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第16章 二つの冷たい心臓

 極寒のヒャリツの中を二人はどのくらい歩いただろうか。前を歩くコーリィが足を止めた。

「これ」

「ど、どした?」

 ネッツはコーリィが見た前方を覗き込む。

「メグリエ機関よ」

 開けた場所、地下水からは離れたその安全な場所に無機物の塊が置かれていた。

 コーリィは光るヒャリツの壁を頼りに、それを観察する。

 どうやら、メグリエ機関があるようだが、ネッツにはガラクタが置いてあるようにしか見えない。

 薄明かりの中で、コードと管、そしていくつかのパーツが組み合わさった一抱えの塊がそこにはあった。メグリエ機関を見慣れているコーリィでなければ、ただのガラクタにしか見えなかっただろう。

 ヒャリツの中で崩れ落ちたかのようにしゃがみこんだ少女の目には、その機械の部品の寄せ集めにくぎ付けだった。

 コーリィは一つずつ、メグリエ機関の中を覗き始める。暗くて分かりにくいが、コーリィは指先をそっと優しく押し当てるようにして、中を探っている。

 メグリエ機関に執着するのは、彼女にとって、メグリエ機関は曽祖父の遺したものだからだろう。

「コーリィ、出口を先に見つけようよ」

 ネッツはブルブルと震えた。早くヒャリツから出ないと、凍え死んでしまいそうだ。地下水に落ちたはずのコーリィは寒さなど忘れ、目の前のメグリエ機関に集中しており、そっけない返事が返ってきた。

「少し調べているだけ。すぐ終わるわ」

 コーリィはメグリエ機関の通し番号を刻印したプレートを探している。薄明かりと指の感覚のプレートの凹凸から、通し番号を知ったコーリィは、湿った手帳に書き記す。あとでどのマキシカのメグリエ機関か照合するためだが、コーリィはその番号からどこのマキシカから取り外されたものかわかっていた。

「119号と17号。これは、玩具製造マキシカと時計台マキシカのメグリエ機関だわ」

 コーリィは何かに気付いたらしく、二つの冷たいメグリエ機関を丹念に調べている。

 ネッツは凍えてしまわないように、体をできるだけ動かしていた。濡れた髪が氷のように冷たくなって頬に張り付いている。

紅夜石(クレナイト)が取り外されている」

 コーリィはぶつぶつと言いながら、何かを考え始める。こうなると彼女は周りが見えない。

「コーリィ、寒いから進もうぜ」

「ええ、戻りましょう」

 コーリィはすっと立ち上がった。

「盗まれたメグリエ機関がここにあると言うことは,ここに隠しにやってきた人物がいる。つまり、出口が近いわ」

 喜びの声を上げられないくらい、ネッツは全身がガタガタと震えていた。

 クールショットに撃たれて凍った時のマキシカもこんな気分なのかもしれないとネッツは想像した。ならば早く太陽の熱を欲するところだ。

 コーリィの言うとおり、すぐにヒャリツの点検用の出入り口である階段が見つかった。ヒャリツの白っぽい壁を削って作った階段は湿っており滑りやすく、気をつけながら二人は登る。ヒャリツは洞窟のようにその足音を響かせる。

 階段は途中、短い縄梯子になることもあった。凍えて動かない手に無理を言って縄を掴み、登る。少しばかり広い空間にたどり着いた。ここはひどく寒い場所でもなく、ヒャリツの点検に使う縄やスコップなどが置いてあり、屈んで通るほどの小さな扉があった。

