第9章 初めての博物館
「おはよう」
ネッツは眠い目をこすりながら、居間にやってきた。今日も学校に行かなくてはならない。
昨日は暴走マキシカを止めに行ったおかげで、興奮したネッツは眠ることなどできなかった。いつのまにか眠っていたが、もう少し眠っていたいくらいだった。
自動二輪のような風を切る乗り物に乗り、陽が落ちたばかりの学園を駆け巡り、暴走した巨大な機械を止める。コーリィのライバルの壊し屋の兄弟ヤブとゴワにも会った。ネッツには、刺激的な出来事だった。
暴走していたとはいえ、昨日のマキシカはおとなしいマキシカであった。怪我もせずに帰ってこられたことは幸運だろう。
「おはようございます、ネッツ坊ちゃん」
「おはよう、ございます」
「学園から連絡がありました。昨日のマキシカ事故により、学園内の安全が確かめられるまで学園での授業はお休みだそうです。早目の雨期休みに入るそうですよ」
「雨期休み?」
「はい。長いお休みですよ。一週間後からは雨期休みの予定ですが、早まりましたね」
沙漠の中にある都市スナバラには一年に二回の雨期があった。雨期休みはもうすぐやってくる大雨期に合わせた長期休みで、生徒は二ヶ月ほどが休みとなる。雨期は二ヶ月以上続くが、雨は徐々に弱まっていく頃に授業が開始される。
「やった!」
ネッツの眠気は飛ばされて行く。
学校に行かなくてもいい。あんな堅苦しい、貴族のご子息たちの中で勉強なんて、ネッツには向いていないのだから。喜ぶネッツに、ナガレは言った。
「雨期休みが早まる代わりに、明日は博物館見学になったそうです。勉強してきたことをレポートとしてまとめる宿題が出るそうですよ」
「はくぶつ、かん?」
ネッツは博物館を知らなかった。
「博物館は、この都市の歴史やマキシカのこともわかるところですよ。古いものや珍しいものを見ることができます。ネッツ坊ちゃんにもきっと楽しい場所ですよ」
「よくわからないけど、面白そうだ!」
会ったばかりのクラスメートと行って博物館を楽しめるかわからないが、机に張り付いて勉強するより、まだ見たことのない博物館に展示されているものを見に行く方がネッツにとっては楽しいのではないだろうか。珍しいものを見られるという場所なら、退屈はしなさそうである。
「ネッツ坊ちゃんは、雨期休み明けにはほかの生徒に勉強が追いついていなくてはなりませんから、お休みの間もお勉強を頑張りましょうね」
「えっ」
ナガレはニコニコと笑顔でネッツを見ている。安心して勉強できる環境を喜んでもらえることを期待する孫へ暖かい眼差しのようであった。
「おはよう、ナガレ、ネッツ」
「おはよう、コーリィ」
ふんわりとした髪、少し気だるげで不機嫌そうな顔のお嬢様は白いブラウスと空色のスカートで現れた。
「お嬢様、昨日のことが新聞に載っております」
ナガレがコーリィに手渡した新聞には、一面に昨日のマキシカ暴走事故の記事が載っている。
「コーリィが新聞に載ったのか?!すごい!」
新聞に載るなんて、偉い人か、いい事をするか、悪い事をするかしかないと思っていたネッツにとっては、驚くべきことだ。
「どちらかといえば、マキシカを批判するための記事よ」
マキシカを批判するというのはどういうことだろう。コーリィも自身が新聞に載ったことを喜んではいないようだった。
「なんで?マキシカがないと困るだろ?暴走することもあるけど・・・」
マキシカはまれに暴走することはネッツが二度も見たから知っている。それが多いか少ないかはわからないが、コーリィがいればきっと大丈夫である。それに昨日は壊し屋も暴走マキシカを止めにやってきた。スナバラでコーリィに加え、壊し屋だというヤブとゴワがいれば、マキシカの暴走事故は十分対応できるのではないか、そうネッツは考えた。
マキシカなしではこの都市は成り立たないことをネッツだって知っている。マキシカが人の手ではできないこと、大変なことを代わりにやってくれたから、沙漠の都市も繁栄できたと言える。それをなぜ、新聞記事では批判するのか。ネッツには分からなかった。
「マキシカは何が何でも危険だと言いたい人たちがいるのよ」
コーリィは慣れっこといった様子だった。
「スナバラ・ニューズはマキシカの批判の記事がお好きですからな」
