第24話 凶報
「リサ! おいリサ! 返事をするんだ!!」
監獄島三十四階層。そこでは冷静さを失ったレイが決して届かぬ声を独房の中で撒き散らしていた。
「クソッ! 何で《精神感応》が切れている!? やっぱりシュザンヌが内通者だったのか? それとも――」
リサの身に何か起こったか。
「――ッ!!」
そんなはずがない。
そう自分に言い聞かせ悪い想像を振り払うと、シュザンヌに事を問い糺すため独房の扉を蹴破った。
そこへ先刻の襲撃よりも更に大きくトーンの高い警報音がわんわんと鳴り響き、出鼻を挫かれる。
人の不安を煽るそのけたたましい音にレイは思わず動きを止めた。
(この警報音は……まさか――!)
音の正体を察知したレイは血相を変えると一目散に階段へ向かう。
それを遮るかのように階段の入口へ扉が降りるが《罪科天獄》から刀を取り出し、両断する。
その直後、警報音に呼応するように外の壁面が音を立てながら口を開けるように幾つも開き、そこから大量の海水が床へ吐き出された。
ボトムレス監獄島には囚人の脱獄を防ぐために五段階にわたる防衛システムが設けられている。
そして、その中で最も強力なのが第五防衛システム通称『注水』だ。
『注水』は中央監視室のある最上層以外の各層の壁を開き、外の海水を監獄の中へ流し入れることで囚人たちを一網打尽に出来るシステムなのだが、これには大きな欠点がある。
それは『注水』の使用がそのまま監獄の終わりを意味するということだ。
一度監獄内が海水で満たされればそれを取り除く術はない。
いや、出来るのかもしれないがそれにかかる歳月と手間、そして費用を考えるならまた新たな監獄を作った方がいいだろう。
そのため『注水』は監獄そのものが危機に瀕した際の最終手段であり、間違っても数人の囚人の脱獄を阻止するために使われるものではないはずだ。
(それをこうも簡単に使うとは――執行者監獄を沈める気か!!)
意図は分からないがそうとしか考えられない。
階段を駆け上がり、二層上の三十二層へ辿り着いたレイは迷うことなくとある人物の独房へ走り、その扉を開ける。
『――レイさん』
そこに収容されていたシュザンヌは少しも驚いた様子を見せることなく扉を破壊して現れたレイの姿を認めた。
「外の状況が分かっていないのか? いつまでもここにいたら溺れ死ぬぞ」
『私一人ではいくら頑張っても最上層まで辿り着くことは出来ませんよ。それに貴方がここへやってくるのは分かっていましたし』
相変わらず声を発さず《精神感応》で答えるシュザンヌ。
その全て見知ったかのような態度にレイは不信感から来る苛立ちを覚えながら刀の切先を突きつける。
「《精神感応》を切ったのはわざとか?」
「いいえ」
「ならどうしてパスが切れた?」
「それは私にも分かりません。しかし、リサさんたちが対峙した執行者が何かした可能性が大きいのではないでしょうか?」
「何故すぐ繋ぎ直さなかった」
「《精神感応》のパスを繋ぐには繋ぎたい相手の姿を直接視認する必要があります。繋ぎ直さなかったではなく、繋ぎ直せなかったが正しいです」
レイの問いに少しも言い淀むことなく淡々と返答していくシュザンヌだが、内心冷や汗が止まらなかった。
レイの方も喋り方こそ落ち着いてはいるが、その言葉の端々からは隠し切れない烈火のごとき激情が漏れ出している。シュザンヌに対し強い猜疑心を抱いているのは明白だ。
少しでも返答を間違えれば躊躇いなく握り締めた刀を振り下ろすだろう。
故にシュザンヌはレイを刺激しないよう言葉を選びながらそれでいて冷静に返答を続ける。
「そうか。ならば最後の質問だ。時間がないからな」
海水のかさが次第に高くなっていくのを感じながらレイは刀の切っ先以上に鋭い眼光とともに本命の問いをぶつける。
「お前は何者だ?」
相手の真意を引き出す問いかけとしては些か抽象的なだったが、シュザンヌはそこに込められた意味を正確に理解していた。
