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聖女らしきものたちの暗躍  作者: お伝


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ノートン子爵の帰還

オーギュストの目の前に立ったノートン子爵は、少しやせて日焼けをしていたが、健康には問題のなさそうな佇まいだった。


「お帰りなさいませ」


オーギュストは、そう言って頭を下げたまま、顔を上げる事が出来なかった。


「お帰りなさいませ。ずっとお帰りをお待ちしておりましたわ」


オーギュストに続いてホールに入って来たファニーは、そう言って感激したように目を潤ませて自身の夫を見つめている。

しかし、誰もノートン子爵の問いに答えない。


「みんなには心配を掛けたね。それで、エレノアはどこに居るのかね。この1年本当に苦労を掛けたのだ、早く労ってやりたい」


そう問われ、ファニーが困ったようにオーギュストに目を遣ったが、彼は頭を下げたまま動かない。

ファニーは二人を見比べて、場所の移動を促した。


「旦那様、応接間でお話をしましょう」


そう言うファニーをノートン子爵は制した。


「いいや、ここで構わない」


その言葉に、いつもの通りハンカチを揉みしだきながらオロオロと視線を彷徨わせるも、自分に変わって話してくれる人はいない。

その様子を、いつになく譲らない様子で見据えるノートン子爵の視線を受け、仕方が無いという様に溜息を吐いて話し始めた。


「旦那様、エレノアは、オーギュスト様を裏切って体を売っていたのです。しかも、私の知らないところでカミーユに酷いいじめを行っていて、その噂が王都中に広まってしまっています。これ以上の悪行を行わせないように、今はお部屋に閉じ込めているのですが、食事に文句を付けたり暴れたり、みんなを困らせて手の付けられない状態なのです」


ノートン子爵は、ファニーを見据えたままオーギュストに声を掛けた。


「オーギュスト殿、それは本当のことかね」


「……」


オーギュストは頭を下げたまま動く事も言葉を発することもできない。


「では、エレノアをここへ連れて来てくれ」


その言葉に、新しい家令がおずおずと前へ進み出た。


「あの、発言をお許しください」


ノートン子爵はファニーから目を逸らさず、進み出た家令に答えた。


「君は誰かね。見た事のない顔だ」


「私はこの家の家令を務めさせて頂いて……」

「君を雇用した覚えはない。家令を呼んでくれ」


最後までいう前に言葉を遮られたその家令は、血の気の引いた顔で小刻みに震えながら答えた。


「前職の家令は、カミーユお嬢様に無礼を働き……」

「カミーユお嬢様とは、どちらの家のご令嬢だ」


ノートン子爵はファニーを見据えたまま、彼の言葉を遮って畳みかけた。


「あの……、こちらの養女のカミーユ様で……」

「我が家には養女などおらん」


またしても言葉を遮られた自称家令は、額に汗を滲ませながらファニーと頭を下げたままのオーギュストを見比べた。

ノートン子爵に見据えられたままそのやり取りを聞いていたファニーは、真っ青な顔でがくがくと震えはじめた。


「エレノアは何処だ」


その問いに、ファニーが今にも泣きそうな顔で自称家令に言った。


「早くあの子を連れてきて」


「……私は、あの日、奥様のお言いつけ通り、恥知らずは出て行けと……」

「私はそんなことは言っていないわ!」


涙声で叫び、ノートン子爵に駆け寄ろうとしたファニーを、護衛の槍が制した。

夫と自分を隔てる槍を掴み、呆然と立つファニーを、ノートン子爵は未だ見据えたままオーギュストに聞いた。


「いつまで黙っているつもりかね、オーギュスト殿。いや、もう侯爵家からは追放されているから平民のオーギュストか。ほら、「真実の愛」の前できちんと話してみたまえ」


頭を下げたままのオーギュストの視界の端に、玄関の扉の外に捕縛されて連れてこられたアンとカミーユが見えた。


「エレノア嬢は、三週間ほど前に邸を追われ、未だ行方が分かりません」


その言葉を聞いたファニーが小さく悲鳴を上げた。

ファニーのその様子を冷たく見据えたまま、ノートン子爵はオーギュストに問うた。


「追われた理由は?」


「……体を売っているという話を、みんなが鵜呑みにして……」


「誰がそのような事を言ったのだ」


捕縛されて口を塞がれたアンとカミーユが玄関の外でうめき声を上げながら首を横に振っている。ノートン子爵の合図で、二人は地面に押さえつけられ声を出せなくなった。

しんと静まり返る玄関ホールに、オーギュストの声が響く。


「カミーユが、エレノア嬢が男と腕を組んで娼館に入るのを見たと……」


「それで? エレノアは否定しただろう?」


「……いえ、あの……」


ノートン子爵は、オーギュストの答えを待たずに、ずっと見据えたままのファニーに聞いた。


「エレノアは否定しただろう?」


何も言わずオロオロとアンに視線を向けるも、応えられる状況ではない。オーギュストはまだ顔を上げていない。ファニーはノートン子爵に縋るような目を向けた。


「知らなかったの! 部屋に居ると聞かされていたの。我が儘ばかり言って手が付けられないから、誰も近づかない方が良いって……」


「それで、実の母親であるはずの君は、エレノアの話も聞かず、真実を確かめようともせず、毒婦と性悪の言いなりになってエレノアの安否すら確認しなかったと。おまけに、婚約者として守るはずのそこのクズは、性悪と不貞の末にエレノアのありもしない悪評を王都中にまき散らしたばかりか、行方不明と知りながら探しもしなかったという訳か」