「点検用の扉だわ。外から鍵がかかっているのだけれど」

 コーリィが鉄の扉に手をかけると、鍵などかかっていなかった。

「開いてる!」

 ネッツは救われたと思った。地上に出られなかったら、凍え死んでいた。別世界の冒険を終えて扉をくぐると、二人は地上に出ることができた。

 太陽が眩しい。肌を焼く日差しがこんなにも暖かく、沙漠の乾いた風が濡れた服を乾かしてくれるとは、暑いだけのスナバラも捨てたものではない。

 びしょ濡れの二人が、暖かい地上に戻ると、そこは5番通りの賑やかな職人街だった。扉は店と店の間にある小さな小屋のもの。ヒャリツの点検用の入口である。

 大型のマキシカには頼らない人の手による工業製品を作る店の多い通りに出た二人は、一息つく。

 コーリィはヒャリツの点検用の入口である扉をじっと見ていた。

「どうかしたのか?」

「頑丈な鍵が壊された跡がある。ここからメグリエ機関を運び入れてヒャリツに隠したのだわ」

 錠前がついていたと思われる金属の扉の一部に黒い焦げのような跡があった。

「頑丈な鍵を壊す、というより焼き切ったのかしら?変わった方法ね」

 コーリィは泥棒を褒めているような発言をしながら、壊された鍵を眺めている。この通りは優秀な技術者が多く、鍵を壊すなど容易いかもしれない。それ故に鍵を壊した犯人を捜すのは一筋縄では行かないとコーリィは考えている。

 辺りを見渡すと、ネッツはここに昨日きたとわかった。染色マキシカを止めに行く途中で通った道だったからだ。この先を少しいったところで昨日、マキシカは暴走したが、この通りには被害はなく、他人事だったようにいつも通り活気付いていた。

 ネッツは思いだした。ここは、孤児院での兄貴分エレック・トリークがいた店にも近いはずだ。

 急にびしょ濡れの二人が出てきたことで、通りは騒然とし始めた。さすがに人目につきすぎる。コーリィは肩をすくめ、さらに機嫌の悪そうな顔をする。

 青白い顔、濡れた髪は顔に張り付き、ヒャリツの寒さがまとわりついて震えが止まらない。まるで、幽霊がヒャリツから出て来たかのよう。

「行こうぜ」

 ネッツはそんなことも気にせずにコーリィの手を取って歩き始める。お互いの手は氷のように冷たい。

 ここで立ちすくんでいても、コーリィの機嫌は悪化するだけだろう。歩けば服も乾くはずだ。

 コーリィは相変わらず不満げな顔だったが、少し疲労の色も見える。常に熱いこの都市にあんなにも寒い場所があるとはネッツには驚きだったが、今はその大冒険からコーリィとともに生還できただけで清々しい気分だった。

 二人が歩きだすと、人々は明らかに避けてゆく。ネッツは孤児でそんな視線を感じることはあったから、気にならない。それよりも、青白い顔をしたコーリィを早く休ませないとならないとネッツは使命感があった。