『――いつから疑っていたのですか? 私が宣教師でないと』
「最初からだ」
一瞬の間も置かず返された答えにシュザンヌは自嘲げに肩を竦めた。
『やはり慣れないことはするものではありませんね』
「そうか。遺言はそれで終わりか?」
『待って下さい。私は宣教師ではないとは言いましたが、ミドラーシュ派の人間ではないとは一言も言っていませんよ』
「何?」
その制止の言葉に今にも振り下ろされようとしていた刀を持つ腕が制止する。
それすらも嘘という可能性もあるが、まだ手を下すのは時期尚早かもしれない。
そう考えるとレイは刀を下ろし、されど警戒は緩めず切っ先を向け、投げかける。
「では改めて聞く。お前は何者だ」
「私はミドラーシュ派の枢機卿ギュスターヴ・ド・ルボー猊下の側近でこの監獄島の実態を調べるべく派遣されました」
初めて肉声で紡がれたシュザンヌの返答にレイは納得と驚愕が入り混じった表情を形作った。
前者は『異能者』であるシュザンヌが教団内で相応の立場にいるという納得感。後者はヨシュア教における最高指導者である教皇を補佐する枢機卿というのビッグネームが出てきたことに対する驚きだった。
「――そうか。だが、それをどう証明する?」
「証明出来るものはありません。しかし、ここで私を殺してしまえば困るのは貴方ということを忘れずに」
やや挑発めいた科白であったが、その意味を即座に理解したレイは口を真一文字にして押し黙った。
昨夜リサと話し合った通り脱獄後は国外へ逃亡しなければ命の保証はない。そして、シュザンヌはその伝手となり得る唯一の存在だ。
そんな彼女を確証もない中、殺すことは出来ない。これもリサと既に話し終えていることだ。
「――――」
これ以上の問答は時間の無駄。
始末するかは真偽が確定してからでいい。
そう判断するとレイは刀を下ろした。
「行くぞ。立て」
『賢明な判断感謝します』
シュザンヌの言葉を無視すると立ち上がらせ、自分の前へ立たせる。背後から刺されることを警戒しての扱いだった。
そして、独房を後にしようとしたその時、
「シュザンヌくん! 無事か!?」
階層全体に響く大声とともに螺旋階段からミカが顔を出す。どうやらレイと同じように下の階層から螺旋階段を登ってここまでやってきたようだ。
「レイ! 君も無事で良かった!」
レイの姿を見つけると嬉しそうに駆け寄ってくるが、当の本人は「生きていたのか」と心中で舌を弾いた。
『はい。ミカさんも無事で良かったです』
「ありがとう。それよりも何があったんだ? 《精神感応》が切れたようだが……」
「それについてはまだ何も分かっていない。だが、わざとパスを切ったわけではないらしい。こいつの言葉を信じるならな」
暗にまだ信じていないとシュザンヌへ目線を向けながら言うレイにミカは苦々しい表情を浮かべた。
「……しかし仲間同士で争っている場合ではない。早くリサくんたちのいる最上層に――」
「元からそのつもりだ。さっさっと行くぞ」
ミカの言葉を遮るように言うとシュザンヌを前へ押し出す。
もうなりふり構っていられない。『異端力』の正体を露見させてでもリサの元へ――、
「ぐおおおおっ!?」
「あがっ!?」
そこへ背後から落下音とともに間抜けな叫び声が三人の鼓膜を叩いた。
「アイザック! ジェシー!」
驚くのもそこそこに二人に駆け寄るミカ。
レイとシュザンヌはその場から動かず様子を見守る。
しかし、とあることに気がついたレイは途端に顔色を硬化させた。
「怪我をしてるじゃないか! 今すぐ手当を――」
「いや、こんなの大したケガじゃねえ。それよりも――」
ミカを制止したアイザックはレイの方へ向くと切迫した表情で凶報を吐いた。
「テメエの女がヤツらに捕まった!」
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