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第23話 神の裁きを執行する者

 「あり得ない」とリサは内心驚愕した。

 レイとの会話に集中して外の様子を見ていなかったとは言え、誰かやって来たならば足音ですぐ気付けたはすだ。

 にも関わらずこうして声を聞くまでリサは気配を察知出来なかった。


 (一体何者――)


 『リサ? どうした? 退却は済んだのか?』


 『いえ、少しお待ちを……』


 顔が見える位置まで使い魔を移動させる。

 奇怪な男だった。

 背は高く無精髭を生やし、男にしては長い黒髪を乱雑に後ろへ纏めている。そして何より奇妙なのは着物の上から神父服を羽織り、腰には刀と脇差をそれぞれ一本ずつ差していること。

 和洋折衷と言えば聞こえはいいが、装いに拘りのある者が見れば揃って罵声を浴びせるであろうチグハグな格好だった。


 「随分と硬そうな扉だなおい。切り甲斐がありそうだ」


 執行者以上に聖職者に似つかわしくない男だが、周囲は敬意を払うようにその様子を静かに見守っている。

 恐らく男は執行者たちのまとめ役ないし彼らよりも上の立場にいる者なのだろう。

 リサにまったく気配を悟らせなかったという点を加味しても警戒して然るべき相手だ。


 「じゃあやるか」


 そう言うと刀の柄に手を掛け、鞘からゆるりと抜き出す。

 それだけだった。にも関わらずその一連の動作は見る者の目を奪う華麗さを放っていた。

 力みや癖、予備動作と言った余計なものが極限まで削がれ、ただ剣を抜く、それだけに身体の全機能を注ぎ込んだ極みの抜刀。

 剣に生き、剣に全ての情熱を傾けた者だけが為せる無上の業だった。

 その直後、


 「硬かったぜ。多少わな」

 

 監視室の扉が縦一閃の割れ目を作るとそこを起点に亀裂が一気に広がり、あっという間に崩れ落ちたのだ。

 消え去った鉄壁の扉。その先には中にいた警備兵と監獄の管理者たる監獄長とその側近らが驚愕で固定された顔を向けていた。


 「やれ」


 男のその一言で執行者たちが監視室へ乗り込み、蹂躙を開始する。


 「…………あり得ない」


 今度は声に出してリサは絶句した。

 あの扉は金属はおろか魔素(マナ)さえ弾く緋色金(オリハルコン)で作られている。

 どれだけの業物だろうと刀一本で斬れるはずがない。


 加えて扉を両断した一撃。

 それがいつ繰り出されたのか分からなかった。

 リサが見たのはただ鞘から刀を引き抜く瞬間だけ。

 もしやあの時既に斬撃を振るっていたとでも言うのだろうか。


 そんな疑問と驚愕に頭の中が支配される。

 何事かと訴えるレイやミカたちの声も意識の外に押し出され聞こえない。

 これがリサを危機へ追い込むことになった。


 「……何だぁ?」


 「――――ッッ!?」


 前触れもなく落とされる男の視線。

 使い魔を通して目が合ったのをリサは感じた


 (しまっ――)


 そう思った時には遅い。

 心の声を叫ぶよりも早く視界が暗転し、無機質な鋼の壁が目の前に現れる。


 視界が変わる直前に目撃したのは自らに向かって振るわれる一筋の刃の煌めき。

 使い魔が殺され、《視覚共有(リンク・サイト)》が解除されたのだ。


 「おい! どうしたんだよさっきから!」


 声を潜めながらもまったく反応を見せないことへの苛立ちを孕ませたアイザックが壁の前で微動だにしないリサに詰め寄ってくるが、リサは何も答えずアイザックをズンズン押し返した。

 