ナガレはこの都市で最も読まれている新聞をコーリィと眺める。マキシカによってこの都市は発展したともいえるが、ネッツが暴走事故に巻き込まれたように、稀に事故が起こるのもマキシカだ。マキシカは人よりも大きな機械で、人よりも力持ち、速く動くといった人を超えた力を与えられたことで、人の手に負えない事故が起こってしまうことがあった。
マキシカは都市になくてはならないものであるが、ネッツはあんな怖い思いは二度とごめんである。マキシカは危険だという人と、マキシカは都市に必要だという人がネッツの中に存在するようになっていた。これは、白黒つけられない話というやつだ。
「記事にコメントしているのはジンリー・リック議員よ。マキシカの批判ばかりする連載記事を書いているわ」
反対派の筆頭として、都市議会議員のジンリー・リックがマキシカの危険性を大袈裟に書いているらしい。彼は議員だから、スナバラのことを話し合って決める人物の一人だということしかネッツにはわからない。マキシカなんて無くなればいいと考える変わった人なのだろうか。そんな人がスナバラのことを決める人の一人だなんてネッツは議員を信用できないような気がしてきた。
「ナガレ、昨日のアグリマキシカは修理屋に?」
「はい、お嬢様、ユーゼン様のところにお願いしております」
「直して使えるのか?」
ネッツは確認するように言った。
「もちろんよ。でも年代物だから、修理屋に点検を頼んだわ。あれくらいなら再起動できるもの。校舎の壁が少しだけ剥がれたくらいで寝込んだ学長先生のほうが心配だわ」
コーリィの母校であることからも、学長の事も知っているのだろう。歴史のある整然とした自慢の校舎らしく、少し壁の煉瓦が欠けたくらいでもあの穏やかな学長でも寝込むらしい。
「今日も警察に行かなくてはならないわ」
コーリィは不満そうに言った。
「警察!?」
ネッツは驚いた声を上げてしまった。
「そう。マキシカ事故の報告に行ってくるわ」
「俺も行く!」
「ネッツは今日のお勉強とお仕事があるでしょう」
「う・・・」
「ネッツにはしっかり勉強をしてもらわなければ。いつまでも見習いでいられるわけじゃない。木登りしか能がないもの」
どうやらコーリィは昨晩のことを根に持っているらしい。
「コーリィは勉強しないのか?」
ネッツとそう歳の変わらないコーリィが勉強しているところを、ネッツはまだ見たことがない。
「今は勉強したことをもとに実際に試しているところよ」
そう行ってコーリィは朝食の後にマキシカ事故の状況を話しに警察署に出かけてしまった。
学園でのマキシカ暴走事故から二日、貴族の子息たちに囲まれて、ネッツは博物館に来ていた。
学園内で起こったアグリマキシカの暴走事故では大きな被害は出ずに済んだ。しかし、子どもたちを預かっている学園としては、完璧な安全を約束しなくてはならないために、授業は学園を離れてスナバラ都市立博物館の見学になった。
ネッツは博物館に来たことはなかった。ナガレはネッツにも楽しめる場所だと言ったが、一体どんな場所なのだろうか。
博物館は、この都市の特徴とも言える、白い石でできた立派な建物だった。いたるところに金の細工を施し、左右対称の建物だ。それが街の中心から少し外れたところにある。スナバラ議会なども近い地域である。
博物館には時計台が石の建物の上に備え付けられてあり、大剣のような針が真っ白な文字盤に付いている。立派な時計だが、現在時刻とは異なる時刻で止まっていた。
「絡繰大時計は点検中らしくて、止まっているんだって」
ショーン・ミグは真っ黒な艶のある髪と瞳も真っ黒の少年だ。よく見ると彼は鼻が低くて切れ長の目の、中性的な顔立ちをしている。クラスメートの中では1番背が高くてすらりとした印象の生徒だ。転入生であるネッツのことを気にかけてくれる優しい生徒である。彼が絡繰大時計のことを、ネッツの耳元で教えてくれた。
本来なら、時を告げる鐘のなる絡繰時計らしい。博物館のランドマークともいうべき時計で、文字盤の下の扉が開き、人形たちがくるくると回るのだと、その光景を見たことがあるショーンが教えてくれる。
「かなり凝った作りで面白いんだ。音楽が流れて、人形が出てきて回るんだよ。見られなくて残念だな。行こう。先生が呼んでる」
