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聖女らしきものたちの暗躍  作者: お伝


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19/21

エレノア・ノートン子爵令嬢(前)

随分久しぶりの投稿です。

当初想定していたストーリーがしっくりせず、大幅に内容を練り直す事にしました。

かなりゆっくり進めていく事になりそうです。

間遠になっているにももかかわらず、お読みいただいた皆様、本当にありがとうございます。

長い目でお付き合いいただけますと幸いです 。<m(__)m>

王都に響き渡る大鐘の音。

単調に鳴らされた鐘の音は4度。


その時、鐘の音が届く範囲にいたの誰もが手を止め、鐘楼を振り仰いだ。

この国の人々、とりわけ王都に住む人間は、聖女の伝承として、単調に4度鳴らされる大鐘の音の意味を、言い伝えとして知らぬものはない。

しかし、その鐘の音を実際に自分たちの耳で聞くのは初めてだった。


「聖女が女神様の下に召された……」


誰かが呟いたその言葉は、凪いだ湖面に投じられた小石の様だった。

そこから発生した波紋は、最初は小波の様に、そして伝わるごとに徐々に大きな波となって王都の隅々までに伝わっていったのだ。


◇◇◇

間近に聞こえる鐘の音にゆっくりと意識が浮上し、目を開けると目の前にネリーの顔がある。彼女はなぜか修道女服をまとっており、目が合うと、ほっとした様子で優しく抱き起してくれた。

顔を上げると、そこには女神様の祭壇があり、そこから続くドーム天井には、この国に伝わる女神様の神話がフレスコ画で美しく描かれている。天井近くの高い位置にある窓からの光で明るく照らされた天井と、入り口から祭壇までの左右の壁に嵌め込まれたステンドグラスから差し込む光が、真っ白な大理石の壁や天井に柔らかく反射している。

全てが夢の様に美しく、神々しい程の荘厳さだった。


「ここは天国なのね」


ぽつりと呟いた自分の言葉でハッと我に返った。


「ネリー! あなたはここにきてはいけない! すぐに戻るのよ!」


ネリーは慌てる私の手を力強く握り、優しいながらも、力強い眼差しを向けてはっきりと告げた。


「これからお嬢様の新しい人生が始まるのです。嫌だと言っても、私はどこまでも着いていきますよ」



◇◇◇

 ノートン家は、海を隔てた東国から商機を求めて渡って来た商人だった。

 先代が、当時まだこの国では流通していなかった、東国の特産品である真珠の取引で財を得て、男爵に叙爵した新興の家柄だ。そして、その息子であるジョンが、現地で真珠の買い付け時にアクセサリーに向かずに廃棄していた真珠に目を付け、それらを使った高級化粧品の開発で一躍知名度を上げて莫大な財産を築いた事で数年前に子爵に陞爵したのだ。


ノートン商会の知名度を一気に押し上げたのは、有名な舞台女優ニーナが化粧の仕上げに、細かく砕いた真珠の粉を使用したのがきっかけだった。

 ニーナの髪や肌に乗せられた真珠の粉は、舞台の中央で数多のろうそくの明かりに照らしだされ、柔らかくけぶるように光を反射した。その輝きが貴婦人たちの心を鷲掴みにしたのだ。そして、その魔法の粉は、ノートン家の主催する特別サロンでしか手に入らないという。その評判は瞬く間に広まり、サロンの申し込みが殺到した。


 そのサロンで化粧師として施術するのは、ノートン商会長の娘である、エレノア・ノートン子爵令嬢だった。

 特別サロンは、一日一回、一組限定でエレノアが施術を行う。基礎化粧品で健康的な艶のある肌に整えた後、その日の主賓となった女性の個性を生かして、印象的な目元や魅惑的な口元に仕上げていく。その様子を、勉強のために同席した侍女たちや付き添いの夫人や令嬢たちは、ため息を吐いて食い入るように見つめている。最後にノートン商会謹製の真珠の粉をまとえば、誰もが思わず感嘆の声を上げる。

