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聖女らしきものたちの暗躍  作者: お伝


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11/18

波乱の夜会

会場の入り口ではブルーノが苛々と待ち構えていた。


(入場は自分たちが最期とは言え、遅い! いつまで待たせるつもりだ!)


そこへ叔父である王弟の近衛騎士に両脇を拘束されて側近が戻って来た。


「何をしている、その者を放せ」


側近を放した近衛騎士にどういうことだと事情を聞くと、ローザリア様の私室の扉を拳で叩きながら大声で騒いでいた為、王弟殿下のご指示で拘束してお連れしましたと説明された。

すぐに追いかけて来たらしい侍従が、王弟殿下のエスコートで、ローザリア様が間もなくこちらに到着しますと先触れが齎された。

最近は叔父と顔を合わせる度に小言を言われている。鬱陶しい事になったと思わず舌打ちが漏れそうになるも、何とか抑えて開け放たれた会場の入り口で待っていた。


共に入場して一緒に入った事をアナウンスさえされれば良いのだ。

扉を潜った数歩先で、お互いの色を使って揃いで作ったドレスを纏ったマノンが可憐な姿で私を待っている。

早くマノンの側に寄り添って、その細い腰に手を廻して抱き寄せたい。

入り口を隔てて私たちは見つめ合っていた。



叔父にエスコートされて漸く到着したローザリアは、私の色を何一つ纏っていなかった。

流石に婚約者として配慮が無さすぎる。思わずその事を指摘すると、涼やかによく通るこえで返された。


「衣裳部から、王太子殿下が揃いでオーダーされたドレスと宝石が、殿下の瞳と同じ空色と連絡を受けましたので、自身で用意するべきでは無いと判断致しました」


その言葉に頬がピクリと引き攣った。

名目上はローザリアの誕生日を祝う会であるにも関わらず、私からは何一つ贈られていないばかりか、他の令嬢に揃いのドレスと宝石を送った事を周囲に知らしめる発言だった。

しかも名前ではなく『王太子殿下』と呼びかけられたのは婚約以降初めての事だ。


一瞬、周囲の目が叔父に集まった。

ここにいる者たちは皆、私がこれから婚約破棄と、マノンを婚約者とする事を宣言する事を知っているのだから問題はないが、叔父がいては面倒な事になる。

早急にお引き取り願おう。


「入場だ。皆をずいぶん待たせている」


腹立ちまぎれに非難を込めてそう言葉を掛けると、ローザリアはダンスの様に軽やかな足取りで叔父の手から離れ、優雅で上品、この上なく美しいカーテシーを披露して私の前に立った。

先ほどまで事あるごとにマノンと比べてローザリアを貶めていた周囲の使用人や側近たちまでもが、思わず感嘆の声を上げる程の完璧な所作だった。


マノンほどの色白ではなくとも、陶器のような滑らかで透明感あふれる肌にほんのり色づいた頬と、ふっくらと艶やかな形の良い唇に差した華やかなリップが彩を添えている。シャンデリアの光を反射した瞳は生き生きと輝き、何故か全てが煌めいて見える。

光の加減か、暫く顔を合わせていなかったせいで新鮮に見えるのかと、改めて顔を見つめてある事に気付いた。


私に向ける瞳から、以前は確かにあった温度と感情が全く感じられない。

まるで関心のない路傍の石でも見ているような視線に戸惑っていると、ローザリアから告げられた。


「恐れながら、私は私室からここまでエスコートして下さった王弟殿下に引き続きエスコートをお願いしたく存じます。王太子殿下は数歩先で待機しているマノンをエスコートなさってはいかがでしょう。せっかっくの揃いの衣装なのですから」


たった数歩のエスコートなど不要だと辛辣に断られ、そして婚約者でもない二人が揃いの衣装を着ている事を殊更に声に出す事は不貞の批難を意味する。

しかも、先ほどローザリアが『衣裳部』と口にした事で、マノンが身に付けているドレスと宝石は、王太子妃の予算として用意されている公金、つまり税金から賄われている事が露呈してしまった。王弟とローザリアの後ろに控える護衛や侍従や侍女から漏れ聞こえた『横領』という言葉を発した者を鋭い目つきで睨み据えた。

