第1話 第二の人生
本編開始です!
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まるで世界と一体になったようだった。
自分が、魂が、意識が不安定に揺らめく蝋燭の火のようにゆらゆらと揺れている。
そこに個としての意識はない。空気のようにただそこにあるだけだった。
だが、そんな思考をしている自分という存在に零は気付くと驚愕した。
(死んだはずじゃなかったのか!?)
自分はビルの屋上から飛び降り死んだはず。なのに何故まだ意識がある?
自分がまだ生きていて、病院に担ぎ込まれた可能性を考えるが、すぐに現実的ではないと唾棄する。
人が五階から落下した時の死亡率は百パーセントだと言う。
零が落ちたビルの高さはそれをゆうに超えていた。
地面に要因があるとも考えたがコンクリートではそれも考えにくいだろう。
そして次に考えたのがより現実的ではない――あの世説だ。
臨死体験を綴った本は生前(と言うべきかまだ分からない)が何冊か読んだことがある。信憑性が低いとは言わないがそれでもいずれも確証に欠けるといった印象だった。
そんな自問自答している内に零はあることに気付く。
(ここはとても暖かい)
どう表現してよいのか分からないほどの心地よい暖かさが零を包んでいた。
ここがあの世ならここにずっといるのも悪くないかもしれない。
そんな風に感じたが閉じていた目に光が射し込んでくる。
思わず顔を顰めると、この空間に何かが入ってくる感覚がした。
その何かは零を空間から引きずり出そうとしている。
(止めろ。不快だ)
しかし、声は出ない。
そして、零が空間から引きずり出されると同時に激しい光が目に、わんわんとうるさいと音が耳に入ってくる。
光は暫くすれば慣れるかもしれないが音は大変やかましい。
聞いているとそれは赤ん坊の泣き声であると気が付いた。
(此処には赤ん坊もいるのか。可哀想に、ロクに人生も歩めずにあの世に来てしまうとは)
同情を感じた零であったがあることに気付くと驚愕した。
(この泣き声は……俺のものだ!)
そう、今まで泣いていたのは零自身でその姿は赤ん坊に成り果てていた。
状況を確認しようとするも視界はぼやけて何も見えない。
仕方なく見ることを諦め、考えることに専念した。
(俺は生まれ変わったのか?輪廻転生はあったということか?いや、何故そもそもこうして前世の記憶や知識がある)
考えれば考えるほど訳が分からなくなり、零は考えるのを止めた。
(今はいい……考えるのは後だ。とにかく疲れた……)
そして零の意識は微睡みに飲まれ、第二の人生が始まった。
◇
神月零という人間は凄絶な復讐の果てに自殺した。
だが、どういう訳か生まれ変わった。前世の記憶を残しながら。
そのことも驚きなのだが、最も驚いたのは転生したこの世界が元いた二十一世紀の世界でなかったことだ。
文明レベルは中世くらいで鎧を装備し剣や槍で戦い、貴族や平民といった身分差があった。
しかし、それよりも大きな違いがある。それは魔法という存在だった。
魔法とは魔力を消費することで物理法則に干渉する超常現象の総称を指し、その使用者は魔法師と呼ばれている。
魔法には魔術や錬金術など幾つかの分野に分けられており、それぞれの特性や用途が存在する。
そんな世界で零はブルートゥス王国と言う国のネガムという土地を治める貴族の一人息子として生を受けた。
零はレイモンドと名付けられたが、普段は愛称のレイと呼ばれることが多く、そこに前世との意味ある偶然の一致を感じられずにはいられなかった。
ちなみにこの世界(この時代と言った方が適切かもしれない)には苗字と言った概念は存在せず、貴族は名前の最後に自らの治めている地名を付け加え、名乗るという風習があった。
つまり零の今世での名前はレイモンド・ネガム(ミドルネームを加えるともっと長い)となる。
そんな零改めレイは生まれた時から知性を有していたため、言葉を話すようになるのも普通の子どもより早く、父サイモンと母アンナはそんな愛息子に大変期待を寄せ、沢山の本を買い与え、様々な分野の家庭教師をつけた。
そんな両親の教育熱心さにレイは最初は前世の両親を思い起こさせるようで嫌っていたが、接していく内にその気持ちはなくなっていった。