 特別サロンだけでなく、評判を聞きつけた高位貴族家からエレノアへの出張依頼は引きも切らず、一年先まで予約で埋まっている。


 今日もサロンと出張施術を終えたエレノアは、商会に立ち寄って化粧品の注文書の束を処理して経理の報告を受けた後、日課の礼拝のために中央礼拝堂に立ち寄った。

 海運業には危険が付き物だ。エレノアは幼い頃から父と共に礼拝堂での祈りを欠かしたことはない。今は、一年前に海で消息を絶った父と乗組員たちの無事と、一日も早い帰還を願って女神様に祈りを捧げている。


中央礼拝堂は、昨年から老朽化に伴う改装工事が行われており、外側と内側に足場が組まれ、祭壇以外の部分は布で覆い隠されている。工事中の立ち入りは原則として禁止だが、古くからの信仰心の篤い者たちのために、朝夕の礼拝時のみ解放されている。エレノアもその時間に合わせて毎日礼拝堂を訪れているのだ。エレノアはいつも通り、侍女のネリーと共に長い祈りを終えて邸に戻って来た。


◇◇◇

 ホールに隣接する応接間では、伯母のアン・ボロワ夫人とその娘である従姉のカミーユが、母のファニーを中心に寛いでいる。カミーユの隣に座っているブノワ侯爵家の次男、オーギュストは、エレノアの婚約者であり、入り婿予定だ。

 アンとカミーユは、一年前にノートン子爵の乗った商船が、東の国の港を出発したまま連絡が取れなくなったと知らせを受けて以来、禁じられていたにもかかわらず母のファニーを慰めるという名目で邸に入り込み、応接間を我が物顔で占領している。


「ただいま戻りました」


 応接間の入り口からそう声を掛けたエレノアの声に被せるように、カミーユがファニーの手を取って話し掛けた。こういう時、ファニーは自身の娘のエレノアよりも目の前に座るカミーユの対応を優先する。

 ファニーがエレノアを気にしながらも、話を続けるカミーユの言葉を遮らないのはいつものことだ。


 エレノアに気付いたオーギュストが立ち上がろうとすると、カミーユは彼の手を握ってグイっと引き寄せた。その反動でカミーユに覆いかぶさるよう寄り掛かったオーギュストは、彼女の手を振りほどくこともせず、気まずそうにエレノアから視線を外しただけだった。


 毎日のように繰り返されるその光景に、エレノアの瞳の影は日々濃くなっていく。

そっと背に手を当てたネリーに促され、エレノアはホールに引き返して螺旋階段を上がり、二階の自室に戻った。



 ◆◆◆

 ファニーは、ノートン家が男爵に叙爵したばかりの頃、評判の美貌と淑やかさを見初められて準男爵家から嫁いできた。

  婚約時代、ノートン子爵は、小さなことでも自分に相談して頼るファニーを、好ましく受け止めていた。しかし、美徳であると思っていた従順さと物静かでおっとりした物腰が、優柔不断と無気力だと気づいたのは結婚後すぐのことだった。ファニーはほんの些細な事でも自分で考えようとはせず、一人では何も決められない。

それから間もなく、ファニーが自身の姉のアンを頻繁に邸に招き入れて家庭の内情を事細かく話して相談し、全てアンの意向通りに采配していると知って驚愕した。

そこで子爵は、アンを、守秘義務を負わせられる侍女にしようとしたのだ。


「姉の私を召使いにするなんて! ファニーが恥知らずだと言われてしまうわ」


ファニーはそう言ったアンの言葉に驚愕し、どうしても首を縦に振らなかった。

かといって家内の詳細やあまつさえ経済状況まで事細かに知っているアンを野放しにするわけにもいかないため、仕方なく離れの一室を与えたのだ。用があればファニーが離れに行く事に決め、アンが本邸に足を踏み入れる事を禁じて使用人に監視させた。


 アンは離れで暮らすようになって程なく、ノートン家で働くフットマンの一人と懇意になって結婚した。それと同時に離れを出され、夫と共に使用人の宿舎に移っていった。

 夫が爵位を持たない使用人であれば、妻が侍女になる事はなんら咎められることはない。改めてアンに、侍女として雇うことを持ち掛けたが、自身の評判が落ちると姉に刷り込まれているファニーがそれを頑なに受け入れなかった。

