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1. 世界で一番醜い姫

 呪われた姫だと噂された。

 人の形をしているが、その顔は普通ではなかったからだ。

 ギョロリとした魚のような大きな目に、まぶたは腫れ、眉はまばら。開けば粘り気のある糸を引く分厚い唇は紫色に変色しており、結婚適齢期前の若さにも関わらず、肌はシミだらけ。大きな鼻は潰れていた。


 閉ざされた狭い部屋で、ドロテアは今日も鏡を前に懺悔を繰り返していた。


「ああ、こんな顔に生まれて本当にごめんなさい。こんな醜い顔……私は世界で一番醜いわ……」


 ドロテアの母──ここヴァランベリー国の王妃であるエルーザは絶世の美女だ。

 その美貌は近隣の国にまで広く名前を知られるほど。

 男だけでなく、女をも魅力する美貌でもって、王宮内で絶大の力を誇っていた。


 そんな彼女の娘のドロテアもまた、美しい姫になる──はずだった。


 幼児期は可愛らしく、みんなから愛される姫として過ごしていたし、きっとエルーザに似て美しい少女になるだろうともてはやされていた。

 それが七歳を超えた頃、徐々に様子がおかしくなった。


 愛してくれていたはずのエルーザが「こんな可愛くない子なんて産まなければよかった」と言い始め、粗末な部屋に幽閉されてしまったのだ。


 突然の仕打ちにドロテアは泣いて過ごした。

 時々、エルーザが様子を見に来ては「可愛くない、醜い、いらない子」と罵り、去って行く。幾度か叩かれたこともあった。

 わけがわからないまま、こんな仕打ちを受けるのは自分が醜いからだと悟るしかなく、子供ながらに懺悔し始めた。


 そうしてある時、部屋には鏡が運び込まれた。

 小さい部屋のどこにいても自分の姿が映りこむような大きな鏡だった。

 その鏡に映った自分の姿にドロテアは驚き悲しんだ。

 何度見ても、かつての可愛らしい姿を映してはくれず、映った顔は醜く歪んだものだったから。


 事実、ドロテアは醜くなっていたのだ。


 その姿に母の態度が激変したことも納得するしかなく、ますます懺悔するようになった。

 呪いに蝕まれるように、ゆっくりと確実に醜くなっていく姿は、ドロテアを追い込んでいく。

 鏡を叩き割ったことも大声を上げたことも数えきれない。

 使用人たちも気味が悪いからと滅多に部屋には立ち入らず、一日に一度の食事と、週に一度の入浴のときにだけ人が出入りした。


「ごめんなさい、お母様。お母様は美しいのに、私はなんて醜いのかしら。こんな娘なんて嫌われて当然よ……」


 泣いて疲れれば眠り、起きて懺悔し、気を紛らわすように本を読みふけった。

 醜くとも王女であるドロテアは、幽閉されてからも数年は──今よりも人間らしい顔立ちだった頃は、家庭教師をつけてもらえていた。そのおかげで最低限の知識はある。


 部屋から出なければ、本は自由に与えられたし、酷い目に合わされることもなかったので、ドロテアは部屋から出ようともしなくなった。


 そんな時、随分と久しぶりに、母エルーザが部屋にやってきたのである。

 ──ひどく滑稽な戯言とともに。


「ああ、ドロテア、私の娘。ようやくあなたにも価値を見出せたわ。喜びなさい、あなた、隣国へ嫁ぐことになったのよ」


 誰もが忌避を示すドロテアを誰が欲しがるというのか。

 ぽかんとしたが、エルーザはさして興味も示さず続けた。


「あなたも知っているでしょう? 隣のセルノーブル国よ。どうしても我がヴァランベリー国と友好関係を結びたいのですって。もちろんあなたの顔のこともお話ししたのよ? 人前に出せるものではない、と。けれど、それでもいいと仰るの。広大な国ですもの、きっとあなたも気に入るわ」


 セルノーブル国は広大な国。

 けれどその大半は荒れた土地だ。農作物は育たず、動物すら逃げ出した土地には人間も住めない。

 反面、ヴァランベリー国は豊かな国だ。特産物に溢れ、人が賑わい、発展した町がいくつもあった。

 セルノーブル国はその恩恵を受けようとしたのだろう。醜い王女を貰い受けることで。


「この王宮からあなたがいなくなり、セルノーブル国は我が国とのつながりができ、あなたはこんな醜い顔で、結婚ができる。こんなに素晴らしいことがあるかしら。ねえ?」


 機嫌の良いエルーザは珍しい。

 よほどドロテアがいなくなることが嬉しいのだろう。


 一ヶ月後には婚約式だと言う。この小さな部屋から離れることに大きな不安を覚えたが、ドロテアに選択権は無い。

 静かに頷くと、エルーザは「式の準備も進めないとね」としたり顔で出て行ったのだった。


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