マノンは王太子妃になるのだから横領には当たらない。


それよりも、ローザリアがマノンを呼び捨てにした事に憤りを覚え、カッと頭に血が上った。


「其方、アッシュベル伯爵令嬢たるマノン嬢を呼び捨てにするなど何というマナー違反だ! 婚約者として許し難い。今すぐに謝罪をしろ!」


憤るブルーノを静かに見つめていたローザリアが言葉を返した。


「マノンは私の侍女です」


凛と周囲に響いたその言葉に、ざわりと周囲がどよめいた。


ここはパーティー会場前のホールだ。

螺旋階段を上がり切った場所で吹抜けになっているため、少し声を荒げれば周囲に大きく響き渡る。

入場の為に扉を開け放たれたパーティー会場の入り口付近にも、ホールから廊下や螺旋階段下に広がる公のスペースにも、何事かと集まって来た人々が大勢集まっていた。

騒ぎを聞きつけ、人々をかき分けて書状を持った宰相が血相を変えてやって来るのが見える。

マークスは側にやって来た宰相に顔を向け、首を横に振った。

こうなっては箝口令など機能しない。

宰相とマークスは、即座にそれぞれ必要箇所に緊急の伝令を飛ばした。



ローザリアは会場の入り口に立っているマノンに視線を向けて、優しく言い聞かせるように話した。


「マノン、侍女の仕事を休むなら連絡くらいして頂戴。皆が毎日とても迷惑をしているの」


周囲からの刺すような視線を一身に受けたマノンは、明らかにブルーノと揃いだと分かるドレスを今更ながら隠すように身を縮め、涙を浮かべてブルーノを見やった。

涙ぐむマノンを見たブルーノは、焦って言ってはならない事を口走ってしまった。


「マノン嬢は、腹違いの妹である其方の誕生パーティーの準備を手伝ってくれていたのだ」


その言葉に顔を向けたローザリアの厳しい目を見て、ブルーノの顔から血の気が失せた。


「マノンは腹違いの姉などではございません。一体だれがその様な事を言ったのですか?」


目を泳がせるブルーノの目を見据え、ローザリアは一歩も引かない。

それを見た側近の一人が気色ばんで答えた。


「マノン嬢はリンデル侯爵とリリア夫人のお子だともっぱらの噂だ」


「リンデル侯爵は我が弟ルーファスです。そのルーファスが、生まれる前に既に誕生していたマノンの父親にどうすればなれるのでしょうか?」


言葉を発した側近が驚いてブルーノを振り返るも、ブルーノは床に目を落としたまま拳を握りしめて動かない。マノンがブルーノに駆け寄って固く握った拳を手で覆い、耳元で何かを囁いている。


「父のアスランはルーファスが成人を迎えるまでの侯爵代理に過ぎず、それも本日までの事。明日からは平民です。貴方の仰るように、もしもマノンが父アスランの子だと分かっていながらアッシュベル伯爵の子として貴族院に届けられていたとしたら、それは爵位簒奪に他なりません。その事をお分かりになった上での発言と理解してよろしいですか?」


驚いた周囲は言葉を発せず、固唾を呑んで見守っている。

何も答えられずにブルーノに目を遣る側近に、視線を向けることなく床を見据えていたブルーノがゆっくり顔を上げ、傍らのマノンの腰を抱き寄せてローザリアに向かって言葉を発した。


「まだリンデル侯爵家の爵位継承書類は受理されていないはずだ。成人後の提出と受理がなされない以上、リンデル侯爵はアスランに変更する。そしてマノンをリンデル侯爵家に正式に登録すれば、お前の言うアッシュベル伯爵位の簒奪には当たらない!」


誰もがあまりに飛躍したその言葉に絶句した。


「ブルーノ、それこそがリンデル侯爵家の簒奪だ。そのような暴挙は国王陛下であっても許されない」


そう言ったマークスにブルーノは言い放った。


「黙れ! 国王不在の今、私の命令が絶対だ!」


そう言うと、近衛騎士たちにマークスを取り囲ませた。


「ローザリアとルーファスは貴族籍から除籍し追放とする!お前は只今を以て平民だ!