結局、それまでと同じく『女主人の姉』という立場で離れの部屋を我が物顔で使い、妹に対して強い影響力を持ち続けている。今では一日のほとんどを離れで過ごすようになっている。


「私がいなければあなたは何もできないわ。私がいなくなって困るのはファニーなのよ」


アンは、言い聞かせるように言葉を繰り返し、ファニーを完全に自分の支配下に置いた。そして、実の娘のエレノアよりも、姪のカミーユを優先させるように誘導した。


「カミーユはあなたの姪なのに、使用人と同じ扱いだなんておかしいでしょう? エレノアと同じ扱いにしなければ、姪を虐げている非常識な子爵夫人として社交界で悪い評判が立ってしまうわ。そうならないためには、カミーユを優先するくらいでちょうど良いのよ」


さらに、アンは、エレノアに対して、物心つく頃から心ない言葉をささやき続けた。特に、ノートン子爵譲りのプラチナブロンドとアイスブルーの瞳を徹底的に貶めたのだ。


「あなたは髪も目の色も薄くて幽霊みたい。なんて気味が悪いのかしら」


そして、成長してすらりとした長身になったエレノアの姿には、自分の夫よりも少し背が高いことを忌まわしげにファニーの耳元で囁いた。


「男性を見下ろすだなんて! なんてはしたないのかしら」


 ファニーは、そんなアンの囁きを聞くたびに、エレノアを見上げてため息を吐いた。


そんな母と叔母を見て育ったカミーユは、貴族夫人のファニーに実の娘である令嬢のエレノアよりも優先され、母親のアンに助長されて育ったため、当然の様にエレノアを見下している。

 また、アンはカミーユが幼い頃から、いずれはノートン子爵家の養女になるのだと囁き続けており、カミーユは母のその言葉と自身の未来を信じて疑ってはいない。

しかしそれらは離れの中だけの、隔絶された小さな世界の夢物語でしかないことを、年端もゆかぬカミーユには知る由もなかった。


◇◇◇

 一方本邸では、ノートン子爵が一日の殆どをアンと共に離れの客間で過ごしてその支配下にあるファニーに家中の采配を任せる事は危険と判断し、彼女に女主人の仕事は与えなかった。特に子爵に陞爵してからは、家令がファニーに渡す書類は子爵夫人の予算に関する内容のみで、財産や商会の内情、使用人の給金ですら知らせないように徹底している。

 全ては容姿だけで性質を見極めずに妻を娶った自分の責任だ。生涯負っていかなければならないと理解してはいるが、彼の後悔は深い。


 そんなノートン子爵は、自身の容姿と気質を濃く受け継いだエレノアに望みを掛けた。彼女が物心つく前に、信頼できる乳母や家庭教師の他にも、各専門分野の教師を大勢雇った。

 そうすることで、ファニーと共に離れで過ごしていた時間を教育の時間に入れ替えたのだ。出来る限りファニーとアンの影響を排除するための措置だった。

 教育方針が決まった当初、エレノアを離れに連れて行けないと分かったファニーは、本邸でエレノアとの時間を大切にすると言ったものの、結局は離れでアンとカミーユと共に過ごす事を選んだ。

 離れでは、アンが「女児には基本的な淑女教育だけで十分」と、エレノアの教育に対して不満を口にしていると聞く。

 

 子爵は、結果的に母親から距離を置かせる事になってしまった代わりに、父親として積極的に交流を持ち、愛情深くとても大切に育てた。

そしてそれに倣うように、本邸の使用人たちは主人の留守中であっても決してエレノアを粗末に扱う者は本邸には居ない。


 本邸の皆の協力が実を結び、エレノアは思いやりのある優しい少女へと成長した。

 長年指導を任せて来た教師たちからも太鼓判を押されたエレノアを、ノートン子爵は後継者として教育することに決めたのだった。


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