 「おまっ……なにしやが……」


 「説明は後です。今はここから――」


 「退却します」。その科白は最後まで続かなかった。

 リサの声を遮るように響く斬撃音。同時に差すはずのない外な光がリサの背中へ降り注ぐ。


 「おまえさんかぁさっきの使い魔は」


 氷柱を当てられたような寒気が背中に伝う。

 目を剥くアイザックとジェシーに背を向ける形で振り返ると先程まで使い魔越しに見ていた執行者が不敵な笑み浮かべ、そこに立っていた。


 「まだ看守の生き残りがいたのか? いや……後ろの二人、囚人だろ? まさかおまえさんそいつらを脱獄させるために看守のフリしてたのか?」


 『リサ! 何があった? 応答するんだ!』


 着物の男がそう尋ねた直後にレイの切羽詰まった声が聞こえてきた。

 リサは迷う事なくほぼ正解の答えを口にした男をスルーして主人の声に応える。


 『申し訳ございません。敵の一人に見つかってしまいました』


 『何!? 大丈夫なのか!?』


 『はい。何とか相手の気を引いて《《地中潜航(グランド・ダイブ)》で――』


 その時だった。

 男がいつの間にか肩に担いでいた刀を下ろし、鞘の中へ戻すと急速に間合いを潰しながら横一閃の抜刀を繰り出してきたのだ。

 レイとの会話を途中で切り、背後にいたアイザックとジェシーを突き飛ばしながらもすぐさま回避に移ったことで何とかそれから逃れたリサだが、内心生きた心地がしなかった。


 男の動きはあまりに滑らかかつ攻撃に転じる際の予備動作が一切ない。

 そのため攻撃を実行するその瞬間までそれを攻撃と認識することが出来ず警戒がし辛い。

 今回躱せたのも運が良かっただけだ。次も同じことが出来る保証はない。

 そのことを痛感すると再度レイに連絡を――、


 「――え?」


 取ろうとしたところでリサは気が付いた。

 先程まで繋がっていたはずの《精神感応(テレパシー)》のパスが切れていることに。


 「(いって)え〜……って、ん? 嬢ちゃんどうしたんだよそんな顔して。謝る必要なんてないぜ。突き飛ばしたのはオレたちを助けるために――」


 「レイ様たちと連絡はつきますか!? すぐ確認してください!!」


 有無を言わさないリサの剣幕にジェシーは「お、おう……」と戸惑いながらも半身を起こした体勢のまま確認を取る。


 「……あれ?」


 ジェシーが怪訝な声を上げた。


 「何か能力が発動している感じがしねえんだけど……アイザックはどうだ?」


 「お前らさっきから何言って……は? 何で能力が解除されてるんだよ!」


 どうやら自分だけではなく、三人全員が《精神感応(テレパシー)》を使用出来なくなっているようだ。

 これではレイたちと連絡を取ることが出来ない。

 リサの顔に焦りの色が見え始める。


 「は――ん、お前らから出ていたあの糸はそういうことだったのか。合点合点」


 そんな三人の狼狽える様に男が何やら一人得心した反応で頷く。


 「!? どういうことですか!?」


 「あーー、説明すると長くなるんだが、どうやら(それがし)には普通の者には見えないものが見えるらしくてな。何だったかな……ああ、確か天眼(てんがん)とか言うらしいぞ」


 「それは確か魔眼の……」


 魔眼とはその名の通り魔法のような超常現象を起こす眼球を指す。

 魔法同様、魔素(マナ)を消費することで能力を発動するが、異なる点として、詠唱などで術式を構築する必要がないこと、一系統の能力しか有していないということが挙げられる。

 加えて魔法が後天的に会得するものなのに対し、魔眼は生まれながらに所持しているのが普通だ。


 「そうだ。何でも概念みたいな普通は形のないものを知覚することが出来るんだってな」


 「概念を……知覚?」


 「(それがし)にはおまえさんらの頭から床に向かって糸が伸びていたのがはっきり見えていたぜ」


 頭から伸びる糸。

 それはもしかすると《精神感応(テレパシー)》のパスだったのではないだろうか。


 「それを(それがし)は斬ったんだ」


 「――斬った?」


 男の言った意味が分からず聞き返すリサ。


 「ああ。(それがし)(なまくら)を振るうことしか能のない男でな。毎日気でも触れたように振っていたらあらゆるものが斬れるようになっていた。武具、鎧はもちろん、魔素(マナ)で強化された強靭な肉体、最高硬度の金属、果ては概念と言ったものまでな」


 なんて事のないように宣う男にリサは絶句した。

 ただ頑丈なものを斬るだけなら優れた剣士でも出来る。

 だが、概念を斬るなどこの世の摂理から逸脱した所業だ。

 毎日剣を振っていたから出来るようになったでは説明が付かない。

 だとすると――、


 「まさか……貴方も『異端者』?」


 そうとしか考えられない。

 リサは確信を持って男へ尋ねた。


 「そんなものじゃねえよ。言っただろ。(それがし)(なまくら)を振るうことしか能のない男だって」


 男がリサの言葉を否定すると外にいた執行者が男の背後へ駆けつけ、戦棍(メイス)を構える。


 「自己紹介が遅れたな」


 そう言うと男は続けて名乗る。


 「(それがし)はモチスケ・クサナギ。教皇直属の執行者『神徒』の一人だ」

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