よって婚約は破棄となる!」


そしてまるで抱き合う様にぴたりとマノンを寄り添わせ、ローザリアに向かって言葉を発した。


「それにより王太子妃はマノン・リンデル侯爵令嬢とする事を宣言する!」


そう宣言すると、ローザリアを指差して近衛に向かって叫ぶように命じた。

ブルーノの腕の中で、マノンは勝ち誇ったような顔をローザリアに向けている。


(何かを知っている)


マノンが浮かべた歪んだ顔を見てローザリアは直感した。


「平民が王宮内に侵入した!この狼藉者を地下牢に収監しろ!」


戸惑いながらも拘束しようとした近衛騎士とローザリアの間に、騎士の包囲から抜け出したマークスが守るように立ちはだかった。

その背中に、ローザリアは囁きかけた。


「爵位継承書類の提出先を調べてください。恐らくそこで握り潰されます」



宰相がブルーノの前で両手を広げてローザリアに近づくのを制止しようとしている。


「殿下! 其れは成りません! リンデル嬢は平民ではありません。貴族の刑罰は議会の決定後です。ましてや地下牢への収監など! 仮令王命でも独断は許されておりません!」


「邪魔だ!そこを退け、王命だ!」


「いいえ! 王命は国王陛下だけの権限です!」


必死で引き留める宰相を突き飛ばして、ローザリアを地下牢へ連れて行けと近衛騎士と側近たちに重ねて命じた。

摂政としての王太子命令に逆らう事が出来ない近衛騎士たちが、ローザリアを拘束して地下牢へ向かった。


国王の裁可か議会の摂政権限停止の承認が無ければ、王太子命を覆す事は出来ない。

一刻も早く、議会の承認を以ってブルーノを拘束しなければ何をしでかすか分からない。


マークスはホールに居た大勢の人々を人波として利用し、群衆ごと纏めてブルーノをパーティー会場に押し込んだ。そして直ちに全ての扉を閉じて外から錠を下ろし、騎士を配置して絶対に開けるなと命を下した。


「中から声がしても王太子とは限らない。命令に逆らう事にはならないから安心して良い。これは王弟命令だ。絶対に開けるな」


マークスは宰相を助け起こし、周囲に響き渡る大音声で命じた。


「直ちに議会の招集を!」


宰相と周囲の文官たちが一斉に慌ただしく散っていく中、マークスは近衛騎士二人を地下牢へ向かわせた。


「牢に収監される前にローザリア嬢を奪還して、王宮の裏門の外に待っている馬車までお連れするんだ。もしもローザリア嬢に狼藉を働こうとする者が居たら誰であっても容赦なく捕縛しろ。歯向かうようなら切り捨てても構わん。何を言われても議会の承認済みだと伝えて良い。全責任は私が取る。必ずローザリア嬢の脱出を見届けて報告を!」


そう言って命令書代わりの紋章入りのブローチを手渡して送り出した。


国王の帰還と共にブルーノの荒唐無稽な王太子命は無効にされる。これほどの騒ぎを起こしたブルーノは間違いなく廃太子だろう。

しかし、もしもローザリア嬢が脱出に失敗して、国王に助け出されて王宮に戻されてしまえば、国王は彼女を手放す事は決してしない。

そうなれば、ローザリア嬢はブルーノの六歳年下の第三王子ヘンリーの妃とされるだろう。



マークスは生まれて初めて神に祈った。

どうか、ローザリア嬢が無事に脱出できるように。

そして、どうか私を彼女の元へ。


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