怒りを抑え込み、歯ぎしりと共に唸るように言葉を発したノートン子爵の、握りしめた拳がわなわなと震えているのが見て取れる。

ファニーは、ノートン子爵の憎悪の籠った目に震え上がり、その場に座り込んでぶるぶると震えながら、目の前に立った夫を見上げた。


「君にはエレノアを産んでくれた事だけは感謝している。しかし、今回の爵位簒奪を共謀したことについては看過できない。この場で離縁と貴族籍剥奪を言い渡す」


その言葉に、わなわなと唇を震わせたファニーが言い募った。


「私は爵位簒奪なんてしていないわ! 離縁されて貴族でもなくなったら、私はどうすればいいの?!」


這って縋り付こうとしたファニーを、護衛の槍が押しとどめる。


「姉と姪を絶対に邸に入れるなと、姪を養女にするなどという世迷い事を2度と口にさせるなと、長年にわたり再三忠告していたのだ。忘れたとも聞いてないなどとも言わせんぞ。留守を狙って、当主と血の繋がらない赤の他人を養女として引き入れ、後継にしようとすることを、世間では爵位簒奪と言うのだ」


そう言うと、やっとファニーから目を離して背を向けると、玄関の外で押さえつけられている二人を顎で指示して護衛に命じた。


「捕縛してあれらと共に外に出しておけ」


そして、ゆっくりとオーギュストの前にやって来きて、手に持っていた手紙を差し出した。


「1週間前に、ブノワ侯爵家から全貴族家に事情説明と共に出された手紙だ。こんなものを出されても、エレノアはもう社交界には出られないし、王都を出歩く事もできはしない。君はノートン商会の惨状を見たかね? 我がノートン家は、もう商売もできる状態ではないんだよ」


オーギュストが手紙に目を落とすと、そこには、エレノアの噂は事実無根であること、ノートン家と血のつながりのないカミーユが養女になる事実などはなく、不貞の果てに元婚約者のエレノアを謂れのない中傷で貶めたオーギュストは、婚約を破棄されて貴族籍を剥奪されると、予想通りの文言が並んでいた。


「ブノワ侯爵は、わざわざ車椅子で港まで謝罪に来てくれはしたが、その時に君の兄上からエレノアを第二夫人にするなどと、あまりにもこちらを馬鹿にした提案をされたから断ったよ。私はみすみす娘を人質に差し出すつもりはないんだ。君の兄上は商売熱心だからね。金の卵を産むエレノアを体よく抱え込みたいだけだろう。全く、兄弟揃ってどこまで我が家を虚仮にすれば気が済むのかな」


そう言うと、護衛にオーギュストの捕縛を命じた。


「4人纏めて地下牢に放り込め。沙汰は追って言い渡す」


そして、その成り行きを眺めていた自称家令に目を向けると、同じく捕縛と投獄を命じた。


「そうだ、お前を忘れていた。どこの馬の骨か知らんが、当主代理に手荒な真似をして追い出したのだ。追放だけで済まさんぞ」




5人の連行を見届けたノートン子爵は、急いで待機させていた馬車に乗り込んだ。

当初、商会の2階に身を寄せていたエレノアは、身の危険を感じた事で、いざという時に身を隠す秘密の場所であるニーナの店に移動して匿われている。

オーギュストに見つかったというネリーからの報告を受け、もしもブノワ侯爵家から問い合わせがあれば、無事である事を伝えようと思っていたのだ。


しかし、港で出迎えたブノワ小侯爵の申し出で事情が変わった。

彼には婚約者が居るが、まだ婚姻を結んではいない。

その結婚前に第二夫人として発表しようとするなど、思惑が丸見えであきれ果てた。


潔白を証明して後ろ盾になる方法ではなく、第二夫人とする事は、エレノアに何らかの「瑕疵」があると暗に公表しているようなものだ。

しかもその状態で、これだけ酷い噂が蔓延した社交界に出るなど、エレノアにとっては針の筵でしかなく、社交界から遠のかせる理由としてはうってつけだ。

閉じ込めて仕事だけをさせ、子を産ませてノートン子爵位を継がせれば、東国との太いパイプが丸ごと手に入る。


今まで動きがなかったからと油断は禁物だ。侯爵家の情報網を侮ってはいけない。

港から放った諜報部隊には、こちらを片付けている間にエレノアを他の避難場所に移すよう指示を出している。


ノートン子爵は、この1年のエレノアの苦労を想うと胸が痛んだ。

これから先の、娘の将来を思案しながら馬車に揺られていた。



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