 ネッツの目に懐かしい顔が見えた。

「エレックだ!」

 そこは開けた店先に油汚れのついた金属やコードが積まれた修理屋だった。

「エレック!」

 聞き覚えのある声に気付き、声の方を見たのは、名を呼ばれた一人の若い技術者。

「ネッツ、なのか?」

 エレックは薄汚れた顔で、持っていたスパナを落とすほどに驚いていた。

 黒髪に大きめのつなぎをきた背の高い若者が孤児院でネッツが兄と慕っていたエレックだった。

 彼は孤児院を旅立って一年ほど。ネッツは再会を喜ぶ。

「エレック!元気だった?」

 ネッツは無邪気に言った。エレックは深緑の瞳に涙をため、ネッツの両肩に触れる。

「ネッツが生きてるのか?」

 確かにネッツは今、穴に飛び込み、極寒のヒャリツから生還してきた。びしょ濡れで幽霊にでも見えたかもしれない。どうやらそういうことではないらしい。

「生きてるよ、エレック。びしょびしょなのは、ヒャリツに落ちたからだけど」

 ネッツは悪戯がバレたときのように笑った。

「死んだって新聞に・・・」

 エレックはテイラーマキシカの暴走事故でネッツは死んだと新聞で読んでいたからだった。現れたびしょ濡れの二人に他の修理工たちは首をかしげるばかりだった。

 奥から修理屋の店長である男がでてきた。禿頭の中年男性であるが、長年の機械の修理で培った豪腕は健在で、シャツからは年不相応な太くたくましい腕が伸びる。

「どうした?」

「エレックのやつ、生き別れの兄弟に会えたみたいだ」

 修理工の一人がそう言うと、ふと店長は店の前でびしょ濡れで立ちすくむ少女に目がいった。

「もしや、コーリィか?」

「ごきげんよう、ユーゼンさん」

 コーリィは青白い顔に震える声で言った。こんな格好でも、彼女は気品を失わない。

 マキシカの点検や修理、マキシカの修理屋とは、コーリィは知り合いだったらしい。水が滴り、青い唇に震える少女を見て、ユーゼンは慌てた。

「どうしたんだい!?暴走マキシカか?こっちにおいで」

 幽霊を見たかのように硬直したエレックはネッツに恐る恐る触れた。

「冷たいなネッツ、生きてるんだよな?」

「おう!暴走マキシカを止めて、ヒャリツを冒険してきた帰りなんだ!」

「そこの坊主もだ!体が冷えている!こっちにおいで」

 ユーゼンはネッツをエレックから引き剥がして店の裏手に連れて行った。

 ユーゼンはよく陽の当たる場所に二人を連れて行き、タオルを差し出した。

「ユーゼンさん、ありがとうございます」

 暑くて焼け焦げそうな日差しも、今はありがたい。凍りついた体を溶かしてくれる。

「お嬢様がこんな目に合うなんて、本当に大変なこった!」

 ユーゼンは右往左往としている。男ばかりの修理屋でどう令嬢をもてなしてよいか困りながらも、他の修理工に命じて暖かい飲み物を用意してくれているらしい。

 エレックはやっとネッツに再会できたことを喜べるようになった。見て触れて、ネッツが生きていることを実感できたからだった。

「ネッツ、彼はどちらさま?」

 コーリィがネッツに小さな声で言った。

「孤児院で一緒だったエレック!手先が器用だから、修理屋に雇われたんだ!」

 孤児院で暮らしていたネッツとエレックに血縁関係はなかったが、ネッツが孤児院に行ってからは、二人は兄弟のように育ったのだ。

「ネッツは、暴走マキシカの事故で死んだって・・・でも生きててよかった」

 エレックは一年ぶりにネッツと再会できたことが夢のようで、驚き、目の前のネッツを見てもまだ信じられないようだった。

「コーリエッタ・メグリエです。今日はネッツに仕事を手伝ってもらっていたら、ヒャリツに落ちてしまって」

「メグリエ?じゃあ、ネッツはメグリエ家で働いてるのか?」

「ま、まあな」

 ネッツは少し誇らしげにはにかんだ。修理屋ならメグリエの名を聞いてその偉大さを知っているからだろう。

 ユーゼンがコーリィとネッツに暖かいお茶を持ってきた。

「お口に合うといいのだが」

「ありがとうございます」

 エレックはどこか複雑な表情を見せたまま、ネッツとコーリィから目をそらした。

「まあ、よかったなエレック!弟分に会えて」

 ユーゼンはエレックの頭をくしゃくしゃと撫でた。エレックのまっすぐな髪が跳ねる。

「コーリィも大変だな。年頃の娘がこんな危険な仕事ばかりだと。まあ、近頃のマキシカの暴走を恐れて、点検を申し込む客が増えたからこっちもこっちで助かる。学園のアグリマキシカもきっちり点検と修理をやらせてもらった」

