第19話 前世よりの因縁
その後の話し合いは短時間で終わった。
シュザンヌの『異端力』で遠距離会話が出来る以上、全員が一つの独房に集まる必要はない。
それに人払いをしたとは言え、他の看守がふらりとやってくる恐れもある。
そんな懸念からミカらは自分の独房へ帰り、リサもレイのもとを後にした。
そして現在、一人残されたレイは固いベッドの上で横になっているのだが――、
「……眠れない」
寝るという意思に反する形で未だ冴える目に苛つきを感じながら体を起こした。
原因は分かっている。
『どうしてそんなに軽々しく人を殺せるんだ……っ!』
『何故そう極端な考えしか出来ないんだ! 殺し合う以外の選択肢だってあるはずだ』
『だからと言って人を殺していい理由なんてない! 人の命は尊いんだぞ!』
そう宣うミカの姿と科白を思い出したレイは憎々しげに眉間を軋ませた。
あれ以降、心中にわだかまる負の感情はおさまることなく、むしろ増幅を続けているように感じる。
寝ようとすればするほど瞑った瞼の裏であの光景が嫌でも思い出されるのだ。
こんなざまでは寝付けるはずもない。
レイは舌を弾き、体を起こすと《天眼千里》を発動した。
他人の声を盗み聞きする趣味などないが、何かしていないとこのむしゃくしゃした気持ちがおさまりそうになかった。
それにこれは立派な情報収集だ。万が一のこともある。脱獄計画が第三者に知られていないか、警戒を怠るわけにはいかなかった。
『早くこんな島から出て本土に帰りたい……』
『今日でここ来て何日目だっけ? あいつ元気してるかなぁ……』
『あの野郎今日はやけについていやがった。イカサマしたに違いねえ』
聞こえてくるのは大半が看守と思われる者たちの声。
遠方かつ泊まり込みでの勤務への不平不満をこぼす者、故郷や置いてきた者への恋しさを抱く者、数少ない娯楽に興じる者など内容は様々だが、そのほとんどが緊張感のかけらもない業務と無関係なものだ。
「杞憂だったか」
拍子抜けしたとでも言いたげにレイは呟いた。
しかし、ここで油断していては足元を掬われるかもしれない。
念には念を入れ、囚人たちの声も聞いておくことにする。
『オレはこれから……どうなるんだ?』
『嫌だ! 死にたくねえよ……』
『私は何もしていない! ここから出してくれ!』
囚人たちの方からも警戒すべき声は聞こえない。
気がかりとしては囚人の方が看守よりも圧倒的に人数が多いにも関わらず聞こえる声の数が少ない点だ。
これは牢獄に監禁された意気消沈の身でペラペラ独り言を喋る気になれない者が多くを占めているからだと推測出来るが、これでは本当に囚人たちに情報が知られてないか正確に把握出来ない。
《天眼千里》は口から発された声を聞き拾うことは出来るが、心の声まで読むことは出来ないのだ。
こうなってくると常に警戒の目を光らせておくしかない。
徹夜は好きではないのだが、眠ればどうせ不快なものを見てしまうだけだ。
「それならば起きて時間を有益に使った方のマシか」
そう自分自身を納得させると耳を覚ませ、盗聴を再開する。
『何故みんなこうなんだ……』
直後、濁流のように流れゆく声の波の中から聞き覚えのある声を聞き取った。
『もっと正しいやり方があるはずなのに……どうしてみんな気が付かない……』
声の主はすぐ分かった。
「ミカか……」
唾棄するように呟くと忌々しげに顔を顰める。
ミカのことを考えないために寝るのを断念したと言うのにこれでは意味がない。
ミカの声を早々に遮断し、三度盗聴を再開しようとしたのだが、それは図らずも寸前で止められることになった。
『どうして……この時代の人々は命を軽く考えるんだ……』
それは呟かれたミカの言葉。
「この時代」という文言に酷く引っかかりを覚えたのだ。
変わった言い回しではあるが、特別不自然なわけではない。
だが、その言い方にレイはまるでミカが実際にこことは違う別の時代を見たことがあるのではないかと思わされた。
レイは無意識の内に他の声を断ち切り、ミカの声だけに集中する。
