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聖女らしきものたちの暗躍  作者: お伝


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ブノワ侯爵の後悔

ブノワ侯爵は逸る気持ちを抑えて馬車に揺られていた。

領地で体調を崩し、王都に戻る予定を伸ばして療養をしていた所、嫡男から驚くべき知らせが届いたのだ。

曰く、エレノア嬢が婚約者を裏切って体を売っており、恥知らずのエレノア嬢に変わって夫人の姪のカミーユという娘が養女になり婿を迎えるという噂が平民街を中心に広がっているという。

しかも、それをオーギュスト自身がその娘と共に触れ回っているというのだ。


それと共に、エレノア嬢から届いた手紙も添えられていた。


(オーギュスト様が、私が体を売っているなどという従姉の事実無根の嘘を信じ込み、さらに、従姉がノートン子爵家の養女になると吹き込まれて、穢れた私との婚約を破棄し、養女となる従姉の婿として婚約を結ぶと吹聴しております。私は女神様に誓って噂のような恥ずべきことなどしておりません。どうかその点だけは信じて下さい。何卒、オーギュスト様の間違った思い込みを、一刻も早く正していただけませんでしょうか。伏してお願い申し上げます。

エレノア・ノートン)


手紙の一部を読んだだけで、切羽詰まった状況が分かる。

この手紙が侯爵邸に届けられたのは2週間前。

嫡男も、まさかこんな事態になっているとは夢にも思ってもおらず、信書となっていたため誰も封を開けていなかった。

当然返事は出されてはいない。

それ以来手紙が届いていないということは、恐らく侯爵家に切り捨てられたと判断したのだろう。

エレノア嬢の心情を思うと、胸が締め付けられる。


彼女がこの1年、父の無事を祈りながら子爵家のために身を粉にして懸命に働いていたことは聞いていた。自分を含め、ブノワ侯爵家ではオーギュストがそんな彼女を支え、労わっていると信じて疑っていなかった。

それがまさか、こんなことを仕出かしていたとは!


ノートン子爵を見送った日、あの娘のことについては子爵の口から直接聞いて安堵していた。それをオーギュストに伝えなかった事を、ブノワ侯爵家は心から悔いた。


邸に到着するや否や、執務室へ向かいながら出迎えた嫡男から報告を受けた。

噂は平民街だけでなく既に社交界にも広がり、さらにはエレノア嬢を、従姉を苛烈に苛め抜いた悪役に仕立てあげ、オーギュストがそこから救い出して真実の愛を確かめあったなどという、三文芝居にも悖る噂をでっちあげていると聞いて、怒りで目の前が真っ赤に染まるようだった。


他の有益な縁や、優秀な令息たちを押しのけてまでオーギュストをねじ込んだのは自分なのだ。エレノア嬢に、ノートン子爵にどう償えば良いか。

後見人たる自分が動かなかった事で、恐らく多くの貴族家はブノワ侯爵家も承認済みと見做している。

遅きに失した事は悔やんでも悔やみきれないが、せめて社交界には真実を伝えておかなければならない。


(エレノア嬢の噂は全くの事実無根であること、ノートン家と血のつながりのない平民の娘を養女に迎えるなど荒唐無稽な作り話である、そして、騒ぎを起こしたオーギュストとの婚約はこちら有責で破棄し、オーギュストは廃嫡とする)


そう記した手紙を、使用人たちを総動員し、各貴族家へ釈明と共に届けるよう指示を出した。執事たちの動きが一斉に慌ただしくなる。


「ええい! オーギュストはまだか!」


帰宅を知っているはずのオーギュストが未だ現れないことに声を上げた時、嫡男から耳打ちをされた。


「一週間ほど前から帰宅しない日が続いています。噂を耳にするまで、婚約者同士の事と大目に見ておりました。私の監督不行き届きで申し訳ございません」


ブノワ侯爵は、頭を下げたまま上げる事が出来ない嫡男をゆっくりと振り返り、言葉を飲み込んだ。恐らく想像の通りだろう。

その時、王都に入ったと同時にノートン家に遣わしていた執事が大急ぎで駈け込んで来た。


「エレノア嬢はノートン邸にいらっしゃいません! 2週間前に恥知らずな娘として追放されているとの事です。店舗は全て閉鎖されていましたので、商会を訪ねてみたのですがそこは酷い有様で、扉や壁は誹謗中傷の張り紙で埋め尽くされ、石を投げつけられたような跡も多数ありました。2階の事務所に通じる通用口で何度か訪いを入れたのですがやはり返答はなく。あの状況でそこにお住まいだとは到底考えられず、取り急ぎご報告に戻りました」