「点検でマキシカの暴走を減らせるなら、修理屋が儲かるのはいいことだわ」

 コーリィは言った。真っ直ぐ前を見据えたコーリィは、どこか別の答えを知っているようでもあった。

「ヒャリツに落ちたって、よく助かったな」

 ユーゼンはしみじみと言うが、確かにそうかもしれない。

「閉鎖されていた広場の床が崩れて、ヒャリツに落ちました。でも、地下水に落ちたのが幸いでした。この近くの点検用出入り口から地上に出てきました」

「それは幸運。しかし、コーリィが無事で何よりだ。うちの手に余るマキシカはコーリィじゃないとどうにもならんからな」

 ユーゼンはコーリィを仕事上、信頼していると同時に、彼女を親戚の子供のようにも思っているようだった。

「ナガレさんが来たよー」

 店先から声がする。コーリィとネッツはナガレとともに修理屋に礼を言うと、修理屋をあとにした。




――引き続き、頼む。

イルズ・カーンはたった一言の書かれた手紙を錆びついた郵便受けから拾い上げた。

 差し出し人は匿名。しかし、彼には誰からの手紙かわかる。

 イルズとこの手紙の差し出し人とは、動機は違っていたが、目的は同じだった。

――目的は都市からマキシカをなくすこと。

 技術を進歩させず、成長が見込めない都市に疲弊していた。このまま時代遅れで危険な機械とともにこの都市だけが世界からとり残されて行くのか。

 今やマキシカなしには発展さえ有り得なかった沙漠のオアシス都市スナバラ。マキシカが順風満帆に都市を発展させた裏で犠牲者も存在する。

 近年のマキシカの暴走事故だけでなく、ここまで巨大な機械を動かしていて、歴史上無事故とは行かない。

 マキシカは従順で文句ひとつ言わずに働く機械だ。しかし、人間が命令を間違えたり、命じたことを忘れてマキシカの懐に入りでもしても、マキシカの腕は止まらない。

 そうやって、父親はマキシカによって怪我を負った。

 ベーカリーマキシカに材料の小麦粉を足す仕事をしていて、無理に小麦粉の大袋を持ち上げた時によろめいたのもあったが、マキシカの腕に当たった。

 その日、母親と兄と父親の勤めるパン工場の店に買い物に来ていたから、カーンはその光景を見た。

 自身はどこも痛くないはずなのに痛みを感じた。

 血など流していないのに、新鮮な傷口のようにどくどくと鼓動めいた自身の体に驚いたことが強烈に頭にこびりついている。

 ざわめく中で、父親はかろうじて目を開けてはいたが、放心状態であった。

 後で分かったが、マキシカが暴走していた可能性があった。当時はマキシカが暴走すること自体が知られていなかった。だから、父親のせいにされたが、マキシカは異常な動きをしていたともされる。

 実際、幼少期に目の前でマキシカの使い方を誤った光景を見たことが、自身の今の考えにつながる。それが、運が悪かったとはいえ、彼と彼の家族の生活を変えてしまった。

 命は助かっても働けなくなった父親は申し訳そうにベッドから窓の外を見ていた。

 二人の子どもを養えないと、悩んだ両親は、頭の良い兄を遠い地へと送り出した。母親と自身が働いた。

 マキシカへの恐怖と、マキシカなしには生きていけない都市が憎かった。

 マキシカを好まない人もいる。そこに少しだけマキシカへの恐怖を植え付ければ、味方になる人間もいる。多数の支持者も必要だが、より強くマキシカを反対する人間も必要であった。マキシカを憎むような、そして、権力を持つような人間。