《天眼千里》は特定の声のみを聞き出したり、排除して聞こえなくすることが出来るのだ。
『私が間違えているのか? ……いや、やられたとしても強引な手段で訴えかけるのは間違っている。どんな理由があろうと認めてはならない。そこに間違いはないはずだ』
誰に言うわけでもなく、自分に言い聞かせるように呟き続けるミカ。
『それを一度認めてしまえば復讐が復讐を呼び、憎しみは連鎖し続けるからだ。やり返すならば正しいやり方でし返すべきだ。間違った方法じゃ何も変わらない。故に私はその連鎖を止めなければならない。私にはその義務がある』
滔々と紡がれるミカの言葉にレイの顳顬がピキリと音を立てた。
「やり返すならば正しいやり方で」でという綺麗事に虫唾が走ったのはもちろんとして、何より気に入らないのがミカは『私にはその義務がある』と言ったところだ。
こいつは何を根拠のない使命感に駆られているのだろう。
正義の使徒にでもなったつもりか。
やはりこいつの声を聞いたのは失敗だった。
そんな煮え滾る殺意とともに再び声を遮断しようとするが、直後に発せられたミカの言葉がそれをまたも妨げた。
『それが……刑事だった頃からのお前の信念だろ? 三ヶ島啓司』
三ヶ島啓司。
その名前を聞いた瞬間、ドクン、と自身の心臓が大きく脈打つのを感じた。その鼓動は次第に早くなってゆく。
それはレイが一種の興奮状態にあることを示していた。
では、それが指し示す感情とは何か?
「――クックックックッ……」
それは抑えきれない歓喜だった。
体を震わせながら口が裂けんばかりに口角を上げ、醜く顔を歪める。
「クッ……ハハハハハハハッ! アハハハハハハハッ!」
そして顔を上げると今まで溜め込んでいたものを噴出させるように高らかに哄笑した。
一縷の光すら差さない密室とは言えあまりに大きな声を出せば外へ洩れ出してしまい、聞きつけた看守がやってくるかもしれない。
それでもレイは堪えきれなかった。
声を抑えなければならないと、頭では分かっていながら聞いてくれとばかりに笑い続けた。
やがて、ひとしきり笑い尽くした後、首を垂れ――、
「……腑に落ちたよ。アンタに抱いていた感情の正体が」
そうこぼした。
いつも奏でる、天使の祝福を思わせる美声とは似ても似つかない、荒凉たる枯れきった声音で。
「まさかまたこうやって会うことが出来るとはなぁ……何でアンタまで異世界にいるのかは知らないが今はどうでもいい」
ゆらりとした動きで頭を上げるととある方向へ顔を向ける。
それはミカの独房のある方角だった。
口元は不自然な笑みの形を作ったまま、だが限界まで見開かれ血走った双眸は憎しみと喜びという相反する感情を混ぜ合わせた色を乗せ、視線の先にいるであろうミカを凝視し続けた。
「決めた。俺はアンタを殺すよ」
それは無慈悲な死刑宣告。
感情を覗かせない声色で紡がれる怨嗟の言葉。
「だがただ殺すだけじゃない。これ以上にない苦しみを味合わせてから殺してやる。そして――」
ここでレイは一度息を吐くと――、
「最後に俺の正体を明かしてやる! 俺がかつてアンタに殺された哀れな少年だと! その時アンタがどんな顔をするのか楽しみだなっっ!」
今まで溜め込んでいた感情を爆発させるように叫び散らしながら前世にて今際の際に抱いた思いを想起する。
「俺はアンタの絶望に歪んだ泣き顔を拝み、その偽善に満ちた心をぐちゃぐちゃに潰す! それが今ここに俺がいる理由だ!」
まだ復讐は終わっていない。
普通の者ならうんざりするかもしれないが、レイは逆だった。
またあの達成感を得られる。
そう思うとこれ以上にないほど心が躍った。
復讐を成し遂げた時に感じたあの高揚を超える感動と喜びをレイは未だ知らない。
そして確信した。
この前世でのやり残しを完遂することが、今世で幸福に生きるための第一歩だと。
そのためだったら何だってしてみせる。
どんな手段を使ってでも三ヶ島啓司に復讐してやる。
そんな決意を胸に抱き、神月零は再度高らかに笑った。
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