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第18話 四面楚歌

 アイザックの介入。

 それはリサにとって完全なる不意打ちだった。


 「何だよ言いたいことって?」


 レイが苛立ちを乗せた視線をアイザックへ向ける。

 それを見たリサはまずいと(うなじ)に汗を溜めた。


 レイとアイザックの相性が良くないことはこの短時間見ただけでも明らかだ。

 そんなアイザックが言いたいこととは何か。

 レイに対する反発と考えるのが自然だろう。


 今までは軽くいなしてきたアイザックの言葉だが、現在のレイの精神状態は危うく何をするか分からない。

 アイザックが余計なことを口走る前にリサは止めようとするが間に合わない。

 言の葉が音を帯び発せられる。

 

 「ミカ、(わり)いがアンタの意見には賛同できねえよ」


 が、予想に反しアイザックの物申しはミカへ向けられたものだった。


 「コイツの肩を持つわけじゃねえが、看守は皆殺しにすべきだ。そうしねえと脱獄しても殺されんだろ? だったらやるしかねえじゃねえか。話し合いとかおかしなことほざいてんじゃねえよ」


 「おれもそれに賛成だね」


 ミカの言葉にジェシーも追従する。


 「失敗したら終わりな以上、余計なことを考えずに脱獄にすることだけに集中するべきだと思う。そもそも、そんな手加減しながら脱獄できるほどこの監獄は甘いのかよ?」


 「それはそうだが――」


 尤もなジェシーの意見にミカは口籠った。

 この場にいる六人中三人が――いや、リサは間違いなくレイを支持するので過半数の四人がミカに異論を唱えている状況だ。

 自分がアウェーだということをミカも理解しているのだろう。つい先刻までの勢いはどこにもなく、顔色は暗い。


 しかし、信念が強いと言うべきか強情と言うべきかその目はまだ諦めていなかった。

 そして、救いを求めるようにシュザンヌへ視線を遣る。


 確かに数の力は偉大だが、それは絶対ではない。

 彼女が味方になり、四人の説得に協力してくれれば風向きが変わるかもしれない。

 そんな期待がミカにはあった。


 『確かに非暴力主義は尊いものです。私が信仰するミドラーシュ派でもそれは唱えられ続けています』


 期待通りの言葉にミカの顔が明るくなる。


 シュザンヌはヨシュア教の信徒だが、王国をはじめとする多くの国で信仰されている正教派と違い異端とされているミドラーシュ派を信仰していた。

 正教派とミドラーシュ派の違いはいくつかあるが、最も大きな特徴の一つは戦闘行為に対するスタンスだ。


 正教派は信仰対象たる勇者ヨシュアがかつて魔神と戦い世界を救ったことから戦闘行為に寛容であり、経典の『汝、敵対者を誅せよ』という一文がそれを端的に表している。

 組織形態もそれを倣うように固有の戦力を抱えており、神聖騎士団や執行者がその例だ。


 一方でミドラーシュ派は戦闘行為を厳しく規制しており、戦士階級の者は信徒になれないなど正教派とは真反対の教義を掲げている。


 そこにミカは着目したのだ。

 そしてそんなミドラーシュ派の信徒であるシュザンヌなら自分の味方をしてくれるという期待があった。


 『ですが――』


 シュザンヌは一度言葉を切るとミカへ釘を刺すように目を遣ると――、


 『それが求めれるのは平和的な解決が出来る状況にある時です。妥協出来る余地がないのであれば、我々(ミドラーシュ派)も腹を決め、相応の行動に出ます。命なくては主への信仰を捧げることが出来ませんから』


 そう諭すように言った。


 確かにミドラーシュ派は戦闘よりも対話を心掛ける穏やかな宗派だ。

 ミドラーシュ派の経典には『頬を打たれたなら、反対の頬を差し出しなさい』と言うものがあり、報復行為への戒めを説いた慈悲と許しの教えであると多くの者が思うだろう。

 だが、ミドラーシュ派の信徒たちの考えは異なっている。


 例えば奴隷とその主人がいたとしよう。

 主人は奴隷の右の頬を叩いた。

 すると奴隷は左の頬を差し出し、主人は反射的にその頬を叩いた。

 ここで重要なのは主人がどちらの手で奴隷を叩いたかと言うことだ。


 最初は右の頬を叩いたのだから当然左の手で叩いたのだろうと思うかもしれないが、少しでも教養がある者ならそのようなことはせず、右手の裏拳で叩くだろう。

 なぜそんなことをするのか?

 それは自分の名誉を保つためだ。


 手のひらで卑しい身分の者、自分の忌み嫌う者に触れることは手が汚れるだけでなく、その者と同じ存在、位に成り果ててしまうと古来より言われている。

 つまり自分が見下している者を叩くとき、普通は手のひらで触れないように裏拳で叩くのだ。


 しかし、()った直後にその相手が無防備にもう片方の頬を差し出してきたらどうするだろうか?

 恐らく手を出すほどにいきり立っている者は何も考えずもう一度()だろう。

 自分が殴りやすい方の手の形で。


 つまりこの教えは単なる非暴力主義を説いたものではなく、やられたならばそれ相応のやり方でやり返すことを説いているのだ。


 ミドラーシュ派は確かに暴力という野蛮な行為を嫌い、穏便な解決を望む。

 だが、必要とあらば対抗手段として実力行使に出ることも厭わないのだ。

 例え、忌み嫌う暴力を振るうことになろうとも。


 「――――」


 ミカが言葉を失う。

 その顔には最も信頼していた友に裏切られたかのような深い絶望の色が現れていた。


 「五対一だ。これでもまだごねるようならそれ相応の対処を取らさせてもらうぞ」


 レイの目つきが剣の切っ先のように鋭くなる。

 次はないぞ、と言うように。


 「……分かった。看守は全滅させよう……」


 自分の味方はいないと悟ったミカはガックリと力なく項垂れ、観念したように答えた。

 嘘をついていないと判断するとレイはミカから視線を切る。

 しかし、その赤の瞳から迸る激情が消えることはなかった。


 (何故こんなにも神経が苛立つ……)


 問題は解決したはずだ。

 なのに心中で荒ぶる炎は一向におさまらない。


 ミカと反りが合わないと言うのもあるだろう。

 だが、それだけでこれほどまで憎悪にも似た感情を積もらせることが出来るのだろうか?


 (何か他に理由があるというのか?)


 そう考えてみるも分からない。

 まるで大切なことをど忘れしてしまったような、むず痒い気持ちが胸中で悶々とわだかまるだけ。

 それが余計にレイを苛立たせるのだ。


 (これ以上考えても仕方ない)


 レイはそう割り切ると五人の方へ体を向け、話し合いを再開させた。

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