カーンは運良く、仕事柄出会うことができた。

 計画によって都市の人々はマキシカを恐れるようになる。

 マキシカによって死者が出たことも、次々とマキシカが暴走することも、マキシカから脱するには十分な舞台を作り上げる。




 濡れた服を着替え、髪を乾かし、かじかんだ手が元の感覚に戻ったころには、すっかり日が暮れてしまった。

 コーリィはディージ警部に電話をかけた。

「ご機嫌よう、お巡りさん?コーリエッタ・メグリエです」

 スナバラのマキシカに関する事故の担当につながる電話にかけた方が話は早い。彼が出払っていることもあるが、今日は彼はすぐに電話に出た。

『――なんだ、お嬢ちゃんか。悪いが迷子の動物の件は・・・』

 少しくたびれた中年男性の声だが、張りのある大きめの声だ。

「盗まれたメグリエ機関、本日、見つけましたのでお知らせした次第です」

 コーリィは多忙な警部に電話を切られまいと、早口で用件を伝えた。

『なに!?』

 電話の向こうからガタガタと音がする。椅子から立ち上がるほどの驚きだったのだろう。

「ヒャリツの中です。5番通りの西側の点検口から入ったところにありました」

『なんでまたそんなところにあるのを見つけられるんだ?メグリエ機関をマキシカから外せるのは、メグリエのお嬢ちゃんくらいだろう?まさか自作自演じゃないよな?』

 ディージ警部はコーリィに疑ってかかるのはいつものことだった。

「今日、マキシカを止めた際に、ヒャリツに落ちたんです。出口を探していて、偶然見つけました」

『ヒャリツに子どもが落ちたって、通報があったが・・・それは嬢ちゃんか!』

 彼が他人行儀なのは、ヒャリツに落ちた子供を助けるのは別の警官の仕事だからだ。

「はい、もう大丈夫です」

 深いため息が聞こえてくる。

『マキシカ事故が多いが、嬢ちゃんも気をつけてくれ』

「はい。ディージ警部も頑張ってください」

『流石に多すぎる。一気にマキシカの寿命でも来たんじゃないか、ひと暴れして潔く散ろうとでも思っているのか。最近は、重機マキシカと染色マキシカ、そして今日のネジッレマキシカと立て続けだしなぁ。マキシカ熱過症候群なんて病名を言いだすやつもいる』

「頻発はしていると思います」

『重機マキシカはメグリエ機関が誤作動しないようにしなかった持ち主の責任もあるが、染色マキシカとネジッレマキシカは点検を半年以内にやったというし、ほんと何が起こってるんだか』

「そうですね」

 コーリィは抑揚のない声で答えた。

『メグリエ機関を見に行くよう担当の者に伝えておく。市民の通報、感謝する』



 コーリィはその夜、父親の書斎に足を踏み入れた。照明のスイッチを付ける。

 壁に沿って本棚が並び、本は本棚に収まらないほど。書斎机はたくさんの本を開き、比べたり、計算をしたり、設計図を書くために、ベッドよりも大きい天板で作られている。

 コーリィがこの部屋に立ち入ったのは、マキシカで頻発する暴走事故、その原因のヒントを掴むためである。

 父親が旅に出た理由は、マキシカの暴走を止めるためのクールショット弾の材料を取りに行くため。しかし、ここまでマキシカの暴走が頻発する理由と何か関係があるのではないかとコーリィは疑っていた。クールショット弾はコーリィには作ることができない。しかし、コーリィは何発か暴走するマキシカに向け、クールショットを撃ったことで、その弾の中に込められた物質の組成と反応の予想がついた。わざわざスナバラから出ずとも、クールショット弾を作る材料を得ることができる。では一体何のために父親は行方をくらませたのか。

 コーリィは書斎の中をぐるぐると歩き回り、思考を巡らせながら、違和感を探していた。見当がつかないときは、自身の感性を信じるしかない。

 書斎机の脇の引き出しから少しだけ紙きれがはみ出ていることに気づいた。父親のことだからあわてて引き出しを閉めたのだろう。いや、少し不自然な様相である。

 コーリィは、引き出しの隙間から顔をのぞかせた小さな三角形を指で摘んで引っ張り出した。

 それは紙きれでメモとして使っていたものだろう。それにはこう書いてあった。


 古いマキシカに紅夜石をごく近くまで近づけると、熱過現象が起こる


 その一文でコーリィの疑問が晴れたが、同時に明らかにコーリィに見つけてもらいたがっていたメッセージに見えた。マキシカの暴走が頻発することを予見していたかのような、その紙切れの異常な自己主張は、故意に用意されたとも思えた。

 前に書斎に来たときには、こんなメモが引き出しの隙間にはなかったと思う。

 この書斎の主、コーリィの父親フレイザは不在だ。戻ってきた様子もないから、フレイザがナガレに頼んで、このメモをコーリィに見つけさせるように仕込んだと考えて良さそうだ。筆蹟はフレイザのものにも見えるが、主人に代わり代筆することのあるナガレは、フレイザの筆跡を真似ることもできるかもしれない。

 コーリィはそのメモを持ち、書斎を後にした。

 コーリィは自室に戻ると、ワッカのしていた首輪を手にした。首輪についている飾りの紅い石をコーリィは凝視する。


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