何故ならそこには確かな愛があったからだ。
レイは前世の両親から愛を向けられたと感じたことはなかった。
厳しかったのも自分達をよく見せたいという利己的な承認欲求から来るもので決してレイのためなどではなかった。
だが、今世の両親はそうではなく、その行動の全てがレイのためにあった。
それが分かってからはレイも二人を素直に慕うようになり、良好な中を築いていた。
優しい両親にそれなりに裕福な家、前世風に言うと親ガチャは大当たりだった。
レイは二人の期待に応えるためあらゆることを学んだ。
中でもレイが力を入れたのが、剣と魔法だった。
この世界は前世と比べて治安が悪い。国家間や国内での戦争は勿論、魔獣などと言った脅威が存在し、いつどこで命を落とすか分からなかった。
折角生まれ変わったのにすぐ死んでしまっては元も子もない。
そんなレイが実戦的な訓練を求めるのは自然な成り行きだったと言えよう。
「行ってきます父様、母様」
「行ってらっしゃいレイちゃん」
「気を付けて行くんだぞ、レイ」
サイモンとアンナに見送られる形でレイが屋敷を後にする。
レイの容姿は白い髪にルビーを嵌め込んだような真っ赤な瞳が特徴の美少年だった。あと十年もすれば見る女全てを虜にする絶世の美青年に成長するだろう。
子を見送る父母。古今東西どこにでも見られるありふれた光景だった。
「よっこいしょ」
レイはその五歳という齢に似合わない剣を担ぎ直し、再度歩き始める。
実戦的な訓練を求めるレイが向かうのは領内にある魔獣の潜む森だった。
◇
「ふぅ……」
倒した魔獣たちの死体をレイは無感動に見下ろした。
そして、手に持った剣を振るい付着した血と油を飛ばす。
この森に到着してから約二時間、指の本数では収まり切らない数の魔獣を駆逐してきたかがどうにも鍛えれている気がしない。手応えがなくなってきたとレイは感じていた。
この森に魔獣が多く現れるのは魔素の流れである龍脈が存在しており、そこから魔素が漏れ出していることに由来する。
魔獣には過ごした土地に漂う空気中の魔素が濃いほどに体内の魔素量も増加し、強力な個体になるという傾向がある。それを魔獣も本能的に理解しており、龍脈のある地点に住み着くという習性があるのだ。
これは人間にも共通しており、龍脈の位置する場所へ長い時間を過ごすことで魔素の保有量を増やすことが出来る。
加えて実践的な戦闘経験を積めるという二つの理由でレイは頻繁にこの森へやってきているのだが、ここへ来て成長の停滞を感じ始めていた。
レイの強さはこの森で出現する魔獣の強さを既に凌駕している。
そのため最近では複数体の相手を同時にすることで負荷を増やしていたのだが、それすらもこなせるようになってしまった。
そうなるとより強力な個体との実戦経験を積む必要があるのだが、ここの龍脈の本数が少ないこともあってそれは難しい。
そもそも魔獣としか戦っていないということが問題なのだ。
人間の敵は人間。ならば必然的に魔獣より人間と戦う機会の方が多いというのにその経験がないのは好ましいことではない。
人間の相手をするのと魔獣の相手をするのでは当然戦い方も異なってくる。それを知るには人間との実戦を経る必要がある。
もう少し大きくなれば戦争にも参加出来るのだろうが、この年では叶うはずもない。
だからと言ってそこら辺の人間へ襲いかかるわけにもいかない。法律や世間体の問題ではなく、倫理観の問題だ。
(ならより龍脈の多い場所に行くか?いや、そんなこと父さんと母さんが許すはずが――)
魔獣の闊歩する森の真ん中で熟考するレイ。
傍目から見ると実に無防備だと思われるかもしれないが、レイの注意は僅かでも異変を察知したらすぐに動けるよう常に周囲へ向けられている。
そして、それを証明するようにレイは意識の端で音を拾った。
「――――」
距離は離れているが、車輪が地面を踏み締める音に聞こえた。
妙だ、とレイは感じる。
先程も言った通りここは魔獣が住み着く危険な森。そんな場所へ好んで通ろうなど余程の酔狂か訳ありのどちらかだ。
引き寄せられるようにレイは音のする方へ向かった。
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