第20話 脱獄前夜
六人の脱獄会議はその後も数を重ね、気がつくとその回数は指の本数を超えていた。
そのほとんどがシュザンヌの念話を通して行われていたが、それでは四人が何を考えているのか把握しきれないと危惧したレイによって今では三度に一度は顔を合わせるようにしている(リサのみは毎回いないが)。
その副産物と言うべきか四人の人となりや背景をレイは知ることが出来た。
まずジェシーは猫人の一家の長男坊として生を受けたが、父が早くに死んだため幼い頃から家計を支えるために盗みを働くようになったらしい。文字通り泥棒猫になったというわけだ。
そして、盗みを繰り返すうちに自分の『異端力』に気が付くとそれを駆使する形で多くの貴族から金品をくすねてゆくが、犯行が派手になった事で目をつけられこうして監獄島送りになったという経緯を持つ。
本人の臆病な性格もあり戦力として期待出来そうにないが、泥棒として培った危機感知能力は確かで獣人特有の優れた五感と『異端力』も合わさり、『逃げる』という行為に関してはこの六人の中で最も優れているだろう。
次にアイザックはブルートゥス人の男と奴隷の女の間に生まれたハーフでその出自から迫害を受けながら育ったようだ。
成長するとその恵まれた体格を生かし、魔獣狩りの傭兵『冒険者』として頭角を表してゆき、若くして三等級冒険者にまで上り詰めるという快挙を達成したのだが――、後はどうなったかは言うまでもないだろう。
そんな背景故か、疑り深く他者への敵愾心が強い性格で協調性に欠ける部分があるが、戦い慣れしているということもあって貴重な戦力であることには違いない。
シュザンヌは海を隔てた先にある隣国フランソワ王国出身の宣教師でミドラーシュ派の布教のためにブルートゥスへ渡ってきたが、正教派の批判活動を行っていたところを取り押さえられてしまい現在に至る。
彼女には他にも仲間がいたそうだが、監獄島送りになったのはシュザンヌだけでその理由は言うまでないだろう。
聖職者よりも学者に近い気質の持ち主で頭も回るが、コミュニケーションを苦手としていることに加え、好奇心(冒険心とも言えるかもしれない)から勝手な行動に出る面があり、ある意味アイザック以上の問題児と言えるかもしれない。
しかし、シュザンヌの『精神感応』は脱獄を成功させる上で欠かせない要素であり、彼女こそが脱獄成功の鍵を握っていると言っても差し支えないだろう。
最後に肝心のミカだが、その略歴については本人が頑なと言っていいほどに口を噤んだため、ほとんど分からなかった。
ただ、『自国に嫌気が差して家を飛び出してきた』と語っていたことからシュザンヌ同様、ブルートゥスの出身でないことは間違いないようだ。
六人で集まり話し合うことを決めた時はミカヘの激情を抑えられるか不安だったのだが、いざ顔を合わせてみると自分でも驚くほど落ち着いて接することが出来た。
ここでミカを痛ぶるなり罵るなりすれば一時的な解放感は得られるのだろうが、代償としてあの喜びを味わうことは叶わなくなる。
そう考えると頭が冷えた。
こんなところで復讐を台無しにしたくない。
そう自分に言い聞かせることでレイは平静を保ち続けた。
そして、これらが副産物と言うからには当然本題の方にも成果がある。
それは脱獄の目処が立ったことだ。
決行日は看守たちが勤務期間を終え、本土へ帰る日の深夜に設定した。
理由は二つ。
一つ目その日は看守たちが最も気が緩むタイミングだということ。
監獄生活を強いられているのは囚人だけではない。牢に繋がれていないと言う違いはあれど窮屈な生活を強いられているのは看守も同じだ。
故に長い監獄生活の終わりが目の前に差し掛かれば油断するのは目に見えている。
この隙を突かない手はない。
だが、監獄の外へ出ただけでは脱獄を達成したとは言えない。
何故なら天然の要塞であるこの孤島からの脱出が出来ていないからだ。
例え看守を殲滅し、監獄を落としたとしても島から出る手段がないのであれば苦労が徒労に変わるだけ。
