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マーガレット・ビノシュ伯爵令嬢 (結)

ちょっと短めです。

◇◇◇

執務室の窓辺に置いた水盤にはたくさんの小鳥たちが水浴びにやってくる。

その中でひと際美しい声で囀る小鳥の声に顔を上げる。

少し早いが休憩にしようと告げ、隣の休憩室に茶菓を用意させて一人になると、壁の羽目板を模した扉の向こうの隠し部屋へ自ら茶菓を運ぶ。


「三代連続で廃太子にならなくて良かったわねぇ。と言っても限りなくそれに近い状況だけど。

全く、どんな教育したらロクでなしばっかり育つのよ。王宮付きの教師たちを替えた方が良いわよ。」


今日は珍しく修道院長の出で立ちのままやって来たその人は、捧げた盆の菓子器から小さな焼き菓子を摘まんで口に放り込み、ティーカップを取るとそばにあった椅子に腰かけて優雅に飲み始めた。


「・・・学業は優秀なんですがね・・・」


テーブルに盆を置いて向かいに座る。


「お勉強のできるバカが一番始末に負えないのよ。要は倫理観と共感性よ。道徳教育が足りてないんじゃない? まぁ、とにかく甥っ子第二王子の対応はお任せするわ。私、王子様には関わりたくないのよね。」


そう言って次々と菓子を口に放り込むが、なぜか優雅な仕草に見えてしまうのが解せぬ。


そう思いながらテーブルに目をやると、いつも通り気付かぬうちに報告書が置かれている。

それを手に取り目を通しながら補足を受ける。


「ローレンス・アルトは義侠心が強い。それは自分に対してもね。

だからマーガレットの裏切りを聞いてそれが許せず、真偽を確かめもせず感情のまま極端に排除してしまった。

でもあの日、それが自分の過ちであり自分こそがマーガレットをこの世から追いやった張本人だと突き付けられた。

鐘の音の後の彼らを観察していたけれど、自分たちの行く末は自業自得だと落ち込む程度で済ませてしまいそうな雰囲気だったから、あと一押ししておいたのよ。

ローレンスはマーガレットの真心を目の当たりにして良心の呵責に苛まれて後悔しながら生きれば良いと思ったのだけれど、彼は自分の世界に逃げ込んでしまったわ。」


そう言いながらまた菓子を口に放り込む。


「一人幸福な夢の世界で一生を終えるのか・・・」


そう呟くと、そうでもないわよと、ローレンス・アルトの報告書の最期をとんと指ではじいた。


「マーガレットに最期の別れの手紙を書いてもらったのよ。式典で身に着けていたローレンスに贈られたブローチを遺品として添えてね。もう間もなく届くと思うわ。幸福な夢の世界で相思相愛だった婚約者を傷つけ裏切ってこの世から去らせてしまった自分と、そうさせるように自分を陥れた母と妻を、彼は許せるかしらね。」



次の報告書と空のカップを指差されたので、ポットを取って注ぎ、次の報告書を手に取る。

なぜ国王の私が自らお茶を注がされているのか、体が勝手に動いてしまうのか、解せぬ。


「ビノシュ元伯爵は自己愛が強い。愚かにも生まれたばかりの娘をその加害者として憎しみを向ける事で自分を犠牲者として憐れんでほしかったのよ。そもそもの原因は子を望んだ自分なのにね。憎しみの対象が目の前にいる事で何時まで経っても悲しみからは抜けられない。その苦しみを周囲に示す事で同情される事に酔っていたんだわ。周囲もそれに絆されて、誰も諫める人が居なかったのがヴィクターの不幸だったわね。

でも、だからと言ってヴィクターの罪は無くならない。いくら子供だからって「死ねばいい」なん言ってはいけない事くらいわかるはず。今になって突き付けられるまで分からないような人間は、きっと妻や子に自覚なく同じような事をするわ。だから社交界に噂を流して居場所をなくしたの。いくら伯爵家でも、後ろ指を指され続けて没落していく家に縁付こうなんて人が出ないようにね。」


報告書の肖像画の記載を目にして手が止まった。


「ビノシュ元伯爵は今は自己憐憫に酔っているわ。娘を女神に奪われた哀れな父親、背を向けた妻の肖像画に健気に語りかけている哀れな夫。

あれ以来礼拝堂に一度も行ったこともないし、祈祷すらしていない。すり替えられた元の絵を探しているのはヴィクターだけ。

親身になって心配してくれている友人の手紙やアドバイスを否定と捉えて屈辱を覚えるなんて、もう救いようがないわね。」


報告書の一点を見つめて手が止まった様子を尻目にさらに報告は続く。


「元の伯爵夫人の肖像画は、あの二人がマーガレットに本気で向き合うつもりがあればすぐに見つかる場所に大切に保管してあるわ。元伯爵はもう目にすることはないでしょうね。

でも、ヴィクターはいつか気付くかもしれない。そうすれば彼は父親の呪縛から解放されて自由になれるわ。」


動きを止めたままの私に、ため息と共に告げられた。


「そう、背を向けた肖像画を描いてくれたのはローザリアよ。事情を聞いて少し前から手伝ってくれていたの。でももう女傑が迎えに来て帰ってしまったわ。あの国の言葉では発音が難しいからあちらではローズマリーと呼ばれていて、今は幸せに暮らしているわ。」


「そうですか、幸せに・・・」


そう呟くのがやっとだった私に、目の前の人物はじゃあねと手を振って隠し通路へ消えて行った。


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