「う、うん」
ネッツは今まで博物館に来たことがなかったし、博物館がどんなところかもわかってはいなかった。
淡い空色のシャツに紺色の半ズボン、赤いバンダナを首に巻いた少年たちが博物館の入り口に集まってくる。
生徒たちの一団にネッツが加わると、担任であるヒルキー・エコが説明を始めた。
「皆さん、おはようございます」
まばらながら生徒たちは挨拶を返す。
「博物館に展示されているもの、好きなものを選んで詳しくわかりやすく説明するレポートを書いてください。そして自分で考えたことも書いてください。質問はありますか?」
生徒たちはだれも手を挙げなかった。この説明で理解できなかった者はいないということだ。
「では、博物館でも紳士的な行動をすること。行きますよ」
教師とともに博物館の白い石の扉を開いて中に入った。広い空間が博物館のロビーにあたり、黄色のバンダナや緑のバンダナを巻いた他のクラスの集団もあった。
ネッツのクラスには一人の学芸員が解説をすることになった。黒髪をきっちりと纏めた細身の女性だった。彼女はララと名乗り、子供たちに笑顔で博物館の歴史を話し始める。
博物館の歴史は古く、百年以上も前からスナバラやその周辺の珍しいものを集め始めたという。
学芸員の話が終わり、ネッツはクラスメートともに展示室に足を踏み入れる。自由に展示を見る時間だったが、生徒たちは博物館など何度も来ているらしく、つまらなさそうな顔だった。博物館に初めて来たネッツはショーンに話しかけた。
「博物館って面白いのか?」
「最初はね。でも何度も来ているし見飽きちゃった。ネッツは初めて来たの?」
「うん」
「じゃあよく見てきなよ。宿題ができないよ」
ショーンに言われるがまま、ネッツは展示に近づく。
「小さい街だ!」
最初の展示室にあったのは、この礫沙漠に位置するオアシス都市スナバラの巨大なジオラマだった。小さな建物が沙漠のなかに生えてきたような白い巨石の上に並べられている。
孤児院やコーリィの家はどこかとネッツはジオラマの中を鳥が空から探すように見つめる。同心円状に広がる街。小さな家や道路を走る車、町外れの鉄道の駅には、汽車が停まっている。ネッツの視界に入るほどの小ささになった街は時を止めているよう。しばらく見ていても飽きなさそうだ。ナガレの言う通り、博物館には面白いものがあるというのは間違いではなさそうだ。
「そんなことで喜べるとか、庶民だな」
そう発したのは、赤いふっくらとした頬に、一回り大きな体の少年だった。彼は教師のお気に入りの生徒メッコー・クラムである。
「やめなよ、メッコー。ネッツは初めて博物館に来たんだ。じっくり見たっていいじゃないか」
ショーンが間に入る。
「うるさいな庶民め」
そこにやってくるはあの髭の教師だ。
「適切な振る舞いをしてこそ、我が校の生徒ですよ」
二人は黙った。教師はネッツを呼びつけ、耳打ちをした。
「いいですか、ネッツ・ワマール!貴方はメグリエ家のご令嬢たってのお願いで試験もなしに編入したのですから、ちゃんとしてくれなくては困りますよ」
勝手に喧嘩を始めたのはメッコーとショーンだというのにネッツが叱られることになるとは。貴族の出でもない孤児が紳士の卵とともに勉強しているのが気にくわないようにも思える。この窮屈な担任がメッコーを依怙贔屓するのは何か理由がある。メッコーは威張りちらす貴族の家の子供に違いない。
「ネッツ、メッコーに目をつけられているから、気を付けてな」
ネッツに耳打ちしたのは、ショーンだった。
「メッコー?あいつか」
「そう、メッコー・クラム。議会議員の甥っ子だから、先生たちも特別扱いしているんだ」
議会議員といえば、都市の偉い人だということはネッツにもわかる。偉い人の親戚といってメッコーは威張っているのだろう。授業でも担任エコのお気に入りの生徒のようで、エコはメッコーが活躍する場を作ろうとしているのか、メッコーがクラス代表をやっているのだ。メッコーとは関わらなければいい。親切なショーンと友達になれただけでも、学園の中では十分だ。
気を取り直し、ネッツは博物館に飾られた物を一つずつ見ていく。