真っ青な顔で報告する執事の言葉に、ブノワ侯爵はそれまで我慢していた激しい頭痛と目眩に耐え切れず、ソファーに倒れ込んだ。

手を差し伸べた嫡男の手を払い除けて支持を出した。


「何としてもエレノア嬢を探し出せ! 一刻も早く保護してここへお連れしろ!」


初めて見る父の剣幕に、嫡男は残りの使用人たちに捜索を命じた。蜂の巣をつつくような状態の中、ようやくオーギュストが帰宅したことが知らされた。

ノックの音と共に扉が開き、執務室に入って来たオーギュストの前に、ふらりと立ち上がったブノワ侯爵が近づいた。

憤怒の表情を向けられたオーギュストは驚愕し、口を開こうとしたところを手加減なく殴り飛ばされた。

まだ閉じられていない扉から廊下へ倒れ込んだオーギュストが、目を見開いて振り返ると、恐ろしい表情のまま近づいて来たブノワ侯爵に蹴りつけられた。

さらに蹴りつけようとした所を、嫡男と侍従長が羽交い絞めにして止めている。


「お前は! お前は一体何ということを仕出かしたのだ! このままエレノア嬢が見つからなければ、取り返しのつかないことになっていたら! 私がこの手でお前を手打ちにしてくれる!」


床に這いつくばったまま父の怒りを目の当たりにしたオーギュストが、抗議するように声を上げた。


「エレノアは私を裏切って体を売っていたんです! 父上が戻られるまで邸に監禁していますから、これから尋問のために連行します! 私は子爵に愛されて養女になるカミーユと共にノートン家を守っていくのです!」


ブノワ侯爵は、羽交い絞めにされていた手を振りほどいてオーギュストの胸倉をつかんで持ち上げ、顔を近づけた。


「お前は、夫人を操って子爵家を乗っ取ろうとする毒婦とその性悪な娘の言う荒唐無稽な世迷い事を信じたというのか? お前はノートン子爵から、その性悪娘の名を一度でも聞いたことがあるか? 血も繋がらない平民の娘を養女にするなど、ましてや跡取りにするなどありえない。仮に貴族にするというのなら、貴族学園に入っていなければ認められはしないのだ。そんな事くらい、その足りない頭でも少し考えれば分かるだろう」


再び、嫡男と侍従に押さえられ、ブノワ侯爵は床に叩きつけるようにオーギュストから手を離した。


「エレノア嬢は2週間も前に邸から追われている。お前とその性悪娘が流した根も葉もない噂のせいで、唯一の居場所だったはずの商会さえ安心して居られる場所ではなくなっている。お前がその性悪娘と乳繰り合っている間、エレノア嬢がどんな思いで身を粉にして働いていたか考えたことがあるか!? お前たちの吹聴した下種な噂のせいで、どれだけ恐ろしい思いをしていたか考えたことがあるか!? 無事に見つかったとしても、エレノア嬢はもうこの国では生きて行けないほどの傷を! お前と性悪娘は付けたのだ!」


へたり込むオーギュストを、打ち据えようと拳を振り上げたブノワ侯爵の動きが止まったと思った瞬間、彼は白目をむいてぐらりと揺れた。


即座に反応した侍従が床に倒れる前に抱き留めた。嫡男は領地から同行していた医師を呼びに行かせ、動かさないように指示をして部屋の準備を言いつけると、近寄ろうとするオーギュストの前に立ちはだかって睥睨した。


「父上に触れるな。お前は、エレノア嬢はもちろんのこと、このブノワ侯爵家にも取り返しのつかない瑕疵を付けた。生半可な事で許されると思うなよ」


「私は、一体どうすれば……。何でもします! どうか方法を教えてください、兄上!」


そう言い募るオーギュストに、嫡男は顔を近づけて嘲笑う様に言った。


「一つだけ方法があるぞ。出来るものならな」


オーギュストの縋る様な視線に、嫡男は言い放った。


「時間を戻せ」


その言葉に凍りついたように動けないオーギュストに背を向け、側の使用人に言いつけた。


「摘まみ出せ。2度と敷居を跨がせるな」




ブノワ侯爵は一命を取り留めたものの、回復には時間がかかるとの診断だった。

一連の不祥事の引責として、近く嫡男に後を譲ることが決まった。


あれから3日が経った。

エレノアの行方は未だ分からない。


そんな中、ファルマ公爵コンラートからブノワ侯爵宛ての親書が届いた。

そこに記載されていた内容に、ブノワ侯爵は安堵と共に深い慚愧の念を抱く事となった。




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