つ男性教師の話を聞いていた。
上流家庭の少年たちが多く通うこのフュールイ学園では、学問だけではなく、礼儀作法やダンス、客人のもてなし方までもが授業で扱われる。聡明で博学な気品のある紳士の卵たちが生徒だ。まだ子供という年齢でも紳士であるべきと教育された生徒の教室は、不気味なほどに、落ち着いている。
髪をなでつけ髭を整え、眉間にしわを寄せた神経質な顔をした教師は、先日の事故のことが書かれた新聞記事をテーマにした授業を行っていた。
「この新聞記事はマキシカの安全性について書いているが、それについて皆さんはどう考えますか?」
教師の目線に射抜かれた黒髪の生徒がはきはきと答える。
「マキシカの点検を定期的にするべきだと思います」
当たり障りのない答えだが、机を並べる生徒のほとんどがこの答えを持っていた。マキシカも一つの機械ならば点検や修理がたびたび必要であり、点検から暴走しそうなマキシカは修理されただろうし、修理できなければ破棄されただろう。そうすれば事故が防げた可能性がある。
「確かに、暴走したテイラーマキシカは最後に点検を行ってから五年が経っていたとの話だ。しかし、違法ではない。君はどう思うかね?」
先ほど答えた生徒の一つ席の後ろの茶髪の生徒が答える。覇気のない声で抑揚をつけずに、ただ淡々と。
「マキシカの使用基準を見直すことが必要だと思います。三年ごとに必ず点検をしなければならない法律を作るべきです」
教師は無表情のままゆっくり頷いた。
「そうだね。マキシカがいかに永久に動き続ける頑丈な機械だと言っても、過稼働は暴走の原因や劣化につながるだろう。ほかに意見は?」
クラスの優等生が手を上げた。他の生徒よりも体が大きく、特徴的な巻き毛に、弾力のありそうな頬を持つ少年だ。教師は彼が手を挙げるのを待っていたようだった。
「温暖化による気温の上昇もマキシカの暴走に繋がると言われています。温暖化を止めなくては根本的な解決になりません、先生」
この生徒がニヤついていたのは、自分の答えに自信があるだけではないことをわかっているようだった。
「熱が動力源のマキシカには太陽熱も必要だ。近年は気温も高く、太陽熱が過多であると言われている。温暖化の解決はとても難しい課題だが、取り組まなくてはならないね」
教師は贔屓の生徒の答えに満足げに頷いた。教師は理想主義的なところもあり、漠然としていても、大きな問題を解決するという姿勢の生徒を可愛がっているようだった。ほかの生徒もそれを知っていて、いつも同じ贔屓の生徒だけが解答に満点をもらうようだ。
「このマキシカの事故では君達と同じくらいの年齢の少年が亡くなった。彼は孤児だったそうだ。可哀想な彼のために祈りましょう」
教師に従い、少年たちは目を閉じ、形式だけの祈りを捧げた。彼らには名も知らぬ孤児の少年など、出会うことも気にも留めない存在だろう。
確かに、先日のマキシカの事故は悲惨だった。負傷者が出ており、破壊された物や二次的に起きた事故もあったという。そして、最近珍しくなくなってきたマキシカの暴走事故でとうとう死者が出てしまったのだから。
祈りを捧げられた少年の名はネッツ。十二歳の赤毛の少年だ。