都市の近くで採れる岩石の標本は宝石のような輝きを持つものもあるらしい。四角いもの、六角形のもの、柱状のもの、あぶくが寄せ集まったものなど、形も様々な鉱石たち。
石ころと言われればそうだが、箱に入れられ、ラベルがはられ、丁寧な解説が添えられると価値のあるもののように見えてくる。
そういえば、カミーエ・テンヘンも石の研究をしていると言っていたが、彼の物置のような部屋にもたくさんの石が1種類ずつ箱に入れられていた。少し乱雑な扱いだったが、博物館のように綺麗に並べたら少しはマシなのではないかとネッツは思った。
ネッツは不自然に生き生きとした硝子の目の動物の剥製に視線を感じた。動物の剥製を一つの部屋に切り取った生息地のジオラマに置いた展示だ。死んだまま、時間を止めたケルケルを見るのはネッツには初めてだった。
ケルケルは沙漠と都市の境目で飼われている四本足の草食の動物だ。毛を利用し、乳と肉を食べることができ、乾燥と高温に強い。首が長く、クリーム色の毛と細い足、長い睫毛にピンと伸びた少し長い耳。怒ると細長い顔に生えた歯を見せてきて、唾を飛ばして威嚇したり、後ろ足で蹴り飛ばすのだ。ネッツは飼われているケルケルを見たことがあるが、飼い主ではないネッツを見るやいなや、臆病ですぐに逃げてしまった。ケルケルの剥製はどこか不自然さはあるが、動かないことでじっくりと眺めることができる。
ケルケルの横にいるふた回りも大きく、ネッツの身長の倍ほどある生き物の剥製は、カルーと呼ばれている。ケルケルよりも毛の色が暗く灰色をしており、赤い尾がちらりと見える。人が乗ることができる動物で、太くて短い嘴が特徴だ。礫沙漠をその太く丈夫な鱗のついた四本足で歩く。カルーはケルケルとは違い、鳥に近い生き物だという。ケルケルとは違って美味しくないのであまり食べない動物だ。野外でケルケルとカルーが並んでいるのは珍しい。剥製だからこそできる展示であり、並べてみると大きさの違いや毛と羽毛の違いも見えて来る。
他にも食肉用にスナバラの外から連れてきた動物サーサ、卵を食べるために飼育されている鳥ギンヨルなどの剥製もある。動物を生きたまま時を止めた結果、生きているかのようで死んでいる剥製が博物館に飾られている。ネッツの背筋が震えたのは、そのどこか不自然な生死による不気味さだろう。
博物館は昔の人の服飾品や、地中深くで見つかった植物や動物の骨の化石、昔の人が使っていたという食器のかけらまで丁重に飾っていた。残念なのは展示物が全てネッツが触れられないようになっていることだった。どんな手触りなのか、冷たく感じるのか、重いのか軽いのか、ネッツは知ることはできない。
ネッツには物珍しいものばかりだったので、博物館を楽しむことができた。他の生徒たちはつまらなさそうにしていたが、ネッツだけは目を輝かせて展示物を見つめていたからか、教師もそれ以上何も言ってこなかった。
博物館には、スナバラの地下を示した模型も展示されていた。ミニチュアの都市をまっぷたつに割った断面だ。都市の下には有象無象に掘り進んだかのような穴が複雑に絡み合っている。ところどころ広い部屋もあるようで、そこに地下水がたまっているらしい。
それが鍾乳洞の冷たい風を屋内に引き込み、部屋を冷やすヒャリツだった。ネッツが寒さで目覚めた朝の原因である。
ネッツは知らなかったが、都市の下には、鍾乳洞という空間がある。遠く遠くの山脈から都市の地下まで続く長い長い鍾乳洞が、地下水と冷たい空気を都市に供給しているという。それがヒャリツと呼ばれるものだった。
ヒャリツには都市の貯水池の役目もある。地下水を汲み上げて飲水として使っているのだ。地下の空間の冷たい空気を部屋に取り込むことで、部屋を冷やす。何事にも理由や仕組みがある。都市だってネッツは目に見える部分しか知らなかった。都市の下にはヒャリツ。沙漠の西の向こうには山脈がある。東にはウミナトという街がある。知らない誰かが見聞きしたことを知ることがネッツの世界を押し広げていく。
次の展示室はマキシカの展示だった。マキシカがなければ、沙漠の真ん中のオアシスがこんなに栄え、世界一の街になることなどなかった、と大げさなことをララは言った。
学芸員が紹介したのはマキシカの父と呼ばれるハージ・M・マキシカの肖像画だった。丸顔に髭を蓄えた、気難しく頑固な老人のように見える。彼はすでに故人であった。
