プロローグ 狂熱のマキシカ
突如、少年の背後で巨大な鉄の機械――マキシカ――は暴れ出した。
肌を焦がすような太陽の都市で、数々の悲鳴とともに布が引き裂かれ、耳障りな金属音が鳴り響く。
見上げるほどの巨大な機械マキシカは太陽光を鈍く照り返す鉛色の図体から生やした複数の剛腕を振りまわし、手あたり次第に腕が届いたものを材料として取り込む。
人通りが多く、建物が密集した狭い通りで、マキシカはこれから裁断する布や軒先の防水布開いた窓からカーテンを引きちぎり、針のついた口に運ぶ。それでも材料は足りないと、手あたり次第に鉄の腕を伸ばし、人々の上着をはぎ取り、隣の店のパラソルまでをも引きちぎる。
人間の言いなりであることをやめた仕立屋のテイラーマキシカは、その喜びに体をほてらせ、マキシカの特徴である赤い瞳をギラつかせる。
機械は歓喜の熱を発し、周りの熱い空気を歪ませながら、金属をこすり合わせることで生み出す不快音をかきならし、手にした布に針をざくざくと刺しながら、高速で動き続けている。本来なら、その針と糸は、分厚い布を縫い合わせるために人の手から与えられたもの。しかし、暴走をした今、その針は人々の脅威になった。
マキシカから溢れ出る熱は"赤毛の少年"の肌にも感じられた。彼も逃げなくてはならないのだが、狭い通りで暴れるマキシカの腕は通りに合ったものをなぎ倒し、逃げ道を塞いだ。次々と物が転がって飛んでくるものだから、少年は足がすくんで逃げるための一歩が出ない。恐怖で目の前の現実から逃れたいのに、逃れられない。
少年に通せんぼするようにマキシカは布を掴み上げる機械の腕や裁ちばさみを少年の周りで振り回す。
石畳から少年の脚が一度離れた。少年のシャツの襟を金属の腕ががっちりとつかんでいた。少年の着ていた服でさえ、材料だと機械は認識する。少年は機械の腕に引きずられていく。
機械は少年に熱い息を吹きかけ、まるで獲物を捕まえたことに喜んでいるかのような金切声を出す。
テイラーマキシカの作業台の上に乗せられた少年は、その滑りの良い台の上で抵抗することもできずにあっという間に加工を待つ素材として扱われていた。
少年の背筋にひやりと戦慄を走らせる。
ハサミを研ぐような金属が擦れる音を聞きながら、少年の心臓は太い針が布を射る速さよりも高鳴って苦しい。
小柄で華奢な少年がマキシカから逃れようも踠いても、巨大な機械には少年は材料としか認識されていない。
暴走する前は仕立屋のマキシカだった。従順な機械は、様々な服を裁ち、寸分違わず縫い上げていた。それが暴走してからは、ありとあらゆる布を取り込み、出鱈目な作品を吐き出す。今度は布ではなく、少年を縫製しようとしている。
少年のシャツの裾にも針がつき刺さった。服を脱ぎ捨てようにも、少年の右腕を機械の腕が掴んでおり、片手では慣れないシャツの小さなボタンを外すにも、恐怖による手の震えと汗でうまくできない。
マキシカはその針と糸でシャツを縫いながら、余分な布は裁ち鋏で切り取っていた。このまま、少年はマキシカの作品となり熱された道端に吐き出されるのか。
少年が叫び、足掻きもがいても、誰も助けてはくれない。人々は逃げるのに手一杯だ。従順なやさしい大きな機械でも、ひとたび暴走すれば人には手をつけられない暴れん坊になってしまった。
良い材料を手に入れたと興奮するマキシカは一層、急ぎ足で鋏と針を動かす。少年の背後で不気味に部品たちは、耳障りな音を立てながら狂ったように動いた。