異常を察した本土から刺客が送り込まれ、蜂の巣にされてしまうだろう。
つまりこの島からの脱出が出来ない限り脱獄は完遂したとは言えないのだ。
『じゃあ、どうすんだよ! 監獄島から本土まで何キロ離れてると思ってんだ!? イカダ作ってもいける気がしねえよ!』
この話を聞いた際のジェシーのリアクションだ。
ジェシーの言う通り、この島からブルートゥスまでの距離は絶望的なほど離れている。
しかし、問題の本質はそこではない。
何よりの脅威は海中に潜む魔獣だ。
監獄島周辺の海には水棲の魔獣が多く生息しており、イカダ程度の水上構造物では襲われたらひとたまりもない。泳いで逃げるなどもっての外だ。
過去には監獄からの脱出には成功した者もいたそうだが、その人物はその後島から泳いで逃げようとしたところを魔獣に襲われ、食いちぎられてしまったらしい。
囚人たちを幽閉する地下牢獄と囚人たちを外の世界から隔絶する絶海の孤島。この二つの要素が合わさることでボトムレス監獄島は脱出不可能の鳥籠と化しているのだ。
『それについても問題はない』
慌てふためくジェシーに対し掛けた言葉を思い返し、レイは一人笑った。
確かに渡航手段がないこの状況での脱出は絶望的かもしれないが、それは大きな間違い。
脱出手段ならちゃんとある。
「脱出手段なら向こうが用意してくれる」
記憶を反芻するように続きの科白を独白した。
ここに脱出日と看守の帰還日を重ねた二つ目の理由がある。
看守が本土に帰ると言うことはその穴を埋めるために代わりの看守が来る。
では、その看守たちはどうやってここまでやって来るのか?
『奴らは船に乗ってやってくる。その船を俺たちが奪う』
看守の渡航手段が船であることはリサが船に乗ってここへ参入したことからも分かっている。あの船は交代の看守が搭乗するための船だったのだ。
ならその船を奪って帰ればいい。
これで島からの脱出と言う最大の問題も解決する。
それでも作戦の難易度が高いことには変わらないのだが、これが今のレイたちに出来る最善。これ以上の策はない。
決行日前夜、一人きりの独房で監獄に来てからのこれまでを思い返しながらレイはそう確信した。
そこへ足音が近づいてくる。
普通なら「脱獄の計画がバレたのか」などの怯えや緊張を多少は感じても良いのだろうが、レイが狼狽えることはない。
何故なら足音の主が誰かを知っていたからだ。
ほどなく扉が開かれる。
そこに立っている人物の姿を認めてレイは表情を軟化させた。
「こうして顔を合わせるのは助けに来てくれた日以来だな。リサ」
「はい。周囲に怪しまれる恐れがありましたからまったく会えなかったですね。こんなに近くにいたのに……」
リサが残念げに洩らすとレイは同意したように小さく笑った。
「そうだな。だが、その辛抱ももうすぐだ。明日俺たちはこの監獄を出る。危険を冒してまでわざわざ来てくれたのは作戦の最終確認をするためだろ」
「流石レイ様、ご慧眼でございます。確認しておきたい点がいくつかあり、参らせていただきました」
作戦の確認なら既に一時間ほど前に全員でしている。
にもかかわらず、わざわざこうして二人の関係が露見する危険を伴ってまでリサがやってきたのは他の四人には聞かせたくないことがあったからだった。
「ですが、確認しておきたいのは作戦ではありません。確認するのは――私たちの今後の身の振り方です」
「――――え?」
レイはしばらくの沈黙の後、呆けたような声が口から転がり落ちた。
リサの言葉が聞き取れなかったわけではない。
むしろはっきりと聞き取っていた。一言一句違わず。
にも関わらず何故こんなにも反応が鈍いのか。
それは考えたくなかったからだ。
脱獄した後のことを。
そして未だ言葉を発しない主人にリサが再度問いかける。
「ここから出た後、レイ様はどうされるおつもりですか?」
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