彼の手でマキシカが作られたことで、沙漠の街が発展したと、偉人として讃えられている。
展示室の中央では、マキシカの外壁を取り払い、中の贓物が長年の展示により塗料の剥がれた模型で再現されていた。
多数の歯車が合わせ鏡のようにずらりと並び、血管のように張り巡らされた細い金属製の集熱フィラメント、細かな部品から、強靭な腕のような大きな部品まで、長い労働にも耐えられる機械だということを、その模型は示していた。
偽物のマキシカは軽い作りだったが、ネッツには恐ろしくも感じられる巨大な塊の中身は密に詰まっていることはわかる。それが人の手にはできないことも、疲れを知らずに働き続けることも可能にしているのだろう。
「皆さん、マキシカを動かしているのは何か知っていますか?」
にこやかに学芸員が退屈な生徒たちに呼びかけると、だるさの混じった声で、声変わりのしていない少年たちは合唱する。
『メグリエ万年機関!』
ネッツはマキシカがどうして動いているかなんて考えたこともなかった。
「メグリエ?!」
ネッツが素っ頓狂な声を上げたことから、季節外れの転校生に視線が注いだ。ネッツはすぐに俯いた。
メグリエ――ネッツが今世話になっている家の令嬢の名はコーリエッタ・メグリエだ。
学芸員が壁にある肖像画を示し、メグリエ万年機関を発明したタートス・メグリエ博士だと言っている。こちらはマキシカの父ハージとは違い、にこやかな白髪の老人が描かれた絵だ。
コーリィは、都市の成り立ちに深く関わっているような人間の血を引いているということだ。都市の発展に寄与する万能強固な機械マキシカ。太陽がある限り半永久的に熱量を生み出す動力源メグリエ万年機関。
都市に降り注ぐ太陽の熱量を糧にすることのできるメグリエ万年機関と、その多大な熱量で動き続けることのできる頑丈なマキシカが合わさり、人の手ではできなかったことができるようになった、学芸員はそんな話をしていた。その間、ネッツはぽかんと惚けた顔をしていた。
メグリエ万年機関に容量を超えた熱量が入るためにまれに暴走することがあるのだと説明は続く。マキシカにはその状態を確認するための目のようなランプがついている。普段は青から緑、黄色に光るが、これが赤くなれば、マキシカの暴走状態を示す。
先祖の作った都市の生活を変えたような発明が、今になって暴走して、それを気難しいお嬢様は鎮めに行っている。コーリィはたいそうな役目を背負っているのだ。貴族など威張っているだけの存在だと思っていたが、コーリィのように使命を持って、危険な仕事をしている貴族もいる、ということになる。
「皆さん、学芸員さんのお話はお勉強になりましたか?」
博物館の見学後、博物館の入り口の前のロビーで引率の教師が生徒たちに言った。博物館はこのロビーに至るまで、ヒャリツのおかげで灼熱の外とは別世界である。ネッツには文字通り肌での感じ方が変化していた。
教師にここで解散かと思いきや、生徒たちにはもう一つの課外実習があった。
「皆さん、今回は特別にマキシカ管理局を見学させてもらえることになりました」
生徒たちは嫌な顔をしたが、彼らを激励するかのように、ヒルキー・エコは満面の笑みで張り切っていた。
「この博物館の奥にマキシカ管理局があります。スナバラ中のマキシカを管理する大変なお仕事をしているところです。是非、見学させてもらいましょう」
意気揚々とした教師エコは、だるそうな生徒たちを引き連れ、マキシカ管理局のある博物館の奥へと進む。
博物館の奥に数部屋、マキシカ管理局が陣とっているようだ。
壁に沿って生徒たちは歩いた。白い壁が続いていたが、その壁が急に深い藍色と黄色とほんの少し青ざめた陶器の壁に変わった。光沢のあるその壁は、ネッツが触れてみるとひんやりとしていた。その陶器の壁はネッツのクラスの生徒たちが横並びになった位の幅くらいある。
少し離れてみると、字が彫られた板をタイルのように多数並べて壁に貼り付け、陶器で作られた作品のようだ。太陽から溢れる光が藍色のスナバラを照らすような目の覚める情景を思い浮かべて作られたのだろう。一見、朝日が登る早朝に見えるが、彫られた二編の詩が『輝く太陽 西に沈む』から始まることから、どうやら夕方に都市中に流れる夕日の曲の歌詞を刻んだ大きな作品らしかった。
夕日の曲はマキシカの使用を控える時間だと都市中に知らせるものだ。都市の子供たちには、この曲がまさに鳴り響いたら、家に帰るように言われている。マキシカの停止の曲の歌詞だから、マキシカ管理局の手前の廊下に飾られた作品なのだろう。
こんな巨大な作品を誰が飾ったのだろう。博物館の来館者は、マキシカ管理局のあるこの廊下まではやってこない。こんなにも大作なのに、マキシカ管理局の職員くらいしか目にすることのない場所に飾られている。
博物館の奥にマキシカを管理する管理局があるなど、管理局の存在さえ知らなかったネッツにとってはそこで何があるのかとても気になった。
マキシカ管理局と書かれた部屋の入り口があった。教師が声をかけると、中から一人の初老の男性が出てきた。生成りの半袖シャツ、暗い灰色の少しダボついたズボンにサスペンダー。白髪まじりの髪は短く切り、左目の下に黒子、目尻に皺の刻んだ顔を笑顔で満たし、生徒たちの前にやってきた。
「こんにちは」
少年たちは高い声で挨拶を返す。
「マキシカ管理局にようこそ。私はマキシカ管理員のオゥサン・アリブレと申します」
男はけらけらと笑った。アリブレの笑顔は少しだけ不揃いな歯が見える。
「マキシカ管理局が何をしているところか知ってるかな?」
生徒の一人が答える。
「都市中のマキシカを管理しているところ!」
「さすが、フュールイ学園の生徒さんだ。よく知っているね」
アリブレが生徒を褒めると、エコは満足そうにしていた。
「さて、見学ツアーを始めよう。まずはこの部屋は管理局の職員がいるところだよ。仕事中だから、静かに覗いてみてな」
アリブレが出てきた部屋を生徒たちは覗き込む。
こじんまりとした部屋に机が所狭しと並べられ、職員がまばらに座っていた。マキシカ管理局という大層な政府機関といえども、小さな部署であるらしい。
「出払ってる職員はマキシカを見に出掛けているんだ。個人のマキシカだけでなく、都市が管理しているマキシカもあって、発電マキシカや地下水を組み上げるポンプマキシカなんかだね。さぁ、隣の部屋も見せてあげよう」
アリブレが次に見せてくれたのは都市中のマキシカの情報を保存した部屋だった。図書室のように本棚が詰め込まれた部屋であるが、本ではなく、マキシカの設計図が納められていた。一つのマキシカの設計図は大きな紙を丸めたものだ。それが部屋のほとんどを占める棚に置かれている。
アリブレは生徒に説明を始める。
「マキシカは全部で三百五十三機。そのすべてのマキシカの設計図がここにあるんだよ」
全てのマキシカの中身は基本の作りは同じでも、それぞれの役割ごとに設計されている。それをネジ一つまで詳細に記したのが設計図だ。
「実はマキシカは三百五十三機あるのだが、設計図は五百近くある。なんでだと思う?」
アリブレは生徒たちが退屈しないよう、問いかけた。
生徒たちの反応は薄い。もう疲れてしまったのか、答えがわからないのか。ネッツは全くわからなかったので、黙っているしかなかった。
「誰か答えられるかな?」
エコが生徒たちに答えるよう促す。メッコーをちらりと見たが、メッコーは目を逸らした。アリブレはにっこりと笑う。
「難しかったかな?答えは、第一世代のマキシカの設計図もすべて保存されているからだよ」
アリブレによると、マキシカには第一世代と第二世代があるらしい。今、市中で働くほとんどのマキシカは第二世代だ。
第一世代のマキシカが作られたが、必要なくなったマキシカもあり、必要なマキシカに作り替えられたという。およそ四十年前から作られ始めたものが第二世代のマキシカだそうだ。
学園の所有するアグリマキシカのように、保存の意味合いで第一世代のマキシカもいくつかまだ残っているが、時代に必要なマキシカに作り替えられたり、より効率の良い働きのマキシカに作り替えられていった。だから、今は存在しないマキシカの設計図だけが、マキシカ管理局にあるのだ。
スナバラに三百を超えるマキシカがあるとは思わなかった。そんなにたくさんのマキシカがあって、暴走したらどうなるのだろう、とネッツは急に怖くなった。暴れん坊のマキシカたちはこの街を壊してしまうかもしれない。